魔王の仕事。誰だろう。
王様になった俺の生活は多忙を極めている。
おかしい……。
忙しいのは最初だけとか、俺に配慮してとか言っていたはずなのに、いつまで経っても時間が取れない。
『塔』や俺たちのダンジョン、さらには『騒がしの森』までも敷地に含めてしまった魔術城は外観が出来上がって、内装をやり始めた。
一応、魔術城とそれ以外は外壁で区切ってある。
その外壁も城の土台も、ウチのアンデッドたちによるものだ。
不眠不休で働けるアンデッドたちは優秀な土木作業員でもあるので、これだけ早く仕事が済んだとも言える。
ただ、あまりに優秀だったために、各領地から引っ張りだこな状態だ。
目標だった『さまよう鎧』千体も用意した。
ここまでで三ヶ月、季節は春の終わりになって、それでも何故か忙しい。
クーシャはアルとアンデッドたちを『トルーパー』にするべく特訓するのが楽しいらしく、基本は俺たちのダンジョンにお籠りしていて、アステルとアルファは俺の代わりに事務仕事をこなしてくれている。
そして、俺はといえば『街や村の有力者との面会』『ルーキーアンデッドたちへの命令』『土木作業アンデッドの監督』と毎日何かしらのスケジュールが組まれている。
国総出で重要人物として『月夜鬼譚〜流転抄〜』について最も近しいだろう人物『ムウス』を探して貰っているが、こちらの情報が入ってこないのも、変に俺を焦らせる結果になっている。
アルからは「気長に待ってるから平気だよ」とは言われているが、そもそも俺が平気じゃない。
今、俺が手にしているのは『闇月水〈らしきもの〉』と『魔神の血』だ。
一度、整理しておこう。
アル復活のために、アルは現在のルガト=ククチからヴァンパイアに進化しなければならない。
そして、ヴァンパイアとなったアルは『月夜鬼譚〜流転抄〜』を使って、人化、結果的に生き返ることとなる。予定だ。
今、俺が進めるべきなのは、アルのヴァンパイア進化であるはずなのだが……。
まあ、何はともあれヴァンパイアのレシピを改めて確認する。
・陰鬼︰一体
・闇月水︰一滴
・魔神の血︰少し
・岩塩︰沢山
・血吸い薔薇の花弁︰1枚
・魔宝石︰十二個
・蝙蝠の牙︰成人男性の腕程度のもの
・狼の翼︰一対
・魔法陣︰ひとつ
蝙蝠の牙と狼の翼に関しては、解読するのに時間が掛かっている。
何しろ、最初は逆だと思っていた。
蝙蝠の翼に狼の牙、この方がしっくりくる。
しかし、黒の使い魔、灰の使い魔が意味するところがモンスターだと理解できてからは、なんとか意味するところが逆なのだと読めた。
黒の使い魔は黒大蝙蝠、灰の使い魔は灰色天狼という珍しいモンスターで、普通の文献に載っていなかったのが難易度を上げることになっていた。
何しろこの黒大蝙蝠と灰色天狼は近隣国『ワゼン』にあるとされる『天空城ダンジョン』の最上階付近にいるとされているのだ。
血吸い薔薇の花弁は毒治療の貼付薬として売っているので問題はないが、『天空城ダンジョン』が問題だ。
我が魔術王国とお隣のコウス王国は仲が悪い。
お互いに『ソウルヘイ』と『フツルー』、『ヂース』『スプー』と『スペシャリエ』の国境に兵を出して、睨み合いをしている。
そのせいで一般人は国境越えのために街道が使えなくなっている。
『ワゼン』は『コウス』を越えた先の国だ。
遠く『ワゼン』に行くためには『コウス』を通るというのは現実的ではないので、モンスターの跋扈する険しい山脈越えという道しかない。
今、『ヂース』南から山を削って『ワゼン』への直通トンネル街道を作っているが、簡単ではない。
専門家に言わせると、俺たちのダンジョンも強度が少し足りないとかで、慌てて直した経緯もあり、トンネル街道も専門家を動員してのかなりな大規模工事になっている。
もちろん、監督は俺……。
まあ、無理をすれば『武威徹』での山越えという手もあるのだが、飛行モンスターに対処するための数を揃えることができない。
母さんとセプテンが作る『武威徹』は現状、国内での流通を充実させるために俺の方には新型が一台だけという状況だ。
兵士たちは『コウス王国』との国境線と『金色の魔王』への備えでいっぱいいっぱい。
冒険者は一般人や商人が道なき道を進むために押さえられている。
俺はあれやこれやと忙しい。
もう、どないせーっちゅーねん!
ちなみに半月位かけて、諸領地でのパレードとかもやった。
ひとつ嬉しかったのは、オクトの手配によってオーガスとノーベンという母さんの弟子二人が戻って来たことだろうか。
二人は今、俺の代わりに『異門召魔術』の原版作りを担当してくれている。
俺の取り分は七割になったが、お金はもう充分なので、問題はない。
それよりも原版作りの時間が削れたのが有難い。
まあ、一日三十時間必要な諸々が二十四時間になったという感じだ。
俺の自由時間?
工事現場へ移動中の『武威徹』の中くらいだろうか。
仮眠時間で研究時間で読書時間なんだが、どう考えても時間足りてないんだけど。
『ソウルヘイ』では、何故か絶滅寸前になって支配領域を大幅に減らしたワイバーンの住処跡地に人類が進出、土木工事の嵐になっているし、『スプー』は隣領である『オドブル』が消えたことで、海運業が下火になるかと思えば逆で、商人たちが『コウス王国』と密輸出入をするために激しくなっている。
『オドブルの街』は『金色の魔王』捜索の兵が主に滞在場所として使用しているが、その分領地としては中心街がなくなったため、近隣の村村に物流が回らなくなっている。
結果として、『魔術王国』『コウス王国』の双方が暗黙の了解的に動ける緩衝地帯の役割になっていた。
『ヂース』は牧畜が盛んだったが、森を切り拓き、治水を進めて、農業を推進、『フツルー』が担っていた食料供給都市としての役割を期待されている。
そして、ここでも土木工事の嵐だ。
ただ、『テイサイート』からは冒険者が減った。
今まで未開拓だった土地を切り拓いたことで、『ヂース』や『ソウルヘイ』に人が流れているのだ。
たぶん、『騒がしの森』が魔術城の敷地になり、冒険の舞台が減ったのも多少は関係しているような気はする。
『テイサイート』は冒険者の街ではあるが、『魔術王国』の中心都市としての色合いを濃くしてきている。
冒険者は多少減ったかもしれないが、その分は商人が増えたというところかもしれない。
『武威徹 廉価版』の登場で、物流が早くなったのも大きい。
『武威徹 廉価版』は、上下前後左右程度にしか動けないし、上方向にはかなり制限が掛かるが、魔石の消費を抑えて、馬車より多くの荷物を運べるようにしたものだ。
まあ、ある程度の大きさの商会なら買える。
馬や騎竜の維持費よりは掛かるので、普及はまだこれからというところだ。
『コウス王国』との関係は悪い。
『コウス』から見れば俺たちは反乱者で領地の簒奪者なので、表向きは国交がないどころか、またいつ戦争になってもおかしくないような状態だ。
しかし、『コウス王国』は疲弊している。
『カフィ』『フツルー』『スペシャリエ』は先の『コウスの乱心』において、武器や糧食を奪われ、『サダラ』は治める者もなく、『ワゼン国』に略奪こそされていないが、領民は怯えたまま留まるか難民として散らばるかの二択を迫られ、『オドブル』もまた治める者をなくしてカオスな状況だった。
暫定的に『サダラ』は各村の領主を務める男爵、子爵クラスの貴族たちが治めているが、足の引っ張り合いが酷いという噂で、『オドブル』は金十字騎士団長、エスカー・ベッシュが暫定領主になっているらしい。
最新の噂だと、エスカー・ベッシュは『魔王殺し』と呼ばれ、おそらくは『サダラ領主』になるのではないか、と言われている。
ここまでの一連の事件、『フォート・フォル・コウスの乱〈王兄派アンデッド事件〉』、『オドブル消失魔王事件』『コウスの乱心事件』の中でまともな功績があると言われるのがエスカー・ベッシュだ。
そんなエスカー・ベッシュの功績の中でも内外で認められているのは『サダラ』で起きた『フォート・フォル・コウスの乱』での城攻めなので、『サダラ領主』に推されているという話だ。
ただ、『オドブル』の暫定領主なのに取り逃した『金色の魔王』を未だに見つけられずにいるので、認められている内に爵位を上げて『サダラ』を任せることで、失点を与えないようにしようという意図が透けて見える。
このまま『オドブル』の暫定領主から領主になると、『金色の魔王』探索失敗が響いて、まともな功績が無くなってしまうことになる。
そうなると、ある程度の地位にあって、領主に迎えられる人間がいなくなってしまうという国側の意向が見える。
コウス王国は人材不足のようだ。
そういう残念が重なっているので、我が魔術王国と戦争している場合じゃないというのが、コウス側の思惑だろう。
もちろん嫌われているので、小競り合いや暗殺者の流入、下級貴族の取り込みなんかは頻繁に、ちょっかいを掛けられている。
一方、俺たち魔術王国は、実はジリ貧だったりする。
西と南は山脈に囲まれている。
北と東はコウス王国と接地している。
山脈を抜けて南東に向かえば『ワゼン王国』、南西に向かえば『マンガン帝国』に繋がるのだが、今はまだトンネル掘り中だ。
西は海だが、それを渡って遠く『カリ国』『スピリ国』まで大冒険なんて余裕はない。
つまり、ジリ貧の理由は他国との国交がないということなのだ。
これは、拙い。
文化の停滞、世界情勢から取り残される、いずれ来る孤立。
それはポワレン・フォル・コウスの失策そのものだった。
周りを山脈に囲まれ、唯一の隣国である『ワゼン王国』とはいがみ合い、全てが国の中で完結していた。
完結していたからこそ、王兄が、メーゼが、クイラスたちが動く理由になってしまった。
そんな『コウス王国』の二の轍を踏む訳にはいかない。
俺は泥だらけの服でトンネル掘りの監督をしながら、そんなことを頭の中で考えているのだった。
「な、何者か! 」
現場警備の兵が誰何の声を上げる。
近くの村人でも来たのかと思った。
一番近くの村なら、馬で半日ほどだ。
だが、誰何の声は山の方から聞こえていた。
「誰だろう……」
俺が首を捻ると、俺付きの兵士が「見て参ります」と早足で行った。
普段、俺に同行しているのは『武威徹』の運転手と護衛の兵士の二人だ。
後は『オル』『ケル』が俺の影の中にいるのと、俺の短剣の中にレギオンがいる。
護衛の兵士は場合により、アルになったり、クーシャになったりする。
トウル? トウルはダメだ。
一度だけ、トウルを護衛に使ってみたことがあるが、「ワガシュシンノテキ、タオス」しか言わなくて、会う人全員に喧嘩を売った。
俺の胃が保たない。
暫くして戻ってきた兵士が敬礼して言う。
「どうも近隣の村の者ではないようで、魔王陛下に面会を希望するの一点張りでして……」
兵士は変な汗を流して、困ったような顔をしていた。
「ん? それって、俺がここにいるって分かってて言ってるのか? 」
もし、そうだとすると大問題なんだが。
近隣の村では、俺がしょっちゅうここに来ていることは理解していても、ピンポイントで今日ここに来ていることは知らないはずだ。
一応、表向きの実務が土木工事の監督と儀礼的な面会くらいしかないとはいえ、この国の王なので、そのスケジュールが村人でも細かく把握できるレベルだとウチの情報が底の抜けた柄杓並にダダ漏れってことで……。
兵士は慌てて、否定的に手を振る。
「いえ、陛下をここに尋ねて来た訳ではなく、その……魔王城に連れて行け、と言っておりまして……」
兵士は魔王城の部分だけ、消え入りそうな声で言った。
魔術城な。周囲からは完全に魔王城としか呼ばれてないけれども、正式には魔術城ということになっている。
まあ、別に俺はそれを咎めたりはしない。
そんなことよりも、山の方から来た何者かか。
うん、現場監督として会ってみよう。