出す!受ける!?
俺は冒険者互助会の依頼を出す建物に行く。
出したい依頼はふたつある。
ひとつは『ケイク』のダンジョンの『ゴーストオーダー』から葉を取ってくるというのと、家の南の森『騒がしの森』から『ルーの木』の葉を取ってくるという依頼だ。
受付のお姉さんにそのことを説明する。
「ケイクのゴーストオーダーは『緑ひとつ』、騒がしの森は現在モンスターが増えたという話が出ていまして……難易度調整中なんですよね……ええと……とりあえず三番のお部屋にどうぞ……」
また三番の部屋か……ということはあのおじいさんが受付してくれるということなのだろうか?
とりあえず、言われるがままに三番へと進む。
「おお、カーネルの孫や、また来たんか!」
やっぱりおじいさんだった。
「あ、どうも……」
「うむうむ……カーネルに似て研究熱心なんじゃのう……して、今日はどうしたんじゃ?」
おじいさんがお茶を用意しながら話を振ってくる。
俺はもう一度、おじいさんに説明する。
「ふうむ……なるほどのぅ……『騒がしの森』はお主もよく入るじゃろう?依頼を出さねばならぬほどに危険か?」
カチャと音を小さく出して俺の前にティーカップが置かれる。
軽く頭を下げて、俺はお茶に口をつける。
受付の美人さんは『騒がしの森』について難易度調整中だと言っていた。
おじいさんがそんな言い方をするということは、判断材料が欲しいということだろう。
適当に難易度は高くないアピールをして、依頼料を抑えられる可能性も考えたが、その結果『赤ひとつ』とか『色無し』冒険者が受けて、依頼失敗にでもなったら無駄に時間が掛かる。
ここは正直に話すのが無難か……。
「三、四時間奥に入ったら『大角魔熊』に出くわした。
それから、『竜狼』の十匹以上の群れも見た……」
「なんと……それは随分と危険度が増したようじゃな……どちらも『赤みっつ』冒険者のパーティーは必要じゃな……ううむ……今、ちょうど互助会でも『騒がしの森』については難易度調査の依頼を出しとるところじゃ。
そちらは『赤よっつ』からの依頼にしとるんじゃが……それでも完全に奥までの調査は厳しそうじゃのぅ……」
おじいさんは難しい顔をして考え込んでしまう。
ふと、考えてみると、もしかしてお金が足りないんじゃないかと思えて来た。
前回の依頼に使ったのが三十六ジンで、手元にはオクトとの取引で貰った分と合わせて四十五ジンほどしかない。
『ケイク』の『ゴーストオーダー』の葉の依頼は受付から『緑ひとつ』と言われているので、最低、二十ジン。
残り二十五ジンだと『赤ふたつ』冒険者しか雇えない。
思ったよりも難易度が高く設定されそうで焦る。
「あの……」
「なんじゃ?」
「値段によってはちょっとお金の工面をしてきたいんだけど……」
確実に金額が越えそうなので、またオクトに頼るかな……などと考えていると、おじいさんがニンマリと優しげな笑みをする。
「ふむ、どれぐらいに抑えたいんじゃ?」
「ふたつの依頼を併せて、四十五ジンしか手持ちがない。
でも、オクトのとこに行けば、もう少し工面出来る……と思う……」
「おや、オクトと言うと……オクト商会かの?
そうか、オクト殿はレイル様のお弟子さんじゃったな……つまり……面識があると……ということは……ふむ……」
おじいさんは少し上を見上げて、それからお茶をひと口。
やばい、このおじいさんは家のじいちゃんの知り合いで、たぶん母さんのことも知っている。
そして、母さんは他人様に迷惑をかけることを非常に嫌っている。
話の信ぴょう性のためにオクトの名前を出したけど、もしかしてこれ怒られるパターンのやつじゃないか?
俺が呼吸も止めて、成り行きを見守っていると、ようやくおじいさんが口を開く。
「……最近、『異門招魔術』と呼ばれる魔導具がこの互助会で貸し出しされてましてな……紋章魔術の縮小版のようなモノなんじゃが、その有用性に冒険者が群がっておる。
その『異門招魔術』を持ち込んで来たのがオクト殿じゃ。
最初、君のお母さん、レイル様の作品かと思ったんじゃが、オクト殿に聞けば、そうではないと言う。
では、誰かと問えば、すぐにはぐらかされてしまう。
企業秘密で本人を守るためなんだそうじゃ。
まあ、互助会としてもその作成者を守るというのならば異論はない。その有用性は計り知れんものがあると思うとるしな……だが、知っておればこちらからも守ってやれると思うんじゃが、なかなかに頑なでな……。
そこでじゃ、取引せんかね?」
「取引?」
「オクト殿と知り合いだと言うなら、君から、互助会側に『異門招魔術』の作成者を害する、もしくはオクト殿抜きで直接取引する意思はない。作成者を守るつもりならば、ぜひ互助会にも協力させて欲しいということと、そのために誰の手によるものなのかを教えて欲しいということを口添えしてもらえんかね?
その約束がもらえるならば、四十五ジン、いや、四十ジンでふたつの依頼を引き受けよう。どうじゃね?」
俺は逡巡する。
たぶん、このおじいさんは俺が『異門招魔術』の関係者だと思ったんだろう。
作成者が俺ということまでは見抜いているか分からないが、オクトに対する発言力があると見ているらしかった。
まあ、『騒がしの森』の調査が最低『赤よっつ』冒険者からの依頼にしているということは、最低でも四十ジンの依頼だということだ。
つまり二十ジン近くの金を借りられると言うのは、おじいさんにも分かっただろう。
さらにはオクトから見れば俺は師匠の息子。
その俺からの口添え。オクトは無碍にできないだろうという推測をしたってことだ。
正直、オクトが俺のことを守ろうなんて、そこまで想ってくれているとは思ってもみなかった。
確かに作成者が俺だと分かってしまったら、『異門招魔術』が人気な今、冒険者が直接俺のところに押し掛けて来て、作ってくれ!と言われる可能性もある。
そういうことを防ぐためにオクトは内緒にするということを選んだのだろう。
おじいさんの言葉を信じるのならば、これは俺にとって得しかない話ではある。
ただし、冒険者互助会がそれを知ってしまうということは、俺はそれを仕事にするということでもある。
別に仕事にするのが嫌な訳じゃないけれど、優先すべきアルの生き返りに支障が出るかもしれない。
オクト相手なら、判子作りを辞めたい時に辞めたいと言えば済むという認識だったが、冒険者互助会がそれに関わってきてしまうと、辞めたいから辞めたいでは済まなくなる。
オクトと俺の間柄なら許されることが、他者を介在することで許されない責任を負うことになる。
いや、作らなきゃいい話なんだが、母さんが聞いたら許さないだろうという自負がある。
他人様に迷惑かけちゃうからな。
というか、そもそもこのおじいさんがそんなことを約束できる人なんだろうか?
受付のおじいさんだぞ?
「あの……おじいさんは受付係ですよね?」
「うむ!」
自信満々に答えられた。
「まるで冒険者互助会の総意みたいに言ってますけど、上の許可とかいらないんですか?」
「ふむ……問題ないのぅ。
この互助会は隙間だらけじゃからな!適当に言いくるめとくわい」
ニヤニヤ笑うおじいさん。
隙間だらけかよ……ダメじゃん!
「えっと……お気持ちは有り難いんですが、オクトが決めたことに俺が口出しする訳にはいかないんで……」
「おや、さすがにカーネルの孫じゃな。頑固なところはそっくりじゃ。
ならば、先ほどの話は無しにしておこうかの」
ふぅ。すんなり引いてくれて助かった。
「では、今受けられるのはひとつだけじゃな。
『ケイク』の『ゴーストオーダー』の葉ならば、『緑ひとつ』依頼で二十ジン。
『騒がしの森』の『ルーの木』の葉ならば、『赤よっつ』で四十ジンにしとくかの。
どちらにせよ、お主は『ロマンサー』じゃから青一点は付く。
そうじゃ!『ケイク』ならば『色無し』冒険者でも潜れるぞ?
少しは自分で経験を積むのもいいのではないかの?」
「うっ……」
嫌なことを言われた……。
ダンジョン……潜りたくねぇ……。
「いつまでも実績なしだと【冒険者バッヂ】も取り上げになってしまうしの……」
「えっ!?」
「なんじゃ、知らんかったのか?」
俺がショックで口を噤んでいると、おじいさんが畳み掛けるように言ってくる。
「まあ、互助会としては、【冒険者バッヂ】の恩恵を与えている以上、働いて貰わんといかんしな……」
【冒険者バッヂ】の恩恵。それは互助会での金銭預かりシステムの利用や簡易な身分証明に留まらず、ここテイサイートのような大きな街に入る時に入街料金がタダになったり、提携店での買い物割引などがある。
ううむ……入街料金ってバカにならないんだよな。
今までは成人してなかったからタダだったけど、成人してると一回二十ルーンくらい掛かる。
「でも、自分の依頼は自分で受けられないって……」
「うむ。じゃから『色無し』でも受けられる適当な依頼を受けて、そのついでに『ゴーストオーダー』の葉を取ってくればいいと思うがの?」
「うぅ……ダンジョン、潜りたくねぇ……」
「こらこら、冒険者ならば仕事はせんとな。
無理にとは言わんが、カーネルなぞは実践してこそ魔導士じゃと言っておったぞ……。
依頼の受付係としても依頼主から搾り取れるだけ搾り取るというのは心苦しくもある。
自分で取れるものは取れますよとお伝えするのも、受付係の仕事じゃ!」
「ぐぬぅ……が、頑張ります……」
ここまで言われると折れるしかない。
というか、【冒険者バッヂ】が無くなるとアルに怒られそうな気がする。
仕方ない。最低限の仕事はするか……。
俺は『騒がしの森』の『ルーの木』から葉を取ってくる依頼を出してから、渋々と依頼を受ける建物へと向かうのだった。