忍具。コウスからの刺客。
忍者フーマが来て一週間。
細かく話をしてみたが、実はフーマは俺たちが忍者に思い描いていた魔術剣士ではなかった。
魔術は使えないが、代わりに忍術というのを使うらしい。
忍術は、簡単に言えば俺たちの国で言う『魔導具使い』の豪華版といったところだろうか。
ただ、『ワゼン王国』は全体的に伝承されている魔法陣が小さい。
だから、魔導具も必然的に小さくなる。
着の身着のままといった風情だった忍者フーマは、見せてもらったところ、実に七つもの忍具〈俺たちで言うところの魔導具〉を隠し持っていた。
鉄の十字皿を作る『手裏剣忍具』。
同じく鉄の細長く平たい棒を作る『棒手裏剣忍具』。
霧を発生させる『霧隠れ忍具』。
他にも、家庭用魔導具を攻撃的に使うようにした忍具などを見せてもらった。
面白かったのは、俺の煙の異門召魔術と同じ魔法陣を利用していると思われる『五色忍具』だろうか。
これは小石や米という穀物に吹き掛けて、忍者同士の情報伝達に利用するらしい。
ここまで色々と明かしてくれたのも、俺たちがコウスから伝わる魔王とそれに与する邪悪なる集団というイメージからかけ離れた存在だと理解してくれたかららしい。
まあ、さすがに忍具の中の魔法陣は見せてもらえなかったが、じいちゃんはもう当たりを付け始めた。
俺からは『煙』の異門召魔術の盾と魔術符のセットを贈る。
これは相当喜んでもらえた。
なにしろ悪戯で実演しているからな。
忍者フーマは山を越えて来た。
山はダンジョンと紐付けされることもあるが、基本的に野生化したモンスターの巣にされている。
しかも、飛行型モンスターが多い。
つまり、モンスターと戦うよりも、どう避けるかが重要らしいので、きっと『煙』の異門召魔術は役に立つだろう。
そう、トンネルの開通を待たずして、忍者フーマは帰ることにしたらしい。
「本当に名残惜しくはあるのですが……なるべく早くゴールデンドーンの魔王の情報を持ち帰らねばなりませし、それに、魔術王国のトンネルが開通したら、いの一番に交易を始動させるためにも、私は帰らねばなりません」
「なんなら山越えの間だけでも護衛出すぞ」
「いえ、さすがにお心遣いだけ受け取らせて下さい。
国元に帰るのに、兵までお借りしたとあっては、忍び仲間に笑われてしまいます」
そういうことならと、俺は最初に出会った工事現場まで『武威徹』で送っていくことにする。
道すがら忍者フーマは俺に聞く。
「あの、陛下はいつもこんな気軽に出歩かれて、大丈夫なのですか?」
「おう、見ての通り政治は丸投げ、俺はしがない現場監督だな。
忙しすぎて、政治やってる暇がないどころか、自分の時間もなくて、ちょっと後悔し始めてるけどな……」
つい愚痴が出てしまうが、忍者フーマが聞きたいのはそういうことではなかったらしい。
「いえ、あの……私が言うのもなんですが……護衛の方がお一人かお二人で公務に向かわれるじゃないですか、ああ、もちろん信頼できる腕前の方だとは理解しているんですが……」
公務!? ああ、そうか、いちおう公務か……。
いや、そうではなく。
現場監督仕事を公務などと大層な呼び方をされたことに反応しそうになったが、忍者フーマの言う『気軽』は護衛一人とか迂闊じゃないのか、という意味合いらしい。
「ああ、それなら大丈……ぶっ! 」
ガインッ! と大きな異音を鳴らして『武威徹』の装甲に極太の長い矢が刺さった。
な、なんつータイミング。
「魔王を殺せば俺たちゃ英雄だ! 抜かるなよ! 」
木立の間から這い出る様に五人の冒険者らしき男たちが出てきた。
「ちっ! コウスからの刺客か」
俺は『武威徹』を操って逃げようとするが、『武威徹』は俺の制御下を離れ、ふらふらと動く。
それもそのはず、冒険者たちが持ち込んだらしき組み立て式のバリスタの矢が、操縦桿の動線部分に会心の一撃を撃ち込んでいたのだ。
コウスからの刺客は、今までに二度あった。
先の二度の襲撃は問題なく片付けている。
全て、依頼を受けてコウスから侵入してきた冒険者だ。
コウスとの街道は全て封鎖されているが、それだけだ。
大規模な軍の移動が制限されているが、手練の冒険者であれば、こちらの国に侵入するのはそこまで難しくはない。
なにしろ商人などはそういう方法でルートを構築している。
だから、狙われるのは分かる。
しかし、現在の移動は俺の場合、全て特別製の『武威徹』だ。
装甲は厚く、スピードも早い。
俺が立ち寄る場所には確実に護衛の兵士が固めている。
普通の冒険者は、そもそも俺に近づけない。
だから俺は『気軽』に出歩いていられたのだ。
まさか組み立て式の攻城兵器を持ち込むやつが出るとは思わなかった。
そもそも、攻城兵器なんて普通の冒険者じゃ用意できない。
というか、普通の冒険者はそんな重くて嵩張る上に、いいとこ一発しか撃てないようなもの、持ち歩いたりしない。
ついにコウス側も本気になってきたということだろうか。
今、俺に向かって使われたモノは、おそらく専用に開発されたモノだろう。
城に置くには小さ過ぎで、個人で携行するには大き過ぎ、それは普通に考えれば、無用の長物というやつだ。
「陛下! 」
「どう考えても、ラッキーヒットって感じだよな。
普通なら、こんな風に制御不能になることなんてないんだしな……」
まさかピンポイントで操縦桿周りに当たるなんて、ついてない。
「陛下、敵が来ています!
どうされますか? 」
ウチの護衛が報告してくれるが、風防を開けたりしないのはちゃんと教育が行き届いているからだ。
その分、忍者フーマはあわあわしている。
「そろそろ追い付かれるか……まあ、今日は視察が入っていてちょうど良かったな」
「な、なにが……あの、冷静にしている場合ではないのでは? 」
忍者フーマが忍具から棒手裏剣を作るべく、魔石を取り出す。
それを抑えて、俺は追って来る冒険者をチラリと確認する。
「んじゃ、アルファ、そろそろ頼む。
オルとケルは『武威徹』がぶつからないようにしてくれ」
「はい、かしこまりました……」
俺の言葉にアルファが答える。
忍者フーマは驚いて、辺りを見回す。
まあ、霊体化してて見えないのに、女の子の声がいきなり聞こえて来たら、驚くか。
最近だとアルファはアステルの補佐的立場になっているので、あまり俺と同行することは少ないのだが、今日はトンネル工事の進捗状況の確認があったので、同行している。
「がっ……」「ぐふっ……」「なんだっ!? 」「気をつけろ……」「悪霊攻撃だ。聖水を! 」
アルファにぶっ飛ばされながら、冒険者たちは聖水を用意しようとしていたようだが、肝心の聖水を取り出す暇もなく、全員捕縛となった。
組み立て式バリスタといい、聖水といい、情報が出回りつつあるということだろう。
「とまあ、こんな感じで俺は霊的護りがあるから、気軽に出歩ける訳だ……」
「は、はは……なるほど……守護霊〈物理〉がついていると……」
少々引き攣った笑いで忍者フーマが納得する様子を後目に、俺は『武威徹』の応急修理をする。
バリスタの矢を抜けば、それほど酷い状態ではない。
一部の魔法陣もギリギリ動く正答率が残っているし、魔石も無事だ。
手早く修理を済ませていく。
「あの、陛下はこれを直せるのでしょうか? 」
「ああ、大元を作ったのは俺とじいちゃんだからね」
「な、なるほど……」
忍者フーマはそれだけ言って息を飲んだ。
ふふふ、俺の技術力に感心しているようだ。
……とと、いけない。
アルからドヤ顔すんなって怒られてしまう。
どうにか真面目な顔を作って、無事に忍者フーマを工事現場付近の山まで送る。
お互いに名残を惜しみながら、別れた。
無事に『ワゼン』まで帰ってくれることを祈っておこう。