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斬る。練度高いね。


 俺は激痛に襲われる。

 だが、人魔に待ついわれはない。

 さらに鉄棒で殴打され、俺はぶっ飛ぶ。

 地面を転がり、天地が分からなくなって、全身に激痛が走る。


「くあ……っ! 」


 起き上がろうにも、痛みが邪魔をする。

 俺の手には折れた剣。

 片腕は骨が砕けたから使えない。

 ぶっ飛ばされた時のダメージはどこだ? 

 全身に痛みが走って、どこが使えないのか分からない。

 無理やりに折れた剣に縋るように体を起こす。


「うっ……ぐぶぁ……」


 血を吐いた。内臓がやられたらしい。

 ふと、意識が遠くなりかけるのを、懸命に堪える。


 四年か五年前だったか、俺に剣を教えてくれたじじいがいる。

 じじいは八十いくつになるとか言うくらいのじじいだ。

 旅の剣士だと言っていた。

 俺の村は年々、人が減っていて、最年長が三十後半くらいだったから、人はそんなに長く生きられるんだと感心した記憶がある。

 そのじじいは、カタナという剣を使っていた。


 じじいは、村に迫る魔物も人魔も、バンバン斬り殺した。

 あんまり、すごいから、そのカタナをくれと頼んだことがある。

 そうしたら、カタナの代わりに剣を教えてやると言われた。

 それから二年くらいは、教わったはずだ。

 二年経って、じじいが旅立つと語った。

 俺はじじいに聞いた。

 どうしたら、じじいみたいに斬れるようになるのかと。


「斬るのは道具じゃない。お前が剣なのだ。

 剣になれ、呼吸をするように、剣になれれば、斬れぬものなどない」


 そう言って、じじいは落ちてる木切れを拾うと、それで獣避けの柵を切り落としてみせた。


 俺は剣になろうと思った。


「もう少しやれると思ったが、やはり只人ただびとでは耐久性に欠けるか。

 さて、どこまで再現性があるものか、少々不安だな。

 貴重なサンプルだ。殺すなよ」


 白衣の男が板を弄りながら、こちらを見もせずに言った。

 なるほど、人魔を操る何者かは、つまるところこいつなのだろう。

 風の噂も馬鹿にできない。


「ほほほ、ほめでー! 」


 奇声を上げて人魔が走って来る。


 俺は剣……呼吸をするように……。

 そう言い聞かせて、半ばから折れた剣を構える。

 やけに剣が重く感じる。


 キンッ! と硬い金属質の音が鳴る。

 同時に気付く。

 剣は、自らを剣だと言い聞かせたりしない。

 それが、敗因だ。

 俺の剣は柄しかなくなってしまった。

 刃部分がクルクル回って、俺の背後にとすっと落ちた。


「うん? 数値が上がらんな。

 前に似たような素体を拾った時は上がったはずだが……」


 白衣の男の呟きだけがやけに耳に残る。

 俺はまた血を吐いた。

 このまま動き続けたら、確実に死ぬかもな。

 そう考えながらも、俺の目は人魔を追っている。

 もう武器はないが、俺が剣なら武器はいらない。

 剣とは何を考えるものだろうか。

 何も考えないだろう。ただ斬るためにそこに在る。

 なるほど、剣になるとは、斬るために在ること、それに尽きるのかもしれない。


「我が娘よ。もう一度だ。

 数値が上がらないなら、前に得た老いぼれ個体で充分だ。殺してやりなさい」


「ほほ、ほほほ、ほめ……」


「ああ、旧人類は残しても意味はないしな。

 ちゃんと処分できたら褒めてやろう」


「う、うとうさ……うとうさ! 」


 また人魔が駆けて来る。

 どうやって、どのように、そういうことを全て置き去りにして、斬るという意志だけを研ぎ澄ませていく。


 斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る……。


 視界が真っ白になる。

 人魔と俺だけの空間。時は止まったように意識だけがぶつかる。

 その直前。


「おっと……あまりに強い意志に反応して来てみれば……なんだこりゃ?? 

 ……剣になりたい? まあ、いいか。

 んじゃ、おまけしてやろう」


 取り立てて特徴のない中肉中背の若者。

 斬るべきか。いや、それ以外を捨てる。


 斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る……。


「へえ……こんなのが出てくるとはな。

 まあ、頑張ってGP貯めてみてくれよ」


 俺の肉が変わる。それは俺が剣になる過程だと理解した。


 白い世界が終わる。

 それを唐突に理解した。


 俺は駆けた。人魔を斬るのだ。

 俺の足はもうない。腕も頭も体もない。

 あるのは、『斬る』という意志だ。

 その意志が命ずるままに、斬った。


 肉に入り込む感覚。骨を断つ感覚。そして、心を残す。

 斬った。

 俺は剣になった。一振の剣。


「お前は、神か」


 白衣の男が唐突に現れた特徴のない男に言う。


「おお、ロマンサー第一号か。

 抗ってる? 」


 特徴のない男は気安く話しているが、白衣の男は声が硬い。


「何が起きた? 」


「まあ、見ての通り、面白いやつがいたから、お前と同じことをした」


「私の娘を殺して、素体を消したことがか? 」


「ああ、こういう時にいい言葉がある。

 ……考えるな。感じろ」


 特徴のない男は親指で鼻をこすり、いいこと言った風にキメ顔を作る。


「何が狙いだ? 」


「いや、だからぁ、聞いてた? 

 神の意志を計ろうなんざ、不遜な訳だよ。

 そういうとこだぞ、第一号」


「どういうことだ? 」


「あ、だめだこりゃ……まあ、いいや。俺の仕事は終わりだから、消えまーす」


 そう言って、特徴のない男は俺へと歩み寄ると、俺を掴んで心臓へと誘う。


「待て! 」


「待たない。まあ、頑張れ! 」


 俺が特徴のない男の心臓を貫いた。

 肉の感触はサラサラとした粒子になって、俺はその場に落ちた。


 白衣の男は失意の感情を伴って、佇んでいたが、暫くして顔を上げる。


「無駄な時間だったな。仕方ない。次に進もう」


 感情を切り替えたのか、白衣の男は立ち去っていった。


 俺はその場に取り残された。

 時が経ち、子供に拾われ、たくさんのモノを斬った。

 身内に力が貯まって、それを使うと俺はより斬れる剣になった。

 人から人へ、様々な人に使われ、斬った。

 俺は剣だ。

 時に赤髪の女に使われ、時に人とは言えぬ異形に使われることもあったが、俺の意志は変わらない。


 斬る。


 ただそれだけの意志。

 そうして、ある戦場で俺を使う男が倒れた。

 俺は、俺を使う誰かを待ち続ける。

 斬るために……。




「マジか……」


 この剣、変態じゃないですか、やーだー。

 というか、剣は『神の挑戦者ロマンサー』だった。

 主神め、やらかしおった。

 何がサービスだ。このロマンサーは身体を剣に作り替えられた成れの果てだ。

 良く見れば鍔の意匠に月、星、太陽の【ロマンサーテスタメント】がある。

 それにしてもこのロマンサー、数千年単位の情報が詰まっていて、頭がパンクするかと思った。

 人魔って何だよとか、昔は主神が直々にロマンサー認定してたのかよとか、そもそも剣になるって何とか、色々と言いたいことはあるが、深く考えるとまた数千年単位のフラッシュバックが起きそうなので、今は無理だ。


 さらに言えば、このロマンサーのGPを吸い取ることもできない。

 何しろこのロマンサーはまだ生きていて、しかも俺へとGPを譲渡する意志もないからだ。

 意志らしい意志と言えば『斬る』それだけしかない。


 うん、レギオンを従者にしたら、変な剣がオマケについてきた。

 切れ味は鋭い上に、メンテ不要、形状変化もするらしい。

 呪いはないと思いたいが、いつそういう〈GP消費で人を斬らなければいけないという強迫観念を植え付けるなど〉能力が生えるか不明で、誰かに渡すというのも考えられない。


 これは短剣状にして、自分で持っていないと危ないな。

 俺なら【ロマンサーテスタメント】に介入できる『サルガタナス』がいる。

 後で確認はするが、上手くいけば耐性系の能力とかつけられるかもしれない。


「めぼしい霊魂は集め終わりました」


 兵士が『武威徹』に積み込んだ竹筒を示して、敬礼する。


「ああ、助かる。ありがとう」


「いえ、礼は不要です、陛下! 」


 ああ、俺、王様だっけ。

 不要でも、言うけどな、そう躾られてるし。


「じゃあ、先に戻らせてもらう」


 『武威徹』は俺専用の一機だけだ。

 兵士たちは馬で戻る。

 それにしても、この兵士たちには感心させららる。まだ、『点眼薬』が効いているだろうに、レギオン見ても動揺しないのは凄いと思う。

 俺ですら、見た瞬間に驚いたんだが……。


「あれ、どこから来た兵隊さん? 」


「スプーじゃなかったっけ? 」


 アルとこそこそ会話する。


「練度高いね。レギオン見ても、微動だにしないんだぜ」


 俺が兵士の態度を誉めると、アルは達観したように言った。


「あれはね、感覚が麻痺してるんだよ。

 私も最初、見えるようになった時、戸惑ったもん」


 ああ、麻痺してるのか……。


「ご、ごめんな……」


 俺は兵士たちに謝って、『武威徹』を浮かばせるのだった。


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