神。後は君に任せるよ。
普通のメーゼが手を叩いて喜ぶ。
「おお、なるほど、『思考誘導』でこっちの誘導を遮って、無理やり集中したのか!
凄い、凄い!
ただ、それじゃあ魔王と戦えないだろ。
もっと攻撃的なギフトにすりゃいいのに。
いい加減、解放されてるだろ? 」
「なんなんだ、お前。
俺に魔王を倒させたいのか? 」
「んー、まあ、どっちでもいいっちゃあ、どっちでもいいかなぁ。
七柱の内の何人かの魔王が生まれてもいいし、お前が勝つなら、それもアリだな。
ああ、ただお前の運命線は変えられない。
今、決めたから! 」
「はっ……? 」
普通のメーゼに俺の運命を決められた。
やっぱり『主神』だろ。
「どうしようか……今が七百万くらいか……キリよく七億ポイントにしといてやる。
まあ、運命に従って生きてくれや」
やはり視線は俺の頭の上、ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべながら普通のメーゼは言った。
七百万というのは俺の運命線の変更に掛かるGPだろう。
それが七億GPになったらしい。
「いや、運命線の変更を阻止するなら、素直にギフトを消すとか、俺をロマンサーじゃなくするとか、あるだろ。
なんだその中途半端な処置……」
「うわ、そのムカつく言動、さすがアイツの子孫だわ。
まあ、そうしてやってもいいけどな。
さすがにそこまで横紙破りはできないっーか、神には神の事情ってもんがあんだよ……」
「やっぱ、神じゃねえか! 」
つい、言質が取れた瞬間に突っ込んでしまった。
「おっと……なるべくなら、目立ちたくなかったんだけどな。
いや、やっぱ、肉体とか持つとダメだわ。
引っ張られるな……」
神は後ろ頭を抑えながら、反省を口にする。
「お前が、神? 」
気づけば、この場にいる全員が俺と『主神』の会話にくぎ付けになっていた。
そんな中、ポツリと漏らしたのは、元、青年のメーゼ。
彼は今、額から一本の捻れた角を生やし、肌は青銅のような中に赤く刺青のラインがあちこちに走り、背中には竜の翼という紛うことなき魔王の姿だった。
「ああ、そうだな。
えへんっ……あ~、俺がこの世の主神。神だ! 」
なんとも冴えない普通の容貌をした『主神』は、両手を広げて、それから一度、咳払い、そうして仰々しく名乗ったのに対して、それを無視するように元、青年のメーゼが聞く。
「神と魔は対立しているのではないのか? 」
「いんや、別に。
どちらかと言えば、お前ら魔王は俺の作り出す進化装置だ。
とはいえ、神としてはお前らにどうこうしろと命ずるものではない。
この世の全てを葬ろうが、無に帰そうが好きにしていい」
「なに? 」
「いや、これ、マジな話な」
『主神』は異様に軽い口調で言う。
「だってよー、神の尺度とお前らの尺度には天と地ほどの開きがあるわけよ。
色々やってはいるけど、結局のところ前任者の真似する以外ないっつーか、それが近道っぽいわけだ。
となると、適当にイベント起こして、勝手に進むのを待つのが神の仕事なわけ。
だから、イベント起こすくらいはするよ。
でも、そっから後はお任せだから、そこに有る奴らで好きにやりゃいいわけよ。
バグがないとは言わねえけど、それ含めて仕様ってことでよろしく」
魔王は進化装置ということは、所謂、『神の試練』というやつなのだろう。
つまり、人が試練を乗り越えて進化するのが神の望みということか。
いや、人に限らないのかもしれない。
「そこに有る奴ら」ということは、魔王でもアンデッドでもいいのかもしれない。
進化に至る奴が出ること。
それこそが神の望みと言えるのかもな。
はあ、神ってのは尺度が違いすぎてよくわからん、ということが分かった。
「では、何故、我らに協力をした? 」
「停滞は罪だろ」
「我らの計画が進めば、全ての命がひとつとなり、お前の言う停滞が生まれるのではないのか? 」
「まあ、そうだな。
神としてはその最中に進化が起こるのを期待してたりするわけよ。
まあ、どうにもならなければ、百年くらい様子見して、邪神の出番じゃね? 」
「つまり、計画が成就しても、それが守られるのは百年だけだと? 」
「おう、千年がいいなら、それくらいは聞いてやろう」
「ふ……ふざけるな……それじゃあ、なんのために……父さんと母さん、妹と未来永劫ひとつに、幸せに……」
魔王は怒りながら、泣いた。
青年のメーゼが魔王になってまでも叶えたい願いというやつなのだろう。
死霊術士になっていた訳だから、青年のメーゼの家族はそういうことになっているというのは想像にかたくない。
確かに、今、メーゼたちがやろうとしていることは、極論、そういうことになるのか。
亡者の魂が集まって、生者は冥界に行く。
つまり、生者が亡者になる。
すると、その亡者たちも集まることになり、結果、全ての魂はひとつになる。
未来永劫、ひとつの魂。
幸せな夢を見ると語ったのは死霊のメーゼだったか。
うわ、つまらなそう。
そんな感想が頭を過ぎった。
「それ、地獄だぞ」
『主神』が語る。
「終わらない世界、廻らない世界、何も起きない平和な世界。
喜びも哀しみもない世界。
それはな、地獄って言うんだ。
あ、あとな。
お前らの望みは、本当の望みじゃねーよ。
ソレを本当に望んだやつは、『神の挑戦者』になるんだ。
そういうシステムにしてあるからな。
自分に嘘をついている限り、俺らに使われて終わりだ。
これ、神からの助言な」
軽い。神の言葉が軽すぎる。
ただ、言ってることはまともなのが、また軽さを感じさせる。
「どうでもいい。お前が神ならば、お前を殺せば神を超えられる。そういうことだな」
愕然としている元、青年のメーゼだった魔王を他所に言ったのは『金色』の魔王だ。
「この身体を? まあ、このままバトルって展開でもなくなってきたからな。
殺したきゃ殺していいぞ。
ただ、死ぬのはこの身体だけだけどな。
実際にはもう肉体がある訳じゃない。
本当に殺したきゃ、ぜひ、進化してくれ。
一人くらいはそういうのが居てもいいよな」
「ならば、死ね! 」
それは一瞬だった。
『金色』の魔王は、その魔王化した爪で、『主神』の身体を抉った。
ぐぷっ……とか言いながら、『主神』の身体から血が零れる。
「い゛やあ、つい調子に乗って、はなじすぎたヴぁ……ま゛あ゛、い゛い゛、次のではあ゛……る……」
『主神』が死んだ。
本当に呆気なく死んだ。
『金色』の魔王が腕を振ると、『主神』の身体がぽーんと投げ捨てられた。
『主神』は白目を剥いて、でも口元だけは笑ったまま床を転がり、全身が塩になって消えた。
ああ、こりゃ確かに肉体は死んだけど、確実に生きてるパターンだわ。
『金色』の魔王は腕が震えるほどに拳を握り締めていた。
悔しさが滲み出るようだった。
「神めぇえええっ! 次は殺す! 絶対に殺してやるぞ! 」
『金色』の魔王が空に向けて吠えた。
そして、そのまま駆け出すと、台形ピラミッドから飛び降り、闇の草原をものともせずに、何処かへと駆け去っていった。
俺たちは途方に暮れた。
どう、収拾をつければいいのか分からなかった。
魔王を倒しに来たら、一人は神への怨嗟を吐きながらどこかへ去り、もう一人は心が折れたように蹲っている。
俺はロマンサーだと、クーシャとアステルにバレたし、そのクーシャとアステルもなんだか困ったような顔をしていた。
元、青年のメーゼだった魔王が立ち上がる。
クーシャとアステルの顔に緊張が走る。
だが、魔王は手のひらで二人を制して言った。
「……希望は潰えた。もういい、僕はここまでだ」
これが青年のメーゼの本来の喋り方ということだろう。
おそらくだが、魔王化することでメーゼの呪いは消えるのかもしれない。
メーゼ、メーゼとうるさくなくなったのは不幸中の幸いだな。
それにしても、姿形は魔王だが、項垂れ、肩を落とす姿は、どこにでもいる青年のそれだ。
「ヴェイル・ウォアム。君はロマンサーなんだな……」
青年が言った。
「ああ、そうらしい……」
俺は答える。
「運命線の変更と言ったか。それをできないようにすると、神は言ったが……」
「元からコイツに頼る気はない」
そう言って、俺は青年に【ロマンサーテスタメント】を見せる。
「何故、黒い? 」
「俺が魔導書に触れたら呪われたから、じゃないか」
「『サルが使えるタナトス魔術の書』か……」
「笑えるぞ。呪いの種類は『神から嫌われてボッチになる』だ」
「ああ、どうりでウリエルが嫌がったはずだ。ははっ……」
青年は少しだけ笑った。それから、笑いを収めて聞いてくる。
「それで、どうするんだ?」
「まあ、神に嫌われたところで、どうにもならないしな。
人なら同志も友達も特に支障はなさそうだし、問題ないだろ」
「でも、道のりは百倍だろ? 」
「ああ、ゴッドポイント七億だろ。問題ない。
さっきも言ったが、コイツには元から頼る気がないんだ。
まあ、コイツに触ると人より考える時間が取れるって旨味はあるけど、俺はこんなものなくても、望みを果たす」
「そうか、君は強いんだな……」
「いや、これでもボンボンだからな。我儘なんだよ」
「ああ、自分に素直、それが神の助言だったね」
「まあ、あれが本物の神かは分からないけどな……」
俺は苦言を呈した。
「神にもまた、システムがあるから? 」
やはり、青年は俺と良く似ている。
俺は小さく頷く。
「それでも、この世界の神は神なんだろうよ。
そして、この世界がこの世界である以上、なんらかの落とし前はつけなきゃいけない。
メーゼが魔王になった以上、その幕引きができるのは、やはり、メーゼなんだと思う……」
「……。」
何が言いたいのかは分かった。
ああ、違う出会い方をしていれば、コイツと俺は友達になっていたのかもしれない。
「ああ、少しだけ、待ってくれ」
そう言って、青年は少女のメーゼのところに行った。
「僕でいいかな? 」
青年が聞く。
少女はか細い声で答える。
「こ……ろ……し……て……」
「わかった」
青年が少女に手を翳す。
魔法陣が浮かぶ。それは魔術ではなく、魔法だ。
極大の炎。
それが少女を一瞬で送った。
青年がこちらに歩み寄る。
「彼女は置いていく。責任を取る者も必要だろうからね」
視線で指したのは老婆のメーゼだ。
「さて、後は君に任せるよ。ヴェイル・ウォアム」
「分かった」
俺はそう答えて、【ロマンサーテスタメント】をナイフの形にした。