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錬金館。頼む。


 一日の猶予を持って、俺たちは『スッシー』で『ソウルヘイ』へと向かう。


 研究所の方で細かい指示はしてきたので、ウチの子たちが、がんがん拡張を進めてくれるだろう。


 今回、一緒に来たのは、アル、アルファ、アステル、クーシャ、オル、ケルとある意味最強の布陣である。


 『スッシー』から馬車を降ろし、その馬車で『ソウルヘイ』へと入る。


 セプテンの錬金館は随分と賑わっていた。

 人がひっきりなしに出入りしている。

 鍛冶屋らしき男がいたり、商人や兵士なんかも出入りしている。


 領主であるクイラスが『魔導飛行機』の有用性を認めて、下の者に働きかけたからかな。


 馬車を錬金館に横付けすると、慌てて男が出てきて言う。


「あー、悪いが移動してくれ。

 ここに止められると、私が怒られ……あっ! 

 ヴェイル様、ヴェイル様ではありませんかっ! 」


 あ、見たことあるな。

 誰だっけ?


「お忘れですか? フィランティーの息子で貴方様に救っていただいたスコーチです! 」


 フィラ……そもそも、そいつが誰だよ。

 あ、でも、このデカくてゴツイ身体付きは、見覚えがある。

 スコーチ……ああ、前の監督官の倅で、盗賊に騙されて、大怪我したやつか。

 鎧を着ていないと分からなくなるな。

 そうだ、鎧だ。なんで平服? 


「今、クイラス様の命令で錬金館の下働きをさせていただいてまして……」


 ああ、そういうことか。


 俺たちはスコーチに馬車を任せて、錬金館へと入る。

 錬金館の中では、やはりクイラスに命じられたのか、兵士らしき身体付きをした連中が忙しく平服姿で働いていた。


「すいません。ヴェイル式開閉弁は来てますか? 」


 ひょっこり奥から顔を出したのはサンディだ。


「サンディ! 」


 俺は声をかける。


「はい! ……あっ! ベル兄さん! アステルさんも! 」


 顔を輝かせたサンディが駆け寄って来て、アステルに抱きつく。

 いつの間にか開閉弁に俺の名前が付いている気がするが、スルーしておく。


「おかえりなさいっ! 」


「はい、ただいま戻りました」


「ただいま」


 俺とアステルが二人で応えておく。


「あ、えと、そちらのお二人は? 」


 サンディはクーシャと鎧姿のアルに目を留める。


 俺はクーシャを友達として、アルはそのままアルとして紹介する。

 アルなんか、兜の面頬を上げて手を振るものだから、サンディが困惑して俺を見上げてくる。

 俺はサンディに「どうにか身体を与えるところまではこぎつけたんだ……」と耳打ちしておく。

 サンディは瞳を輝かせて、アルと握手をしていた。

 余計なことを言わない辺り、しっかりと秘密は守ってくれているらしい。


 俺たちはサンディの案内で応接間に通され、お茶をもらいながら暫く待たされる。


 母さんとセプテン、サンディの三人が揃ってから改めてクーシャを紹介。

 母さんから「そちらの方は? 」とアルを示されたが、それは後でと話を進める。


 『魔導飛行機』が飛行手段として認められたこと、それから『王兄派』のクーデターを注進

したところ、『武威徹』で戦争に参加するよう言われたことなどを伝える。


「父さんはちゃんとあの王を教育したのかしら……戦闘用じゃないことは伝えたのよね? 」


「当たり前でしょ。周遊観光型の機体だって説明した上でのことだよ」


 母さんは呆れた顔をする。

 それから、俺は『王兄派』の背後に『黄昏のメーゼ』がいたこと、その真の目的が七柱の魔王を生み出すことにあったことなどを説明する。


「魔王ですか……それは穏やかではないですな……」


 結果的に三体の魔王が生み出され、その内二体を、クーシャ、アステルの協力もあって、倒したことを報告する。


「魔王を二体……」


 サンディは驚愕しすぎて、口が開きっぱなしだ。


「んで、ここからが本題だ」


「はあっ……!? 今のが前置きなんですか……? 」


「その逃がした『金色ゴールデンドーン』の魔王のことかしら? 」


 セプテンは半ば飽きれたような顔で、母さんは俺の話を聞き逃すことなく疑問を口にする。


「ああ、そいつは今、王の軍が追ってるはずだ。

 でも、本題はそこじゃない。

 実は……」


 アルが俺の身代わりで死んで、俺は『塔』の中、じいちゃんが隠して、母さんが封印していた魔導書に手を出したことを伝える。


「坊ちゃん……」


 そして、俺は死霊術士ネクロマンサーになったこと、死霊術士ネクロマンサーになったから『黄昏のメーゼ』の野望に気付いたこと、王に正体を明かしたこと、そして、魔王を二体倒してメーゼの野望を阻止したことで、用済みとなった俺は、王から『魔王認定』されたことを話した。


「ま、おう……」


「ごめん……俺の考えが甘かったんだ……」


「そう……あの人、間に合わなかったのね……」


 母さんが悲しそうに言った。

 母さんが『あの人』と呼ぶのはその声音から『アイツ』だと理解できてしまう。

 間に合わなかった? 何が? 

 っていうか、なんで、今、『アイツ』が出てくる……。

 謝罪に来たのに、俺の中でどす黒い感情が渦巻く。


「なんで? なんでアイツの話になる? 」


 俺の不機嫌な声にアステル、クーシャ、サンディは訳が分からずキョトンとしている。


「あの、アイツって誰なんでしょう? 」


「ベルちゃん……」


 母さんはこの話になると、辛そうな顔をして黙ってしまう。

 おかげで俺は『アイツ』がロマンサーなのは知っているが、まともに『アイツ』のことを知らない。

 知りたくもないから、いいけどな。


 辛いのは俺だろ。

 一番、必要としていた時に『アイツ』はいなかったんだから。

 俺はこの件に関して、譲る気はないからな。


「あの……坊ちゃん。

 坊ちゃんはなんのために死霊術を……」


 セプテンが意を決したように言う。


「アルを生き返らせるためだ」


「ああ、いつも坊ちゃんと一緒にいた、幼馴染の子ですよね。

 なるほど、あの子がお亡くなりに……ですが、坊ちゃん。

 アンデッドは生き返るとは……」


 いえませんよ。って、そんなことを言おうとしたのだろう。

 だから、俺はそれを遮るように根拠を示す。


「分かってる。

 俺の狙いは、何年か前に塔に来たムーとかムウとかいう奴が探しに来た『月夜鬼譚〜流転抄〜』という本にある」


「吸血鬼の人化の法……」


 母さんが呟く。


「吸血鬼の……そんなことが可能なのでしょうか……」


 懐疑的な雰囲気で言うセプテンには、母さんが答える。


「ええ、あの時来たムウス氏は可能だと言っていたわ。

 神様から直接聞いたと言っていたから、その言い回しが不思議で覚えているのよ。

 おそらく、どこかの神殿で啓示をいただいたのだと思うのだけれど、その割にあまり信心深くはない方なんだなって印象が強くて……」


 『主神』にしろ『副神』にしろ、この世界の神様は言動が軽い。

 敬う気持ちが薄くなるのは理解できる。

 下手をすれば、本当に直接聞いてるかもな。

 神はフットワークも軽いみたいだし。


 それにしても、『ムウス氏』ね。

 俺はうろ覚えだったが、母さんはしっかりと覚えていたようだ。


「つまり、アルは吸血鬼になりさえすれば、後はその本があれば、生き返る。

 そして、アルを吸血鬼にする方法は例の魔導書にあったって訳だ」


「吸血鬼にする方法ですか……」


「ああ、アンデッドモンスターの進化大系ともいうべき本だ」


「し、進化ですか。

 その、それは禁術なんですよね。

 危険なこととかは? 」


「死霊術自体に危険はない。

 ただ、じいちゃんからも言われているから、詳しい話はしない」


「危険はない? ベルちゃん、隠さずに教えてちょうだい。

 父さんが禁書とした本なのよ。何があるの? 」


「触れると呪いがかかる」


「「「呪い……」」」


 みんなが口々に呪いと呟く。そして、視線は一斉に俺へと向く。


「そんな、大したことじゃない。

 神から嫌われるっていう、どうでもいい呪いだよ」


「そんな……」


 一番、驚いているのはアステルだった。

 俺はアステルに言う。


「いや、大丈夫だから。

 ほら、システムに則って嫌われるくらいで、実害はないに等しいってやつでさ」


 俺の言葉にアステルとクーシャは顔を見合わせる。

 二人は会ってるからな。あの軽い『主神』ってやつに。


「その、神から嫌われるというのは、コウス国王から魔王認定されたのと何か関係があるのでしょうか? 」


「いや、ないだろ。王は最初から死霊術士を認めたくなかったようなことを言っていた。

 黄昏のメーゼのことも、先王の失策って話をしてたしな。

 要は、俺の考えが甘かったんだ。

 これから、たぶんセプテンたちや、母さんにも迷惑をかけることになると思う。

 できれば逃げて欲しいところだけど、それが簡単じゃないのも分かってる……」


 なんと説得すれば、逃げてくれるだろうか……。

 俺がどう言葉を続けようか迷っていると、急に応接間の扉が開いた。


「ご安心下さい、我が師匠! 」


「なっ……クイラスっ! 」


 『ソウルヘイ』の領主で俺の弟子ということになっているクイラスが立っていた。


「話は全て聞かせてもらいました。

 錬金館の者のことは、全てこのクイラスにお任せ下さい! 」


「いや、クイラス……なんで……」


「それはもちろん、いつ師匠がいらしてもいいように、スコーチを派遣していますので」


 え、あいつって、そのためにいるの!? 

 ちょっと震えるわ、それ。


「あ、ああ……」


「それで、魔王認定に対して師匠はどうされるお積もりですか? 」


 俺は力を示すための『ダンジョン計画』を語った。

 クイラスが居る前でどうなんだとは思ったが、母さんたちのことを請け負ってくれたから、大丈夫だろうという判断だ。


「ダンジョン化した地下洞窟に篭っての持久戦ですか……果たしてそれでどうにかなりますかね? 」


「どういう意味だ? 」


「師匠は国指定の魔王ということですよね。

 国の中に魔王がいるとなると、どうなると思います? 」


「そりゃ、国を挙げて、魔王打倒に動くだろうな。しかし、大軍を一度に投入できないダンジョンだ。ある一定以上に防衛を成功させれば、こちらから攻めない以上、放置が一番いいと気付くんじゃないか」


「ふむ、師匠は魔術のことなら完璧ですが、国という物を理解しておりませんな」


 クイラスは深くため息を吐いた後、続ける。


「国というのは、体面を重んじるものです。

 この国に魔王認定された者が、居続けることは、他国から侮られる原因となります。

 つまり、一定以上に防衛を成功させたところで、国の攻撃が止むことは有り得ません。

 むしろ、躍起になって師匠を排除するために動くでしょう。

 そうなれば、なりふり構わず他国や神殿を頼るかもしれません」


「まさか、他国や神殿を頼れば、それこそ周りに侮られるだろ。

 自国のこともなんともできない国として見られるんだから。

 魔王認定だって、この国限定のものだ。

 簡単に他国や神殿が力を貸すとは思えないな」


「では、冒険者ならどうでしょう? 莫大な懸賞金を掛けて、冒険者を募ったら? 」


「それはつまり、超級冒険者ってことだよな……」


 例えば、クーシャ並に強い冒険者が徒党を組んで来たらってことか。

 ……それは、結構ヤバい気がする。


 普通にやったら、勝てないよな。

 いや、地下にデカい広場を作って、数で押しつぶすとか、罠に嵌めるとか、戦いようはあると思うが、クーシャ、クリムゾン、サンライズイエローと見てきて超級冒険者はヤバいやつらだってのは知っている。

 最悪の場合……。


「逃げ道も作る予定ではある……」


 ちょっと弱気になった俺に、クイラスが笑顔を向けてくる。


「ひとつ、師匠の手助けができる道があるかもしれません。

 どうか、この弟子に『やれ』と命じていただけませんか? 」


「それは? 」


「今はお伝えできません。

 ですが、必ず師匠の助けになることです。

 どうか、お許しをいただきたい」


「それ、クイラスが困るようなことにならないだろうな? 」


「ええ、上手くいけば、私にも益があることです」


 自信たっぷりなクイラス。

 正直、クイラスが何をするのか分からないままなのは何とも不安だが、俺よりもクイラスの方が『国』というものに対して詳しいのは事実だ。

 ここは信じてみるか。


「まあ、そういうことなら、クイラス。

 頼む……」


 俺は頭を下げる。


「はい、任されました! 」


 恭しく一礼したクイラスが、では早速と踵を返して、駆けていってしまった。


 まあ、クイラスが保険を作ってくれていると思っておこう。

 ただ、保険は保険だ。

 『ダンジョン計画』を成功させる。

 まずはそれが第一だな。


 考えていると、俺の肩を誰かに突っつかれる。

 見ればアルだった。

 ああ、当初から話がズレたから、結局、紹介してなかったな。


「ええと、今さらだけど、紹介する……」


 俺はひとつ咳払い。

 視線が集まる。

 俺は手でアルを示す。


「アルだ」


「「えっ……」」


 母さんとセプテンの声が重なる。

 全身鎧姿のアルがゆっくりと兜を脱ぐ。


「レイルさん、セプテンさん……ア、アルです」


「ア、アルちゃん……」


「あの、ご、ごめんなさい……全部、私のせいなんです……私が死んだから……私のせいでベルが……でも、私、生き返りたくて……」


「いや、アル。アルが身代わりにならなきゃ、俺が死んでた……だから、アルは悪くない。

 魔導書に手を出す選択をしたのも、じいちゃんや母さん、みんなに迷惑をかけてでもお前を生き返らせるって決めたのも俺だ。

 だから、謝るな。

 自分を責めるな。

 お前の場合、そうやってせめてもの罪滅ぼしをしようとすると、結果的に俺に反動が来る。

 本当に勘弁してくれ……ぶっ……」


 母さんに殴られた。


「痛っ! ちょ、母さん! なんでっ!」


 母さんが母さんモードの時に殴ってきた。

 師匠モードの時は当たり前に手が出るが、母さんモードの時に手が出るのはよっぽどの時だ。

 でも、酷い。事実を言ったら、殴られた。

 ほら、反動がもう出てる。


「アルちゃん。ベルちゃんのこと命懸けで守ってくれたんだってね。

 ごめんなさい。ありがとうね。

 でも、大丈夫よ。

 アルちゃんも知ってるでしょ。ベルちゃんがアルちゃんを生き返らせるって言った以上、ちゃんと生き返らせるって」


「はい。でも、まさかそのせいで魔王なんてことになるとは思わなくて……」


「いいのよ。それはね、最初から決まってたことなの」


「は? 最初から決まってた? 母さん、それどういう意味……? 」


「いいわ……あの人からは言わないでくれって言われてたけど、こうなってしまってはね……」


 あの人、再び。俺はムカムカしてきて、無意識に胃の辺りをさすった。


「あの人は……ベルちゃんのお父さんはね、ベルちゃんが魔王になる未来を変更するために『神の挑戦者ロマンサー』になったの……」


「え? 」


 俺は混乱した。


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