事故とは穏やかではないのぅ。いや、待てよ……。
夏の終わり、それは俺がアル、クーシャ、アステル、アルファらと冒険を終えて、『塔』の中、土産話で盛り上がっている時にやって来た。
「た、大変です! ヴェイワトンネルで事故ですっ! 」
『塔』の食堂に飛び込んで来た兵士は、開口一番に叫ぶ。
ヴェイワトンネルはヴェイル王国とワゼン王国を結ぶために掘っている、山をくり抜くトンネルだ。
魔術城とヂースの間、南の山脈に作っている。
「ふむ……事故とは穏やかではないのぅ」
じいちゃんが兵士の焦りを緩めるように間延びした口調で言う。
俺はこれでも総監督なので、しっかり聞いておかなくちゃな。
「規模と被害は? 」
「はっ。
報告では、三百メートル付近からトンネルが崩落、内部にいた作業用アンデッド五十三体が崩落に巻き込まれたとの由にございますっ! 」
「現場監督や警備の兵士は無事なのか? 」
つまるところ生きている人間の被害は? と聞いている訳だが、こちらは全員無事だったらしいので、少しだけ安心する。
俺は総監督として現場に急行する。
帰って来たばかりでも疲れないアンデッドであるアルとアルファを護衛に、兵士に運転を頼んで『武威徹』で急行した。
現場に着いて、真っ先に現場監督のテントに入る。
「入るぞ……」
「こ、これは陛下……」
そこには俺が現場監督をしていた時に強度のことや平行の取り方などを指導してくれた技士が兵士の一人から怪我の手当てを受けているところだった。
この技士にヴェイワトンネル工事に従事するアンデッドたちの命令権を与えている。
詳しく聞けば、技士の怪我は崩落の時ではなく、その後、事故原因を究明しようとトンネルに入った時、アンデッドたちが身体を潰されたのにも関わらず仕事をしようと動いたために起きた二次災害で負った怪我らしい。
「いや、怪我と言っても、少し切っただけですから……」
「とりあえず見舞金と、休暇が必要なら対応できるようにしておく。言ってくれ」
「いえ、お心遣いに感謝いたしますが、それには及びません。
それよりも……」
技士は俺に頭を下げるが、そこから先は言い淀む。
「何かあったか? 」
どう伝えたものかと悩んでいるようだったので、こちらから促してみる。
「……はい。
もう一度見ればはっきりするとは思うのですが……もしかすると何者かの妨害があったのやもしれません」
「妨害……で、ですが、我らの警備には誰も……」
技士の言葉に、そんなはずはないと警備兵が応える。
詳しく聞けば、技士が二次災害にあう直前、トンネルの補強に使っている支柱に深く抉られたような傷を見た気がするというものだった。
俺は一度、トンネル内でアンデッドたちに動かないよう命令してから、改めて外にいるアンデッドたちに災害で崩れたトンネル内の土砂の撤去を命じる。
暫くして、土砂と一緒に埋もれていたアンデッドたちが運び出されてくるので、それは別に並べさせる。
腕や足が折れたり、千切れたりしている。
中には首が、というのもあったが、オドさえ補給できればアンデッドはそれなりに身体を繋ぎ合わせる程度はできる。
腕の向きや、どれが誰のかはちゃんと見てやらないと悲惨だが……。
俺は一度、頭を振って嫌な想像を追い出して、瓦礫に交じる支柱の残骸を確認する。
「陛下、こちらを……」
技士が見せてくるのは、木材の支柱が鋭利なもので半ばまで傷つけられ、そこから圧し折れた物だった。
三本線……爪……モンスターか?
もしくは、モンスターを装った人間の仕業というのも、なくはない。
確か、山の上の方だと鷲頭獅子が出るはずなので、モンスターの可能性は高い。
トンネル工事は、基本的に昼夜関係なく進めているので、常にトンネル内にはゾンビがいる。
餌だと思われたか。
いや、だが、ゾンビ被害は崩落後のものしかない。
しかも、現状では食われた跡も見当たらない。
人間の仕業だとすると、警備の目を欺き、暗闇のトンネルの中を奥まで進んで、崩落しやすくなるように支柱に傷をつけたことになる。
アンデッドの中でも、ゾンビたちは視覚を必要としていないので、夜間工事は基本、真っ暗な中で進められる。
もちろん、警備兵や現場技士は灯りの魔導具を使用している。
これらのことを踏まえると、犯人候補である人間も、モンスターも途端に可能性が低くなる。
いや、待てよ……。
夜目の効くモンスターを操る術を持っている人物なら可能な犯行だな。
俺か。
いやいや、そんな冗談はさておき、ヴェイワトンネルを開通させたくないと考えている誰かがいるということだろうか。
『コウス王国』は嫌だろう。
ただモンスターを操る術を持っているなんて話は聞いたことがない。
まさか、捕縛した老婆のメーゼを働かせて……有り得る、が難しいだろう。
なにしろコウス国王は死霊術を嫌悪している。
それこそ、俺を魔王認定するほどだ。
老婆のメーゼを使うくらいなら、冒険者なり、暗殺者なりを雇うだろう。
『ワゼン王国』は忍者フーマと一度会っただけだがウチとの交易には、かなり乗り気だった。
無いと思いたい。
だが、俺の忍者知識によると『操獣術』とでも言うべき『口寄せの術』というのがあった。
ただ、忍者フーマはないだろう。
こちらに来るまでにグリフォンに狙われて、危なかったという話を聞いている。
爪痕はかなり大きくて、ちょうどグリフォンサイズくらいだ。
そんな『口寄せの術』を忍者が使えるなら、危険な山越えをするのは忍者フーマ以外の『口寄せの術』を使える者が任じられたはずだ。
まさか『マンガン国』……いや、ひとつ忘れていた。
『金色』の魔王だ。
黄昏のメーゼの一人となったことで、死霊術の知識があり、クーシャやアステルにボコボコにされたこともあって、俺たちを恨んでいる可能性が高い。
神殺しに執着しているアイツが手始めに俺たちに意趣返しを考えることは充分に有り得る。
ヤバいな……五議会に報告して対策を……。
俺がつらつらとそんなことを考えていると、アルファが警告を発した。
「ご主人様! あれを! 」
言われて、アルファの声に従って山の稜線へと目を向ける。
夕陽が山の稜線に掛かりつつある中、赤金色の光を遮るように黒い雲のような何かが続々と山から湧き上がる。
ギャーギャーと辺りを音の洪水に飲み込むようなソレは、おぞましい災雲となって俺たちに迫っていた。
「グリフォンゾンビ……」
俺は我知らず口から出た言葉で、真実を把握した。