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俺は耐えられないんだ……。今更という気はするがな……。


 俺の手には心臓が握られている。

 それを『取り寄せ』魔術で研究所に送った。

 なんとなく、埋葬するのも、それを国に任せるのも嫌だった。

 ついでに『主神』の身体だった塩も集められるだけは集めて送った。

 すっかり、塩コレクターだな、と自分を笑う。


 老婆のメーゼは気絶した状態のまま、縄でしっかりと拘束した。


 この間、俺たちはお互いに無言だった。

 いや、話そうとしたら煙幕が晴れて、マミーが襲ってきて、それの対処をしていたら、機会を逃しただけ、とも言う。


「ふう、もう大丈夫、か、かな」


 クーシャが最後のマミーを斬り捨てて、大丈夫宣言を下す。


「お二人とも、怪我はないですか? 」


「ああ、大丈夫……」「うん、もう平気」


 クーシャは『金色』の魔王との戦いで、サラッと腹に穴が開いてたりしていたようだが、アステルの奇跡で治っている。


 奇跡を賜っているということは、大丈夫だとは思うが、聞かずにはいられない。


「あの、アステルは、その……信仰が揺らいだりとかは……」


「ああ、主神様ですか? 」


「うん……」


 なんとも歯切れが悪くなるが、全て悪いのは『主神』の軽さだと思う。


「まあ、実在していると分かりましたし、元より主神様は私、嫌いですから、信仰に影響というのは、無いですかね」


「え? 主神、嫌いなの? 」


 俺が驚きに声を上げると、アステルはさも当然というように頷いた。


「ええ、ベルさんもお嫌いだったと思いますけど……」


「ああ、そりゃもちろん。でも、今回の件で逆に少し嫌いじゃなくなったかもな」


「え? 」


「ほら、神って言ってもある程度のルールはあるみたいだからさ。

 俺を嫌っていても、いきなり天罰で殺されたりはしなかったろ。

 尺度は違うのかもしれないけれど、最低限の節度はあるんだなって……」


「ああ……そう考えると、人間臭い神なのかもしれないですね……」


 まあ、『主神』は昔から『試練』を与えて何度も人間は滅びそうになっている。

 全ての神の頂点に居るから、崇め奉るが、最初から信頼も信用もない。

 せめて、大人しく見守るだけにしておいて下さいと祈るのが、人の精一杯なのかもな。


 まあ、アステルの信仰に陰りが差すことはないと分かったので、ここからが本題だ。


「……それで、だな。

 まずは、その、黙っててごめん……」


「ロ、ロマンサーだからって、卑下する必要はな、ないよ」


「そうですよ。それになんとなくですけど、そうなんじゃないか、とは思ってましたよ」


「そ、そうなのか……」


「う、うん、モンスターの魔法を少し見ただけで覚えたり、異界の門を開いて魔術を召喚したり、ふ、普通じゃできないこと、す、するし……」


 アステルも一緒になって、ウンウンと頷いている。

 俺は、指摘されたそれ、ロマンサーの能力使ってないとは言い出せない雰囲気だ。


「えーと、それでだな。

 俺がロマンサーだってこと、アルには黙ってて欲しいんだ……」


「え? 」


「俺がロマンサーになったって知ったら、あいつは絶対に責任を感じる。

 俺はアルにそんなところで負い目を感じて欲しくない。

 だから、このことは内緒にしておいてくれないか……頼む……」


「でも、『神の挑戦者ロマンサー』になれたのは、ベルさんの願いがあったからですよね。

 言い方は悪いですけど、アルちゃんが生き返らせて欲しいって頼んだのならともかく……」


「いや、アステル、考えてみてくれ。

 アルに……あの感情と反射だけで答えを出すアルに、そういう論理的な話が通じると思うか? 」


 アステルは少し考えて、そのまま固まる。


 クーシャは苦笑いを浮かべて、あらぬ方向に視線を逸らした。


「幼なじみとして、断言するよ。

 アルに論理的思考を求めるのは、無駄なんだ……。

 あいつは俺がロマンサーになったことを知ったら、確実に負い目を感じる。

 何しろ、俺はロマンサーという存在が嫌いで、そのことを散々アルに愚痴って来てる。

 だからこそ、アルがどうしようもなくなって、俺に無駄にへりくだったりすると思うと、俺は耐えられないんだ……」


「ベルくん……」「ベルさん……」


 二人からの同情が沁みる。


「だって、あいつ、その後に絶対機会を見つけて、マウンティングしてくる。

 もう、嫌という程、やられたから分かるんだ。

 ベルのために、ベルのためだから、ベルが喜ぶと思って……そう言って、俺の読書時間に割り込む、俺がやりたくない剣の稽古をつけようとする、クソマズ料理を食わせる……ううっ……何回、夢に見るほど嫌な思いしたか……」


 俺は半泣きで訴えた。


「へー、そうですか、仲良いんデスネ……」


 あれ? アステルが急に感情のない人形みたいな態度になった? 

 クーシャ、なんでまた別方向に視線を逸らして苦笑ってるんだ? 


「あ、と、とにかく……その、内緒にして欲しいんだけど……」


 俺は上目遣いに頼み込んで、なんとか二人に了承してもらった。


 それから、俺が『火の魔術符』で闇の草原を祓い、こちらに来られなかった騎士や冒険者と合流を果たし、『隠された墳墓』こと台形ピラミッドの中を探索したりした。

 『隠された墳墓』は先輩の寝床になっており、マミーたちはその護衛だったようだ。

 だが、俺たちが中に入った時にはもぬけの殻で、先輩は数合わせのために無理に起こされたのだと確信しただけに終わった。


 捕らえた老婆のメーゼは厳重に拘束され、『オドブルの街』で待つ金十字騎士団の元へ連行されていく。

 魔王たちの遺体も証拠として引き渡す。


 その日は『金色』の魔王を捜索しながら、森の中で過ごした。

 翌日、一部の人員を引き続き『金色』の魔王捜索に充てて、俺とその他の大部分は街へと引き返す。

 近衛騎士や一部の冒険者に事の顛末を聞かれ、俺たちは『主神』のことを隠した。

 さすがに『主神』がこの国で『魔王』を生み出す算段をしていたとは言い出せなかったのだ。

 なので、辻褄が合わない部分は大抵青年の魔王が悪いことになっている。




 『オドブル』の街で金十字騎士団長エスカー・べッシュに報告をする。


「それで、貴様が連れていたアンデッドが一匹たりとも見えないのはどういう訳だ? 」


「メーゼとの戦いの中、全て失いました」


 一応、ヒラメノムには戦いに連れて行ったらしいという言い訳をしてもらっている。


「全てか……? ただの一匹も残らずに……? 」


「はい、メーゼは冥界の穴とも言うべき闇の草原を現出させました。

 その闇の草原への対処が初めは分からず……」


「なるほどな……しかし、闇の草原は我が方に多大な被害を齎してくれたものよ……頭が痛いわ……」


 俺はそれに答えず、なるべく悔しそうに見えるようにと、唇を噛んだ。

 エスカー・べッシュはゆっくりと俺を安心させるように頷く。


「大丈夫だ。お前の働きはしかと伝える。

 『金色ゴールデンドーン』なる魔王を逃がしたのは残念だが、それでも魔王化したメーゼを二体、モンスター化したメーゼを一体、さらには『黄昏のメーゼ』の捕縛と、超級冒険者や神の使徒たる神官と共にとはいえ、功績は充分だろう。

 確約はできぬが、きっと王はそなたの望みを叶えるだろう」


「はい……ありがとうございます……」


 俺は恭しく礼を言う。


「先程、早馬が来てな。

 王、自らが援軍を率いてこちらへ向かっていて、あと二日ほどで着くそうだ。

 まあ、我らからすれば、今更という気はするがな……『金色ゴールデンドーン』を追うには心強いことよ」


 エスカー・べッシュは多少複雑な心境を吐露しながらも、それらを飲み込んで力強く笑った。


 二日か。『金色』を本格的に探すのはそれからということになりそうだが、今から追っても見つかるとは思えない。

 なにしろ『金色』の場合、逃走に適した『テレポーテーション』がある。

 翼がなくて飛べないことはハンデにもならないだろう。


 さらには魔王化したばかりで油断していたのもあって、クーシャとアステルにボコボコにされたのだ。

 暫くは身を潜めて出てこないだろうことは容易に分かる。


 二日間、『オドブル』で宛てがわれた宿の一室で、クーシャやアステルと俺は身体を休めるように言われた。


 その休息時間を利用して、俺たちは研究所と連絡を取り合ったり、武威徹の応急処置をしようとしてあまりの破損具合に諦めたり、メーゼの館に残された本を『金色』の手掛かりと称して漁ったり、というようなことをしていた。


 ある程度、『霊体が見えるようになる点眼薬』を渡した関係で、アルファもアルも呼び戻せない状況なので、俺の影の中にはゼリグレイガルム種のシャドウである『オル』と『ケル』が潜んでいる。


 さて、時間はそろそろ昼になろうとしている。

 クーシャがエプロン装備で俺のところへやってくる。

 『オドブルの街』はメーゼのせいで全ての住人がアンデッド化、無人の街と化した。

 俺たちは接収した宿屋の一室を与えられていて、自給自足生活だったりする。


 クーシャは俺に料理を教わっている。

 その関係で、昼になるとクーシャがエプロン装備で俺のところへやってくるのだ。


「今日は俺の好きなグランブルの煮込みでもやるか……」


 クーシャは無言で頷いている。


「それは楽しみですね! 」


 机に広げた本をそのままに、アステルがこちらを向く。

 アンデッド関連の研究本なので、アステルもそこまでのめり込んではいなかったということだろう。


「ああ、『バイエル&リート』特製の丸秘レシピだからな。

 楽しみにしててくれ」


「あ、あんまり難しいのは……」


 クーシャはようやく下拵えの意味を理解したといった所なので、難しい工程だと厳しい。


「大丈夫。基本は具材を切って煮るだけだ。そんなに難しくないよ」


 俺が言うと、クーシャは安心したように笑う。


 そうして、俺とクーシャが宿屋の厨房に行こうとすると、扉が叩かれる。


 はい、と答えて扉を開けると、そこには俺たちと同じ宿屋を宛てがわれた冒険者がいた。


「おう、王様の援軍のご到着だとよ。

 んで、あんたらは領主の館に招集かかってるぞ。

 表に兵士が来てる」


 クーシャが気落ちした顔を見せる。


「あらら、せっかく今から昼飯を作ろうとしてたんだけどね。

 呼ばれたなら、仕方ないか……」


「ま、魔王殺しの『ディープパープル』御一行だからな。

 行くしかねーんじゃねーの。

 昼飯はあんたらが戻るまで作らねえでおくから、早めに頼まァ! 」


「いや、俺らの昼飯、当てにするなよ」


「いや、だってよ。久しぶりの人間らしい食事だからよ。

 今日は煮込みだろ? もう、俺の腹は煮込みを入れるもんだって信じてるからよ」


「戻ってから煮込み作んの!? めんどくせ……」


「まあ、そう言うなって……」


 そう言って誤魔化し笑いを浮かべる冒険者にうんざりしつつも、俺たちは準備を進め、宿屋を出る。

 後ろから腹を空かした冒険者共の「早く帰って来いよ! 」「もう腹ぺこだからよ! 」といった自分勝手な言葉を無視して、兵士に案内を頼むのだった。


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