作戦一番だ。陣替えしとるの。
その日は、その年で初霜が降りた日で、『テイサイート領』の南、『叡智の塔』の周囲には、王国の戦力が三万は居ただろうか。
『黄昏のメーゼ』との戦闘で学ぶところのあった王国は、戦力を小出しにせず、揉み潰す勢いで結集させたのだろう。
魔導飛行機に乗った国王が、様々な旗を掲げる兵士たちを睥睨する。
クイラスの配下であるスコーチが国王の魔導飛行機を運転しているようで、ゆっくりと魔導飛行機を上昇させる。
兵士たちより一段高い位置から、国王が演説していた。
何を言っているかは分からない。
何しろ、適当な兵士の目線を盗み見しているだけだからな。
「ふむ……ポワレン坊ちゃんも随分と気張ったのう。テイサイート、ソウルヘイ、フツルーにヂース、スプーとカフィーもか……まあ、サダラとオドブルがあれじゃしな……忠誠を示せとか煽ったんじゃろうな……」
数は各領で千から五千とまちまちだが、随分と集めたな。
逆に冒険者は少ない。
まあ、アンデッドは実入りが少ないから、よほど国に忠誠があるとかじゃないと、率先してこちらには来ないのだろう。
「あ、異門騎士があんなに……」
「ああ、オクトから連絡受けてるから、心配しなくていい。
近衛の異門騎士は要注意だけど、銀輪騎士団に配備されているのは、数発撃ったら壊れる特別製だから」
オクトは国王に命じられて『異門召魔術』を作らされたらしい。
そこで、弟子仲間と協力して、本物そっくりの『異門召魔術』を作ったらしい。
それは、本来ならシャチハタハタというモンスターの鰓を乾燥させたものを使って判子部分を作るのだが、予算を値切られたからという理由で、カイメントカゲの鰓を使っているということだった。
シャチハタハタに比べて、カイメントカゲの鰓は、加工は簡単だが脆い。
少し強く判子を押したら、簡単に壊れてしまうような代物だ。
なので、銀輪騎士団の異門騎士は、すぐに使い物にならなくなるだろう。
「さて、そろそろ動くか……」
ゴーグルから見える国王が剣を振り下ろす。
国王を見ていたこの人物も剣を抜いて応えていた。
それから、視線は俺の研究所入り口へと向かう。
兵士が続々と入り口へと集まるが、入り口は狭いため、大渋滞が起きている。
俺たちは忙しなくゴーグルのダイヤルを回し始めた。
「せ、先陣、見つけた」
「おう、そのままクーシャはそいつをフォロー頼む! 」
「あ、灯りの魔導具……三人に一人……やっぱり、へ、部屋は無視されてる……」
一所懸命に二ヶ月も掛けて四階層までの地図を作ってたからな。
そりゃあ、罠と分かっている扉は開けないよな。
「ありゃ、さすがに騎士団員ゾンビじゃ怯まなくなってきたね……」
まあ、そのネタは擦切れるまでこすったからな。先陣が銀輪騎士団だと、さすがに効果は薄いだろう。
「そろそろ三階層も突破されます! 」
まあ、扉を開けなきゃ、そんなもんか。
でも、扉が開かなくなってる訳じゃないんだぜ。
そのことは気付かないのだろうか?
それと、ダンジョンにいつのまにかゾンビが補充されていることとかな。
俺もゴーグルを操作しながら、声だけで指示を出す。
「よし、伝令ゴースト、作戦一番だ。いけ! 」
これでゴーストたちが、作戦一番を伝えにいってくれる。
作戦一番は、そのものずばり『扉を開ける』作戦だ。
伝令ゴーストが一階層から四階層の各部屋を巡ると、扉を開ける役目を担うゾンビが動き出す。
扉が開けば、獲物がいなくなるか、俺たちの命令があるまで『ルーキー』たちは止まらない。
「おお、扉が開いたのう。とと、別の眼にせんとな……」
じいちゃんもかなり先陣の方を確認していたはず。
眼を変えるってことは……そういうことだ。
開ける扉は四階層から始まる。
未だにダンジョン入り口は、兵たちでごった返している。
つまり、相手の鼻先で扉を閉じるようなものだ。
逃げようにも、前に進む勢いがついていて、後退はおろか、止まることすらできない。
敵は四階層まで一直線に並ぶように攻めて来ているので、横合いからの攻撃をし放題な状況だ。
最近は『トルーパー』を育てるべく、モンスターのオドを集めまくったからな。
『ルーキー』には困らないぞ。
「あ……また……これも……耐性はつけたつもりですけど、これだけ目の前が真っ赤になると、ちょっと……」
「アステル、代わろう」
俺はアステルとゴーグルを交換する。
「あの、えと……な、慣れなきゃいけませんから……」
「いいよ、いいよ。俺もしっかり見ておかなきゃいけないものだし。
殺される訳にはいかないから、もちろん殺すけど、自分の手を汚すのとは感覚も違うだろうしね……」
言っていて思うが、感覚が違うのだ。
命のやりとりをする訳でもなく、ただアンデッドに本能で貪り食われる兵士を見つめるというのは、どこか他人事で、空虚な感じがする。
お互いに敵意をぶつけ合うのではなく、混乱と絶望が彩るもの見ているんだからな。
と、いう訳で俺もその混乱の渦中を覗く。
ああ、下手に想像力が豊かだと余計に辛いかもな。
ゾンビに噛みつかれる瞬間を何度も何度も体験するようなものだ。
しかし、遠くの出来事だからなのか、俺はそこまで辛くはない。
俺が全てのゾンビと契約するため、こいつらの肉や血を口にしているせいだろうか。
あ、こいつ俺に目玉を食わせようとしてきたやつ、とか、こいつが契約時に暴れようとした好戦的なやつ、みたいに全員に何となく面識があるからだろうか。
ちょっと応援したくなる。
そうして、小一時間も経つと、盗み見する視線が外の映像になることが増えてきた。
「外に状況が伝わって来ているみたいです。
無理に中に入ろうとせず、待ち構えるような陣形に変わりました」
「ああ、中の視線もかなり減ってきているかな。
アルファ、死体を集めてこっちに送るよう、指示してきてくれ」
「はい、ご主人様」
アルファが伝令よろしく上へと向かう。
さて、また勝手に動き出す前に契約をしておかないとな。
俺の思惑としては、ダンジョンから出ない、つまりこちらから攻めるつもりはないと見せるのが重要なのだ。
あくまでも俺たちがしているのは防衛であって、攻撃ではない。
俺たちがここに居ることを認めて、攻めて来なければこちらは無害なのだと分からせるのが要だ。
相手が待ちの姿勢になったら、こちらも待ちの姿勢を作るのだ。
「ふむ……ポワレン坊ちゃんはまだやる気のようじゃな。
陣替えしとるの」
「じいちゃん、どこの部隊が前になるか分かる? 」
「ああ、銀輪がダメなら金十字が妥当なとこじゃが、あの旗印はフツルーじゃな。
前当主がメーゼと組んでやらかしたからの。
点数を稼いでおきたいんじゃろ……」
なるほど、『フツルー』の領軍が先頭になるらしい。
「む……珍しい顔がおるのぅ……」
「カ、カーネル様、お知り合いで、ですか? 」
「まあ、知り合いと言うか、よく儂に噛みついてくる男じゃよ。
カシュワ・テーン。水流と雷撃の詠唱魔術使いじゃな」
「へぇ、珍しい詠唱魔術だね」
「いや、それなりに使い手はおるんじゃが、テーンの一門は門外不出の魔術として、頑なに呪文を教えんのじゃ。
おかげで研究が遅滞しておっての……あやつめ……」
何故かじいちゃんは怒っているが、普通は教えない。
既得権益を手放してくれと言われて、人は簡単に「うん、分かった」とは言わないだろう。
だだ、じいちゃんとその弟子たちに狙われて、未だに秘密を守れているのは、凄いと思う。
「ちょっと作業部屋行ってるから、動きがあったらよろしく! 」
まだ陣替え中で、混乱もしているだろうから、今の内だと俺は作業部屋に向かった。