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なんかしたっけ?変なやつ。


 翌日、俺たちは『スッシー』に乗り込んで、『ソウルヘイ』に向かいたいところだったが、一日だけ猶予を持つことにした。


 焦っている時こそ余裕を持っておく。

 母さんの教えだ。


 寝るな、寝るなら寝言で呪文を唱えろ! 

 こっちはじいちゃんの弟子たちの標語。


 俺は母さんの教えを大事にしたいと思っている。

 寝言で呪文なんか唱えたら、体内オドが枯渇して死んでしまう。

 じいちゃんの弟子たちは頭がおかしい人たちの集まりなので、率先して自分たちでこの標語を食堂に貼り付けていた。

 一応、俺はその標語の脇に『魔宝石、身につけて寝ましょう』と書き添えた記憶がある。

 いや、あくまでも標語は標語で、それくらいの気概を持って挑むぞ、という決意の話なんだが、当時は本気で心配したのだ。

 ま、昔の拙い思い出だ。


 それはそれとして、俺はその猶予の一日でオクト商会に来ていた。


 相変わらず、オクトは店の前で働いていた。


「おっす、オクト! 」


「これは、これは、師匠の坊ちゃん! 

 お戻りになられたのですね! 

 カーネル様から王都に向かわれたとは聞いておりましたが、またお会いできて嬉しいです」


 旅は危険がつきものだからな。

 オクトがそう言うのも理解できる。


「さっ、さっ、積もる話もおありでしょうが、まずは奥へ」


 いつものオクト商会の応接間だ。


「いい話と、悪い話があるんだ。

 オクトはどっちから聞きたい? 」


 俺はそう切り出した。


「おやおや、そういう言い方は穏やかじゃなさそうですな……」


 言いながら、いつも通りにオクトが手ずから入れてくれたお茶を置く。


「では、では、悪い話からお聞きしましょうか」


 俺はひと口、お茶を啜って、頷く。


「まずは簡単に言うと、俺が死霊術士ネクロマンサーだって、バレて王様から魔王認定された」


「なっ……なっ……死霊術士ネクロマンサーですか……いつの間にそっち方面に……いや、それはいいんですが……魔王認定ですか……なんでそんなことに……」


 俺はこれまでのことを説明する。

 ひと通り話を聞いたオクトは唸る。


「うむむ……うむむむ……なるほど……アルちゃんの生き返りですか……それはバイエルさんたちには言えませんな……ああ……では、あの転移魔術は、その魔導書からの……それは滅多なことでは表に出せませんな……」


 俺の話から、『取り寄せ』魔術が『サルガタナス』由来だと見抜いたらしい。


「それにしても、魔王認定ですか……早くても公表はひと月くらいですか……こちらまで連絡が来るのはふた月は掛かりますな……それまでになんとかしなければ……」


 まあ、そうだよな。オクトは今、国に『異門召魔術』の魔術符やインクを納める商売をしている。

 もちろん、冒険者互助会を通じての冒険者への貸出業務も継続中だ。

 それの中核は師匠の坊ちゃんであるところの俺である以上、いらぬ詮索を受ける可能性もある。

 最悪、オクトが敵に回る可能性もなくはない。

 しかし、当面はどうやって利益を守るかになるだろう。


「それで、それで、師匠の坊ちゃんとしてはどうされるお積もりですかな? 

 国外逃亡でしたら、ウチの支店がワゼンとマンガーンにありますから、そちらなら手引きできますし、どこかで隠棲されるようでしたら、生活の面倒を見るくらいならできますが……」


「ん? ん? いや、今、どうやって商売を守るかって考えてたんじゃないの? 」


「いや、いや、師匠の坊ちゃんのことは師匠から頼まれているとお伝えしたではないですか。

 商売なんぞ、どこでもできます。

 このオクトは師匠の坊ちゃんの味方です。

 国に魔術符を卸すなと仰るのならば、今すぐ取り止めるくらいの気持ちですが? 」


「え、いや、それじゃあ、オクトに利がないだろ? 逆にオクトが辛い立場に立たされることになるぞ」


「なにか、なにかですね、勘違いされているような気がしますな。

 もう師匠の坊ちゃんとこのオクトは切っても切れない関係ですよ。

 商売人として言わせてもらうなら、税と称してあれこれ金を無心する国と、オクトなんぞに目を掛けて下さって商売という道を示して下さった命の恩人、秤にかけるまでもありませんな」


「ん? 命の恩人? 俺、なんかしたっけ? 」


「くふふ……くふふ……まあ、師匠の坊ちゃんからしたら、いつものこと。

 覚えてらっしゃらないのも当然です。


 このオクトめが師匠の元で修行中、自分の限界を感じ、もう高みを目指すことは適わぬと、それならいっそこの命なぞ捨ててしまおうかと、思い悩んでいた時です。


 深夜、誰もいない厨房で包丁を見つめて、本気でどうしようかと、それほどまでに追い詰められていたあの日、師匠の坊ちゃんが私の元に現れました……。

 師匠の坊ちゃんは、包丁片手に震える私に言ったのです。

 オクトもお腹減ったの? 僕もお腹減ったから食べていい? と。


 そして、私は言われるままに料理をしました。

 自分の手首を掻っ切るつもりで握った包丁で料理ですよ。

 笑えるでしょう? 」


 いや、全然、笑えないんだが。

 なに、オクトってそんなに追い詰められていたの? 

 俺が口を挟む雰囲気でもないので、俺は黙っておく。


「そしたらですね、師匠の坊ちゃんが仰ったんです。

 オクトはなんでもできて凄いなぁって。

 私が、でも、一番やりたいことはできないんですよって言うとですね。

 そういう時は見方を変えるといいってこの前読んだ本に書いてあったよって……。


 当時の私は追い詰められて……いえ、自分で自分を追い込んでしまっていました。

 つい、それで腕前が上がればいいですけどね、なんて憎まれ口を叩きましてね。

 そしたらです。そしたらですよ。

 錬金技士の仕事は魔導具を作るだけで終わりじゃないから、売るとこまで含めたらオクトが一番でしょ? って。

 痺れましたよ。


 師匠の弟子とはまだ名乗れないから、私らは自分の名前で習作を売って食い繋いでいた。

 二束三文で買い叩かれましてね。

 でも、他の弟子と違って、私だけは……一番、腕が足りない私だけは、それなりに売れました。


 私らと同じように鍛冶屋の弟子をしている者と組んで、クズ銅を集めて銅板にしてもらったり、他の弟子が寝ている時間に魔導具を置かせてもらっている店の前を掃除したりと、それも努力だと認めてくれたのは師匠の坊ちゃんでしたね……。

 だから、見方を変えてみたんです。

 足りない腕前がどうにもならないなら、せめて師匠や他の弟子が存分にやれる時間を作ってやろうと……。


 師匠の坊ちゃんの言葉が、私を変えて下すった。

 ですから、師匠の坊ちゃんはこのオクトの命の恩人なんですよ。

 まあ、私ほどでなくても、あの頃『塔』にいた人間は、多かれ少なかれ、みんな師匠の坊ちゃんに救われてるんです。

 なもんで、師匠の坊ちゃんにしてみれば、いつものこと過ぎて、覚えてらっしゃらないんですな……」


「お、おう……確かにあの頃は吸収した知識を披露したくて堪らないガキだったからな。

 そんなことも言ったかもな……にしても、良くオクトはそんなガキの戯言に……」


「いえ、いえ、みんなですよ。

 ああ、なんならフェイブ様が書いた『師の言葉』という本を読んでみて下さい。

 いかにフェイブ様が師匠の坊ちゃんを尊敬して、救われたかが良く分かりますから」


「ぐあっ……やめて……あれは俺の黒歴史ーっ! 」


 俺はつい叫んでしまう。

 すると、オクトはにこやかに微笑んだ。


「また、また、ご謙遜ですな」


 違う! あんなの俺やない! 

 と言いたいところだが、言ったところで逆効果。なんか分かります。


「話は戻りますが、師匠の坊ちゃんはどうされるお積もりですかな」


 俺が顔面七変化しながら黙っていると、オクトが話を戻す。


「ああ、力を示そうと思う。

 話し合いはそれからだな……」


「力を、ですか」


「簡単に言えば、俺の死霊術で防衛戦を行う。

 俺が倒せないって分かれば、王も折れるしかないだろ? 

 下手にこっちから打って出て、他国に警戒されたくないしな」


 そうして、俺が考える『ダンジョン計画』をオクトに説明する。


「ふむ、ふむ、それでは例の転移魔術を預けて頂ければ、食料品やら武具の補充を請け負えるますな」


「いや、いいのかよ!? 」


「ええ、ええ、もちろんでございます。

 お任せ下さい! 

 これでもウチは師匠の坊ちゃんのお陰様で、大商会と呼ばれるくらいにはなりましたからな。

 食料も武具も、幾らでも誤魔化しようがあります」


 オクトを上手いこと巻き込みたいとは思っていたが、あまりにもトントン拍子過ぎて、正直拍子抜けだ。


「オクト、恩にきる」


「いえ、いえ、それよりも、いい話の方も聞きたいですな」


「ああ、実はだな……」


 俺はクーシャから了承を得て、魔宝石の鉱脈から取れた分量の半分を渡すという話をする。


「いただきません! 」


 いつものオクトと違う、きっぱりとした物言いだった。


「師匠の坊ちゃんは、師匠の坊ちゃんであると同時に、優秀な魔導士でもあります。

 魔導士にとって魔宝石は、それこそ戦う力ではないですか。

 死霊術がどの程度の力なのか、オクトは不勉強ながら存じ上げませんが、師匠の坊ちゃんの詠唱魔術と紋章魔術がカーネル様に勝るとも劣らないことは知っております。

 ならば、魔宝石は戦力です。

 これから戦うというのに、自ら戦力を減らしてどうされますか!? 」


「いや、オクトの協力があれば、対価としてそれぐらい払うのが当たり前だと思ってるからこその提案なんだが……」


「いりません。

 それなら、全て終わった後、新しい異門召魔術のアイデアを下さい。

 それがあれば、オクトはどこまでも協力致します。

 どうでしょうか? 」


「いや、俺としてはありがたいけど、オクトは本当にそれでいいのか? 」


「はい。はい。もちろんでございます。

 師匠の坊ちゃんとまだまだ一緒に仕事ができる。

 オクトめに、これ以上の喜びはごさいません……」


 噛み締めるように言うオクトに俺はなんとも言えない表情になる。


「はあ……変なやつ……」


「はいはい。変なやつです。ふふ、ふはははは……」


 なんだかなー。

 オクトは変なやつ呼ばわりされて喜ぶんだよな。


 変なやつ。


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