耐えろ! ドドド……。
俺たちはそれから何度も戦った。
外の状況は分からないが、未だに時折、オルとケルの火球のものらしき光が見えるので、どうにか対処はしているのだろう。
トンネルに入って来るグリフォンゾンビは、二匹〜五匹、多い時は七匹同時というのもあったが、アルとアルファのおかげでどうにかなっている。
警備兵が前を向いている隙に、アルとアルファに俺の血を吸わせることもした。
人工霊魂も用意したが、それを悠長に食べさせる暇はなかったのだ。
アルファに血を与える時はかなり緊張した。
なにしろ実体化している時はブラックガルムという巨大な狼型モンスターなのだ。
牙一本が俺の腕くらいの太さだ。
俺に敵からの怪我はなかったが、警備兵たちよりも血は流している。
まだ目眩を感じるほどではないが、走ったりはできないだろうなと思う。
『異門召魔術』は動き回る必要がないのが救いだ。
警備兵たちも疲れている。
断続的に何度も何度もグリフォンゾンビの解体をしている。
目の前に来る頃には攻撃手段のほとんどを失っているとはいえ、馬より一回りは大きなモンスターが相手なのだ。
その労力は計り知れない。
一瞬の隙間、グリフォンゾンビを解体して、次のグリフォンゾンビが来るまでの間は、全員が口数少なく俯いてしまう。
どれくらいの時間だろう。
気づけばトンネルの外が明るくなりはじめている。
夜明けまでもう少し。
未だ援軍の声は聞こえない。
「みんな、携帯食と水を用意した。
もう少しだ。頑張ろう! 」
疲労困憊の警備兵たちがようやく顔を上げる。
「順番だ。五人ずつ俺の後ろで休んでくれ」
フラフラと最初の五人がこちらに向かって来ようとする時に、またグリフォンゾンビが入り込む。
「ちくしょう! ひと口の水も飲めねぇのかよ! 」「援軍はまだか……」「くそったれが! グリフォンどもめっ! 」
そう言って警備兵たちは武器を構えるが、槍一本、剣一振りの重さを支えるのも、いっぱいいっぱいという感じだった。
「聞け! 援軍はもうすぐのはずだ。
ここが踏ん張りどころだ! 耐えろ! 」
「分かるもんか……」
俺の言葉に誰かが呟く。
「いや、分かる。
今まで城とここを俺が何往復したと思ってるんだ?
武威徹を飛ばせば城まで三時間。
援軍を編成して、馬をとばせば八時間くらいのはずだ。
ほら、そう考えればもう少しだろ。
ここさえ凌げれば、活路はある! 」
この時、俺は知らなかったのだ。
『武威徹』で逃げたはずの技士と運転手が、途中でグリフォンゾンビに追いつかれて、肝心の『武威徹』が大破させられていたということを。
だが、そこから技士と運転手は必死に走って逃げながら、城へと向かったということを。
夜が明けた。
度重なる戦闘で、あちこちの支柱に傷がついている。
それをどうにか支えているのは、工事用ゾンビたちだ。
その工事用ゾンビたちも、グリフォンゾンビの魔法攻撃の余波で挽き肉みたいになってしまったのが何体もいる。
グリフォンゾンビを俺とアル、アルファだけでどうにか凌ぐ。
警備兵は立っているだけでフラフラしていて、限界だった。
「よし、暫くなら俺たちだけで凌げる。
全員、少し休憩してくれ」
俺は狙って撃つだけの簡単なお仕事だし、アルとアルファには二度目のオド供給をしたばかりだ。
このトンネル内なら敵が一直線に並んで各個撃破できるので、オドに糸目をつけなければ暫くは持ち堪えられる。
警備兵たちはへたり込むように、その場に尻もちをついて休む。
「アル、アルファ、もう少しだけ頼むぞ……」
ブラックガルムは尻尾を振り、アルは大きく頷く。
するり、トンネルへとグリフォンゾンビが入り込む。
「引きつけて、一気に行くぞ。
アル、前に出過ぎるなよ」
どうせ後続のグリフォンゾンビが来る。
三匹以上になったら、アルファの雷霆弾でまとめて潰してやると思いながら、俺はギリギリまで敵を引きつける。
外からは連続した地響きが聞こえる。
グリフォンゾンビの口から発する衝撃波だろうか。
アレは地を穿つ程の威力がある。
もしかして『金色』の魔王が近くにいて、戦い方を変えたか。だとすれば、これほど厄介なことはない。
今までの狙いはどう考えても俺だ。
だからこそ、オル、ケル、リザードマンデュラハンズで外を支えられているとも言える。
ちくせう、どうする……。
一匹のグリフォンゾンビが低空をトンネル入口に向けて真っ直ぐ進んで来る。
それは地上で邪魔する奴らの力が弱まったという意味だろう。
そう考えて、俺は気合いを入れ直す。
丸太がグリフォンゾンビを潰した。
中のグリフォンゾンビを三人で処理しながら、次に来るであろう低空飛行グリフォンゾンビを待ち構えようとしたら、上から降って来たらしき丸太にそのグリフォンゾンビが潰された。
その丸太は重力を無視するかのように、軽々と上に持ち上がっていく。
いや、なんだよ丸太って……。
「援軍……? 」
アルが首を傾げる。
どんっ、どんっ、ばん、ばん、ばしんっ、あぎゃああ、ぐぎゃああ、どんっ……。
……あ。これ、原初のリズム。
「クーシャだ! 」
あと、四大ドラゴンだ。
今、一番欲しかった戦力をクーシャが連れてきてくれたらしい。
「へ、陛下……それはいったい……」
俺がアルと目を見合わせて喜んでいる中、理解が及んでいない警備兵が恐る恐る尋ねてくる。
「死霊騎士団、副団長、元超級冒険者のディープパープルことクシャーロだよ」
「超級……」
「ああ、あとドラゴンが四体来ているはずだ」
「ドドド、ドラゴン!! 」「我が国の戦力なのですか!? 」
「ああ、アンデッドだけどな」
「アンデッドドラゴン!! 」
警備兵が驚きに顎を外しそうになっている。
確かに、名目上は『死霊騎士団』を創設したことになっているけど、内実は俺の私兵……いや死兵だけで構成されているから、細かい情報が出てないんだよな。
この上、魔神アンデッドとか元王兄派のヴァンパイア軍団もいるとか言ったら驚いてくれるだろうか。
いや、驚かせるのが重要ではなく、安心させるのが目的だからやめておこう。
今、この場にいない戦力の話をしても仕方がない。
「お、おおい……コホンッ……おーい、そこにいるのは、だ、誰だい? 」
トンネル入口に人影。
「クーシャ、俺だ! 生きてるやつらは全員、無事にここにいる! 」
人影の緊張感が弛緩するのを感じる。
「わ、分かった。も、もう少しだけ頑張って。
すぐにお、終わらせるから……」
そう言って、人影は見えなくなたった。
つい先程まで止んでいた原初のリズムが再開する。
それから、トンネル内に入り込むグリフォンゾンビはいなくなった。
三十分もした頃、人間の喚声が聞こえる。
炎が見える。渦巻く炎だ。
トンネルの中からでは全貌は見えないが、強化を施した詠唱魔術だろう。
じいちゃんか。
兵士たちが見える。
魔導剣や魔導槍、さらには『異門召魔術』で武装した兵士たちだ。
警備兵たちの感嘆の声が聞こえる。
いかに魔導王国とはいえ、全員に魔導機付武器や『異門召魔術』を配る訳にもいかない。
将来的にはそれが目標らしいが、近衛騎士〈編成中〉、正規軍〈主に国境警備兵から〉という順番なので、未だそれらの装備が配備されていないトンネル警備兵たちには憧れの装備という位置付けらしい。
外での戦闘音が消える。
『金色』の魔王は現れなかったらしい。
トンネルの外は焼け跡と爆撃跡で地形が変わり、異臭漂う地に様変わりしていた。
これ、復旧が大変だな。
俺と警備兵たちはへなへなと崩れ落ちるように『武威徹』に載せられ、城へと連れられるのだった。
腹、減った……。
城に入って、最初に思ったのはソレだった。