細胞壁? 胡桃の殻?
三階層。
床、壁、天井が不思議な物質でできている。
半透明の緑色をしたブロック状の物で組み上げられ、ブロックひとつは殴ったりしてもボヨンボヨンと衝撃を吸収してしまう。
相変わらずのクーシャが、剣を突き立てるとブロックの中には少しドロリとした液体と緑色の粒なんかが詰まっている。
「細胞でしょうか? 」
「細胞? 」
アルファが零した呟きに、俺は質問を返す。
「ええっと……植物を物凄く拡大して見ると、見えるといいますか……」
「これが? 」
「ええ、インストールされた情報がフラッシュバックして、時折、知らないことが分かるといいますか……」
やべえ、アルファが何を言っているのか分からなくなって来た……。
「過去……というか生前の記憶か?
危なっかしいから封印しときなさい……」
「なに? ぶつぶつ言ってるけど? 」
メイに興味を示されてしまった俺は慌てて否定する。
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」
「そう? まあ、いいけど。
それより、お客さんだよ」
基本、アルファは俺にだけ分かる程度の小声で話しかけてくるので、周りには聞こえていない。
それよりも今は『お客さん』だろう。
三階層の『お客さん』は細胞? 壁に良く似たグリーンスライム。
こいつは水スライムの色違いという感じで特筆すべきことはない。
それよりも巨大な走る鳥であるタックルバード、鬼面を持つ巨大な蜘蛛、牛鬼。
さらには他ダンジョンでも良く見かける犬頭人などが厄介だ。
タックルバードと牛鬼はどちらも牛ほどの大きさで、コボルトはこん棒や石斧で武装している。
今、こちらに向かっているのはタックルバードの一団で、こいつらは群れる性質でもあるのか、三~五匹がひと固まりになって突っ込んで来る。
正面は盾を持ったセイコーマが防ぎ、左右にクーシャとメイが立つ。
その後ろにアステル。さらに後ろに俺。
最後尾は槍装備の青タンベルグが撃ち漏らしや背後を警戒している。
青タンベルグは、喧嘩で青タンを作るので弱いかと思えばそんなことはなく、槍を振り回すには不利であろうダンジョン内にも関わらず器用に動く。
赤ななつの上級冒険者だったという経歴は伊達ではない。
この階層なら、俺の『火』の異門召魔術も使えると思って、使う準備は整えているのだが、セイコーマが接敵前に一、二発撃つくらいで、俺は見ているだけである。
まあ、専属魔導士は動かないで済むなら、それが一番良い状態だと言える。
いちおう、いつでも戦えるよう緊張感だけは持っているつもりだが、戦闘中は暇になる。
「おお! 」とか「はあ」とか賑やかし程度に声を出すのが仕事だ。
タックルバードがバタバタと倒れて、魔晶石と固い嘴部分だけ素材として確保したら、先に進む。
マップは二階層より、三階層の方が埋まっている感じがする。
「そろそろどこかで夜営したいな」
先程、本日の食料として、タックルバードのもも肉を幾つか入手してある。
三階層はモンスターとの遭遇率が高いので、このまま四階層まで上がるか、三階層の多少安全な場所〈突き当たりがあれば正面だけ見張りを立てればいいので楽だ〉を見つけるか、悩ましいところだ。
「そ、そうだね。この階層は部屋がないから、いいところを、さ、探そう」
言っている内に左右の分かれ道が見える。
俺はここまでのマップを確認しながら言う。
「これ、左に行くと前に通った通路に当たりそうだな……」
「どれどれ……ああ、でも前の通路に当たったら、すぐ近くに突き当たりがあるね」
メイが俺のマップを見て言う。
「よし、左行ってみようか」
「了解です」
先頭を務めるセイコーマが左の通路を進む。
「あ、上への通路です」
「ここでか!? 」
と、不満そうに言ってしまったのは、俺がいい加減疲れてきているからだろう。
「通路……通路か……」
ダンジョンには明確に階層を分けるためか、階段を採用しているものが多い。
そういう意味では、ここの坂道で階層を分けているタイプのダンジョンは珍しいと言える。
ただ、階層ごとの壁の質などが明確に違うので、そういう意味では、きっちり階層毎に別れているとも言える。
「普通、階段は安全な部類ですから、大丈夫じゃないですかね? 」
「うん、各階層で出るモンスターも混ざり合ったりしてないからね。
ボクはここで休憩でもいいと思うよ」
ベルグとメイが言ってくれているのは、俺の体力がないから……だろうな。
しかし、ここで「まだ、頑張れるから、もう少し安全そうな場所を探そう」とはならないのが俺だ。
「うん、もう限界。ここで休憩と仮眠にしよう」
言って早々にへたり込む。
「では、自分はベルグと四階層の周辺だけ確認してきます」
セイコーマはベルグを連れて安全確認に坂道を登っていく。
クーシャは三階層でこの坂道に繋がる分かれ道に鳴子を仕掛けにいく。
アステルとメイは食事の準備を、俺は『取り寄せ』魔術で食料や、異門召魔術『皿』を使って火の用意をする。
ここの坂道はそこまで急ではないのが救いだ。
「上は胡桃の殻みたいなボコボコした木製の壁ですね。
床は相変わらず歩きづらいですが、今のところモンスターは見えません」
そんな報告を聞きながら、タックルバードのもも肉を使ったスープと串焼きで腹を満たす。
その後は、三交代で見張りをしつつ仮眠を取る。
それはベルグとセイコーマが見張りをしていた時のできごとだった。
「敵襲! モンスターです! 」
その声に俺たちは弾かれたように起きる。
どっちだ? 上か!
俺を追い越すようにセイコーマが坂道を駆け上がっていく。
上はベルグか。
俺も慌てて坂道を上がる。
そこに見えたのは、オーガだ。
ベルグの槍がオーガの心臓を貫いているところだった。