現場監督。忍者フーマ!
俺は現場監督として、山から来た何者かと会うことにした。
その何者かはひと目見て俺には分かった。
こ、これ、忍者だ。
黒装束と下に着込んだ鎖帷子、頭には鉢金と呼ばれるハチマキをつけている。
そう、『ワゼン王国』の諜報部隊とされる忍者!
ただ、俺としては『戦え! 忍びマスター』というダンジョン産の本の方を推したい。
「フーマ! トビカトー! モモーチ! ハットリー! ナガート! サットビー! ゴエーモン!……」
とりあえず知っているキャラクターを並べる俺。
兵士たちはギョッとして「じ、呪文……」といいながら後退る。
だが、彼は違った。
一瞬、惚けたように俺を見ていたが、最後にキッチリ合わせてきた。
「「……カシンコジ!! 」」
俺と彼の声が合わさる。
兵士の一人は「ひっ……」と目を瞑ってよろめいた。
俺たちはお互いにニヤリと笑う。
「俺はここの現場監督だ。
お前はここに何しに来た? 」
「魔王に会いに来た」
「どこから? 」
「ワゼン」
俺の質問に忍者は少し得意げに答える。
一緒に話を聞いている兵士たちはざわめく。
「魔王に会ってどうする? 」
「ワゼン王の言葉を伝える」
「それだけか? 」
俺は忍者とはどういうものか知っている。
『戦え! 忍びマスター』知識によると、忍者は諜報部隊と暗殺部隊を兼ね備えたダークヒーロー部隊で構成されている。
ダークヒーローなので、その出自は大抵の場合、悲惨だ。
さらに、魔術士であり、剣士でもある。
ただ、メッセンジャーです、なんてことはないよな。
「ただの王であればよし。さもなくば……」
「さもなくば? 」
「それなりに……」
一瞬だけ見せる鋭利な視線。
ちくせう。かっこいいなぁ。
ただ、そのひと言に兵士の手が剣の柄に伸びようとするのを、俺は抑える。
つまり彼は『ワゼン』からの使者であり、見極め役ということらしい。
「……わかった。
そういうことなら、案内しよう」
いっそのこと、この場で話を聞いてもいいのだが、たぶん、今のこの泥だらけ作業着ローブ姿の現場監督が国王ですと言っても、信じてもらえないだろうな。
「現場監督が? 」
「ああ、これでもそれなりに偉いんだ。
ちょっと待っててくれ」
俺は夜シフト用の指示出しをして、監督用テントで魔術城へと手紙を送る。
それから忍者を伴って『武威徹』に乗せる。
指示出しの時に現れたモンスターのアンデッドを見て驚かれたり、『武威徹』に目を剥いたりと忍者は忙しそうだったが、とりあえず俺は気にしないでおく。
俺の『武威徹』は相変わらず三人乗りなので、運転手を代わってもらう。
浮遊魔術で浮き上がる時は忍者もさすがに焦っていたが、暫く進んでいると段々と落ち着いて来た。
すると、忍者は色々と疑問が上がって来たのだろう。
俺に矢継ぎ早に質問をしてくる。
「あのモンスターたちは何をしているのですか?
そもそも、何故、人の言うことを聞くのですか?
それに、この浮かぶ馬車は、なんなのですか? 」
「あそこで掘っているのは、ワゼンやマンガンに向かうためのトンネルだな。
あのモンスターたちはアンデッドモンスターで、死霊術士の命令で動いている。
それから、これは魔術王国謹製の『武威徹』という飛行魔術を使った空飛ぶ魔導機。
他に質問は? 」
「ワゼンやマンガンに向かってどうする? 」
「商売をする。お互いに手を取り合えれば最高かな」
「手を取り合う? 」
「ああ、コウスで魔王が生まれたのは知っているか? 」
「魔王ヴェイルか? 」
一瞬、忍者の言葉にドキリとさせられるものの、なんとか平静を保つ。
いや、魔王ヴェイルの国に来て、コウスでは魔王認定されているんですねなんて話をする訳ねーわ。
あー、うん、自分で魔王とか言ってしまうと、完全にイタイ奴感が激しいけど、正直、俺は魔王ヴェイルとか、魔王国ヴェイルとか、全く自分のことだと思えない。
つい、他人行儀な感じの発言になる。
「いや、金色の魔王、ゴールデンドーンと名乗る正真正銘の魔王だ。
元、超級冒険者、サンライズイエローのハイン卿が儀式魔術によって魔王の資質を得たことで生まれた」
「超級冒険者が、魔王に……」
「ああ、ワゼンにはそっちの情報は行ってないのか? 」
「くっ……あ、ああ、コウスの外交ルートはサダラのクルト侯爵失脚から、上手くいかなくなっている……コウス側からもたらされる情報は一方的で確度が低い……」
こちらが余りにも明け透けに話したからだろうか、忍者はたぶん他の国に漏らしてはいけないようなことを口走っている。
俺がただの現場監督だと思っているから、というのもあるのかもしれない。
忍者が黙ってしまったので、俺も黙る。
「……この魔導機は、この国では普通か? 」
しばらくしてから、忍者が口を開く。
「普通にしようとしているってとこだな」
「……商売は、何を売る? 」
「この国にあって、他国にないもの。
それが商売だろ」
「アンデッドモンスターやこの魔導機か? 」
「詳しくは知らないけどな。
平和利用としてなら、貸し出すくらいはするんじゃないか? 」
何しろ、じいちゃんがこの国の運営に入ってるからな。
技術は広めてこそ発展するってのが持論だ。
それをどの程度まで広めて、どの程度まで秘匿するか、そこら辺はアステルや他の領主たちがどこまでじいちゃんを抑えられるかによるだろう。
じいちゃんは技術の発展のための混乱とか、気にするタイプじゃないからな。
戦争するからアンデッドモンスターを売ってくれと他国に言われても、それで技術が発展するならば、是とする可能性もある。
紙一重ってやつだ。
まあ、アンデッドモンスターは俺との契約の問題があるから売れないとしても、武威徹は売れるだろうしな。
そこら辺は、母さん辺りが反対するか。
そうこう話している間に、魔術城の前まで着いた。
「さ、ここが魔術城だ。
話は通っているから、あそこの衛兵に話し掛けてくれ」
俺は門番を指さす。
「話が通っている? 」
「それは……内緒だな」
俺の『取り寄せ魔術』通信網は、数に限りがあるので、当然秘匿しておく。
忍者は俺の案内に従って、首を捻りながらも『武威徹』から降りて、城門へと向かう。
「ああ、フーマ! 」
ここまで忍者の名前は聞いていない。
なので、偽名をつけてやることにする。
名前を聞いたところで、どうせ偽名だろうしな。
案の定、忍者はこちらを振り返った。
「俺の忍法を見せてやるよ! 」
忍者はまた分からないという風に首を傾げた。
俺は悪戯心を刺激されて、叫ぶ。
「忍法、煙隠れ! 」
煙の魔術符をポンとやって抜く。
口に咥えると同時に印を結ぶ。なんか印は適当だ。
それから、魔術符を破き投げる。
魔術符から、爆発するように煙が撒かれる。
俺は『武威徹』を急上昇。
俺の護衛の兵士が『武威徹』の動きについていけず、『武威徹』の中で押し潰されるような格好になって、文句を言う。
「ぶあっ、ま、魔王さ……」
俺は口元に手を当てて、護衛に静かにするようジェスチャーする。
上空から下を見れば、フーマはキョロキョロと左右を見渡していた。
「うしっ! 煙隠れ成功! 」
俺は気分良く、『武威徹』を駐機場へと向かわせるのだった。
俺が駐機場に『武威徹』を停めると、アステルが走ってくる。
「ベルさん! 」
「ああ、アステル、ただいま! 」
「緊急通信が来たので、慌てて用意は調えましたけど、もう少し詳しくお話を……」
アステルが差し出してくれるタオルで顔と手の汚れを落としながら、城に入る。
忍者フーマから聞いた話や、こちらから話したことなどを説明しながら謁見の用意を頼む。
「まさか、ワゼンからの使者が来るなんて……」
「たぶん、山越えってことは、それなりに実力がある忍者だと思う」
「忍者? 忍者って、『戦え! 忍びマスター』の忍者ですか? 」
「ああ、ワゼンの特殊部隊に忍者がいるって話、アステルは聞いたことない? 」
「いえ、すいません……」
「いや、そっか、ウチはじいちゃんがそういう話をボロボロ零すから当たり前だったけど、普通は他国の裏の話なんてしないよな……ごめん」
「いえ、これからはそういった知識も入れていかないとですから」
まあ、アステルはほとんど国王代理だからな。
それから、身支度を整えて、俺はワゼンからの使者に会うことにする。
政治的な細かい話は、じいちゃんと四領主に丸投げなので、俺の仕事はワゼンの使者のおもてなしということになる。
「面を上げよ」
忍者フーマは頭を下げたままマグロと名乗り、「ご尊顔拝し奉る幸喜に、恐悦至極の至りに……」と長々と挨拶をしたので、俺はなんとなく聞き流しながら、挨拶の終わりを待って、顔を上げていいよと声を掛けた。
忍者フーマ〈正しくは真黒という名前らしい〉は顔を上げて、一瞬、動揺を見せて辺りを伺う。
「忍者フーマ、驚いたか? 」
「げ、現場……」
と、そこまで言いかけてから、もう一度辺りを伺う。
「あの……」
「そこそこ偉いだろ、俺」
俺は悪戯成功に気を良くして笑う。
そこでようやく忍者フーマもこれが壮大なドッキリ企画ではないと気付いたらしい。
「ま、魔王ヴェイル陛下、ですか……」
「いかにも。
俺が魔術王国、国王、ヴェイル・ウォアムだ。
さて、形式的なのはここら辺まででいいか? 」
俺は横に控える四領主とじいちゃんに確認を取る。
じいちゃんが苦笑しながら頷く。
「さて、じゃあ、飯でも食いながら、忍者について語ろう!
ああ、もう一人『戦え! 忍者マスター』好きがいるんだけど、呼んでもいいか? 」
「え? あ、はい……」
「まてまて、ベルちゃんや。
そういうことなら、じいちゃんも交ぜて欲しいのぅ」
「師匠! 自分も興味あります! 」
「陛下、我らも同席させていただいてもよろしいでしょうか? 」
じいちゃんにクイラス、残りの三領主もか。
「いいけど、政治的な話とか混ぜ込むの禁止な」
「「もちろんです! 」」
言ってしまえば、ウチの国って辺境なんだよな。
他国の文化とか、書物や伝聞くらいでしか知らないし、珍しいんだろう。
そこに現れた『ワゼンからの使者』である忍者フーマ。
皆、興味津々らしい。
そうして、俺たちは場所を移して、わいわいと騒ぐ。
忍者フーマのおもてなしというよりは、異国から来た人の歓迎会みたいになったけど、まあ、楽しくできたからいいんじゃないだろうか。