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あひっ……。わんわん。


 さて、俺のアンデッドたちが館を混乱させている間に逃げなくては。


 俺たちは更にオトリとなるゴブリンゾンビたちを『取り寄せ』て、一気に走り出した。

 部屋を出て、混乱している館の中を走り抜ける。


「また出たぞ! 」「王をお守りしろ! 」「神官を呼べ! 」「魔王を逃がすな! 」「違う、メーゼじゃない! いや、メーゼも気をつけろ! ヴェイルと結託しているかもしれん! 」


 うん、混乱が混乱を呼んで、情報が錯綜しているのが良く分かります。

 俺が魔王認定されたのは先程の謁見でのできごとで、それを聞いていない下っぱの兵士なんかは、魔王と言ったら『黄昏のメーゼ』を連想してしまうのだろう。

 まあ、そのせいで俺の評判は更に酷いことになりそうだが、どうでもいい。


 王が俺を魔王認定したと同時に、俺を捕えられなかった時点で、混乱は目に見えてはいた。

 ただでさえ現王は、しきたりに囚われない自由な判断が売りみたいだからな。

 最悪の場合、俺を魔王認定するというのは一部の人間しか知らなかったのだろう。


 館を出るのは意外とすんなり成功した。

 適当に館を引っ掻き回したら、『オル』と『ケル』は影を伝って帰って来る予定になっている。

 ゴブリンゾンビたちは残念ながら、このまま消滅させられるだろう。

 帰還の命令は出していないからな。


 『オドブルの街』は現在、『金色ゴールデンドーン』の魔王を追うために軍事拠点となっているが、街の住人は全てアンデッド化して消滅させられたため、閑散としている。

 住む者がいなくなった家などを接収して、兵士の宿として使ったりはしているが、それでも街の規模に対して圧倒的に人が少ない。


 館を出て、俺たちが隠れながら進むのは容易だった。

 問題は街をどう出るかだろう。


 街の出入口は基本的にみっつしかない。

 街の南、『ブルスケータダンジョン』へと向かう出入口か、街の東、メーゼの館から繋がる『墓場の森』の出入口か、街の北、他の街と繋がる街道がある出入口かだ。


 ダンジョンはそこで行き止まりだが、山の中の道なき道を行く気があるなら、一応、選択肢には入る。

 行かないけどな。


 東の出入口というか、メーゼの館を抜けて『墓場の森』に行くというのは最初から選択肢に入らない。

 今も『金色』の魔王捜索のために、兵士や冒険者がうろついている森に行くのは自殺行為だろう。


 結果、北の出入口を使うしかないのだが、当然、見張りがいる。

 しかも、出入口を入ってすぐの広場は物資の集積所になっているので、もし見つかればすぐに兵士たちが集まってくるだろう。


「と、突破は難しく、な、ない」


「殺さずに行ける? 」


 クーシャの言葉に俺が疑問を挟む。


「む、無理……夜まで待てば、た、たぶん……」


「夜までか……」


「館の混乱もすぐに収まるでしょうし、時間を掛けると警備も強化されるのではないでしょうか? 」


 アステルの言は正しい。

 やはり、ここで時間を掛けるのは悪手だと思う。

 こうなると、あまり使いたくなかったが頼るしかないだろうな、『泥棒魔術』と俺が呼んでいる中のひとつ、『隠し身』魔術に。


 『隠し身』魔術。『サルガタナス』に書かれている詠唱魔術のひとつだ。

 効果はそのまま、透明化して身を隠して動けるというものだ。

 何故、あまり使いたくないかと言うと、代償が大きいのだ。

 人ひとりを三十分ほど隠すのに、魔宝石ひとつがぶっ飛ぶという燃費の悪さだ。

 確かに今回の動きに備えて、たっぷりと魔宝石は用意してあるが、今後のことを考えると無駄使いはしたくない。

 それに、この魔術はあくまで身を隠すだけで、音や匂い、気配まで隠してくれる訳ではないリスキーな部分もある。


 まあ、やるしかないので、二人に説明をする。

 お互いも見えなくなるので、手を繋いでの移動になることとかだな。

 何故か話し合いの結果、俺が真ん中になったので、両手が塞がれる分、色々と気を付けないとならない。


 詠唱三回、三人とも透明になる。


「ここから二十五分くらいしか保たないからな。

 慎重に且つ静かに、素早く行くぞ」


「はい」「うん」


 二人と手を繋ぐ。

 クーシャに引っ張られ、アステルの手を引いて歩き出す。

 いまは集積所代わりの広場の端っこ、家と家の隙間から抜け出したところだ。

 集積所には兵士が数メートルおきに立っていて、なるべく静かに行かねばならない。

 呼吸音すら押し殺すように、でもなるべく素早く動く。


「おい、ちょっと手洗いにいってくる」


 兵士が他の兵士に声をかけて動き出す。

 俺たちのすぐ前だ。

 クーシャが止まる。俺も止まる。アステルが怖かったのか、俺の腕に抱き着いてくる。


 あ、ばか、当たってる……。

 なんか柔らかいのに、包み込まれて……。

 俺は無駄に硬直してしまう。

 ぎゅってしたら、その、アステルさん? 


「やべ、漏れる、漏れる……」


 兵士が俺たちのすぐ横を抜けていった。

 兵士が去ったので、安心したのか、アステルがホッと息を吐く。


「あひっ……」


 あばばばば、声が出てしまった。

 アステルがこっち向いて息を吐くものだから、俺の耳にですね……。

 クーシャが俺と繋いだ手を軽く振って、注意を促す。


「ご、ごめん……」


 俺はなるべく小声で謝った。

 辺りを見回す。一応、他の兵士には気付かれていないようだ。


 俺たちは行動を再開する。


 集積所を抜けて、出入口へ。

 出入口の見張りは、ぼーっと外を眺めている。


 こつん……コロコロコロ……。


 やば、見張りに意識を向けて、小石を蹴飛ばしてしまった。


「ん? ……気のせいか」


 兵士が一瞬、こちらを向くが、気のせいだと思ってくれたようだ。

 俺たちは胸を撫で下ろす。


「おーい! 」


 その時、見張りの兵士に駆け寄る者がいた。

 駆け足でぐんぐん近寄るのは近衛騎士だ。

 俺たちに緊張が走る。

 その近衛騎士は俺の目の前で止まる。

 やめてくれよ。


「王命だ。今から扉を閉ざす」


「はっ! あの、今からですか? 

 まだ魔王探索班がこれから戻る予定がありますが……」


「反逆だ。ウォアム様の孫が反逆した。王はその孫に魔王認定を下された」


「え!? あの魔導飛行機のお披露目に来たやつですよね」


「そうだ。やつは死霊術士ネクロマンサーなんだ。

 今、王のおわす領主館でアンデッドが現れて大変な騒ぎになっている。

 その隙に乗じて、その死霊術士と超級冒険者であるディープパープル、神官冒険者の女の三人が逃げている。

 やつらはまだこの街の中にいるはずだ。

 すぐに扉を閉ざして、やつらを逃げられなくするんだ」


「ちょ、超級冒険者が!? 」


「いいから、早く扉を閉ざすぞ! 」


「はっ、はい! 」


 見張りの兵士と近衛騎士が扉を閉ざすべく動き出す。

 俺たちは、気配を悟られないようにジリジリと動いた。


 巨大な正面扉が動き出す。

 ヤバい、ヤバい、ヤバい……。




 扉が大きな音を立てて閉まった。閂をかけて完全に閉ざされてしまった。


 俺たちはその音を背後に聞きながら、全員で息を吐く。

 どうにか間に合った。

 そのまま進んで、街道を横目に見る形で木立の中を行く。

 幾らも進まない内に『隠し身』魔術の効果が切れた。


「結構、ギリギリだったな」


「はぁ〜、ドキドキしました……」


「ダ、ダンジョンで三日間、い、息を殺して徘徊型モンスターを待つよりも、き、緊張した……」


 クーシャは何してんの? 

 気になったので話を聞くと、どうやらとても臆病で滅多に姿を現さない徘徊型のモンスターから素材を取る仕事を請け負ったことがあるらしい。

 気配を殺して、三日間。硬くてメタルな感じのモンスターは出会うまでにとても根気がいるとのことだった。


 俺たちは周囲に気を配りつつ、北西方向にある『スプー湖』を目指して歩く。

 さすがに今の時期、『オドブル』周辺の街道を歩くのは、関係者しかいない。

 なので街道を逸れて、木立の中、荒野、森、岩場と進まなければならないのだが、少し歩いていると俺の影に『オル』と『ケル』が戻ったのが分かった。


 『取り寄せ』た人工霊魂を与えて労いながら、もう少し働いてもらうことにする。

 そう、アルが『王兄』との戦いでアルファと連携したように、俺もやることにしたのだ。

 ガルム種に跨って、騎乗するということを。


 ふふふ……アルが羨ましいというのもあるが、それよりもこれは夢なのだ。

 『おっきいわんわんの背中に乗って移動する』というのは夢なのである。

 モンスターでアンデッドだけどな。


 クーシャが『オル』の頬をひと撫でして、颯爽と跨る。


「た、頼むね……」「ヴォフッ! 」


 すっくと立つ『オル』はわざわざ声を出して応える。

 木立の隙間から木漏れ日が差して、一幅いっぷくの絵のようだ。

 おお、カッコイイ! 

 あれだ! 俺もあれをやろう! 


 俺も『ケル』に与えていた人工霊魂を途中で止めて、『ケル』の頬を撫でる。


「ケル、頼むぞ……」


 『ケル』と俺は見つめ合う。

 おお、いいぞ、通じ合ってる気がする。


「くぅーん……」ぺろぺろぺろ……。


 俺が『ケル』の頬を撫でようと伸ばした手をめっちゃ舐められる。

 ああ、うん、まだ途中だもんな……。


 俺は残っていた人工霊魂を『ケル』に与えた。

 ちくせう。


 気を取り直して。


 俺は『ケル』に飛び乗る……飛び、乗る……飛びっ……あ、足が引っかかった。

 頑張れ俺の腕! 腕力でよじ登る。


 さ、颯爽とはいかなかったが、どうにか乗ったぞ。

 うむ、鞍がある訳じゃないから、身体が起こせない。

 本来はあれだ。膝の力で支えるように乗るもんなんだな。

 本の主人公とか、クーシャみたいにさらっと乗ってるけど、実は苦労しているんだな、と俺はまたひとつ賢くなった。

 アステルとタンデムする予定だったけど、無理だ、これ……。


「アステル、ごめん、オルの方に乗ってくれる」


「ベルさん、ケルさんの首に覆い被さる感じでしがみつくと楽じゃないでしょうか? 」


「あ、うん……」


 アステルに言われるまま、身体を前にずらしてしがみつく。


「ちょっと失礼しますね」


 そう言って、アステルが空いたスペースに座る。

 俺の横っ腹辺りの『ケル』の毛を掴んで、前傾姿勢になる。


「これならベルさんも支えられますから、これで行きましょう! 」


 アステルが『ケル』の脇を軽く叩く。

 『ケル』はすっくと立った。

 うん、アステルは俺の人力拘束具となって、支えてくれている。


 あ、うん、これならなんとか乗ってられるわ。


「つ、疲れたら代わる……」


 クーシャの言葉にアステルが笑って答える。


「大丈夫ですよ。伊達に鍛えてないですからっ! 」


「う、うん」


 大丈夫そうだと思ったのか、クーシャは頷いて、走り出した。


「行きます! 」


「あ、うん……」


 『オル』と『ケル』が木漏れ日の中を抜けていく。

 かなりのスピードだ。

 俺はしがみつくので精一杯。

 アステルに抑えてもらって、なんとかという感じだった。


 夢は遠い。


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