て、敵襲!あ、ダメだ。撤収!
新フツルー領主ライムン・グレフルは満足そうに頷いた。
「さあ、物資を運び込め、聖域結界のおかげでアンデッドは近づかん。
国王様にお越しいただいてもいいように整えるのだ! 」
ライムン・グレフルは更迭されたレイモン・グレフルの息子に当たる。
レイモンは『王兄派』として反乱を試みたが、ライムンは何とかそれを諌められないかと、他の重臣に相談していたのが功を奏し、無事にフツルーの新領主として受け入れられた。
ライムンはどちらかというと穏健派として知られている。
自領に『神の試練』の恩恵が余りなくとも腐らず。
穀倉地帯としての実りに一喜一憂するような、素朴さが受けているらしい。
ただ、父親であるレイモンがやらかしたことで、国からすればマイナススタートになってしまった。
だからこそ、ポイント稼ぎに躍起になっている。
どうやら例のカシュワ・テーンやら、高位神官は、ライムンが連れて来たらしい。
「ライムン様、魔石の補充はまだですかな? 」
「おう、任せていただきたい」
高位神官の求めに応じて、兵士が宝石箱を持ってくる。
高位神官はそれを一掴み、無造作に取ると、従者らしき神官に渡す。
神官はそれを設えた祭壇に持っていき、聖句を唱えながら石臼に放り込む。
魔石は粉になり、それにまた聖句を唱えて、粉にしたハーブ類と混ぜ合わせる。
この広い部屋〈元はトウルたちの訓練のために作った部屋だ〉を囲むように粉を撒いていく。
「それにしても、思っていたより聖域結界は維持に魔石を使うようですな……」
「ここは瘴気が濃いようですな。
そうなると、余計に維持が難しくなります。
しかし、邪気持つ者共を完全に排除できるのですから、言わば聖なる要塞。
そのための投資としては、惜しむ訳にはいきますまい」
「確かに……銀輪騎士団ですら、この四階層目までで止まっていたのです。
我らがこのダンジョンを攻略すれば、フツルーの名声が高まります。
そうなれば、父の遺した汚名も雪がれることでしょう」
「ええ、そうですね。
見て下さい。この先ほど聖域結界を張るために使った聖粉が黒ずんで来ております。
これが瘴気の濃さというものです」
「なるほど……だから定期的にああして……」
「まあ、ご安心なされませ。
最初の奇跡を願うには私の力が必要ですが、維持だけならただの神官にも務まります。
魔石がある限りは、維持できますよ」
「おい、持ってきた魔石をここに全て運び込め!
急げよ! 」
ライムンは兵士に指示を出す。
兵士たちは全部で三百にはなるだろうか。
部屋の規模から言えば、ここで体を休める上に、続々と物資が運び込まれているので、限界近い人数がいることになる。
「結構、多いな……」
「それと灯りの魔導具も多いようじゃな……」
「た、たぶん、僕だけだと、き、厳しいかも……」
「魔術が聖域結界で阻まれるか見て、ダメだったら、逃げよう。
さすがに援護なしでクーシャに突っ込めとは言わないよ」
俺たちは聖域結界の外、暗闇の中から様子を窺いながら、コソコソと話をする。
ちなみに俺たちの背後には三匹の大角魔熊プラステロメアという中級上位アンデッドが呼吸ひとつせずに彫像のように控えている。
こいつらは『トルーパー』で、鞍を乗せていて、俺たちのダンジョン内での足代わりを務めている。
ゾンビ系アンデッドだが、動きはとても早いし、立体的な動きも得意なので重宝している。
簡単に言えば、俺、じいちゃん、クーシャの三人で奇襲をかけに来た。
アンデッドは聖域結界で阻まれるが、生身の人間なら問題はない。
先ほど高位神官が、聖域結界は要塞と言っていたが、それは対アンデッドに限るのだ。
このダンジョンはアンデッドだけだと思い込んでいる今しか使えない、一度限りの奇襲戦法だ。
「んじゃ、そろそろ始めようか」
俺は小手調べとして、『異門召魔術・火』で火球を放つ。
「なっ……て、敵襲! 」
歩哨に立っていた兵士が、迫る特大火球に声を上げる。
通れ! 俺の願いは残念ながら叶わなかった。
聖域結界が一瞬、光ったかと思うと、特大火球が吸い込まれるように消えてしまう。
「あ、ダメだ。撤収! 」
俺はすぐさまクーシャとじいちゃんに伝える。
聖域結界はアンデッドだけではなく魔術も防ぐらしい。
ただ、俺は見た。
聖域結界として床に撒かれている白い『聖粉』というのだろうソレが、ブスブスと音を立てて黒ずんでいく。
万能のシールドって訳でもなさそうだ。
ひょいと俺はクーシャに襟首を掴まれて、隠れていた曲がり角の奥に引きずりこまれる。
大角魔熊プラステロメアに乗せられる。
俺たちは一目散に逃げる。
暗闇の狭い道でも、アンデッドならば問題ないので、大角魔熊プラステロメアに俺たちは掴まっているだけだ。
じいちゃんの声だけがダンジョンに響く。
「魔術も通さんということは、オドかのぅ……」
「オドとオドをぶつけて消滅させてるというよりは、吸い込まれるみたいな感じだったよ……あと、聖粉? 下の撒かれている白い粉が魔術に反応して変色してた……」
「ほう……そりゃ興味深いのぅ……やはり神官系魔術は儂らの知る魔術とは、ちと違うようじゃな……」
「うーん……魔石を使ってるみたいだし、未知の属性じゃないかと思うけど……」
「あ、あの……お、追われてるし、こ、考察は後で……」
チラリ、後ろを見る。灯りは見えない。
もう、五階層目だし、問題なさそうだな。
まあ、クーシャにしたら気が気じゃないのだろう。
五階層はコウス軍からしたら未知の領域な上、ダンジョンとして本格的に作ってある。
追うにしても、徒に兵の損失になることは避けると思う。
「だいじょぶ、だいじょぶ!
戦略的に考えて、闇雲に追い掛けてくるほど阿呆じゃないでしょ……」
俺がクーシャの方に笑いかけた瞬間。
「逃がすなー! ここで仕留めるのだー! 」
あ、灯り……。思ったより阿呆だった。
「こっちだ! がひゅっ……」
あ、罠踏んだ……。
「ぬぁっ! 犬がっ! 」「ぐふっ……スケルト……ン……」
うん、うろつかせてるわ、ハイゾンビの竜狼とハイスケルトンのオーガ……。
マッピングなしでこの経路は覚えていられるかね。
そもそも、覚えていたところで、四階層の橋頭堡まで帰れるのか。
俺たちには、時間がたっぷりあった。
ダンジョン作りの進捗を何度も確認して、何度も歩いて、地図がなくても思った場所に行けるくらいに慣れている。
襲われないしな。
でも、コウス軍は慣れていないし、襲われる。
罠の位置も知らないしな。
何故、無謀にも追い掛けてくるのか、正直、わけがわからない。
まあ、阿呆なのかな? 阿呆なんだろう。
コウス軍の悲鳴が遠ざかって、俺たちはそこからしばらく、無事、十階層に戻るのだった。