そのメイが、あのメイ……。
夏も半ばを過ぎ、暑さがピークになりつつある。
だが、俺の仕事は未だ減っていない。
トンネル掘る、治水する、整地する、工事で出掛けると帰ってくる頃にはアルやクーシャが集めたモンスターの死体を起こして、契約する。
契約する、一部を進化させる、仕事を与える、それらが終わると面会が待っている。
有力者と面談、五議会の報告を聞く、有力貴族と懇親会、ようやく少しだけ寝る。
最近になって、少しだけ時間が作れるようになってきた。
散歩、読書、睡眠、アルに連れ回される、アステルとお茶、クーシャと料理、兄姉弟子と研究、オクトと悪巧み。
「秋には各神殿を訪れて、お祭りの開始宣言をしないといけないんですよ……」
「俺が? 」
アステルとお茶を楽しんでいると、アステルがそんなことを言い出す。
「はい。最低でも各領一回、合計四日ですね」
「いや、でも、俺はほら、主神に嫌われてるし……」
「それでも、祭り事は政なので、国王として参加しない訳にはいかないですから……」
「うわぁ、憂鬱……」
「まあ、形だけの祈念と開始の挨拶はしない訳にはいきませんよ。
ベルさんが公の場に出て、一般にも顔を見せることが重要ですから」
「分かってはいるけどなぁ……」
新参者の国王なので、なるべく周知したいというのが、アステルと五議会の共同見解だ。
「陛下、お休み中のところ失礼致します」
文官の一人が寄って来る。
分かってる……どうせ、急用だろ。
俺は半ば諦めの境地で椅子から腰を浮かす。
「実は魔王様の知り合いを名乗るメイという者が城門にて暴れているとのことで、お心当たりはありますでしょうか? 」
「ブフォっ! なに止められてんだ、メイのやつ……」
ウチの城門は、実はかなりチェックが緩い。
なにしろ俺が国王になることが決まって、急拵えで城壁で囲ったのだ。
『塔』の関係者だと言えば、『塔』にはほぼノーチェックで入れる。
『塔』と『城』は城壁で隔てられてはいるが、じいちゃんがいるので『塔』に行けば『城』にも簡単に入れるという寸法だ。
「知っている方ですか?」
アステルが聞いてくるので、俺は頷く。
「たぶんね。そのメイが、あのメイならじいちゃんの弟子の一人なんだけど……なんで城門で暴れるなんてことになるのか……」
まあ、まだ時間はあるので、見に行ってみよう。
「おい、いい加減にしないとボクも手が出るぞ……」
「いい加減にしろはこちらのセリフだ!
その冒険者バッヂを見せれば済む話だろーが! 」
「いやだね。乙女の秘密を覗こうなんて、いやらしいやつだな」
「なにをっ!」
門番に応援の兵士が来て、ひの、ふの……兵士が八人。
最初に俺の知り合いを名乗ったからなのか、兵士の武装は棍だ。あと荒縄。
メイは魔導士っぽくないタイトめなローブに、いかにもなとんがり帽子、両腰に短杖をたばさんでいる。
このミスマッチな格好の下に革の部分鎧があるのを俺は知っている。
髪は手入れをしていないボサ髪のはずだが、色は綺麗な翡翠色で、これは本人もちょっと気に入っているらしい。
そんなメイは冒険者で魔導士という変わり種だ。
しかも、二つ名持ちらしい。
ただ、メイは俺はもちろん、アルにもその二つ名は教えてくれない。
まあ、実力はあるのだろう。
今も八人の兵士がメイを捕まえようと躍起になっているが、メイはその体術だけで簡単に捌き、躱していく。
「このっ! 」「ええい、同時にかかれ! 」「逃がすな! 」「別に逃げないよ」「多少、痛めつけてもかまわん! 」
「いや、構うよっ! 」
つい、久しぶりのメイがやるアクロバットな動き〈子供たちに人気だった〉が見たくて、すぐに声を掛けなかったが、兵士たちのあまりの殺る気に、慌てて声を上げる。
「おお、ベル! 」
「へ、陛下……」
兵士たちのリーダーとメイの視線がこちらを向く。
「きええええいっ! 」
俺の声が聞こえていなかった兵士がいたのだろう。
怪鳥のような声と共に、メイに棍の振り上げが迫る。
ヤバい!
「あぶなっ……」
シュッ……パーンっ!
俺がメイに危ない、と言い終わる前にメイは棍を軽く添えた手で受け流し、それによって身体が泳いだ兵士の顔面に足裏での蹴りを入れていた。
「あ、ごめーん。つい、意識逸らしちゃった……」
てへぺろっとメイが可愛らしく舌を出した。
「なっ……」
倒れ行く兵士を見て、兵士リーダーが目を剥く。
俺は軽く額に手をやって懊悩しつつ、声を掛ける。
「なにやってんの……」
意識を逸らすとクリーンヒットってなんだ? と思いつつ、俺は飽きれたように声を出す。
アステルはアワアワしながら「衛生兵さ〜ん! 」と叫び、兵士リーダーは俺とメイの間を視線が行ったり来たりしている。
いきり立ちそうになる兵士たちを宥めつつ、メイに次来る時は『塔』の関係者だと言えば、そっちに通してくれるからと苦言を呈し、俺はアステルとメイを伴って『塔』へと向かう。
「いや、びっくりだよね。
人がダンジョンで荒稼ぎして、ようやく出てきたら国が割れてて、しかも、分離独立した側は魔王ヴェイルとか呼ばれてるんだもん。
最初、なんの冗談か、はたまたボクを騙す陰謀かと思ったよ。
思わず放置してた敵対組織を潰すくらいにびっくり!
でも、そしたらさー、マジだって言うじゃん。
だから、ギルドへの報告とか全部放置して、取るものも取りあえず慌てて戻ってみれば、いきなり壁と城でしょ?
なにごと!? ってなるじゃん。なるよね?
ベルが王様とかありえないし」
道すがらアステルとメイの紹介が終わると、メイの言葉数がいきなり増えた。
「俺、王様だから! 」
ありえなくても王様。そこだけは言っておかないとな。
「……王様? 」
「王様! 」
流されてなってしまった形でも王様は王様なので、ドヤ顔をしておく。
「ご飯は? 」
「一応、食べてるよ」
そうだった。メイは何故かしきりと俺に食事を取らせたがる。
ちょっと俺をペットか何かだと思っている節がある姉弟子だった。
俺は答えてから後悔する。
確かに最近は三食がっちりではないので、普通に答えてしまったが、これはまずいのでは……。
「いちおう……そういえば、少し痩せたね……」
「いやいやいや、一応なんて言葉の綾だよ……」
「ベル、ご飯食べに行こう! 」
やっばり始まったかー。
「いや、無理だよ。これでも俺、王様だから忙しいんだよ」
「え? 王様なんでしょ。ちょっとボクに付き合う時間くらい簡単に作れるでしょ」
最初は俺もそう思ってました……。
「む、無理なもんは、無理……」
残念ながら、今日のお茶休憩の後は謁見が十三件ほど入っている。
どう説明したものかと俺がモゴモゴしていると、アステルが口を挟んでくる。
「あの、ベルさんは他に代わりがいない仕事を受けていただいてまして……」
「例えばどんな? 」
メイの質問にアステルは素直に答えていく。
メイも最初はふんふんと聞き手に回っていたが、途中で考え込んでしまったようだ。
「……という次第なので、私たちも何とか時間を作りたいとは思っているのですが……」
アステルも苦渋の決断という感じで肩を落としている。
「なるほどね……問題になっているのは、死霊術の安全性と政治形態の不理解ってところかな。
それと、政治を動かしているのが元コウスの貴族たちとお師匠さんだから、コウスのやり方から脱却できてないんだね」
「コウスのやり方? 」
メイが訳知り顔で言っているが、俺も理解が及んでいないので、つい聞いてしまう。
「そ、コウスのやり方。
コウスはコウス国王に全ての裁量権がある。
だから、最終的に国王が全ての決定をする必要がある。
でも、ベルの国は四領主とお師匠さんの合議制でベルはお飾りなんでしょ」
「うん、確かに。
お飾りならいいかと思って、王になった部分もあるしな……」
「だから、やり方も変えていかなきゃだよ」
メイがにっこり笑うのはいいんだが、いまいちピンと来ていない俺とアステルは苦笑った。
「あ、その顔は分かってないな……ふふん、このメイ姉さんに任せなさい。
まずはお師匠さんから説得だね。
お師匠さーん! ただいまー! 」
そう言ってメイは『塔』の中へ入っていった。
翌日、俺は眠い目をこすりながらも、仕事現場に向かうため駐機場へと向かう。
メイはせっかく帰って来たのに、帰ってからじいちゃんと話すとかで、まともに話す時間がなかった。
アルも会いたがってたんだが、結局会わずに翌日になってしまった。
なんだかんだ言っても、じいちゃんの弟子連中は、ひとつ『コレ』と決めたら、集中力が違うからな。
『塔』の中では、未だにじいちゃんとメイの話し合いの声が聞こえていた。
「陛下、おはようございます」
護衛と運転手の兵士に言われて、俺も挨拶を返す。
「本日はヂースの治水工事の後、城での面会予約が十五件となっております」
「あ……ああ……とりあえず、ヂースまでよろしく……」
「はっ! 」
運転手の操る『武威徹』がふわりと浮かび、一路『ヂース』へ。
治水工事に従事すること八時間。
「陛下、そろそろお戻りの時間です! 」
俺は『武威徹』の中でもそもそとパンを齧る。
これから、面会やって、夕食、その後は新しい『ルーキー』アンデッドたちと契約だ。
だんだんと慣れつつある自分が嫌だ。
はあ、丸一日くらい、本だけ読んで過ごしたい……。
そんなことを考えながら、『城』へと戻った。
「はーい、すとっぷ、すとっぷ! 」
城門前にメイが立っていた。じいちゃんとアステルも一緒だ。
「なにかあった? 」
俺は聞く。
「ベル、予定変更だよ」
「ん? 」
結果から言えば、今日の面会は宴会になった。
いや、冗談抜きで、本当に宴会だった。
メイに言わせると、政治的決定権を持たない俺に面会したがる馬鹿が多すぎる。ということで、顔を売りたいだけなら週に一度の宴会で充分と考えたらしい。
そもそも新興国の俺たちにコウス王国のような謁見の儀を取り入れることこそ無駄というもので、権威もないのに無理してるようにしか見えないというお言葉をいただいた。
なので、宴会。綺麗な言い方をすればパーティーでも夜会でもいい。
ただ、立食形式で俺は延々と飯を食いながら、話を聞いていればいいし、堅苦しい挨拶もないので、最高に楽になった。
それから工事現場の監督業についても、刷新することが決定された。
具体的に言うと、アンデッドたちへの命令権を信頼できる者に丸投げしてしまうことになった。
これは、実際のところ初期の頃から俺がやっていたことで、アンデッドたちは最終的には俺の命令に従うことになるのだが、細かい実務はアルファやアルに命令権を与えてやらせていたのと同じことだ。
ただ、一般人から見ればアンデッドはモンスターで、それを操れるのは死霊術士のみというのが一般的な見解だ。
その死霊術士が操っているから大丈夫。という常識を今後は取り壊していくべきだという話になった。
確かに最初の内は色々と問題が出そうなものだが、これはうちの国の産業として確立させていくなら、必要なことだとメイが荒ぶった。
メイが言うことは全くもってその通りではあるのだが、じいちゃんと四領主は懸念材料が多くて認められなかった部分でもある。
例えば、命令権を与えた人物が俺たちを裏切ったら?
例えば、事故対応は?
そういう時こそ俺の出番で、それ以外は任せられる形にしないと、国の産業とはならない。
外国で工事を頼まれた時、俺がずっと出向するのでは意味がない。
そういう類いのことを、メイは帰って早々にじいちゃんと徹夜で話したらしい。
まあ、前半は俺の状況〈なぜ死霊術士になったのかとか、なぜ国を興すことになったのかなど〉の説明だったらしいが、俺は忙しくしていたので、俺からは説明のしようがなかった。
楽になった。
諸々の決まりができて、現場監督の任命やら、アンデッドたちへの命令権の移行なんかで数日間は怒涛の忙しさだったが、楽になった。
俺は溜まっていた鬱憤を晴らすように一週間ほど引きこもった。
堅苦しい宮廷料理ではなく、『塔』の中で気ままに家庭料理。
四六時中、本を読む。
じいちゃん、アル、アステル、クーシャ、母さんの弟子のオクト、オーガス兄、ノーベン、じいちゃんの弟子のメイ、俺の弟子になったクイラス、たまにやって来る母さんの弟子セプテンとその弟子のサンディ、四領主の残り三人、ブリュレー、オルニオ、クラフト。
『塔』の中に昔の活気が戻って来た感じがする。
「ふむ……そろそろ皆を呼び戻すかのぅ……」
今、『塔』には金がある。
主に俺の金だが、正直、俺は大金の使い途なんて知らない。
オクトが儲けてくれた『異門召魔術』の金の半分をじいちゃんの研究に出すことにしたら、じいちゃんは嬉嬉としてそんなことを言った。
魔〈術〉王国ヴェイルだから、魔術には力を入れていかないとね。
そんな訳で、俺たちの国は順風満帆で動き出したのだった。