仲直り?研究!
「サルガタナース!サルガタナース!」
俺は自分の家である『塔』に帰りついた途端に叫びながら自室へと向かう。
別に『サルガタナス』は本なので、勝手にどこかに行ったりすることはないと分かっていても叫ばずにはいられない。
《ベル、叫ばずともよい。いや、むしろ叫ぶな。うるさいぞ!》
『サルガタナス』が迷惑そうに声を上げる。実際には声ではなく脳内で理解させられるのだが、もうめんどくさいので、声ということにする。
「大変だ、アルが、スケルトンになった……ど、ど、どうすればいい?」
《ほう……早かったな……まだ保つと思っておったわ》
「ど、どういうことだ?」
《ゾンビの肉が全て腐り落ちれば、骨になる。当然の帰結であろ?》
「お前……それ、知っていたのか……?」
俺が目を丸くしていると、『サルガタナス』が飽きれたように言った。
《何故、読まない?何故、我を伴わない?全て書いてあるぞ……》
俺は怒ることもできずに、ガックリと膝を落とす。
全ては俺の怠慢が招いた結果だった。
俺に着いてきたアルは虚ろな眼窩のまま、そこに立っていた。
白骨が服を着て立っている。
「アル……ごめん……俺、焦ってたみたいだ……」
俺はアルに謝罪すると、アルを引き寄せて、その頬骨の辺りにそっとキスをする。
これでアルが許してくれるかは、分からないが、仲直りのちゅーだ。
俺はアルと『サルガタナス』をそのままに、一度自室を出る。
アルには「ちょっと待ってて」と声を掛けてある。
俺は食料庫から保存の効くものと、お茶をポットいっぱいに用意する。
それらを持って、自室にこもる。
分からない部分は置いておくとして、とりあえず『サルガタナス』を最後まで読むと決めた。
バクバクと身体にエネルギーを貯め込む。
黙々と知識を頭に貯め込む。
ゴクゴクとそれらを流し込んでいく。
足りなくなったら食料庫に『サルガタナス』を読みながら向かい、読みながら持てるだけの食品を持って、また自室に戻る。
さまよえる仔羊の飼い方は、集中して読んでいくと、じわじわと面白味が出てくる。
学術書のような書き方をしているが、ところどころに作者の影がチラつく。
作者はたぶん神経質で研究命みたいなところがあるが、寂しがり屋なのだろう。
同じような文脈に揃えつつも、その言葉の選び方が温かさを求めるような雰囲気がある。
無理に冷たく書こうとしている印象とでも言えばいいか。
少しずつそんな色が見えて来ると、『サルガタナス』の性格とも微妙に被っていて、ああ、作者の性質を受け継ぎながらも変質していったんだろうな、と思えてくる。
最初は新しい知識としての興味しかなかったが、ゆっくりと、じっくりと熱中させてくれる。
相変わらず分からない表現や暗号、暗喩や比喩が多用されていて、要研究の書だが、羊の飼い方はなんとなく理解できた。
どうやら、進化の道は複雑に入り組んでいるようだ。
スケルトンから吸血鬼を目指す道もありそうで、少しホッとする。
俺はさらに続けて、泥棒魔術と呼んでいる部分も読み込んでいく。
完璧とは言えないが、泥棒魔術にも理解が及ぶ。
『千里眼』は儀式魔術に近い。羊の飼い方に似ている。
『隠し身』は詠唱魔術、『鍵開け』は詠唱魔術と儀式魔術の複合でできているようで、『取り寄せ』は紋章魔術と儀式魔術の複合だった。
特に、取り寄せ魔術はひとつの品物についてひと組の紋章魔術を微妙に組み替えて対応させるらしく、これは数字表現なのではないかと思わせる表記方法が書かれている。
これがもし、本当に数字表現なのだとしたら、俺は紋章魔術の意味の一部を理解したことになる。
大発見かもしれない。
大まかな理解終わったところで、『塔』に客が来た。
ちっ!誰だよ、いいところなのに……。
「どーもどーも、師匠の坊ちゃ〜ん!例のモノの材料をお持ちしました〜!」
オクトだった。
あ……。
俺は『塔』の入口に立った瞬間、扉を開けると同時に言った。
「あれから、何日経った……?」
「へ?あれから?ああ、ああ、期限の残りですか?
えとえと、あと十九日ですね……」
あと二週間と少し……ギリギリだ。
「こちら、材料になります……」
オクトが材料を渡して来る。
「ではでは、十九日後に引き取りに参りますね。
よろしく、よろしくお願いします!
その時には、良い御報告ができると思いますよ!お楽しみに!」
「あ、ああ……」
とりあえず、曖昧に返事をして、荷物を受け取って引っ込む。
それから、慌てて俺は判子製作に入る。
さすがに前借りまでしておいて、期日に間に合わないというのは、マズイ。
九日間、みっちりと工房にこもった。
そうして、睡眠時間を削りまくって、判子と原板も削りまくっていると、アルの母親であるリートおばさんがやってきた。
頼んでおいた食材を届けてくれたのだ。
「あら、ベイルちゃん。レイルさんはまだ帰ってないのね?」
「え、母さん?うん、まだだけど?」
言われてみれば、母さんはもういつ帰って来ても不思議はない。
そろそろふた月になるか。
じいちゃんも早ければあとひと月くらいで帰る予定だ。
そうか、アルを隠さなきゃ……。
「レイルさんも早く帰ってきてくれるといいのにねぇ……」
「いや、別に俺、もう子供じゃねーし……」
「何言ってんの。あたしからしたら、ベイルちゃんはまだまだ子供だよ〜。
お母さんのご飯が恋しくなったら、また家においでね!
レイルさんに料理教えたのはあたしなんだから!」
「あ〜、うん。母さんの料理はこれっぽっちも恋しくならないけど、リートさんとバイエルさんの料理は食べたいから、また行かせてもらうよ」
「あら、そんなお世辞も言えるようになったんだねぇ……嬉しいわあ!」
本心です。母さんに料理の才能はないので。
リートおばさんに告げ口する気はないが、教えた料理が教わった通りに出てくることなんて、まず無い。
横で母さんがリートおばさんに料理を習うのを聞いていた俺はちゃんと出来るのにね。
だから、最近では料理は俺の役目になってたりする。
「それじゃ、また来るからね!」
俺がお代を渡すと、リートおばさんは元気良く帰っていく。
アルの葬儀からまだそれほど経っていないのに、リートおばさんは強い。
生き死にが常の冒険者相手に商売をやっているからだろうか?
とにかく、リートおばさんの笑顔は一服の清涼剤になった。
おかげで、色々と考えることもできた。
と、いうことで、俺はアルに森の入り口辺りに穴を掘ってもらうことにした。
アルの隠れ場所兼、俺のタナトス魔術研究所になる予定だ。
モンスターは森の浅いところには、まず出て来ないから、問題はないだろう。
問題が出るとしたら、母さんとじいちゃんが帰ってきて、寺子屋を再開した時になりそうだ。
子供たちが来たら、バレる可能性はある。
何しろ子供たちは馬鹿だから、近づくな、と言い含めたところで逆に興味を惹かれるという結果になるのは目に見えている。
上手く偽装しなければ。
しかし、現状ではアイデアがないので、俺は判子作りに戻る。
削る。ただこの一刀に魂を込めて。
ちょっと職人っぽくて、かっこいいな俺。
俺は彫刻刀を手に、むふふと笑う。
今頃アルも鍬を持って土を削りまくっているだろう。
素材も規模も違うけれど、俺もアルも精一杯、働いている。
最近の俺は忙しい。
朝、昼、晩と毎日三回、アルの作業状況を確かめ、必要ならば指示を出す。
ちなみに、『サルガタナス』を読み込んだ結果、アルがゾンビからスケルトンになったので、契約をしなおした。
どうやら、違う種族になる度に契約をしなおす必要があるらしい。
骨に血文字で名前を書いて、俺はアルの骨の削り粉を飲んだ。
これによって少し複雑な命令「穴を掘って、土が溜まったら捨てに行け」みたいなことができるようになった。
一応、ゾンビ時代に学習したことも覚えてはいるらしい。
そうして、アルに指示出ししたら、俺はひたすら判子作りをする。
夜、寝る前に『サルガタナス』を開いて、少しだけ研究も進めている。
とりあえず、次の進化先はオーブというモンスターだ。
オーブ。幾つかの光の玉がふよふよと浮かんでいるという形状をしている。
基本的に害はないが、ポルターガイストという物体を動かす魔法を使える。
聖水や、聖なるモノに弱いが物理攻撃無効らしい。
目に見えなくなることもできるとあった。
『モンスター大図鑑』より。
まあ、見たことないから細かいことは分からない。
冒険者的には『色無し』でも装備さえ用意できれば倒せるらしいので、とっとこ次の進化を考えるべきだろう。
オーブのレシピはというと。
・遺体の一部
・バジル
・オレガノ
・タイム
・霊樹の葉
・竜狼の突起
・魔瘴石の粉
・油
なんか料理でもできそうだな。
竜狼の突起……森の奥に行けば取れそうだけど群れがでかくなっているのが厄介だ。
霊樹の葉というのが分からない。
ただ、少し引っかかるものはある。前に何かの本で読んだような……。
「おい、サルガタナス、霊樹の葉って何?」
《それはルール違反ぞ。教えられん》
「ちっ!ケチ!」
《そう言うな……前に教えたアレで随分と苦労したのだ……これ以上、神々から嫌がらせを受けとうない……》
「嫌がらせ?」
《あ、いや、こちらの話だ……。と、とにかくルール違反ぞ!》
怪しい……。
だが、ルール違反をすると神々から『サルガタナス』に嫌がらせが行くのか……。
よく分からないが、これ以上の追及はやめておく。
「うーん……何かの本で見たはずなんだよな……」
何とか記憶から引っ張り出そうとするが、イマイチ思い出せない。
仕方ない。また時間のある時に考えようと思って、俺は布団にくるまるのだった。