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強い運命。『アイツ』


 母さんはゆっくりと話し始める。


「……ベルちゃんが生まれて二歳になるころだったかしら……家にひと晩泊めて欲しいって旅人が現れたの。

 家はほら、あの通り来る者拒まずの姿勢でしょ。

 その日はもう陽も暮れていたし、泊まってもらうことにしたのよ。


 その人は旅の占い師だと言っていたわ。

 それで、お礼代わりに視てもらうことになったの。

 ちょっと神秘的な雰囲気の女性でね。

 父さんの失せ物探しとか、すぐ当てたものだから、ちょっとだけ信じる気持ちになったのよ。


 そしたら、あの人がね、ベルちゃんの将来を占ってくれないかって。


 もちろん、話半分で、本気で信じてた訳じゃなかったけど、ベルちゃんを視たその占い師が言ったの。


 この子は強い運命の糸を持っていますって。

 あの人ったら、喜んじゃってね……それで、もっと詳しく視てくれって頼んだのよ。

 それで、カードを使って占ってくれたんだけど……占い師がなかなか結果を教えてくれないの。


 私とお父さんとあの人、三人でどんな結果でも怒らないから教えてくれって頼んだんだけど、占い師はちょっと待ってくれって、それから、別の占い、また違う占い、さらに違う占いってやってから、申し訳なさそうに言うのよ。


 こんな結果は有り得ない。自分の力が足りないから、おかしなことになっている。

 占いはここまでにさせて下さいって。


 でも、そんな言い方されたら、逆に気になるじゃない。

 それであの人が、悪い結果なら、それを招かないように育てればいいだけだから、気にせず教えて欲しいって頼んだのよ。


 最初は占い師も拒んでいたのだけれど、あの人の熱意に圧されるように結果を語ったわ。


 この子は未来、魔王となる運命にありますって……。


 まあ、占いは占いだからって、じゃあ、ちゃんと分別つくように育てましょって、その時は終わったの。


 翌朝のことよ。

 私が目覚めたら、あの人がベッドの横に幽鬼のような顔で立ってたわ。

 あの人、夜中にベッドの中で一人考えてたらしいわ。

 ベルちゃんに過酷な運命が待っているなら、自分が守ってやる。そんな運命、跳ね返してやるって。

 そしたらね。

 頭の中で声がしたんですって。


 男でも女でもないような無機質な声で、《貴方の因果律を逸脱した願いです。運命線の変更を望みますか》ってその声が語りかけて来たらしいのよ。

 そこで分かってしまったんですって。


 ベルちゃんの未来は魔王になる運命にある。


 その運命を跳ね返すためには、自分は旅立たなくてはならないんだって。

 それからあの人は自分の腕に巻かれたブレスレットを見せてくれたわ。月と星と太陽の飾りがついてた。


 俺は『神の挑戦者ロマンサー』になったって言ってたわ……。

 あれって、呪いよね……ただの占いなら、当たるも当たらぬも私たちの育て方次第でベルちゃんは良い子にも悪い子にもなる。

 でも、『神の挑戦者ロマンサー』になってしまったら、それは確定した未来になる。


 だから……だから、あの人は旅に出たのよ。


 ベルちゃん、貴方の運命を変えるために……」


 母さんが語り終えると、俺は我知らず、心からの声が出た。


「は? 


 俺の運命は決まっていた? その運命を覆すために『アイツ』は旅に出た? 

 なんだそりゃ? 


 待て待て待て……俺は『アイツ』が大っ嫌いだ。

 俺が物心つく前に『神の挑戦者ロマンサー』として出ていって、たまに帰ってきたと思ったら、おちゃらけてふざけた態度で俺に関わってくる。

 母さんを放っておいて、何年も家を空けて、俺に向かって父親らしいことひとつせずに、そのくせ「父さんと呼んでいいんだぞ」なんて軽薄な笑顔で寄ってくる。

 だから、『アイツ』は『アイツ』で、俺は一度たりとも俺の『父さん』だと思ったことはない。


 その『アイツ』が『ロマンサー』になったのは、俺のため? 


 ヴェイル、お前が母さんを守ってやるんだぞ、とか言われて、お前なんかにそんなこと言われる筋合いはない。何を偉そうに語ってんだ、死ね! と散々罵ってきたんだぞ。

 それを今さら……そう、今さらだろ。


 今さら、俺を放っておいたのも、母さんを放っておいたのも、俺に罵られても苦笑いひとつで済ませていたのも、全てが俺のためだったなんて……なんて……なんて……」


「ベル、こういう時はさ、泣いていいんだよ」


 アルが泣きそうな顔で俺に言う。


「はあっ!? 別に泣かねーわ! 」


 目の前は滲んで良く見えなくなってきているが、俺は泣いていない。冷静だ。


「そもそも、間に合ってねえじゃねえか! 

 なにが運命線の変更だ……そんなものに頼るのが間違いなんだよ! 

 これだからロマンサーは嫌いなんだ! 

 ロマンサーなんて、最低のやつばっかりだ! 

 ロマンサーなんて……」


「ベルさん……」


 アステルまで辛そうな顔をしている。


 ちくせう、辛気臭い。

 目から溢れるのは自分の甘さが招いた悔しさであって、涙じゃない。


 俺が死霊術士ネクロマンサーだと王に伝えずに説得できていれば、そうでなくても王に『魔王認定』なんて出させないよう、上手く力を隠せていれば……タラレバの話が無駄だと思っていても、つい考えてしまう。


 昔、母さんになんで『アイツ』は『神の挑戦者ロマンサー』になってしまったのか聞いたこともある。

 母さんは「どうしても叶えたい願いがあるからよ」と言って、それ以上は語らなかった。

 あの時、どれだけ食い下がったところで、答えは得られなかっただろうけど、母さんは慈愛に満ちた表情をしていた。

 状況や『アイツ』のことをしっかり観て、考察すれば、それが俺に関係することだと分かったかもしれない。

 でも、俺はいつまでも帰らない『アイツ』に寂しさを覚えて、それを『嫌い』という言葉で覆い隠してしまった。


 ───自分に嘘をついている限り、俺らに使われて終わりだ───


 ───ソレを本当に望んだやつは『神の挑戦者ロマンサー』になるんだ───


 こんなところで『主神』の言葉を思い出す。


 なるほど、俺が寂しいからお父さんと一緒に居たい、とか望んでいれば、それが本心ならば『神の挑戦者ロマンサー』になっていた場合もあるのか。


 おそらく、当時の心境を思い返すに、寂しいのもそうだが、母さんを一人にしたのが許せなかったのもある。


 どちらにせよ子供心は複雑だ。

 その全てを明確に自分の意志として明文化するのは難しかっただろう。


 俺が悔しさを堪えて、少しの時が経つ。

 誰も何も言わず、沈黙が場を支配していた。


 ふと考えるに、『主神』が語る『進化』とは、争いの中で起きるのではないかと思った。

『神の挑戦者ロマンサー』もシステムだと『主神』は言っていた。

 なんのためのシステムかを考えるに、運命が決定している者の救済措置なんて優しい理由じゃないのは、あの『主神』の言動を見れば分かる。


 『神の挑戦者ロマンサー』はGPを稼がなくてはならない。

 では、そのGPの元になるのは? 

 そう、モンスターだ。

 つまり、『神の挑戦者ロマンサー』とは争いを起こすためのシステムだと分かる。


 どうせ『主神』のことだ。

 これも、『進化』が起きればよし、起きなくても運用して争いの種になればいいくらいのことは言いそうだ。


 ただ、神の言う『進化』と俺が使っているアンデッドの進化は恐らく別物を指しているのだろう。

 そんな簡単ではない。神でも偶然を期待するほどの『何か』。それを待っているような節がある。


 そんな物に翻弄される俺たち人間は神からしたら、さぞかし滑稽に映るのかもしれない。


 それでも。

 それでも、俺のやることは変わらないし、俺の求めるものも変わらない。


「そろそろ行くよ」


 俺が立ち上がろうとすると、母さんが縋るような声を上げた。


「ベルちゃん……あの、あの人はね……」


 それを遮るように、俺も言う。


「母さんさ、たぶん、アイツとの連絡手段、あるよね。

 もし、アイツに連絡するなら言っておいて。

 残念ながら、ロマンサーとして貴方の使命は終わりました。

 とっとこ帰ってきて、母さんを守る本来の使命に戻って下さいって」


「ベルちゃん、帰ってきてって……」


「あ〜、そういうのいいから! 

 悪いけど、俺たちまだやることあるから、行くからねっ!」


 そう言ってアルとアステル、クーシャを促す。


「ベル兄さん、もう行かれるんですか? 」


「うん、あまり時間がある訳じゃないからね。

 あ、そうだ、サンディ。

 サンディにはこれを預けておく……」


 俺は『取り寄せ』魔術を一枚と、書いておいた説明書をサンディに渡す。


「いざという時はこれで連絡してくれ。

 一日か、遅くとも二日以内には俺と連絡が取れる。

 詳しくは説明書を読んでくれ。

 それから、セプテン……」


「はい……」


「もう一度、改めて……こんなことになってすまない……母さんのこと、よろしく頼む……」


「いえ、クイラス様からも安全を保証していただきました。

 こちらは気にせず、思うようになさって下さい」


「ああ、助かる」


 そうして挨拶を済ませて、俺たちは錬金館を後にするのだった。


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