怖いんだよ!ちきしょー!
《貴方を『神の挑戦者』と認定します》
光が集まって来る。
その光は俺の腕にまとわりつくと、月と星と太陽が意匠化された腕輪になった。
銀色の腕輪。意匠化された月と星と太陽は象牙のように真っ白だ。
銀色だけど、銀で出来てる訳でもないらしい。
白い部分も象牙っぽいだけで、謎物質だ。
【証】、【ロマンサーテスタメント】などと呼ばれるコレは、『冒険者互助会バッヂ』ととても良く似ている。
まあ、『冒険者互助会バッヂ』が【ロマンサーテスタメント】に似せて作られているから、当たり前と言えば当たり前の話だ。
この月と星と太陽はそれぞれに意味があると言われている。
『ロマンサー』は様々なことで神から試されている。
主に攻撃的なことを行えば太陽が赤く染まるし、防御的なことを行えば星が緑色に染まる。精神的なことを行うと月が青く染まると言われている。
それらをバランス良く行うと、ある日、月と星と太陽が白く輝く。
そうなると真なる神の試練に招かれると言われているが、文献でしか知らないので、あまり詳しいことは分かっていない。
とにかく望みを叶えるには、この【ロマンサーテスタメント】を白く輝かせるような行動を取るのが一番だと言われている。
《現在、百GPです
どうしますか?》
また、唐突に理解する。
『ロマンサー』は行動を評価されて、GPなるものを得られるらしい。
つまり、その結果が月と星と太陽に色として反映されるということなのだろう。
どうしますかと聞かれても、どうしたものだか分からない。
《現在GPでの取得可能ギフトを表示します
紋章魔術の才能-五十GP
詠唱魔術の才能-五十GP
痩身の才能-五十GP
倍力のギフト-百GP
倍速のギフト-百GP
…………
…………
…………
運命線の変更-六百六十六万GP》
どうしたものだか考えていると、こんなものが頭に浮かぶ。
紋章魔術の才能?と考えると自動的に頭の中に説明が浮かぶ。
どうやら紋章魔術の才能というのは、紋章を描く際に今の倍の早さで描くことが出来るようになるらしい。
詠唱魔術の才能はやはり今の倍の早さで詠唱が可能になるというものだ。
そして、痩身の才能は今より倍、太りにくくなるらしい。
どうもこの才能というやつは、ピンポイントで俺が欲しがりそうなものが並んでいる。
正直、ほっとけよ、と言いたくなる。
別にぶーちゃん呼ばわりされたところで、コンプレックスを感じるほど細い神経と身体は持っていない。
幼馴染がまともに俺の名前を呼ばないことで、好き勝手呼ばれるのは慣れた。
他に、倍力なら身体の力が二倍に、倍速なら二倍のスピードで動けるというものらしい。
才能とギフトの違いは、オンオフ出来るかどうかということらしい。
才能はオンオフ出来ず、ギフトは使いたい時だけ使えるというものらしい。
そして、運命線の変更だ。これは望む未来を得られる。
もちろん、欲しいのはこれだ。
出ている以上は選べるかと思ったが、案の定、《GPが足りません》と出るだけだった。
つまり、見せ餌ということだ。
試練を楽にクリアするためには、GPを使って才能なりギフトなりを取得すればいいが、その分望みは遠ざかる。
罠なのかも知れない。もしくは神様でも運命線の変更というのは骨が折れる作業なのだろうか?
まあ、運命線と呼ぶくらいだから、人にはある程度決まった道があるということなのかも知れない。
それを簡単に捻じ曲げられてしまったら、運命とやらを決めた意味もなくなってしまう。
もしかすると、たくさんの才能やギフトを渡して栄耀栄華を極めさせてやるから、運命線の変更なんてくだらないことは辞めておけという警告の可能性もある。
神様が何を考えて、こんなシステムを作ったのかなんてのは、ある意味どうでもいい。
今、俺にとって大事なのは、現実世界の視界の端に見え始めた四足歩行の巨大な狼型モンスターをどうするか、ということだろう。
真っ黒な毛並み、獰猛そうな牙、頭に三本の剣みたいな角が生えている。
どうもシステムメッセージが流れている間は感覚時間がゆっくり流れているようで、気付いてからしばらく眺めていたが、その狼型モンスターの動きはやけに緩慢だった。
どうしたものかと、考える時間はたくさんある。
才能でも取るべきか、それともギフトを使って逃げるか、そんなことを考える間に、こちらの視線に気付いた狼型モンスターが、舌を垂らして、牙を剥き出しにし、駆け出した。
と、言ってもコマ送りのような速度だ。
コマ送りに見るというのは貴重な体験かも知れない。
だが、思い出した。
昔、走る馬車の中で本を読んでいた時、車輪が大き目の石を踏んだ。
本を読んでいた俺はその衝撃に耐えられず、馬車からすっ飛ばされたのだ。
本の続きが気になる。だけど目がブレて、読んでいた位置を見失った。
道の脇に樹木の隙間があって、地面が迫ってくる。
続きを読むべきか、本を手放して受け身を取るべきかなんて、ゆっくりと進む意識の中で考えていた。
そうこうしている内に過去の出来事が頭の中に次々と去来して、ああ、これが走馬灯か……と考えていた。
結果、本に目線を落とした瞬間に地面を転がって、頭を守る形になったせいで大きな怪我がなく済んだ。
あの時の感覚に似ている。
つまり、意識はゆっくり動いているが、身体は少ししか動かせない。
うん、決めた。才能もギフトもいらない。
詠唱魔術を使う時間はない。倍速になったところでたぶん、狼型モンスターの牙が俺を引き裂く方が早い。
紋章魔術は決められた紋章を魔法陣として正確に描き出す必要がある。レタリングみたいなものだ。
そんな集中力も早さもない。
一番マシだと思える倍力のギフトだが、俺の身体能力はアルから言わせると森の子兎レベルらしいので、その倍、大人兎レベルになったところで、アルを抱えて逃げるのは無理というものだろう。
そんな理由で倍速のギフトも却下せざるを得ない。
もちろん、痩身の才能は最初に却下だ。
なので、元から用意していた物を使うことにする。
何もいらないと決めると急に時間感覚が戻ってくる。
多少、あたふたしながら、俺は腰のベルトに吊した木箱に片手で触れる。
これを発明した時、家のじいちゃんは泡吹いて倒れた。
儂の六十年の努力が、ががが……とかしばらくうなされていたが、今ではさすが儂の孫は天才じゃー!孫マンセー!と大昔の文献に記されていた相手を讃える言葉で祝ってくれた。
木箱には出っ張りと小さな針が取り付けてある。
素早く針で指先を傷付けると、出っ張りに付いている穴に血を垂らす。
紋章魔術は正確な位置に正確な魔法陣を描かなければならない。
じいちゃんは六十年の努力で数々の魔法陣を正しく覚えて、書き順を作り、紋章魔術を世に広く知らしめた魔術の大家だが、俺の知識は広く浅くがモットーなので、どれだけじいちゃんから直々に習っていようと、たかが知れている。
そこで考えたのがこの方法だ。
元は母さんの錬金技士の技だ。
錬金技士は、様々な素材を繋いで人間に使い易い道具を生み出す。
魔石を動力源に紋章魔術を長持ちさせたり、その威力を高めたり低めたりする機構を考えたりする。
その工程の中には、描いた紋章魔法陣を立体的に素材に刻み込んで壊れないようにするといった彫金、彫刻なんかの技術もある。
母さんに初めて習ったのは芋判と呼ばれる、芋に彫刻する遊びだった。
それで考えたのが、芋判に魔法陣を刻むという方法だ。
紋章魔術は代償を必要とする。
一番手頃なのは、血だ。生き物の血にはオドという生命エネルギーが含まれている。
大きく描いた魔法陣には、大きな代償が必要で、その分威力も大きくなる。
だが、小さな魔法陣なら、代償も小さくて済む。
魔法陣は正答率八割くらいから効果を発揮する。
もちろん、八割で書かれた魔法陣の威力は八割しかない。
だから魔導師を志す人は、完璧主義者が多い。
俺が作った発明は、それを逆手に取った代物だ。
これを俺は芋判紋章魔術、略して『芋ん章魔術』と呼んでいる。
芋判で押された紋章魔術は七割九分の完成度である。
それが木箱の中に仕込まれている。
木箱の出っ張りには、残りの二割一分の芋版が仕込まれている。
インクの代わりに血を使えば、多少滲んでも、ほぼ八割の完成度の魔法陣が代償を支払った状態で完成する。
俺は木箱の出っ張りを掌で叩く。
ぺったーん、と魔法陣が完成する。
それを一枚引き抜くと、魔術が現れる。
使っているのは炎の魔法陣だ。
魔術符とじいちゃんは呼んでいる。
その魔術符は、描かれた紋章から炎を噴き上げる。
と、魔術符は焼けていき、描かれた魔法陣を破壊する。
紋章魔術はふたつのトリガーが存在する。
それは魔法陣が完成した時と、破壊された時だ。
炎の魔術符は完成時に炎を噴き上げ、破壊と同時に解放された炎は火球となって飛ぶ。
炎が噴き上がった瞬間、狼型モンスターは警戒して一度、動きを止める。
俺は狼型モンスターに魔法陣が見えるように魔術符を動かす。
魔術符はどんどん焼けていく。そして、魔法陣が壊れた瞬間、火球が飛んだ。
火球は狼型モンスターの鼻先を焼いた。
ギャインっ!とか狼型モンスターが鳴き声を上げた。
デカい爪のついた前肢で鼻の炎を落とす。
それから、俺を敵だと認定したらしい。
「グロロロロロ……」
低い威嚇の声を上げて、こちらを注視している。
俺はといえば、実のところちょっと焦っていた。
思っていたより、モンスターの防御力は高かったらしい。
一発で黒焦げにしてやる!くらいのつもりだったのだが、威力が足りなかった。
携行性を重視して、魔術符を小さくし過ぎたのがアダになった。
でも、一発でダメなら二発、三発、数で勝負だ!
ぺたーん!と『芋ん章魔術』を発動。
狼型モンスターに向けて火が噴き上がる。
だが、敵もさるもので、トンッ!とひとっ跳び、射線から逃げ出した。
その逃げ出した方向に魔法陣を向ける。
炎が魔法陣を焼いた瞬間、ゴウッ!と音がして狼型モンスターの肩から脇の辺りを焼く。
ギャウンッ!と熱そうな声がして、狼型モンスターが身を翻す。チリチリと毛が焼けていた。
慌てたように狼型モンスターが転がる。
その間に俺はアルを横たえるとその前に出る。
ぺたーん!ぺたーん!と魔術符を二枚、用意する。
「グロロ……グワァッ!」
狼型モンスターは様子見を止めたのか、一気にこちらへと突っ込んで来る。
正直、凄く怖い。喉〇ンコ見えてる。
噛みつかれたら、俺の頭とかひと呑みだろう。
「あーっ!くそっ!怖いんだよっ!ちきしょー!」
とりあえず、叫んでみた。
それから、ぺたーん!した魔術符を辺りにばら撒く。
適当にばら撒いたから、一部暴発した。
しかも二枚くらい、焦って眼の前に落とした。
暴発した火球は床石を少し剥がすくらいの威力はあるらしく、飛んできた床材が俺の頬を擦る。
「いっったいな、もう!」
もう一度叫ぶ。怒ることで恐怖を紛らわせる。
でも、目は瞑らない。
十五枚、俺が用意してきた魔術符の数だ。
その最後の一枚をぺたーん!としたら両手で構える。
狼型モンスターは、あちこちに噴き上がる炎にびびったりはしてくれなかった。
跳躍。狼型モンスターの牙が俺に迫る。
もう炎ごと丸呑みにしてやろうってことなんだろう。
俺は最後の一枚が炎を噴き上げる直前、力任せに魔術符を破いた。
魔術符は炎を噴き上げる間に、威力の素となるオドは消費される。時限式の火球を出すには、勝手に魔法陣が壊れるまで待てばいい。
だけど、炎を噴き上げる前に魔法陣を壊してしまえば、火球の威力は上がる。
今までよりも大きな火球が、狼型モンスターの喉〇ンコ目掛けて飛ぶ。
同時に、焦って落としたふりをした二枚の魔術符の魔法陣が壊れて、二発の火球が下から狼型モンスターを襲う。
俺はアルに覆い被さるように跳んだ。
あちこちで火球があらぬ方向に飛んで、爆発する。
そして、腹を巨大火球で膨らませた狼型モンスターは下から突き上げるように飛んだ火球によって、俺に牙をかける寸前で、ふわりと持ち上がる。
どばんっ!
熱っ!痛っ!
しばらくの間、アルを守るように伏せていたが、安全になったかな?というところで、俺は立ち上がる。
あちこちが焼け焦げていて、さらに狼型モンスターの物だろうか。肉片と血が飛び散っていた。
狼型モンスターの首がもげて、目玉が飛び出した状態で転がっている。
俺は決め顔で言った。
「ふん、汚たねえ花火だぜ……」
汚いのは俺だった。肉片とか血とか、火の粉でできた焦げ跡とか、もうボロボロだった。
「さあ、帰ろっか、アル……」
アルをお姫様抱っこで運ぶ。ヨタヨタとふらつきながら、全身の筋肉をプルプルと震わせながら。
【ロマンサーテスタメント】の太陽に薄らと朱色がついているのに気がついたのは、自分の家に帰った後だった。