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その頃の国王たち


「逃げられただと……何故だ? 

 どこから情報が漏れた? 」


「はっ、それが手は尽くしているのですが、皆目……」


「ちっ……これで我々は魔王に対する切り札を一枚、失ったことになるのだぞ! 」


 コウス国王は苛立っていた。


 七体の魔王が生まれるところだったと聞いたが、結果は三体、しかしながら、その内二体は金十字騎士団と近衛騎士団で倒してしまったのだ。

 残る一体は逃亡。

 今回の討伐に少なからず魔王ヴェイルの助力があったとは聞いたが、国王はそれほど愚かではなかった。

 魔王ヴェイルが人に取り入るのが上手いというのは、『王兄派』の炙り出しをほんのひと月足らずに成しえたことからも分かる通りだ。

 エスカー・ベッシュは必死に取りなそうと

してきたが、近衛騎士からは危険な転移魔術の存在も示唆されている。


 魔王ヴェイルはこの国にとって、非常に危険な存在だと国王は考える。


 だからこそ、その血縁である『じい』は近くにいられては困るので、城に留まるよう差配し、国王自ら戦地に赴いて、その場で言いくるめようとしたのだ。

 しかし、失敗した。

 多少はごねられるだろうと予想はしていたが、『国家公認死霊術士』に執着して、国の暗部に手を突っ込み、魔王に戦いを挑むような若輩者だ。

 どこかに落とし所があると思っていた。

 まさか、いきなり全てを放り出すとは思わず、つい『魔王認定』を口走った。


 だが、直後に起きたアンデッドモンスターによる混乱。

 あれこそが、転移系魔術、いや、死霊術士の扱う召喚魔術なのではないかということになった。

 幸いにもアンデッドモンスターによる死者はゼロ、負傷者は多数出たものの、無事鎮圧、しかし、魔王ヴェイルの逃走を許してしまう。


 こうなると、『じい』は魔王ヴェイルの血縁者として、抑えておくべきカードになった。

 だというにも関わらず、『じい』は国王の帰還を待つことなく、逃げた。

 情報は漏れないはずだった。

 『魔王認定』は突然、それからあの時、『オドブル領』にいた者には箝口令を敷いた。

 そうして、真っ先に『じい』を確保しようとしたのだ。

 だが、逃げられた。


「こうなれば、他のカードを揃えるしかあるまい……」


 国王は即座に次の手を打つことにした。




 国王は精力的に活動した。

 旅の聖騎士が近くにいると聞けば、人をやって王都へ呼び寄せ、手厚く歓待した。

 あちこちにある、様々な神を祀る神殿に寄進をして、手助けを頼んだ。

 国内の各領主に伝書鳩を飛ばした。


 聖騎士は保険だ。

 魔王認定したやつが逃げているから、力を貸して欲しいなどと頼んだところで、それは貴方の国の都合でしょう? と言われればそれまでだ。

 だが、聖騎士のいる王都にアンデッドが攻めて来るようなことがあれば、聖騎士は残らずアンデッドを殲滅してくれるだろう。

 降り掛かる火の粉というやつだ。


 神殿は金が欲しいところなら、神官戦士を貸してくれる。

 常駐の神官戦士団は、半数が『金色ゴールデン・ドーン』捜索に従事しているので、数としては不安がある。

 国王は目の前に現れた二匹のアンデッドガルムに、恐怖を覚えていた。


 各領主たちには、魔王認定を伝えると共に従軍せよと伝えている。

 特に『ソウルヘイ』には魔王ヴェイルの母親であるレイル・ウォアムがいる。

 彼女をカードとして抑えておきたかった。


 そうして、瞬く間に三週間が過ぎた。


 『ソウルヘイ』の領主、クイラスが国王の元に一番に駆けつけた。

 クイラスは兵三百、『武威徹ぶいとうる』三機を持ってきていた。


「陛下におかれましては……」


「挨拶など いらぬ。

 それよりも、レイル・ウォアムだ。

 捕らえて連行するよう、申し渡してあるはず! 

 レイル・ウォアムを連れて来い」


 国王は焦れたように苛立ちもあらわに言う。

 対するクイラスは、汗をかきかき、申し訳なさそうな顔をする。


「はっ……それが……手紙から一時間と間を置かずに手の者をやったのですが……どういう訳か、与えていた屋敷どころか、街中にも影も形も見えない有様でして……」


「な、なんだと!? 

 じいに続いて、そちらもか!? 」


 国王はらしからぬ大声を出した。


「はい? こちらも、でございますか? 」


「うるさい! まさかその方、私を裏切ったのではないだろうな? 」


 クイラスは目を丸くする。それから激昴した様子を見せる。


「まさかっ!? 何故、わたしが大恩ある国を裏切らねばならないのです!? 

 意味が分かりませぬ。

 虎の子の『武威徹』も、接収できた分、全てお持ちしたのは、そう指示があったればこそ。

 裏切る気持ちなど、微塵もありませぬ! 」


 その勢いに圧された国王は、手でクイラスを抑えるようにしながら、弁解を口にする。


「いや、貴公の忠誠を疑った訳ではない……ただ、あまりにも後手に廻るのでな……ちと、詮無きことを言った……すまない……」


「いえ、聞けばかの大罪人、黄昏のメーゼは城内にゴーストの間者を潜ませていたとか? 

 魔王もまた、死霊術を操る呪われ者と聞きました。

 もしや、そういう類いの何かではないでしょうか? 」


 クイラスの進言に、国王は目を見開いた。


「それか! 確かにメーゼ討伐の折り、魔王の傍らにゴーストが居たとの証言もある……。

 誰か! 

 霊視薬を持てぃ! 」


 国王は魔王ヴェイルがもたらした『点眼薬』を兵士に使わせ辺りを探らせる。

 結果、国王近辺にゴーストの姿はなく、ようやく国王は胸を撫で下ろした。


「如何でしょう。

 神殿に金を払い、城に『聖域結界』を使わせては? 」


 クイラスは提案するが、国王は浮かない顔だ。

 何しろ、『聖域結界』という奇跡は金が掛かる。

 城を聖域とし、死霊の類いを寄せ付けない結界は、維持費が掛かる。

 聖騎士の歓待、神殿から神官戦士の借り受け、『金色』の魔王の捜索、各領主に参軍の要請をした以上、それの維持にも金は掛かる。

 コウス王国の財政はかなり逼迫していた。


「……うむ。考えておこう」


 クイラスの提案は魅力的だが、財務大臣からは、これ以上の出費は国が傾くと泣きつかれている。

 国王としても難しいところであった。




 さらに時は流れる。

 一週間後、国王の前には異門騎士ゲートナイトたちの使う魔術符を扱う商人が頭を垂れていた。


「面を上げよ」


「は、はい……」


 テイサイート領主に連れて来られたオクト商会のオクトという者だ。

 怯えたような顔をしている。


「そなたは、レイル・ウォアムの弟子にして、魔王ヴェイルの知己だな」


「は、はっ……ですが、知己とは言っても、あまり親しくはないもので……」


「ふん。親しくない者に『異門召魔術』の商いを任せるものか? 」


「は、はい……あの、自分はレイル派を破門されていますが、未だに師匠の坊ちゃんには逆らえないものですから……」


「だが、その魔王のおかげで随分と稼いだのではないか? 」


「い、いいえ、とんでも御座いません。

 師匠の……いえ、魔王のやつとの取り決めは九対一と強要されておりました。

 材料費もこちら持ちで、その稼ぎと言われましても、日々入って来るのは微々たるもの。

 今日の身代は、商会として細々と稼いだ証に御座います」


「それはまた、随分と暴利だな」


「はい……商売をさせてやるのだから、それ以上は許さぬと、脅されておりました……」


「ほう……ならば魔王が憎いのではないか? 」


「ええ、ええ、そりゃあもう! 

 私が『塔』に入った時から、傍若無人な振る舞いで、お前は弟子だから、一番、出来が悪いからと、何度も、何度も嫌な思いを……あ、し、失礼致しました……」


 激昴して、饒舌になるオクトを国王は 心地好く見ていたが、その視線に気付いたオクトは平身低頭する。


「いや、良い。

 それでは、単刀直入に行こう。

 今の魔王ヴェイルの居場所と、異門召魔術の秘密を言え」


 上機嫌な様子の国王はオクトに尋ねる。


「は、はい。

 ま、魔王は今ではどこにいるのか分かりません。

 音信不通になりまして……」


「分からぬ、だと? 」


 途端に不機嫌になる国王。


「は、はい。叡智の塔に人をやっても、誰も出ず、手紙ひとつ来ていないのです……」


「ふん……まあ、だろうな……。

 では、居場所に心当たりはあるか? 」


「居場所ですか……冒険者になってからは分かりませんが、魔王は塔から出ることが稀で……他の土地に対する土地勘というものが無かったはずです……」


「ふむ、それならば塔からあまり遠くに離れるということもなさそうだな」


「ええ、おそらくは、ですが……」


「まあ、それは良い。

 それで、異門召魔術についてだ」


 話せ、という風に顎でしゃくって国王が促す。


「は、はい。あ、あのう、もう箱は開けてみましたでしょうか? 」


「おい」


 国王が並ぶ臣下たちを促すと、三十半ばくらいの男が進み出る。


「はっ! 開けてみたところ、何かのからくりが作用したようで、内部構造はグチャグチャになっておりました」


「ええ、そうなるようですね。

 わ、わたくしも試しましたが、同じでした。

 魔王からは信用されていませんでしたから……」


 オクトはさも、悔しいという顔をして地団駄を踏んだ。

 それから、国王を見据えると、口角を吊り上げた。


「しかしながら、大体の構造は分かります」


「「おお……」」


 周囲の者たちが期待に満ちた声を上げる。


 オクトは意気揚々と説明を始めるが、水を差したのは国王だった。


「……で、それは作れるのか? 」


「し、然るべき技術を持った者がいれば……あ、ちなみにわたくしには無理です。

 腕が悪くて破門された身ですから……」


 太陽の眼前に置かれた花のようにオクトは萎れていく。


「ふん、話にならんな。

 それで、商人よ。憎き魔王を打倒するためと言ったら、お前はどこまでやれる? 」


 国王はオクトのことも信頼はしていなかった。

 結果的に、魔王の居場所は知らぬし、異門召魔術の再現もできぬとあっては、とても信頼は置けぬというのが国王の結論だ。


「か、金を用意致します」


「幾らだ? 」


「手付けとして、まずは五千ジンで如何でしょうか」


 五千ジンは大金だ。

 異門騎士ゲートナイトたちに『異門召魔術』の箱を揃えるために、国はヴェイル・ウォアムに対して一万ジンを支払っている。

 ただのいち商人が払う金額としては破格と言っていい値段だった。

 だが、オクトは大商会を築き上げた人物。

 国王としてはそれで済ませるつもりはなく、それを理解しているオクトも、あくまでも手付け金としたのだ。


「それから、五万ジン分の魔術符とインクを無償で提供させていただきます。

 さらに、後からになりますが、四万ジン。

 これで如何でしょう? 」


「じゅ、十万……」


 どこかで官吏の一人が生唾を呑み込んだ。


「それと、並行して、異門召魔術の開発も進めてもらおうか。

 当然、できるな」


 国王は更なる要求をする。

 周囲の大臣を始めとした官吏や騎士団長たちは、そんな無茶な、と固唾を呑んでいる。

 オクトは必死に頭の中で計算を立てるふりをしてから、頭を下げる。


「はっ……かしこまりました! 」


「うむ、しかと命じたぞ」


 国王は満足そうに頷いた。


 実のところ、オクトは思いのほか安く済んだと喜んでいたが、そんなことはおくびにも出さず、平身低頭、退出していった。




 オクトは、師匠の坊ちゃんが魔王認定されたと聞いた時から、こうなるだろうという予測を立てていた。


 何しろ自分は、師匠の坊ちゃんにかなり近い立ち位置にいる。

 おそらく国から呼び出され、根掘り葉掘り聞かれた上で、身の潔白を買うことになるだろうと、確信していたのだ。


 国は、先の『王兄派』と『黄昏のメーゼ』の問題で、『サダラ』と『オドブル』からの税収が見込めなくなっている。

 そこにきて、国全体で軍事行動を起こそうというのだ、金が幾らあっても足りない。


 だからオクトは、今まで『異門召魔術』で儲けて来た分を吐いてしまうことにした。

 国に卸した魔術符とインクは相当に吹っ掛けた値段になっている。

 これの儲けが十万ジンくらいにはなっている。

 だから、金で四万五千。

 魔術符とインクは、原価で言えば五千程度にしかならない。

 なので、実際にオクトが払うのは、五万ジンというところだ。

 ただ、もう何度かは国からの金の無心に応じなければならないだろうから、少しでも安く済む方がいい。

 そういう意味では、上々だと言える。


 『異門召魔術』の研究に関しては、簡単だ。

 師匠の坊ちゃんからは、知っていることは全て喋っていいと言われているので、オクトの判断でぼやかしただけで、実は「作れます」と答えても良かった。

 だが、それを高く売りつけただけの話だ。


「いやいや、やはりわたくしには商売の才能があるようですな、師匠の坊ちゃん」


 一人になった瞬間、オクトはそうごちて、ほくそ笑むのだった。


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