痴れ者がぁ!ロールプレイ。
「こ、この痴れ者がぁ!
陛下の近衛という栄誉を賜っておきながら、最初にすることが陛下のお力を頼って、縋ることだと!? 」
横に並ぶブリュレーがジョウエンに対して激昴する。
「お叱りは……承知の上、です。
ですが、ですが私は、どうしても私を庇って死んだ友の心を知りたいのですっ! 」
ブリュレー、五議会の一人である上司を前に竦み上がりながらも、ジョウエンは言った。
「こ、この……」
俺は尚も強く叱責しようとするブリュレーを手で制してから、ジョウエンに「手を……」と言って、ジョウエンの手を取る。
ああ、違うじゃん。
それが分かってからは、途端に俺の目は冷たくなったと思う。
「ギュカクはお前を庇って死んだって言ったっけ? 」
「……はい。やはり私は恨まれているでしょうか……」
一度、顔を伏せたジョウエンは悔恨と自責の念に眉間に皺を寄せながら、強くこちらを見つめてくる。
「気にするな……」
俺がそこまで言いかけた段階でジョウエンの目に涙が溢れてくるので、俺はそれを遮るように続ける。
「……と、言われたらどうする?」
「え? 」
「逆に、怨んでいると言われたら? 」
「あ、え? 」
どうやらジョウエンは俺が彼女の手を取った段階でギュカクの言葉が始まったとでも勘違いしたようだ。
そんな簡単に魔術が成せてたまるか。
それに、俺が死者の言葉を伝えたりしたら、それは『黄昏のメーゼ』の焼き直しということだ。
せっかく害悪の象徴である魔王を魔術王として書き換えようとしてきたイメージ戦略が台無しだ。
「ジョウエン。
お前の望みはギュカクの言葉を聞くことじゃない。
それは、自分の中に何かしらのケリをつけたいだけだ。
許されることでギュカクの想いを受け取る?
恨まれることでギュカクの死を背負ったつもりになる?
違うな。
お前は自分が前に進むために、ギュカクの死を使いたいだけだ……」
「違うっ!
私は……私は……」
震えながらも強く否定の言葉を吐いたジョウエンに俺は冷静にゆっくり語りかける。
「違わないんだ、ジョウエン。
お前がギュカクの死を背負って、前に進もうとするなら、これ以上ギュカクの言葉なんて必要としないはずだ。
許されようが、怨まれようが、お前が背負うものは変わらない……」
そう、例え生き返るのだとしても、俺の代わりにアルが命を賭けた事実は変わらない。
俺はアルが生き返った後も、心の何処かに負い目を背負っていくのだろう。
でも、ジョウエンは違う。
「もし、本当にお前がギュカクの言葉を聞きたかったとしたなら……それは、俺と触れ合った瞬間に分かるんだ……」
───ソレを本当に望んだやつは、『神の挑戦者ロマンサー』になるんだ。───
俺の中に忌々しい『主神』の言葉が蘇る。
「私が、ギュカクの死を利用しようとしていると……? 」
「それを理解した上で、ギュカクの言葉を聞きたいというなら、時間は掛かるが協力してやることはできる。
だが、今度は俺を真の魔王として周囲に認知させることになる責任は負ってもらう。
それでも望むか? 」
「へ、陛下が真の魔王に……? 」
「そうですね……ベルさんが死者の言葉を操るとなれば、第二の黄昏のメーゼの誕生に他なりません。
口さがないメーゼの話を知る者たちはその口に言葉を登らせるでしょう。
陛下は次なる魔王の玉座に座すつもりだ、と……」
アステルもそのことに思い至ったようだ。
ジョウエンは目を見開く。
「……無理です。そんな重いものは背負えません! 」
そう言って、慌てて俺の手を振り払う。
ジョウエンはそのまま止まってしまった。
それを見て、ブリュレーが宣言する。
「ジョウエン、そなたの近衛騎士の任を解く。
陛下、この者を近衛騎士に任じたのはわたくしです。
此度の責はわたくしにあります。
申し訳もございません。
かくなる上は、如何様なる処分も受けるつもりです」
ブリュレーは俺に向け、膝立ちになると沙汰を待つべく頭を垂れる。
「ブリュレー、俺は別に今回のことで誰かに責任を負わせようなんて、思っていないよ。
ジョウエンが近衛騎士を続けてくれると言うなら、それでもいいと思っている。
いや、むしろぜひ続けてもらいたいところだな」
「で、ですが、陛下……」
「ブリュレー、考えてみてくれ、ジョウエンは俺たちにとっての『正しき眼』だ。
死霊術士が他の者からどういう風に見られるのか、そして俺たちの国が他国からどう映るのか、それをジョウエンは俺に教えてくれたんだ。
俺たちはこれからもっと広い視野を持っていかなくてはならない。
その為にもジョウエンのような人材は必要だ。
分かるか? 」
「はっ、陛下のご慧眼、このブリュレー頭を垂れるばかりです」
俺がこの国のトップだから、偏見の目はなくならない。こちらが望まない利用の仕方を考える輩も出るだろう。
俺たちは常にその危険性を頭に入れておかなければならない。
そういう意味では、『ワゼン』に行く前に他者の眼に映る俺たちを確認できたのは良いことだと思う。
「ジョウエン。お前の今の願いは叶えてやれない。
それでも、俺たちのために近衛騎士として働いてくれるか? 」
「陛下……今、思い出しました。
確かゼリのダンジョンで私たちは陛下が転移の魔術罠に嵌まるのを見ていることしかできませんでした。
普通なら依頼失敗となるところなのに、陛下は自らのお力で生き延びられただけではなく、私たちの失敗すらもお許しになられた。
そして、今また、私の愚かな選択を許されようとしておられます。
私は……今、ここで逃げ出せば、ギュカクの死を背負うこともなく、生涯前を向いて陽の光を見ることは叶わなくなるでしょう……」
そこまで言って、ジョウエンは一度、言葉を切った。
それから、ゆっくりと息を吸い込む。
「私の命を陛下に捧げます」
「ああ。ジョウエン、その『正しき眼』を失わず、この国を守ってくれ」
「は、はい! もったいなきお言葉、しかと……」
俺は頷くと全員に指示を出す。
「全員、武威徹へ」
外交団の全員がそれぞれの『武威徹』に乗り込む。
「合図を!」
俺が言うと用意されていた銅鑼の音が、ジャーン、ジャーン、と響き渡る。
式を見守る者たちが歓声を上げる。
そんな中、隣に座るアステルが俺に耳打ちしてくる。
「ベルさん、本当に王様みたいでした。
立場が人を創るということですね」
アステルが悪戯っぽく笑う。
まあ、今まで王様らしい言動とかしてこなかったからな。
アステルが感心してくれているようなので、俺も悪戯っぽく笑う。
「戦記とか好きなジャンルだからね。
ロールプレイってやつだよ」
ああ、とまたアステルが感心したように声を上げた。