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逆撃、雨四光。しっかり学んでもらおうかの。


 作業部屋で契約すること三十分。

 アルが俺を呼びに来る。


「ベル、第二陣が動き出したよ。

 じいちゃんが急いで来てくれって」


「分かった」


 俺は椅子から腰を上げる。

 なんだか嫌な予感がした。


 俺が食堂兼居間に入るとアルファも戻って来ていた。


「何かあった? 」


「うむ、カシュワのやつめ、やってくれたわ……」


 じいちゃんがそう言って、俺に自分が使っていたゴーグルを渡してくる。

 俺はゴーグルを掛けて驚愕した。


 そこは俺たちのダンジョンの入り口だ。

 視線の主はカシュワ本人だろうか。

 翳した右手から、大量の水が噴き出している。


 水攻めか。


 視線は時折、左手に握られた魔石を見て、そらから神官戦士らしきやつらが、水流に乗せるように聖水を振り掛ける姿が見える。

 水流は人ひとり覆い隠せるような太さで、それに混ぜられる聖水は瑣末な分量だ。

 だが、聖水を混ぜられた水流は、確実に俺のアンデッドたちを苦しめる。

 それから、あの水量は暴力だ。

 入り口が狭く細長い通路なので、鉄砲水のようになって俺のアンデッドを押し流すだろう。


 俺たちのダンジョンは豪雨対策として排水にも気を使ってはいるが、たぶん、この分量だと飽和する。

 まずいな。


 俺が考え込んでいると、じいちゃんが立ち上がる。


「ベルちゃんや。

 大角魔熊のアンデッドがおったじゃろ。

 アレを借りていいかの? 」


「じいちゃん、どうするつもりさ? 」


 俺が聞くと、じいちゃんはニヤリと笑った。


「そりゃもちろん、カシュワの得意戦法に逆撃を掛けてやるのよ」


 逆撃? 

 カシュワ・テーンの魔術は『水流』と『雷撃』。

 おそらく、あの水量からして、水を生み出すというより、空気中の水分を集めて放出する魔術なのだろう。その方が魔石のオドは少なくて済む。

 ということは、空で雨を作るようなものだ。

 雨は空気中の埃に水分が集まってできるのだと何かの本で読んだ。

 水に不純物が多いと電気という雷撃エネルギーが通りやすいってのは……ああ、この前読んだ『ゲームキング』の二巻で言ってたな。


「雨四光……」


「あ、確かに雨四光ですね! 」


 俺の呟きに、アステルがポンと手を打つ。

 『ゲームキング』の敵が使っていた技だ。

 雷雨を利用しての攻撃だが、その中で原理の説明をしていた。

 つまり、カシュワ・テーンの使う得意戦法は、水流の中に雷撃を落とす『雨四光』だ。


「じいちゃん。それじゃあ間に合わない。

 アルファ、雷霆弾、いけるか? 」


「もちろんです、ご主人様」


 アルファが優雅に一礼して見せる。


「水没している部分は捨てる。

 アルファは霊体のまま上へ。

 水没箇所を見つけたら、実体化して雷霆弾だ。

 ただし、一発撃ったらすぐ帰って来いよ。

 聖水入りの浸水は危険だからな」


「ご主人様……」


 アルファが感動したように俺を見つめる。

 な、なんだよ。恥ずかしいからこっち見んなよ。


「いいから、いけ! 」


「はい! 」


 霊体化したままのアルファは天井をすり抜けて飛んでいった。


「時間との勝負だ。アステル、アル、クーシャ、手伝ってくれ。

 アルファの逆撃が決まり次第、ルーキーたちを一階層から四階層まで『取り寄せ』部屋から送る。誘導してやらないと。

 じいちゃんは確認よろしく。カシュワ・テーンが倒れたら教えて! 」


 そう言って、じいちゃんを残して俺たちは工事現場に向かう。

 工事中のルーキーたちを手早くまとめて、誘導してやらないと。


 そんな簡単に突破される訳にいかないからな。


 工事現場は十一階層〈予定〉と、十階層の脱出口にある。

 脱出口は深い深い縦穴だ。

 各階層から繋がっていたが、今は上階の脱出口は塞がれ、十階層と十一階層目に向けて穴掘りを続けている。

 十一階層が完成したら、この十階層の脱出口は上階と同じように埋めることになる。

 縦穴の底には母さんたちが贈ってくれた『武威徹ぶいとーる』が鎮座している。

 いざという時に、こいつに乗って外に出ると、『スッシー』の隠してある『黒歴史の泉』のすぐ傍に出られるのだ。


 『ルーキー』たちが少しずつ『武威徹』周辺の土を削って運んでいる。

 その『ルーキー』たちを手早くまとめて、四階層に繋がる『取り寄せ』部屋に誘導していく。


 道中で命令を与えていく。味方のオドを狙うなとか、ダンジョンから出るなとか、そういうことを伝えていく。


 百体ほどの『ルーキーゾンビ』たちと『取り寄せ』部屋で待機する。


 ああ、そろそろこいつら用の武器鎧がオクトから送られて来て、『ルーキー』から『ベテラン』に昇格予定だったのに、ガンガン減らされているな。

 戦争って怖いわ。


「おおーい! 」


 お、じいちゃんの声だ。

 俺とアステル、アルとクーシャが耳を澄ます。


「やったぞ! ざまあみろじゃ! カシュワのやつめ、ビクビク震えてぶっ倒れおったわ! 」


 じいちゃんが一人で拍手する音が聞こえる。

 俺はみんなと視線を合わせて言う。


「よし、送り込み開始だ! 

 余裕があれば隠し扉は閉めるけど、とりあえずは気にしなくていい」


 全員で一斉に魔石を使って、ゾンビたちを送り込む。

 まだ排水しきれていないはずなので、ゾンビたちにとっては苦しい戦いになるだろうが、頑張って欲しい。


「た、頼んだよ」「お願いします」「いってらー」「頑張れよ」


 俺たちは我知らず、それぞれに声を掛けていた。


 戻ってアルファを待つ。

 報告次第で五階層や六階層も補充を考えないといけない。

 まあ、三階層と四階層は広いので、大丈夫じゃないかとは思うけど。


 俺はアルファのために竹筒から『人工霊魂』を出しながら、先の展開を考える。

 他のみんなはゴーグルを掛けて状況確認だ。


「入ってきた! 」


「あ、銀輪騎士団が落としていった灯りの魔導具がそこかしこに落ちていて、かなり明るいです」


 アルの報告が端的に行われ、アステルが補足のように報告を足してくれる。

 灯りの魔導具の処理は忘れていた訳ではないが、時間が足りなかった。

 これで少し敵が有利になってしまう。


「く、楔を使って、と、扉を物理的に閉じてる」


 なるほど、そう来たか。

 フツルーは確か、遺跡はあっても『神の試練ダンジョン』に乏しい街だ。

 全体的に穀倉地帯なので、資源を『神の試練』に頼っていない。だから、『神の試練』慣れしていないのだろう。


 『神の試練』は不思議パワーの固まりなので、地図は変わるし、モンスターはどこからか湧き出るし、何故か宝箱が意味なく置いてあったりする。

 なので、『神の試練』慣れしている銀輪騎士団は定期的に地図を更新していたし、モンスターの補充に疑問を持たないし、扉を物理的に塞ぐこともしなかった。


 つまり、事象をそのまま受け取っている。

 無知の知ってやつなのだろう。


 そういうことなら、ダンジョン的ギミック満載の五階層からは苦労するだろう。


 そんなことを考えていると、アルファが戻って来た。

 俺はアルファを労い、報告を聞く。


 浸水は三階層の迷路区画までで止まっていたらしい。

 それは嬉しい報告だ。

 ただ、三階層の落とし穴はもう使えないな。

 あと隠し部屋の畑もダメっぽい。

 それから、三階層までの『ルーキー』たちは、半分以上が消滅してしまったらしい。

 これは主に雷霆弾のせいだが、そこは必要な犠牲だったと割り切るべきだ。

 逆に何割かでも、残ったのが凄い。

 オドを豊富に摂取した吸血鬼の真祖すら消滅させるエネルギー量だからな。


 ただ、だからこそアルファのオド量が心配だ。

 俺はせっせとアルファに『人工霊魂』を食べさせる。

 何故かアルから、アルファには竹筒をそのまま渡すような味気ないことはするなと言われているので、これは俺がやらないといけない。


 まあ、喜んでくれているようだからいいけどな。


「むむ、あやつら聖水を封印代わりに道にばら撒き始めたようじゃな……なりふり構わず、といったところかのぅ……」


「げっ……そんなリソースの無駄遣い……もったいない……」


 もったいないお化けが出そうだ。

 聖水は流れ去ってしまうまでなら一時的な封印として機能はするだろう。

 アンデッドだって、痛いのは嫌だからな。

 だが、俺たちのダンジョンには排水機能があるのだ。

 今は三階層までの排水機能はほぼ飽和しているので、暫くは保つだろうが、今が昼の三時くらいだから……あと三時間ってところだろうか。


 そうか、夜になれば強化されるアンデッドというのは多い。

 つまり、夜が来るまでに橋頭堡を築きたいってことか。


 もしかして、と俺はフツルー領軍が夜までに橋頭堡を築いておきたいのではないか、という話をみんなにしてみる。


「……ふむ、その可能性はありそうじゃな。

 敵は四階層までの地図があるんじゃ、四階層にほれ、一番大きな部屋があったじゃろう。

 あそこを確保出来れば、その後の攻略の起点になるじゃろうし、何より心持ちが違うじゃろうな……」


「う、うん。こ、攻略の拠点があるのとないのはかなり、ち、違う……」


 超級冒険者が言うと説得力があるな。


「あの、高位の神官は、聖域結界という奇跡を使います。

 それを使われると、こちらのアンデッドたちが入れない場所になってしまいます。

 それで、王国側の陣営を見る限り、高位の神官も何人かいるようなので……」


 アステルが心配そうに言う。


「それって上級アンデッドも弾く? 」


「はい、聖域結界は強力なアンデッドほど近づけなくなると聞きました。

 ただ、維持するにはかなりの代償が必要だと聞いていますけど……」


「それならさ。やってもらおうか、その聖域結界ってやつ」


「え? 」


 アステルが驚きの声を上げる。


「どうせ、四階層までは捨てる決意をしたところだし、ただで捨てるのももったいないから、盛大に王国の魔石を削っておこう」


「ふむ、読めたぞベルちゃん。

 悪辣じゃのう……」


「いや、じいちゃんの好きな戦記物でもよくあるじゃん。

 兵糧攻めならぬ、経済攻め? 」


「まあ、戦時に相手の物資を奪う、奪われるは基本じゃからな。

 ポワレン坊ちゃんには悪いが、ベルちゃんを魔王認定などした罰じゃ。

 これを機にしっかり学んでもらおうかの」


 じいちゃんが瞳に理知の光を宿す。

 これ、アレだ。

 地獄の総当たりとかやってた時の、師匠の瞳だ。


 俺は思わず天を仰いで、神……『主神』は嫌なので、『副神』も胡散臭いので、消去法でまだ見ぬ『邪神』に祈るのだった。

 まあ、誰かしらが地獄を見ることになるだろうから、あながち間違ってないかもしれない。


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