ワゼンの道のり。結界門。
外交団の『武威徹』は廉価版と違うので、空を自由に翔けることができる。
いちおう、初めての国外ということもあって、俺たちは『ヴェイワトンネル』の直上を通過、山越えしてからは『ワゼン』と『マンガン』を結ぶ街道まで森の中を直進、それから街道沿いに『ワゼン』というルートを取ることになっている。
壮行会からそのまま出発した俺たちは、ヴェイワトンネルのある山を越えて、森の中を進む。
どうやら初めて廉価版ではない『武威徹』に乗ったという文官二名とカモッさんは大騒ぎだった。
しかし、じいちゃんの弟子であるメイが指摘した通り、山越え時にグリフォンが襲って来ることはなかった。
夜営は山裾から広がる森の中で行われた。
これは、トンネルができあがった時にこの森に街道を通すことになるからであり、モンスターの分布や水場の確保のための実地調査も兼ねている。
結果は概ね良好だと言っていいと思う。
今は街道が通ってないので、モンスターとの遭遇率は高めだが、出てくるモンスターは中級程度。
つまり、冒険者なら『緑よっつ』くらいの実力があれば最低限、護衛として仕事ができる。
街道を通すことができれば、それなり以上に往来が生まれるだろう。
ウチの近衛騎士は冒険者で言えば上級くらいの実力があるので、夜も安心して眠れる。
特に騎士団長デニーは護衛依頼に慣れているのもあって、その指示があれば全く問題なかった。
俺もいちおう冒険者なので、デニーが語る注意事項などに耳を傾け、勉強させてもらっている。
実際にどこまでやれるかは分からないが、アルに付き合わされて冒険者としても活動していくのは半ば確定だからな。
王様としての立場? アルに誘われたら俺に否やはない。
最悪、俺がいなくても国の運営は五議会がいれば問題ない。
状況が落ち着けば、王制を廃止して、共和制に移行することになるだろう。
『金色』の魔王の排除と『コウス』からの魔王認定取り消しが最低条件だけどな。
ちなみにこの森は『オオモリ』と呼ばれて、ワゼンの領土ということになっている。
もっとも、ワゼン側としても開発の手が回っていない僻地なので、ウチの国で街道を通すこと自体は恐らく許されるだろうと見ている。
その辺りの交渉はウチの文官組にお任せだ。
大まかな判断はブリュレーがするだろう。
『オオモリ』の調査に二日ほど掛けて、俺たちは街道に出る。
その街道を『ワゼン』方面に進む。
この辺りは『コウノモン』と呼ばれていて、『ニモン領』を越えて、首都『ギンシャリ』へと外交団は進むことになる。
俺、アステル、クーシャ、メイと近衛騎士二名〈どちらも冒険者上がり〉は『ニモン領』から『天空ダンジョン』のある『アゲモン領』に向かうことになる。
まずは『コウノモン領』の中心街『タクアム』へと向かう。
『タクアム』が見えてくるとそこにあるのは巨大な門だった。
俺たちが進むとやにわに『タクアム』の街が騒然となる。
巨大な門は、街の中心部に据えられているらしい。
街全体は三メートルほどの塀と木組みの柵が二重に囲んでおり、櫓や門が見える。
小さな門の更に奥に巨大な門がある光景はなんとも不思議なものだった。
俺たちは『タクアム』まで一キロほどの距離を置いて、近衛騎士の一人を走らせる。
日が落ちるまで、まだ暫くはあるができれば野宿は避けたいところだ。
近衛騎士が戻ってきて、俺たちは『武威徹』を廉価版のごとく、地上から少し浮かせて馬車程度の速さで、粛々と進ませる。
「よ、ようこそ参られました。
ヴェイル魔……術王国の皆様方。
わたくし、コウノに使える武士頭、イブリと申します」
武士頭……確かワゼンにおける将クラスで小さめの騎士団〈百名未満〉の団長くらいを表しているはずだ。
「お初にお目にかかる。
わしはヴェイル王国、五議会議員、ブリュレーと申す。
我らは正式にワゼン王国との国交を結ぶために参った『ヴェイル王国外交団』である」
ここでは『天空ダンジョン』に挑む俺たちはブリュレーの護衛の冒険者という触れ込みである。
国王が来ているとなったら挨拶しない訳にはいかないからな。
もちろん、俺たちと行動予定の近衛騎士二名も冒険者風というか、近衛騎士になる前に使っていた装備を着ている。
武士頭イブリが俺たちを案内して、例の巨大門前まで来る。
「この巨大門はいったい……」
ブリュレーが首を傾げるのに、イブリが胸を張って答える。
「これは、ワゼンに古くから伝わる結界門と呼ばれるものです。
古の儀式魔術でして、他の門と連動することで、門の内側にダンジョンを作りにくくなる結界を張っておるそうです。
実際、ワゼンでは高難易度のダンジョンは門で示される円の外側にしかありませんし、二重の結界門に囲まれたギンシャリの周囲にはダンジョンがありませぬ。
そして、それは野生化したモンスターにも及んでおりまする」
「では、ギンシャリの地にはモンスターが出ないと……? 」
「はい」
「それは凄い……」
感心したようにブリュレーは門を見上げる。
俺も同じように門を見上げるが、さすがにこの規模の儀式魔術となると想像もつかない。
イブリに案内されるまま、俺たちは『武威徹』を進めるが、門を潜った瞬間、急に『武威徹』が地を擦った。
俺は少し出力を上げて対応するが、ブリュレーの乗る『武威徹』は地面をガリガリと擦った。
「これ、しっかりせんか! 」
「はっ! 申し訳ございません」
ブリュレーの『武威徹』を運転するのは近衛騎士団長デニーだ。
デニーもまた出力を上げて、『武威徹』を立て直す。
しかし、俺たちの『武威徹』は門の内側に入った途端、全機が出力を落とし、地面に接触していく。
結界門にぶつかったりしなかったのは幸いだ。
「イブリ殿、申し訳ない。
どうも、魔導機に不調が出ているようだ」
「いえ、長旅でしたでしょうから、お気になさらず。
もう少しですので、まずは旅の埃を落とされると良いでしょう」
長旅、というには四日ほどの旅路なので大した長旅でもない。
一日は『オオモリ』の調査に使ったしな。
本来、四日程度の連続稼働でへたるほど母さんとその弟子たちが作り上げた『武威徹』はヤワじゃない。
調べてみないと分からないが、おそらくは『結界門』に要因がありそうだ。
俺は小声でアルファに確認する。
「……門の内と外で何か違いはあるか? 」
「少し体が重い気がします」
魔術的な何かがあるのだろう。
俺たちはイブリの示す馬車置き場に『武威徹』を止める。
すると、メイが近づいて来て俺に耳打ちする。
「門の内側で少しだけオドが吸われてるね」
その言葉で得心がいった。
メイは元々、感覚的なものに強い。
そのメイが体内オドの減少を感知した。
結界門の維持なんてどうしているのかと思っていたが、なんのことはない。
門の内側のオドを吸収して維持しているのだろう。
この分だと、『異門召魔術』の威力も幾分か下がると考えた方が良さそうだ。
俺とメイ、運転手をしていた近衛騎士たちで軽く『武威徹』の整備をする。
イブリはブリュレーたちを連れて先に宿泊施設へと連れられて行った。
一瞬、ブリュレーが俺を気遣うような顔を見せたが、俺は問題ないという風に頷いて見せた。
そして、整備をしながらデニーたちと情報を共有しておくのだった。