ぐちゃあ。様子見って、か、感じだね。
キキキ……とサルのハイスケルトンであるサスケが鳴いた。
その後、キーキー……とふたつ鳴いたということは、三人組が二十パーティー以上という意味になる。
俺はサスケに礼を言って、構ってやりながら、背後に控えるゴースト系中級アンデッドのレイスたちに偵察を頼む。
「ついにバレましたか……」
アステルが皿に盛ったビーフシチューをテーブルに並べながら言う。
おお、美味そうな茶色だ。
「ああ、あんまり遅いんで、もうこのまま年単位でバレないかと思ったよ」
「まあ、その分、充分以上に準備時間が取れたんじゃし、ええんじゃないかの……」
じいちゃんは読んでいた本に栞を挟んで、目を揉む。
「それでは、クーシャさんにご飯だと伝えて来ますね」
アルファはそう言って離れていく。
俺たちは待つこと数分、クーシャとアルが戻ってくる。
「ついに来たって?
先にチェックしとくよ」
アルはそう言いながら並べて置いてあるゴーグルを手に取った。
ゴーグルは俺が普段、首にかけているものと同じ、『千里眼』のゴーグルだ。
これは人数分、用意してある。
『千里眼』ゴーグルは、他人の視覚を盗み見る魔導具だ。
ゴーグル横のダイヤルを回すことで、段々と遠くの視覚情報を得られるようになるという反則道具である。
ただ、こいつだとアンデッドの視覚というのは、ほぼ盗めなかったりする。
何しろ、アンデッドの場合、上級くらいの奴じゃないと、そもそも視覚を使っていないのだ。
なので、いくらか探してやれば、このダンジョンの侵入者の視覚は簡単に見つかる。
俺たちが食事を取っている横で、アルは実況中継を始める。
「お、見つけた! えーと……あ、これ、昔の私の部屋だ」
アルが嬉しそうに言うが、俺は慌てて口の中のパンを飲み込んで言う。
「……アル、そこは実況すんなよ! 」
「あ、ぐちゃあってなった……」
瞬間、全員のスプーンが一瞬、止まる。
昔のアルの部屋、つまり『一階層、罠部屋二』とナンバリングされた部屋はとげとげ吊り天井、暗がりに扉の絵があるという部屋だ。
扉の絵はドアノブはついているものの、実際にはどこにも繋がっていない。
それどころか、ドアノブに触れた瞬間、部屋の半分を埋め尽くす吊り天井が落ちる仕様になっている。
残り半分は作りつけの棚などで、実質、部屋の中に逃げ場はない。
おそらく三人パーティーらしいので、一人が部屋の確認に入ったというところだろう。
でなければ視界は途切れているはずだ。
そして、実況するなと言ったのに、実況するアルは阿呆なんだと思う。
「実況すんなって言っただろ、アホ! 」
「いや、だって、みんな侵入者の進捗とか気になるでしょ」
「気になるけど、ぐちゃあは余計だろ、ぐちゃあは!
お前が、ぐちゃあとか言うから、想像しちまっただろ!
こっちはシチュー食ってんだよ!
ぐちゃあと混じるだろ、シチューがっ! 」
「おっほんっ!
ベルちゃんや……あんまり連呼しないで欲しいのう……その、シチューを食ってる時じゃしな……」
「あ、ごめ……」
「ぷふーっ、怒られてやんの……」
「いや、最初に言ったのアルちゃんじゃからの……」
「あ、ごめ……」
俺とアルは同時に黙ってしまうのだった。
気を取り直して、食事を終えた俺たちは、それぞれにゴーグルを装備する。
「二階層、赤ゾンビ部屋です」「に、二階層、黄色ゾンビ部屋……逃げるみ、みたい……」「二階層、こちらは青ゾンビ部屋じゃな。ふむ、鎧の紋章からすると、銀輪騎士団のようじゃな……」「こっちは一回、戻るみたい。マッピングしてるよ」「二階層、犬ゾンビ部屋の前まで来てるやつがいるな。アル、マッピングがどの程度進んでるか分かるか? 」
「ええと、一階層の見せていい部分は全部、埋まってるみたい。隠し扉は見つかってないよ」
全員でチェックすると、ある程度の概要が見える。
入って来ているのは『王都』の『銀輪騎士団』か。
まだ最初だし、ある程度様子見って感じだな。
二階層は、元々『取り寄せ』魔術用の保管庫として作った小部屋がたくさんある階層だ。
一部を埋めたり、小部屋にドアをつけたりしているが、迷宮というほどでもない、分かりやすい階層だと思う。
それから、二階層には俺の実験部屋だった部屋や、作業部屋にしていた部屋もある。
それらは小部屋と比べて、大きめの部屋なので、今ではビックリモンスターハウスとして活用している。
大量に出てくるゾンビたちで驚かせて、追い返すのが当面の目的である。
俺たちが作ったのは最初の四階層は、元の作りを活かした遅延戦術ダンジョンで、本格的なのは、そこから下の五~九階層までとなる。
十階層は、今、俺たちがいる生活スペースで、隠し通路を使って『スッシー』のところまで逃げることもできるようになっている。
まあ、五~九階層にも、元俺たちの生活スペースはある。
時間と共にどんどん拡張した結果とも言う。
おっと、犬部屋の扉を開けた段階で視界が黒くなった。
これは盗み見相手の死亡を意味する。
俺は ダイヤルを回す。
俺たちを殺すためにダンジョンに挑んでくるのだ、もちろん、その辺りの覚悟はしている。
死体は後で回収して、ゾンビ化させてもらおう。
それから一時間もしない内に、銀輪騎士団は撤退していった。
「よ、様子見って、か、感じだね」
二階層の半分ほどまでなので、まさに様子見ということだろう。
俺は手紙を何通か認めて、『取り寄せ』魔術と連動した部屋に放り込んでおく。
これで、二日と経たずにオクトや母さんと一緒にいるサンディのところに、情報が伝わるだろう。
銀輪騎士団のやつらは、様子見とはいえ、きっちり聖別武器なんかを用意していた。
こちらも被害が全く無いとは言えない。
戦力を補充しておかないとな。
俺は十階層に用意してある、ダンジョン拡張用の工事中区画へと向かう。
一階層、二階層は基本的に俺が鎧や武器を与えたアンデッドではなく、彼らに『騒がしの森』の中で獲物にされた新規アンデッドたちを配置している。
俺が鎧や武器を与えたアンデッドは『ベテラン』、その中でもアルやアルファによって戦闘技能を練磨されたやつは『トルーパー』、それ以外を『ルーキー』としているのだが、その『ルーキー』たちは基本的に俺との契約後、ダンジョン拡張工事や四階層までに配置されることとなる。
なので、二階層までに被害が出た以上は、工事中の『ルーキー』から適当に選別して上に送らなくてはならない。
まあ、基本はゴブリンゾンビが中心だ。
適当に選んで、色つきリボンを渡していく。
同じような部屋が多いので、ゾンビのリボンで、部屋を識別していたりする。
余裕がある時なら、徒歩で上まで上がってもらうのだが、生憎と今は第二波がいつ来てもおかしくない戦時下だ。
各階層と繋がる『取り寄せ』魔術を使って、手っ取り早く向かってもらう。
そう、このダンジョンの肝になるのが、『取り寄せ』魔術による、アンデッド限定転移システムなのだ。
俺の『取り寄せ』魔術は、アンデッドにとっては『転移』魔術として使える。
なので、隠し通路の奥なんかに『取り寄せ』の魔法陣が置いてある。
さらに、『騒がしの森』の奥地にもあったりする。
『騒がしの森』でモンスターを倒して、俺たちのダンジョン十階層に『取り寄せ』、死体をアンデッド化して、各階層に『取り寄せ』魔術で送る。
これが、『神の試練』を真似て作ったリポップシステムなのだ。
また、この『取り寄せ』魔術は、クーシャに教えてもらった『エスプレーソダンジョン』の魔宝石採掘場にも繋がっていて、リソース管理も完璧というのがウリである。
「ご主人様、畑の管理に行って参ります」
おお、もうそんな時間か。
「ああ、頼んだぞアルファ」
アルファには頭が上がらない。
アンデッドの管理から畑の管理まで、アルファがいるからこそ、このダンジョンは回っていると言っても、過言ではない。
さて、銀輪騎士たちは次はいつ来るか。
いつ来てもいいように、準備は素早くやらないとな。