なら……なるかな。拗らせているのか?
ダンジョン探索五日目。
我々はついにダンジョン最奥、巨大な扉の前に立っていた。
あれから、全ての宝箱を開けたが、もうダンジョン産の本は出なかった。
極悪ダンジョンなんだから、もう少し良いもん出せよ、と悪態のひとつもつきたくなる。
資金調達という意味では充分な成果があったと言えるが、もう半ば俺とアステルは新刊を求めて彷徨う鬼と化していた。
「ちくせうっ! もうラスボスの間かよ! 」
「くふぅ……知性を売りにしているドラゴンのくせに、財宝の中に本が無いなんて……」
九階層は四方に配置されたグレータードラゴンが守護する鍵を集めて、ここ十階層への階段に通じる道を開かなくてはいけなかった。
クーシャがクリアした時はただのドラゴンだったらしいが、今ではグレータードラゴンというドラゴンの上位種、しかも、全員人間語を器用に操る知性あるタイプだったのだ。
しかし、どのグレータードラゴンも本を持っていなかった。
そのことに大層ご不満なアステルは、未だに怨嗟の言葉が止まらない。
正直、そのグレータードラゴンが過去にどこそこを縄張りにしていたとか、その昔、英雄のだれそれを倒したとか、そんな自慢話ばかり聞かされ、こちらと会話をする気はゼロ。
我を倒せたなら、宝をくれてやろうとか言うものだから、少し期待してしまった。
それなのに、宝は鍵と宝石、金の延べ棒とか装備品、そんなものばかり……期待外れもいいところだった。
「ここに出る魔神は言葉を使うんですよね? 」
ずずい、とアステルがクーシャに迫る。
「あ、う、うん……ま、前の時は……だ、だけど……」
クーシャが冷や汗を浮かべている。珍しい。
だが、アステルの考えは分かる。
ボス部屋というのは異界だかなんだか分からないが、どうも別の場所から召喚されて、その部屋にモンスターが縛られるようなのだ。
そして、そのモンスターの心の慰めなのかは分からないが、知性が高いボスモンスターは大抵、財産のようなものを持っている。
ウチのキング〈リザードマン・デュラハンズのキング〉は財産代わりに手下を揃えていたのが、その一例だ。
グレータードラゴンも財宝を貯め込んでいたので、魔神も何かしら持っている可能性は高い。
そして、ひとつの部屋に閉じ込められた知性あるモンスターは何を求めるのか。
俺やアステルなら、迷わずに『本』と答えるだろう。
前回、クーシャがこのダンジョンを攻略した時のラスボスは魔神だ。
この魔神は言葉を話したそうなので、なにか俺たちが未見の『本』を持っている可能性はある。
「……なら、希はありますね! 」
フンス! と音が聞こえそうなくらいにアステルが気合いを入れる。
「魔導書とかじゃなければいいけど……」
アルが呟くので、俺は釘を刺す。
「アル、そういうこと言うなよ」
フラグになったらどうする。
「いや、ごめん、別に水を差すつもりじゃなかったんだけど、魔神でしょ。
本とか読んでても、それ系っぽいなぁとか、ついね……」
「いえ、もう新刊ならいっそ魔導書でも……」
いや、アカンやろ……。
「アステル、一回、落ち着こう。
それ、まともに触ったら呪われるやつだから、俺たち読めない……」
「え、それベルさんが言うんですか!? 」
アステルのツッコミに、俺はチラリとアルを見てしまう。
「何? 」
とても不機嫌そうな声でアルが応える。
フルフェイスの兜で顔が見えないが、眉間に皺が寄りまくっていることだろう。
俺の呪いについては、母さんたちと話し合った時、つい、俺からバラしてしまったが、懸念していたアルは、その場ではスルーしていた。
問題は母さんたちと別れた後だった。
アルは俺と二人になった時、言った。
「呪われたんだってね」
「ん? あ、さすがにアルでも、魔導書と呪いの関係くらいは知ってたか……」
俺はおちゃらけて何とか切り抜けようとした。
「はあ? また、私のことバカだと思って……って、そうじゃなくて。
誤魔化されないから。
でも、今は考えない……ベルが私のためにしたことだとしても、今、私はベルに何も返せないから、今は考えない……」
むっすりとした表情でアルは押し黙る。
「気にすんな」
俺はアルの方を見ないように、そう言った。
「うん……生き返ったら……ううん……今は考えないようにする。
気にしても、ベルの負担になるだけだもんね……」
「おう、分かってるね」
正直、ホッとした。
でも、アルは俺を抱き締めた。
冷たかった。
それから、頬にキスされた。
一瞬、血を吸われるのかと思った。
「ねえ、ベルは神様に会ったんだよね? 」
「ああ、まあな」
「うん……会える……何とか……」
アルが俺に聴こえるか聴こえないか、ギリギリくらいの声で何か言った。
「え、何だって? 」
「ううん、なんでもない! 」
そう言ってアルは俺の身体から離れた。
そんなことがあったものの、それからは一応、呪いの話は解禁された。
ただ、呪いの話になると、アルは不機嫌になる。
今は耳に入れたくない。
そう言われているようだった。
少し微妙な空気になった。
俺はそれを振り払うように言う。
「さあ、魔神が馬鹿じゃないことを祈りながら、行こうか」
リザードマン・デュラハンズに命じて、大きな扉を開かせる。
気合い入れないとな。
全体は天然の洞窟だ。
かなり高めの天井からは鍾乳石が何本も垂れ、幾つかは巨大な柱になっていて、光を放っている。
シャンデリアと柱に包まれた、天然の宮殿のようだった。
端の方に、鍾乳石に腰掛ける人影が見える。
人影は手に持った何かに視線を落としていた。
「あ、ああっ……むぐっ……」
アステルが大きな声を上げそうになるのを、慌てて呑み込んだ。
「も、もう、遅いと思う……」
クーシャが既に見つかっているから、声を押し殺す必要はないと、剣の柄に手を掛ける。
「しーっ……違うぞ、クーシャ。
これはマナーの問題だ」
俺は無声音を駆使してクーシャに伝える。
本を読んでいる人の近くでは、なるべく静かにしてあげる。
自分がしてもらって嬉しいことは、誰かにもしてあげる。
やはり、マナーの問題だろう。
まあ、俺たちはその間に準備を整えられるので、お互いに利があると言える。
こそこそと魔法陣でも描かせてもらおう。
俺がそう考えて、チョーク片手に、さて、どこに書こうかと考えていると、人影からパタン、と本を閉じる音がした。
「キリのいいところまで、待つよ」
そう声を掛けておく。
人影が立ち上がり、俺たちに見える辺りに歩いてくる。
軍服と言えばいいだろうか。
魔神の世界にそういう概念があるのか分からないが、こちらの世界では朱色の軍服と認識されるだろう。
それを着崩した状態の男性型の魔神だ。
というか、特徴的には魔王だ。
肌の色は青く、頭に二本の捻くれた角、瞳の色は目玉が黒で虹彩は金色。
紫がかった爪と同じく紫がかった龍翼。
色味が人間の範囲に入っていれば、確実にイケメンと呼ばれるだろう。
「問題ない。もう百度は読み返している本だ。
さすがに飽きた」
苦笑混じりに、魔神が本を示す。
「「なら、くれよ〈ください〉」」
おっと、つい同時に本音が漏れた。
「ふむ、我らの言葉で書いてあるからな。お前らでは読めんぞ。
それに、唯一の暇つぶしだ。くれてやる訳にはいかぬ……」
そう言って、魔神が棚状の鍾乳石に本を置く。
「こんなものより、お前らの目当てはあれらではないのか? 」
魔神が後ろを指し示す。
それは鍾乳石に囲まれた中にある、俺たちが入って来たのとは別の扉だ。
宝物庫ってことかな。
あっても困らないが、ここまでの道中で稼ぎは充分だ。
「いや、どうせなら、本の方がいいな。
あと、お前の身体な」
「は? いや、否定する気はないが、だいぶ拗らせているのか? 」
少し焦りを見せつつ、魔神が言った。
「誰が変態かっ! 変な誤解すんなっ!
俺が欲しいのは、アンデッド化したあんたと、その血だよ」
「あ、ああ……どちらにせよ拗らせているという自覚は……聞くだけ無駄か……」
魔神は薄ら寒いという表情で、嫌なものを見る目つきを俺に向ける。
「どちらにせよ、負ければお前に蹂躙されるのだな。
これは、気合いが入る。
どれ、それでは試練を始めようか」
魔神が構えた。クーシャが剣を抜く。
魔神の視線は、最初に俺を殺すと決めているのか、俺に注がれている。
俺は逃げる方向を決める。
じり、じり、と魔神が間合いを詰めていく。
クーシャもまた、間合いを測りながら歩を進める。
一定の距離に近づいた時、ふたりは同時に動き出すのだった。