表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/246

モンスター!モンスター!


大角魔熊おおつのまぐまは危険なモンスターだ。

そう、ただの獣ではない。

理から外れてしまった生命、そして『試練』でもある。

モンスターと呼称されるモノは魔法的現象を操ったり、有り得ない肉体的変化を起こしたりする。

なので、大角魔熊のトナカイ角が触手状に変態したり、その触手の先端から真っ赤に焼けた熔岩をびゅーびゅーと噴出させていても、何ら異常とは言えない。


いや、異常だろ、これ。


俺は立ち上がると同時にアルに指示を出す。


「アル、あいつに攻撃!時間を稼いでくれ!」


指示しながらも、俺の右手は腰の『芋ん章魔術』用の針で傷を作っている。だけど、血を染み込ませるのは腰の箱じゃない。

左腕に結びつけた別の箱だ。

急げ、急げと思いながらも冷静さを欠いてはいけないと、視線をアルに向ける。


アルは大角魔熊の振るう触手を避けるではなく、両手で掴んだ。

飢えた大角魔熊は熔岩を吹きかけて餌を溶かしてしまうような馬鹿ではなかった。

熔岩は言わば脅しだ。脅しといっても飛沫が掛かっただけで俺は死ぬ自信がある。だって、地面はじゅわじゅわ音を出して焼けている。

真の狙いはその太い触手で相手を打ちのめすことにあるのだろう。

しかし、アルは恐怖心を微塵も見せることなく触手を掴んだのだった。

でも、そのせいでブレた触手の先端から飛び散った熔岩の飛沫がアルの肌を焼いていた。

アルはそれにも構わず、触手に噛み付く。獣か!


うわ……馬鹿か……と俺は驚くが、そういえばアルはゾンビだった……。


「アル、それはペッしなさい!あと、大鉈使って!」


慌てた俺は語調が定まらないまま、新たな指示を出す。

アルが少し名残り惜しそうに噛み付いた触手から口を離すと、左手で触手を持ったまま右手で大鉈を掴む。

ザンっ!と抜き打ちした大鉈は大角魔熊の触手の一本を斬り裂いた。


斬ったらそこから熔岩が……と肝を冷やしたが、そんなことはなく。どうやら先端から魔法で熔岩を生み出しているらしかった。


け、研究したい!と思うのもつかの間、大角魔熊の別の触手がアルをぶっ叩く。

アルは派手に飛ばされて、近くの木の幹にしたたかに身体をぶつけた。


「アル!」


叫ぶと大角魔熊が割れ鐘のような声音で威嚇を発した。

どうやら、次はこちらに狙いを定めたらしい。


「くそっ!だが、俺は俺のドローを信じる!」


軽く脳内で『ゲームキング』の決め台詞が浮かんだので叫ぶ。

まあ、右腕に装着している箱の中の魔術符は全て同じものなので、ドローも何もないんだが、こういうのは気分だ。

ぺったーん!と箱の出っ張りを叩いて芋判を押すと、右手の人差し指と中指で器用に魔術符を引っ張り出す。

魔術的な高まりを感じたのか、大角魔熊が一瞬、警戒して止まる。


俺は魔術符を両手で破きつつ、叫ぶ。


「試作版、異門召魔術!『煙幕』!」


ぶしゃー!という勢いのある音と同時に煙が大量に吹き出す。おお、今回は黄色か、と満足する。

この煙幕を出す紋章魔術は達成率で色が変わる。

黄色なら九割から九割五分の達成率。ということは『芋ん章魔術』にしては正確に紋章が描けているということだろう。


大角魔熊が巻き込まれたのを見ると同時に、俺はアルに駆け寄って、その手を掴んだ。


「逃げるよ、アル!」


アルは俺が手を引くままに、立ち上がると走りだした。

俺たちは逃げる。逃げに逃げて、結果的に俺がアルに引っ張られる形になっていた。体力ないからな、俺……。


「と、ととと、止まって!止まってー!」


アルが止まると、俺は勢いで、ずべしゃー、と転んだ。


「ぐへっ……はぁはぁはぁ……き、急に止まるなよ……」


アルはゾンビだからね。モンスターのゾンビと違って多少はリミッターが掛かっているけど、身体が壊れる心配とかしないからね……。ちくせう……。


俺は痛む身体をなんとか持ち上げる。

すると、目の前にはイラガの木が紫色の実をつけて立っていた。


「あ……見つけた……アル!やったよ!イラガの木だ!」


一瞬でアルに文句を垂れていた自分を忘れて、アルに笑いかける。

アルに反応はないけれど、今はいい。早く自我を持つアンデッドまで進化させてやれば、また一緒に笑い合える日が来るのだから。


アルに指示して、大鉈でイラガの実を採ってもらう。

ここはイラガの群生地になっているようで、少し探せばイラガの二又の枯れ枝も見つかった。


「よし、帰ろう!」


とは言ったものの、完全にここがどこだか分からなくなっていた。

いやいや、慌てる必要はない。と、自分を落ち着かせる。

家の塔があるのはこの森から言うと北だ。

北に向かえばいい。

俺は持ってきた装備から方位磁針を取り出して、方向を確認しつつ、アルと歩き出す。


「さすが、俺!抜かりはないぜ!」


アルにドヤ顔を決めて見せる。

アルに反応はない。と思ったが、引き攣るようにアルの右腕が動いた。

反射のように俺が防御姿勢を固める。

デコピンが……デコピンが……来なかった。

少し寂しい。いや、安心した。そう、安心したということにしておく。


俺は気を取り直して、またアルと歩き出す。

と、アルが着いてこない。

おや?と見ると、アルが一点を見ていた。

なんだろうと視線の先を追うと、森の暗がりにふたつの光る点が見える。


グルルルル……。


俺の腹の虫の音ではない。


グルルルル……。

グルルルル……。

グルルルル……。


あちこちから聞こえる。

音源を探そうとキョロキョロすると、目が合ってしまった。

緑色に光る目、長く伸びた犬歯、特徴的な三角耳。

普通の狼と決定的に違うのは背中にある恐竜のような突起。


竜狼ディノウルフ……な、なんで……」


竜狼ディノウルフは群れで狩りをするモンスターだ。

確かにこの『騒がしの森』でも見かける。

でも、さっきの今でまたモンスターに会うというのは、よっぽど運がない。

いや、たぶんそういうことじゃない。

そもそも、大角魔熊なんて、この森で見たことなかった。

竜狼ディノウルフにしたって、こんな十匹以上の群れ、見たことない。


これは『ゼリ』のダンジョンのせいだろう。

ダンジョンはモンスターを発生させる力があるとされている。

それはダンジョン内に限った話でもない。

ダンジョンが新しく生まれると、その周辺地域のモンスター発生率が上がるのだ。

しかも、厄介なダンジョンほどその効果は上がる。

ダンジョンは『神の試練』である以上、踏破されなければならない。

そのため、周辺地域のモンスター発生率上昇はダンジョンの示威行動だという説もある。


竜狼ディノウルフは冒険者の難易度的には『赤ひとつ』とされている。

五匹の群れで『赤ふたつ』、十匹の群れで『赤みっつ』、では、十匹を超える群れは?

これが、俺の読んだ『モンスター大図鑑』には載っていなかった。

普通は十匹以上の群れに出会うことはないということなのかもしれない。

それとも、『赤よっつ』だろうか?


俺は冒険者としては『色無し』『無色』。

生前のアルは『赤ひとつ』だった。


無理だろ……。


四方を囲むように、あちこちに竜狼ディノウルフが見える。

『煙幕』は使えない。

竜狼ディノウルフを包むように煙幕を張ったら、俺とアルが逃げられなくなる。

どうする……?

やるしかないのか……。

俺は生唾を飲む。


一瞬、静寂が訪れる。


竜狼ディノウルフが一斉に飛びかかって来る前兆だと判断して、アルに指示を出す。


「アル、突破口を作って!」


竜狼ディノウルフとアル、一瞬早く動いたのはアルだった。

機先を制したことで、竜狼ディノウルフの動きに乱れが生まれる。

駆け出したアルの大鉈が一匹の竜狼ディノウルフの頭を正面からかち割る。

俺は必死に駆け出していた。

背後に向けて『煙幕』を何枚かばらまく。

そうして、アルの横を抜けるようにして、またもや逃げる。


アルも俺の後ろを守るように駆け出す。

竜狼ディノウルフたちは、煙幕に一瞬、怯んだものの、その煙幕を回り込むように追いかけてくる。


だが、おかげで少しだけ余裕ができた。

俺は走りながら、胸元のペンダントを引っ張り出して、それを握る。

お守り代わりの小さな魔宝石だ。


「ラル・ウオイヒス・イェトク・アク・ウイィト・ネグ・ウツイス……ナヌネ・ウイィト・アク・ナニジェ!」


振り向きざま、魔宝石に向けて呪文を吹き込むように詠唱する。

正直、小さな魔宝石では、一番簡単な詠唱魔術でも、代償不足かもしれない。

でも、これしかないと思う。

竜狼ディノウルフたちは、俺の後ろにいたアルに向けて殺到していく。


「アル、来い!」


迎え撃とうととしていたアルが踵を返してこちらに向かってくる。

絶妙のタイミングだ。さすが、俺!


呪文を吹き込まれた魔宝石のオドが俺が爆心地に指定した場所に光の粉となって飛んでいく。


『火柱』の魔術。直径十メートル、高さ十メートルの火柱に巻かれて、滅びろ竜狼ディノウルフどもめっ!


アルは飛び込むように俺のところに来たと思うと、大鉈の柄の部分で俺が魔宝石を握る手を叩いた。


「え?」


ペンダントが引きちぎれて、空中に投げ出される。

アルは大鉈を握るのと逆の手でその魔宝石を掴んだ。

俺には訳が分からなかった。

代償が払いきれなければ、詠唱魔術は効果を発揮しない。

魔宝石では足りない代償を払うために、俺は魔宝石を握り込んでいたのだ。

その代償を払っている最中に、アルに中断させられてしまった。

何故?何故だ!?

俺の頭が混乱しようとした瞬間、アルの全身が光の粉と化す。


ドンッ!と爆音と共に火柱が竜狼ディノウルフたちを包み込む。

ギャンッ!と竜狼ディノウルフの叫びは、叫びになる前に消えた。

アルはその肉の全てを代償にして、光の粉が弾けると同時に白骨化していた。


「アル!!!」


俺の目の前に、アルだった物、白い枯れ枝のような物が軽い音を立てて、落ちていた。


「アル?……アル!アルっ!!」


俺の足から力が抜けていく。

立っていられない。

膝から崩れ落ちて、座り込んでしまう。

指先が震える。

焦点が定まらない。

俺の腹にあったアルとの繋がりが消えていく感覚を理解させられる。


「ア……ル……」


何だ?何が起きた?

詠唱魔術は現象化した。巨大な火柱が十匹以上の竜狼ディノウルフを巻き込んで燃え上がった。

つまり、代償は払われた。

でも、俺は払っていない。血の気は失せたように感じるが、オドが抜かれた感覚はなかった。

アルが……払った?

何故?俺のドヤ顔にデコピンをしなかったアルに自意識はなかったはずだ。右腕が引き攣ったのは身体が覚えている反応を示そうとして、俺の指示、「俺の身を守ること」が発動したためだろう。

だが、あの瞬間、アルは俺の手を大鉈の柄で叩いた。

つまり……いや、待てよ……もしかして、俺の指示に従ったからか……?

俺が代償をこの身で払うことから、守ろうとした?

それなら、辻褄はあう。

俺が代償として身体のオドを失おうとした時、俺を守るために、魔宝石を手放させるために、俺から魔宝石を取り上げるために……しかし、それは結果的にアルのオドを吸われるかたちとなったのか……。

だとするならば、今のこれは、この惨状は俺が招いた結果だ。

後悔。自責。震える俺の手がアルの頭蓋骨に触れる。

なんてことだ。俺は何をした。頭が真っ白になっていく。


「ごめん……アル……俺が……」


カチャカチャとした音と共に、俺の真っ白になった頭の片隅に目の前の光景が刻み込まれていく。

立ち上がる白骨。

伸ばされる白い骨の手。

その骨の手が、俺が手にしたアルの頭蓋骨をそっと持ち上げると、下顎の上に置く。

もう片方の骨の手が握るのは、大鉈だ。

その大鉈を振り上げると、俺に向かって振り降ろそうとする。

スケルトン。動き回る骨。アルの肉は消失したもののアンデッドとしては存在を続けているということか。


「とと、止まれっ!!」


間一髪、俺の脳天に触れるか触れないか、ギリギリのところで大鉈は止まった。

俺はスケルトンのアルを見る。

骨だ。骨しかない。これが、アル?

アルとは契約を交わしたはずだが、命を狙われた?

どういうことだ……?

俺は事ここに至って、『サルガタナス』を持って来ていないことを後悔した。

くそっ!『サルが使えるタナトス魔術』にこのことが書いてあるかもしれないのに……。

そうして、そう考えてから、自分に腹が立つ。

『サルガタナス』は「我を伴え」と散々言っていた。

もちろん、意味は違うが、結果として『サルガタナス』を持ってこなかったことを後悔するハメになるなんて……。


一応、命令は聞くということはタナトス魔術型のスケルトンで、俺が作成者ということになるのだろう。

俺は、アルスケルトンを連れて、『塔』に帰るのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ