そりゃ驚いたよ!
出発前。
魔術城内、広場にて集まる武官、文官を前に壮行式。
俺は控え室でアステルと諸々の最終確認をしている。
今頃、広場では今回の動きについての主旨説明やら、外交兼遠征に同行する者たちの紹介などが行われているはずだ。
「陛下、そろそろご準備をお願い致します」
文官が俺たちを呼びに来る。
俺とアステル、ブリュレーは、同行者たちから挨拶を受け、「異動開始」の挨拶をする係だ。
俺はブリュレーの隣、反対側にアステルが立つ。
同行者となる者たちが、順番に挨拶をしていく。
「この度、ワゼン外交大使に任命されたリーフレと申します。
元はサダラ領で貴族の三男に生まれました。
父はコウスでワゼンとの交渉を受け持っておりました。
まあ、交渉と言っても拳を使う方が多かったのですが。
その父の元で何度か交渉に帯同した経験がございます。
必ずやお役に立ってみせます」
ひょろっとした体躯ながら、やけに眼光鋭い外交大使が、俺に礼をする。
拳を含む交渉経験があるらしい……。
『サダラ領』からの難民の一人ということで、なんとかこの国の役に立って地盤を固めたいということだった。
「まあ、なるべく穏便に頼むよ。
ウチはコウスみたいにワゼンとの関係は拗れてないからさ……」
少し不安に思いつつも、声掛けついでに釘を刺しておく。
リーフレは繊細にうふふと笑い、「承りました」と頭を下げた。
おおう、そこはかとなく不安になるな。
次に俺に挨拶したのは外交大使補佐だ。
固太りな体型に柔和な笑みで、大使のリーフレとの対比が凄い。
「デイコン・キリボシでごわす。
祖父がテイサイートに帰化したワゼン人でごわす」
デイコンはワゼン人の血が流れているのか。
それにしても、やけに息の詰まったような話し方で、大変そうだ。
「その話し方は苦しそうだな」
「これでも、祖父は特殊な神職でごわした。
父も、ワシも、その神事を為せるように鍛えられもうした。
その神職特有なものなので、直しようがござらんでごわす」
「特殊な神職? そんな人間がワゼンからこっちに帰化して大丈夫なのか? 」
「問題ないと聞いているでごわす。
リキシたるもの、その戦いを神に捧げる限り、時も場所も関係ないと教わりもうした。
なので、ワシは今回のワゼンとの交渉を神に捧げたいと思っているでごわす」
……戦い? いや、外交となれば戦いみたいなものなのか?
だが、ワゼンとは仲良くしたいんだけどなぁ……。
どの神に捧げるのかは分からないが、ワゼンの神職がワゼンとの外交大使補佐としてつくのは、悪くない気はする。
ある意味、ワゼンの神が俺たちの国を認めているようなものだからな。
もし、このデイコンの戦いという名の外交が『主神』に捧げられるのだとしたら、俺は心から言おう。「ざまぁ。ねぇねぇ、今、どんな気持ち? 」と。
『主神』に嫌われている俺が、『主神』に捧げられる戦いによって、『ワゼン』と仲良くなる。
これはかなり痛快な気がする。
もし、別の神に捧げられるのだとしても、俺は『主神』に捧げられるものだと信じておこう。
その方が痛快だ。
「お前がワゼンとの仲を取り持ってくれることを期待している」
そう言ってデイコンの手を握った。
わお、筋肉質!
そうして、次に挨拶したのはウチで認められている王国御用商人だ。
彼はワゼンでの物の価値を探り、何を求めるべきか、また、何を求められているのかを探るという、今回の外交使節団の中でも最も重要な位置を任せることになる。
本来なら、オクトを連れて行きたいところだが、オクトはヴェイル王国内で現状、手一杯らしい。
そこで白羽の矢が立った人物が彼だという話なのだが……。
「王国御用商人の一旦を任せていただいております。カーモッ……」
「カモッさん!? 」
「……ツと申します。
あ、ヴェイル陛下。まさか、覚えていて下さったのですか? 」
そこに居た王国御用商人は、俺が『アンデッド図鑑』を買いに旅をした時、ひょんなことから馬車の同乗者としてしばらくの間一緒に行動した、親切な商人のおじさんカーモッツことカモッさんだった。
「そりゃ覚えてるよ!
あの旅で最初に仲良くなったのがカモッさんだし、あのダインたちを懐柔していく姿は忘れたりしないよ」
イキった強面冒険者ダインとカンドゥ。
最初はアルを怒らせてくれたりと、手を焼いたが、カモッさんが最後には一番仲良くなってしまっていた。
確か『ヂース』で別れた後、ダインたちとカモッさんは一緒に『スペシャリエ』まで向かったはずだ。
その姿に、俺はカモッさんができる商人だと感心したのを覚えている。
「あれはジェアルさんや陛下のおかげで、仲良くなれただけで、懐柔とは違うと思いますが……」
カモッさんが言葉を選んでいる。
「それで、なんでカモッさんがここに?
ああ、別に変な意味じゃなくて、カモッさんがウチの国で働いてくれて、御用商人になることには疑問はないんだ。
でも、今回のワゼン行きは危険も覚悟しないといけないだろ? 」
俺はなるべく誤解のないよう説明しつつ聞いた。
正直、カモッさんは俺〈国王〉目当てでウチの国で働いていたとしても不思議ではない。
まあ、俺がカモッさんを覚えていることが前提条件ではあるが、俺としてはカモッさんがわざわざ危険な旅に同行する旨味が少ないように思うのだ。
カモッさんは既にウチの国の御用商人として認められている。
あとは週一開催の立食パーティーで俺と会えれば優遇確実、わざわざ危険な国外に行かなくてもカモッさんほどの手腕があれば左うちわで金が稼げる。
それなのに、何故わざわざ国外? そう思わざるを得ない。
「はい。ここがヴェイル王国となった時に考えたことがふたつございます。
ひとつは、サプライズです。
まあ、陛下が覚えていて下さったなら、驚いていただけるかな、と」
そう言ってカモッさんはウインクひとつと共に悪戯っぽく笑った。
「いや、そりゃ驚いたよ」
「ふふ、ならばサプライズは成功ですね。
まあ、今の陛下を見れば全てはわたくしの杞憂に過ぎないのだと理解できますが、ここがヴェイル王国となった当初、わたくしは助けたい人物がいたのです」
「助けたい人物? 」
「はい。旅先で少しの間を共にしただけですが、飄々(ひょうひょう)として掴みどころがないかと思えば、頼れるものの、自分を捨て去っている青年です。
彼がどうにもわたくしには、危うく見えていました」
うん? いまいち話の意図が掴めない俺はそのままカモッさんの続きを待つ。
「彼はわたくしから見ると、知識と経験のバランスが取れていないように見えておりました。
そのくせ大いなる流れに呑み込まれていたような……」
ん? これ、俺のことか?
「袖擦り合っただけの縁かもしれませんが、こんなわたくしにも何かできることがあるのではないかと思いまして……」
「ああ、カモッさんが力を貸してくれるとなると、その彼もきっと喜ぶと思う。
おそらく彼もそういった縁に喜んでいるんじゃないかな? 」
言って、俺とカモッさんはニヤリと笑った。
カモッさんの話は周囲を慮ってのことだった。
下手に国王と仲が良い商人が交渉に同行しますとなると、他の商人からのやっかみやら何やらでカモッさんだけではなく、国王としての俺の評判も落ちる可能性がある。
ただでさえ五議会制という形で、国王は君臨すれども統治せずという形を取っている。
『カモッさんと冒険者ヴェイル』の関係に留めておくのが正解だろう。
「……それで、もうひとつは? 」
「コウスの頃からワゼンの文化というのは、基本的にスペシャリエで消費されるもの。
テイサイート、ヂース、ソウルヘイなどには特に回されることがありませんでした。
つまり、他の商人よりもいち早く商機がいただける訳です。
特に現状ではワゼンとの関係は良好だとお聞きしております。
コウスでは譲ってもらえなかった商品が輸入できるかもしれないとなれば、これは商人として見逃せませんな」
さすが、やり手だ。
さらっと本音を吐いて、それを俺が嫌がらないところまで見抜いている。
そういうところは今や大商会主となっている母さんの弟子のオクトに似ている。
俺は感心したように頷いて、カモッさんと握手を交わした。
文官の二人はどうにも脳筋の香りがするが、カモッさんがいれば、なんとかなりそうな気がしてきた。
あとは近衛騎士たちに挨拶をしたら、出発だ。
だが、思わぬ出会いはカモッさんだけでは終わらなかったのである。