オーガアンデッドだ!動向が見えない。
四階層は確かに胡桃の殻のような材質で壁、床、天井が歪にボコボコしている。
だが、そんな中でもベルグは襲い来る鬼、オーガの心臓をひと突きにしたかと思うと、回り込もうとしたオーガに抜いた槍の石突で牽制する。
そのまま、一足下がり、体勢を整え、次なるオーガに対峙しようとした瞬間、先の心臓を貫かれたはずのオーガが鋭い爪でベルグを頭から引き裂かんとその剛腕を振るった。
「な……バカなっ……」
ベルグが身に着けた篭手で爪を逸らそうとするも、爪の鋭さが勝ったのか腕にざっくりとした爪痕が残る。
「ベルグっ! 」
セイコーマとクーシャがフォローに入る。
しかし、それを押し退けてオーガがベルグを狙う。
「発っ! 」
オーガの爪を遮ったのはアステルの円月脚だった。
「くっ……すまん……」
『ヴェータラダンジョン』のオーガは、『ゼリダンジョン』の黒鬼、『エスプレーソダンジョン』の焦茶鬼と違い赤鬼という姿をしている。
頭の角、下顎から伸びる牙、筋骨隆々といった筋肉と二メートルを越える身長は他のダンジョンと大きく違うものはない。
ただ、心臓を貫かれたはずなのに動く不思議さ、威圧の叫びすらない不気味さが違う。
……というか、これって。
「クーシャ、首落として! 」
すぱん!
俺が言うと同時くらいにオーガの首が飛ぶ。
途端、首を落とされたオーガは動きを止める。
首はゴロゴロと転がって来たので、問答無用で遠くに蹴り飛ばしておく。
やっぱり。
落とされたはずの首が見えていないはずの目玉を動かして、俺を睨みつけてきた。
「こいつらオーガじゃないぞ! オーガ・アンデッドだ! 」
「え……」
俺の言葉にベルグが青ざめた顔を向ける。
その腕には深い傷が刻まれている。
放置しておけば、ベルグもアンデッドの仲間入りなので、そりゃ青ざめもする。
「大丈夫だ。アステルは神官戦士だぞ」
戦況を確認しながら、ベルグに呟いてやれば、あからさまにホッとした顔をしていた。
オーガのアンデッドと言っても、ゾンビなのか、グールなのか、それとも別の何かなのかはまだ分からないが、ひとつ分かるのは、こいつらは『成りたて』だということだ。
死体がフレッシュすぎるし、外傷らしい外傷が見当たらない。
しかし、オーガから知能のようなものは感じず、本能で動いているような雰囲気がある。
初級か中級アンデッドの下の方だろう。
それならば首を落とすだけで、動きを止めることができる。
現に、首を落とされたオーガの身体は、そのまま倒れた。
しばらくすると、首を探してまた動き出すだろう。
だから、遠くに蹴り飛ばしたのだ。
「こうか! 」
セイコーマがオーガの爪を盾で受け流しつつ、首に斬撃を入れる。
さすが上級冒険者ともなると、すぐに対応できるらしい。
オーガの首が落ちて、とりあえずの脅威は去った。
「アステル、ベルグに浄化と治癒を頼む」
「はい」
「セイコーマ、聖水だ」
『取り寄せ』魔術で聖水を取り寄せて、セイコーマとオーガアンデッドを浄化していく。
「まさか、本当にアンデッドが出るとは思わなかったね……」
メイが俺の取り寄せた聖水を個人持ち用に仕分けしながら言う。
ここから、アンデッドが出るなら必須になるので、率先して仕分けに動いてくれるとありがたい。
「このダンジョンでアンデッドが出るとなると、金色の手駒が近辺で悪さをしているって説は薄くなるか……」
俺は独り言のように呟いた。
「動向が見えないというのも困りますね」
ベルグへの浄化と治癒を済ませたアステルが、俺の呟きを聞きつけたのか、そんなことを言ってくる。
「確かにな……」
俺は苦笑する。
こっちを狙って動いたかと思えば、本人〈本魔王? 〉は姿すら見せない。
本拠地はどこそこです、と分かればこちらから攻めるという手も使えるが、ひたすら『待ち』は辛い。
『コウス』の金十字騎士団は、未だかなりの人数が魔王探索をしているはずだが、見つかったという話は、噂レベルでも入ってこない。
『コウス』とはお互いにスパイなり冒険者なりを通じて魔王発見の報があれば、大なり小なり必ず情報は入るはずなので、それがないということは、『コウス』側でも発見できていないのだろう。
「ど、どうする? 」
「そうだな……この階層だけ探索したら、戻ろうか。
二階層の炎がどうなっているかも気になるしな……」
煙がここまで来ていない以上は、階層的に断絶しているか、既に鎮火しているかだろうと考えているが、ここは『神の試練』だ。
二階層は未だ燃え盛っているが、何故か煙は上がって来ないなどの不思議現象が起きていることも有り得る。
俺たちは、仮眠をしっかり取ってからこの四階層を探索する。
モンスターはオーガが中心で、オーガを各種取り揃えましたという感じだ。
オーガウォリアー、オーガナイト、オーガアーチャー、オーガエリート、オーガコマンド……オーガゾンビもチラホラ見かける。
オーガの中でも、全体指揮をとるキング種や、全体バフ持ちのヒーロー種がいないのは救いだった。
五階層に上がる坂道を見つけたところで、俺たちは引き返す。
この選択は後で後悔することになるのだが、この時それは俺達には知る由もなかった。