冒険でも行こうか。連携攻撃の練習……。
久しぶりのダンジョンだ。
正しくは俺の『研究所』だが、研究スペースは地下十一階まで移動させてしまったので、ダンジョンの方がしっくり来る。
まあ、たまには散歩だと思って、下まで行くか。
途中、隠し扉を開けて、いざと言う時用の畑なんかも見回っておく。
クエルネという地下に育つ植物、キノコ各種、下に進めば青物やら根菜も『光』魔導具の下、生き生きと育っている。
果物類も生育の早いやつなんかは実をつけ始めている。
ただ、地下なので色味が少し薄いか?
『光』魔導具の追加を考えておこう。
地下四階、大広間ではアルが二十体のオーガアンデッド相手に稽古をしていた。
あのオーガたちは中級上位のファンタズマグールまで進化させた『トルーパー』かよ。
ウチの虎の子の戦力だが、アル一人で翻弄している……。
「とと……ストップ、ストップ! 」
アルが声を上げて、訓練を止める。
「ベル! こっちに来るなんて久しぶりだね」
ああ、俺が見てたのに気付いたのか。
「おう、ちょっと倉庫に用があるからな」
「ふーん……少しは休めた? 」
アルはここ最近、俺のところに来ていない。
どうやら、俺の多忙生活の終わりに一週間ほど引きこもったせいで、俺を気遣ってくれたらしい。
普段なら、用が無くても俺のところにやって来て、あれこれ構ってちゃんになるのだが、最近は少し距離を置かれている。
クーシャから聞いた話だと、俺を焦らせたくないから、距離を置いているらしい。
まあ、ありがたく趣味に埋没させてもらっていたので、そろそろアルの不満解消に俺も付き合う頃だろう。
「ああ、ようやく俺もリフレッシュできたって感じだな。
今やってる研究がひと段落着いたら、またどこか冒険でも行こうか。
四、五日なら空けても問題なさそうだし……」
「え!? 大丈夫なの? ベル、王様だよ? 」
「この国の中、限定だけどな。
取り寄せ連絡網もあるし、よっぽどのことがない限りは平気だよ」
「あ、でも、アステルちゃんとか、アルファちゃんは忙しいよね……」
一瞬、瞳を輝かせたアルだったが、すぐに気落ちしたように嘆息した。
「今はメイもいるしな。
五議会でも、俺が好きに動くのをなるべく妨げない方向性で動いてくれてるらしいし、なんとかしてくれるんじゃないか? 」
「ホント!? 」
「ああ、じゃなきゃ王様なんてやってられねぇわ……」
俺は肩を竦めて見せる。
「えぇー、だったら嬉しいな。
最近、稽古ばっかりでちょっとマンネリ化してたし」
「お、おう。
まあ、俺の騎士団を強くしてくれるのはありがたいんだけどな。
アル、ちょっと強くなりすぎじゃね?
まだ赤ひとつだろ? 完全に位階詐欺だよな」
「だって、ベルがいなきゃ冒険者やってもつまんないし……」
ぷいっと横を向いて頬を膨らませる。
や、やめろよ。そんな本格的に冒険者やる訳にも行かないんだぞ、俺は。
俺はなんともいえずに、予定の調整は頼んでおくからと言って、さらに下の階を目指す。
地下七階で四匹のグレータードラゴンゾンビと合唱して遊ぶクーシャを見つける。
クーシャが槍をクルクル回し、穂先を横に振れば『瘴気炎』が、縦に振れば『瘴気氷』が、石突を前にして、横に『瘴気竜巻』、縦に『瘴気土針』と各グレータードラゴンゾンビがブレスを吐いていく。
さらにクーシャの動きによって、グレータードラゴンゾンビたちが尻尾を、ぶんっ! 駆けだし、どたたっ! と様々な音を出す。
呆気にとられるとはこのことだ。
クーシャの指揮に併せて、原始の音楽のような熱が生まれる。
すげぇ……。
音階らしきものは無いが、とにかく熱い。
尻尾が地を叩き、ブレスが交錯する。
フィニッシュはクーシャが槍を突き出すと同時に四匹の回転尻尾が同時に地を打つ、轟音と共に決まった。
思わず拍手する俺。
そこで、クーシャが俺にようやく気付いた。
「ベ、ベルくん……」
「すげぇ……すげぇよ、クーシャ!
今の何? 」
「あ、れ、連携攻撃の、れ、練習……」
「超一流のエンターテイン……れ、連携攻撃? 」
ん? エンタメじゃない……?
「えっと……あ、ああ、剣舞、的な……? 」
フルフルとクーシャは否定する。
「ふ、副団長だから、こ、この前のコウス軍との戦いがここまで来た時用に……」
おおう……副団長。団長の俺、要らないね……。
というか、クーシャとグレータードラゴンゾンビ四匹だけで、どれくらいの敵を屠るつもりだよ……。
結構、複雑な動きやら、フォーメーション変化やらあったぞ。
「さ、さすが副団長……敵が数万人規模でも相手どれそうな……」
「う、うん、ふ、副団長だから! 」
団長はそういうのできないよ。
なんだろう……アルといい、クーシャといい、何と戦うつもりだよ……。
「あ〜、団長は鼻が高い。うん、安心、安心……」
ちょっと偉そうに団長を強調しておく。
我ながら器が小さいぜ。でも、団長は俺だしな。
クーシャはちょっと興奮したように拳を握り締めて、小さくガッツポーズを決めていた。
それから、今度近場のダンジョンにまた皆で行こうと思っているという話をして、俺はその場を後にした。
「よ、よし、じゃあ、ダ、ダンジョン攻略用の練習、だ! 」
クーシャはグレータードラゴンゾンビたちとダンジョン攻略用の練習をするらしい。
いや、グレータードラゴンゾンビは連れて行けないよ?
背後で地響きが始まるのを後目に、俺はそそくさと下へと向かった。
地下十一階層。
生活区域はほぼ完成しているが、迷宮部分はまだまだ工事中だ。
そんな中、俺は倉庫から鉄晶石を持って来て、それを砕いてインクを作っていく。
インクが完成したら、それで『皿』の魔術符を描き、新しい『異門召魔術・皿』の箱にインクをセットする。
さて、鉄皿になるだろうか。
結果から言うと、鉄皿はできた。
素焼きの皿に比べて、薄くでこぼこの鉄皿だ。
方向性は間違ってなさそうだ。
だが、紋章は不備があるのだろう。
薄さは丁度いいくらいだが、でこぼこだし、思う程の強度が出ていない気がする。
インクの濃さを変えてみたり、普通の紋章魔術として発動してみたりする。
やはり、紋章が足りていないのだろう。
とりあえず、鉄晶石を発動に用いるだろうことが確定したので、これをじいちゃんと共有しておこう。