ふざけんな!魔王認定。
『オドブル』領主の館は、メーゼの館に比べて幾分かこぢんまりとしている。
部屋の豪華さや調度品の立派さもメーゼの館の方が上だ。
そうだとしても、メーゼの館は使われない。
騎士たちが証拠になりそうな物を粗方物色し、押収した後というのもあるが、そもそも死の匂いが強すぎる。
王の一時的な住居とするには不釣り合いだろう。
領主の謁見の間はやはり王城のように広々とはいかなかったが、それでも各騎士団長や王の補佐たちが並ぶ隙間はある。
簡易だが、一応、謁見なので、武器なんかは取り上げられる。
俺たちは王の前に跪く。
面をあげよ、から始まって形式的なお誉めの言葉を受け取り、武威徹の破損は不問とされた。
「……さて、堅い話はここまでとして、ベルちゃんよ」
「はい」
堅い話はここまでと言われたので、返事をしておく。
俺は畏まった顔になるよう心掛けるが、つい、口角が上がりそうになる。
長かった。ここまでの道のりがとても長く感じてしまう。
だが、これでようやく俺も『国家公認死霊術士』になれる。
大手を振って死霊術士と名乗れるようになる訳だ。
王が口を開く。
「そなたを宮廷魔導団の一員として迎えたいと思う」
「は? 」
どういう意味なのか、俺は計りかねていた。
「十年だ。十年、宮廷魔導士として俺に仕えよ。
今のままでは、ベルちゃんが信頼を得たとは言えぬ。
そのため、十年ばかり俺に仕えて信頼を得よ。
しっかり勤めれば、その時こそ晴れてベルちゃんは国家公認死霊術士という訳だ」
「はい!? ち、ちょっ……」
「サダラで吸血鬼化した俺の兵どもの死体を、魔王との戦いで全て失ったらしいな。
尋問したメーゼによれば、闇の草原がアンデッドに害をなすことは不可能だとの証言がある。
だとすれば、ベルちゃんが使役していたアンデッドはどこに消えた? 」
「し、失礼を承知で申し上げます。
王は、命を賭して魔王を倒した私より、反逆者であるメーゼの言葉を信用なされるおつもりですか? 」
「いや、サダラに詰めていた兵どもは約八千。こいつらには親もいれば子もいる。
死体もなく通知の紙一枚で終わる。
それは徒に兵を失ったベルちゃんに責がある。
それを不問にする代わりに十年待てと言っている」
王がずらずらと意味の分からない理由を述べる。
死体がないのは俺のせいだと言ってきた。
普通、アンデッドに対する処理は死体が残らない浄化による消滅だ。
実際、半分以上の死体は俺の関与していないところで消滅させられている。
つまり、王は難癖つけて公認しないと言っている。
例え、十年間、言われる通りに宮廷魔導士の一人として働いたところで、細かなミスを集めて、いや、それどころかミスを捏造して、あと十年、もう十年……そんなことになりそうな未来しか見えない。
死霊術士としては認めないが、魔導士として飼い殺すつもりなのは、見え見えだ。
まあ、そもそもアルの復活にはまだやるべきことがある。
時間はそちらに使うつもりなので、宮廷魔導士などやっている場合じゃねぇ! というのが本音だ。
「ふざけんな……」
ポツリと俺の喉から言葉が零れる。
「何か言ったか?
言いたいことがあるなら聞こう」
王がさも『私は寛大だ』という素振りで、俺に話を振った。
「何が国家公認死霊術士内定としておこう、だ!
最初から公認する気なんかなかったんだろ!
俺を上手いこと使う方便にしただけじゃねーか! 」
「貴様、王の御前なるぞ! 口を慎め! 」
近衛騎士の一人が怒声を発する。
王はにこやかにそれを抑えた。
「良い、良い。
言いたいことを言えと言うたは、俺だ。
ベルちゃんはそれに乗っただけよ」
「ふざけんな! もう公認なんかいらない。
お前がそういうつもりなら、俺は好きにやらせてもらう! 」
そう、啖呵を切って俺は立ち上がる。
「待て。本当にそれで良いのか? 」
「はあっ!? 良いのかも何も、難癖つけて公認する気なんかないだろ。
それで宮廷魔導士として十年働け?
十年働いたら、また信頼できないからもう十年とか言うのか?
王の治世のために、クーデター計画を潰して、魔王を倒して、これ以上、どう信頼を稼げって言うんだ。
無茶苦茶言ってるのは、あんただ!
そんな奴に一生飼い殺されろって?
冗談もたいがいにしてくれっ! 」
いや、もう無理。
俺の口から出る言葉は止めようがなかった。
じいちゃんは従軍してきていないようだが、これは迷惑かけることになる。
申し訳ないとは思うが、こんな王様にはついていけない。
そう思っていたら、一緒に並んでいたクーシャとアステルも立ち上がって王を睨みつけていた。
「ベルさん、行きましょう」
「う、うん。この場にいる意味は、な、ないと思う」
「アステル……クーシャ……ごめん……」
「いえ、同志ですから」
「と、友達だ、だから」
俺たちは失意の内にその場を去ろうとした。
「そうか。嫌なら仕方ないな。
ヴェイル・ウォアムを王の名の元に、魔王認定する。
捕らえよ! 」
王は無機質な声音で、俺たちと敵対した。
「は……? 」「えっ!? 」
アステルとクーシャが信じられないという顔で王を見た。
俺はもうどうでも良かった。
話が通じない奴と話す意味はない。
武器は取り上げられているが、『オル』と『ケル』は俺の影の中だ。
王と敵対した以上、逃げるの一手だ。
「そもそも、公認の死霊術士などこの国に必要はなかった。
先代が『黄昏のメーゼ』という悪しき前例を作ったのが間違いの元だ。
死者を操るなど、百害あって一利なし。
そなたがメーゼを潰す材料を持ってきた『ただのベルちゃん』ならば良かったのだがな……。
『死霊術士のベルちゃん』だという時点で、いつかはこうなる運命だったのだ」
王の独白を背景に、王の周りにいる近衛騎士たちが動く。
「くっ……」
クーシャが短剣を抜く。
そんなクーシャの腕を掴んで、俺は移動を促す。
「構わなくていい。
オル! ケル! 」
俺の声に、俺の影から二匹の雄牛よりデカい獣が現れる。
「なっ……」「モンスターっ! 」
『オル』と『ケル』が辺りを睥睨する。
それだけで近衛騎士たちは動きが止まる。
「まずは装備を取り返す。そしたら逃げよう」
『オル』と『ケル』にガードされる形で、俺たちは最初に通された控え室とその両隣の部屋を確認する。
「あった」
予想通り俺たちの手荷物と異門召魔術の箱、クーシャの剣などはまとめて置かれていた。
ガンベルトから『取り寄せ魔術』を抜いて、ゴブリンゾンビたちを呼ぶ。
部屋の外では『オル』『ケル』に向けて異門騎士たちの火球が飛んでいるが、ガルム種の毛皮は総じて火に強い。
しかも、火球によって色濃くなった影がアンデッドの『シャドウ』としての特性で壁となり、その火球を防ぐ。
俺は呼び出したゴブリンゾンビたちに命令を与える。
「お前たちは四方に散ってこの館にいる人間を混乱させろ!
殺すな。なるべく逃げ回って時間を稼げ! 」
ゴブリンゾンビたちは武器を振り上げ、部屋から出ていく。
「なっ、ゴブリンだと……」「いや、ゾンビだ。肉が腐ってやがる! 」「武器の聖別化をしていないやつらは下がれ」
さすがに『サダラ』『オドブル』と戦い抜いてきたメンバーは慣れている。
王の援軍として来た者たちは、対処を教えられていても、瞬間的に動くとまではいかないようだ。
「ぐあっ! 斬られた……し、神官をっ! 神官をぉぉぉっ! 」「落ち着け! 武器なら大丈夫だ! 」「くそ、下がれ! こいつら動きがいい! 」
連携という教えを叩き込まれているウチのゴブリンゾンビたちは、アルやアルファによって特性を生かす戦い方も教わっている。
簡単には倒せないぞ。
「いきますか? 」
「いや、アステル、もう少し待ってくれ……」
俺は手荷物から魔導黒板を取り出し、『提督』と連絡を取る。
直接迎えに来て欲しいところではあるが、古代の魔導飛空艦の所持がバレると、国どころか、世界レベルで魔王認定されかねない。
どうするか、考えること二秒。
『スプー湖』での合流を決める。
俺は『提督』とのやり取りを終えて、二人に言う。
「……よし。それじゃあ、逃げようか。あ、それとも二人は俺の人質にされたってことにする?
魔王認定されたのは俺だけだし、今なら二人は逃げなくても済むかも……? 」
「え? ここまで来てどうしたんですか? 」
アステルが何を今更、という雰囲気で聞いてくる。
「いや、どうしたも何も、二人には迷惑かけっぱなしで、ここから先は国と敵対する道だからさ……。
この先、俺と一緒にいると、二人だけじゃなくて、二人の家族なんかにも迷惑がかかることに……」
「はぁ……ベルさんは仕方がないですね……」
「う、うん。でも、そういうところを、し、真剣に考えてくれるのがベルくんの、い、良い所だから……」
二人は納得しながらも飽きれたようなため息をひとつ。
俺は良く分からずにキョトンとした間抜け面をしていた。
「いいですか、私は同志です。
志しを同じくする者ですよ。
家を捨てたも同然の私に、家のことを心配しろ、というのはお門違いというものです。
それと、アルちゃんはお友達です。
アルちゃんを見捨てて私だけ保身に走るなんて、私が魔王認定されてもできません! 」
「ぼ、僕は家族とかいない。国の命令は断われなかったから、ちょ、超級冒険者になった。
でも、ぼ、僕に家族はいないけど、守るべき相手はいる。
そ、それは、ベルくんで、アルさんで、アステルさんだと、お、お、思ってる……」
アステルは憤慨で顔を赤く、クーシャは恥ずかしさに頬を赤くしてそんなことを言った。
「あ、えと……あ、ありがとう。
二人は俺にとっても大切な人だと、お、思ってるから……これからも、よ、よろしく頼む……」
三人で照れ笑いを浮かべる。
なんだこの空間……。
とと、いつまでもこういう照れ臭いことをしている場合じゃなかった。
俺は二人に『スプー湖』まで自力で逃げることを告げる。
二人はしっかりと頷いてくれるのだった。