虫になった気分だ……。初級ダンジョン?
地図を見れば『ヴェータラダンジョン』は『タクアムの街』からそれほど離れている訳でもない。
『タクアムの街』は街の中心にある巨大な『結界門』から東西に分けることができる。
東は結界内で高級街、西は結界外で低所得街である。
その街の西から街道を二時間、『オオモリ』の森の中を二時間ほどの場所に『ヴェータラダンジョン』がある。
そう遠くではないので歩いて行く。
依頼を受けたタイミング的には、あの時互助会にたむろっていた第一陣の中でも最後に近いタイミングだが、俺たちは先に依頼を受けた連中をすいすいと追い越して歩く。
なにしろ俺たちは軽装だ。
デカいリュックも重い鎧も俺の研究所の取り寄せ部屋に置いてあるのだから当然だろう。
冒険者を追い越すと後ろから、俺たちの軽装を揶揄したり、青あざ近衛が『赤ななつ』だと言ったのを聞いていたやつがやっかみを口にしたりするが、俺たちは気にせず進む。
普通なら四時間ほどの道程をゆっくり進んで三時間。
俺たちは新しく見つかったという『ヴェータラダンジョン』に着いた。
『ヴェータラダンジョン』は森の中にある、大人が百人で手を繋ぐほどの円周がある巨木のウロが入り口になっていた。
周囲は簡易的な柵で囲まれ、『ヴェータラダンジョン』の立て札がある。
ウロの中は下り坂になっていて、どこかの瞬間から『神の試練』という扱いらしい。
「今はまだ出入り自由だからよ。
何があっても自己責任で頼むぜ……」
『ヴェータラダンジョン』発見者パーティーがダンジョンの前で見張りをしていた。
彼らが確認したのは三層までで、まだ下に階層が続いていそうだ、ということだった。
今の時点で見かけたモンスターは蛇人、大毒蝦、スライム、迷宮鼠と初級から中級でも何とかなる程度らしい。
ただ、人型で角を持つ大型モンスターの影を見たという情報もあるので、要注意というような話を聞くことができた。
情報の対価はこの発見者パーティーの酒代くらいにはなるだろう。
ある意味、彼らはそのためにダンジョンを見張っている。
『ヴェータラダンジョン』内、一階層は木をくり抜いたような壁でできた迷宮構造だった。
壁は斧やら鈍器で凹ませるくらいはできそうだが、触れば生木のようにしっとりしていて、壁をぶち抜くのはかなりの労力が必要そうだ。
俺は全員に異門召魔術『光』を光源として配りながら感想を漏らす。
「虫になった気分だ……」
事実、虫の顎で削り開けたような壁の丸みとおが屑の散らばる床は自分が虫の巣穴に迷い込んだような気分にさせられる。
おが屑を貪るように食べる迷宮鼠は丸々と太って中型犬くらいの大きさがあるが、光が届く範囲まで近付いても食べるのをやめない。
だいたい四メートルから五メートルまで近付くと、途端に鼻をひくつかせて襲ってくる。
それからスライムもおが屑を食べるようだ。
この迷宮に適合しているスライムはウッドスライムと呼ばれ、粘つく樹液弾を飛ばしてくる。
樹液弾は素肌に当たれば、死にはしないがかなりの衝撃で、下手をすれば骨折もあり得る。
また、鎧などに当たると、べたべたになって、相当に動きを阻害される。
相変わらず俺はマッピング担当なので、微妙に上下している坂道や、湾曲する曲がり道、洞窟のような分かれ道などを、隙を見ながらマッピングしていく。
「大毒蝦です。陛下はお下がりを……」
しっかりしてそうな近衛騎士……名前はなんだっけな……ああ、そうだ、セイコーマだった。
そのセイコーマが俺を守るように盾を構える。
俺は辺りを見回して、俺たち以外の冒険者がいないのを確認して言う。
「陛下ってゆーな」
「あ、し、失礼しました。うおっ!
……とと。
では、なんとお呼びすれば……」
「ベルでいい。今回はお忍びだしな。
お前もだぞ、青タン……じゃなくて、ベルグ」
「はっ! 」
つい青あざ近衛のことを内心のあだ名で呼びそうになって、慌てて訂正した。
言われた本人は、気になってしまったのか、殴られたところに触れて「つっ……」とか言っていた。すまぬ。
大毒蝦?
俺が訂正を入れたことで、毒弾攻撃の隙を作らせてしまったが、それも難なくセイコーマが盾で防いで危なげなく処理してある。
倒したモンスターは現状では放置だ。
今のところ初級モンスターばかりで、魔石も小さいし、有用な素材も取れない。
俺としては、今回初見になるモンスター蛇人に期待している。
リザードマンと同じようなタイプなら、魔法を使ったり、道具を扱う器用さがあるかもしれない。
アンデッド化候補だ。
そう思っていた時期が俺にもありました……。
出会った蛇人。
蛇として見れば、確かにデカい。
全長四から五メートル。
蛇の胴体は半径二十五センチメートルくらい。
そして、人型部分は人間でいう五歳児くらいの大きさだ。
「これは……」
ゴブリンよりもひと回り小さな人の上半身と、蛇の身体。
縮尺間違ってない?
身体を立てて、こちらを威嚇する姿は俺より頭ひとつ低いくらい。
さらに知能が低い。
人の上半身部分が役に立っていない。
武器は木の棒が大半で、たまにナイフ程度。
魔法も使ってこない。
これならデカい普通の蛇の方が丸呑みにされそうなだけ、怖い。
弱い……火柱を立ててやれば突っ込む。周りが見えなくなる。
火柱に一所懸命、木の棒を振り回す姿など、哀愁を誘うほどだ。
「一階層目でコレだと、初級ダンジョンの可能性が濃厚ですね……」
「で、でも、次の階層で急に難易度が上がるダンジョンも、あ、ある……」
セイコーマが立てる予想に、クーシャが異論を挟む。
「そうなんですか!? 」
「あるね。スプーのダンジョンとか、ワゼンでもボクが知るだけでふたつくらいはあったよ」
メイも補足を入れる。
「そういえば、メイって今、冒険者としてはどのランクなの? 」
メイが冒険者をやっているのは知っているが、未だにランクは知らない。
昔から、何度聞いても教えてくれないのだ。
上級冒険者であるセイコーマに訳知り顔で補足を入れるくらいだから、上級冒険者なのだろうとは思うが。
「サラッと聞いても、教えないよ」
「ちっ……」
俺が王様になっても教えてくれないとか、頑固だな。
歩いていると、急角度で上に向かう通路が見えた。
『ヴェータラダンジョン』はどうやら昇るタイプのダンジョンらしいので、これが階段、だろうか?
木製スライダーにも見える。
ただ木製な上に滑車がある訳でもないので、急勾配の坂道という印象だ。
「罠の可能性もある……のか? 」
岩でも転がって来たらと思うと、少し躊躇するな。
「見て来ます! 」
ベルグがそう言って、一歩、一歩、慎重に足場を確かめながら登っていく。
急勾配だが、生木の質感なので滑り落ちるようなことはないらしい。
ベルグの光が坂道の奥に消えた。
俺たちは固唾を呑んで見守る。
「来てください! どうやら二階のようです! 」
そんなベルグの声が上から響いた。