求めるは強さ!極めるはエグさ!
それは、増殖する肉の塊だった。
人の体。服装からすると、壮年のメーゼだろうか。
ただ、頭が直径二メートルほどの肉玉と言えばいいだろうか、そういうモノに変化していっていた。
「気持ち悪っ! 」
「あれもアンデッドなのでしょうか? 」
アステルが肉玉から視線を外さずに言う。
俺はゴーグルのチャンネルをガチャガチャ変えながら答える。
「いや、あんなアンデッドは図鑑になかった。
あいつらの言動からすると、魔王化しようとしている……はずなんだけど、ちょっと想像の斜め上すぎて、断言はできないかな……」
あ、別のやつの視界だ。
近っ!?
青年のメーゼと、絞りカスみたいになって震える少女のメーゼが見える。
おそらく、老婆のメーゼの視界かな。
壮年のメーゼの頭は今も肥大化していっている。
肉玉に埋もれるように片方の目、髪の毛ひと房、鼻っぽいものなんかが、位置関係がぐちゃぐちゃになって見える。
チラリと老婆のメーゼは武威徹を見た。
それから、目線が下がり、瞼を閉じる。
なんだろう。まるで失敗だと嘆いているような視界の揺れ。
と、誰かに引っ張られたかのように、老婆のメーゼの視界が滑る。
最後に見えたのはぐんぐんと近づく『武威徹』の姿だった。
「ぶつかります! ベルさん、伏せて……ベルさん! 」
衝撃が来る、と思ったが俺は無事だった。
アステルが俺を抱くように身体を抑えてくれたのだ。
どちらかというと、衝撃がふよん、とかむにょん、とかいう類いの衝撃で、俺の目には壮年のメーゼにめり込む武威徹、そのまま壮年のメーゼの肉玉をひき潰すように動きを止める武威徹、そんなものが見えていたが、身体の方はアステルの柔らかさについつい触覚が全開な感じだった。
「大丈夫ですか? 」
「ああ、ありがとう、 ア、アステルは? 」
俺はゴーグルを外しながら聞く。
「問題ありません」
「良かった。出たらマミーだらけだ。
気合い入れていこう! 」
「はい。ベルさんは何があってもお守りしますから! 」
くっ……頼もしい……。
俺たちは武威徹から降りる。と、同時に『煙幕』の魔術符をマミーの密集している辺りに投げる。
ただの煙幕なら、自分たちが苦しむだけだが、魔術的煙幕はオドが含まれている。
生命力を感知するようなアンデッドでも、充分な目くらましになる。
こうして、マミーたちを足止めしておけば、俺たちはメーゼたちに向かえる。
死霊のメーゼは魔術で潰した。少女のメーゼは戦闘不能、壮年のメーゼは今、ひき潰した。
老年のメーゼはクーシャと丁々発止とやり合っている。
青年のメーゼは一心不乱に次の魔法陣を描いている。なかなか早い。早さだけなら俺と同等くらいかもしれない。
老婆のメーゼは、目を閉じていた。観念したか。いや、ないな、と心の中で否定しておく。
普通のメーゼ……一人だけ台形ピラミッドの下だ。今は放置だな。
まずは老婆のメーゼだ。
「いきなり魔術符! 」
俺は老婆のメーゼの関心を引こうと声を掛ける。
目を見開いた瞬間に『光の魔術符』で目を焼いてやる。
と、思っているのだが……動かないな。目も開けない。
「ベルさん! 」
アステルの声に振り返る。
一体の剣を振りかざしたマミーがこちらに迫ってくる。
だが、アステルは剣の腹を蹴りつけ、軌道を逸らす。
「なかなかやりますね……ですが、マミーはそれだけではありませんよ」
老婆のメーゼの声。
だあ、タイミング悪いな!
俺はもう一度、振り向き様に『光の魔術符』を破く。
閃光が辺りを包む。
……って、おい。老婆のメーゼは目を閉じたままだ。
「無駄ですよ。貴方に『契約』があるように、メーゼにも思い通りにアンデッドを操る方法はあるのです。
このようにね! 」
「ダメっ! 」
アステルの叫びにそちらを見ようとすると、風切り音と共に、マミーの投げた剣が俺の頬を掠った。
マミーはアステルの蹴撃に身体を上下真っ二つにしていた。
上半身だけで、俺に向けて剣を投げたらしい。
「随分と器用な動きするじゃないか……」
俺は頬の辺りを手の甲で、ぐいと拭って老婆のメーゼに視線をやる。
単純な、メーゼを守れとか、戦え、あの男を狙え程度の命令で、マミー自身が腰から真っ二つにされながら剣を投げつけるなんて複雑な動きをやれるとは思えない。
だいたい、アンデッドは生前の動きに引っ張られる傾向がある。
意思を持つアンデッドだとしても、自身がアンデッドなのだと自覚しているタイプなら、人外の動きを意図的にするのはいるが、このマミーたちはそこまで複雑な思考ができるようには思えない。
俺たちがここに来た時、下で騎士や冒険者と戦っていた時は、それほど変な動きはしていなかったはずだ。
だとすれば、複雑な命令を与えられているとか、若しくは直接操作しているなどだろう。
どうも、死霊術系の魔導書はそれぞれにアンデッドの操り方があるような感じだ。
そして、いくつもの魔導書の内容を劣化コピーしている状態の『ウリエルの書』なら、アンデッドの操り方が数種類あっても不思議ではない。
だが、だとすると、これまでは『調教』という方法を取ってきたメーゼのやり方に疑問が出てくる。
老婆のメーゼの閉じられた瞳、俺との距離は五メートル程だが、直接戦闘が可能なアステルが俺の隣にいるのに、距離を開けるでもなく、逃げもしない。
老婆のメーゼが見た目年齢と違ってアステル並の格闘術の使い手というならまだしも、そうではないだろう。
なんなら、素手の喧嘩なら俺の方が強いかもしれないと思う。
つまり、あれは動かないというより、動けないということなのか。
ならば、直接操作なのだろう。
操作中は身動きが取れなかったりするのなら、メーゼの行動に合点がいく。
『直接操作』は術士の思考でフレキシブルに動かせるが、術士は動けなくなる。
『調教』は時間が掛かるが、リスクなくアンデッドを支配下に置ける。
だから、今までは『調教』という方法を使っていた。
まあ、今後は『契約』を使うのかもしれない。今後なんて奴らに与えるつもりはないが。
要するに、煙幕の魔術符だ。あれがメーゼたちにとって、かなり効いているのだろう。
「メーゼ、アンタの底は割れたぞ」
俺は老婆のメーゼに指を突きつける。
老婆のメーゼは目を閉じたまま、応じる。
「底が割れた? 」
「ああ、お前はアンデッドを直接操作している間は動けない。しかも、直接操作で動かせるのは一体だけ。
そのままじゃ、俺の火の魔術は避けられない。
終わりだよ」
俺は判子をポン、とやろうとするが、老婆のメーゼの笑いに遮られてしまった。
「あははははは……その程度かい、ネクロマンサー!
誰が、それで正解だなんて言った?
よく見るんだねっ! 」
なっ……! 新しいマミーが煙幕から出てきただとっ!
だが、アステルが素早く動いて、マミーの腕を取ると、上手く重心を崩して、投げを決める。
かと思えば、更に次のマミーが煙幕から出てくる。アステルがそちらに向かうと、また次、また次とマミーが集まり始めた。
まさか、直接操作は一体だけじゃない?
そう思うが、良く見れば新しいマミーは出てきた瞬間、一瞬の戸惑いのようなものが見える。
これは、煙幕から出るまでを直接操作して、出た瞬間に別の一体に切り替えているってことじゃないのか。
むむむ、ちくせう! 騙された!
だが、いい手ではある。
元々はメーゼを守れとか、そういう命令を与えていたとして、煙幕の中にいる間はマミーの本能的な動きでは惑わされるばかりだが、煙幕から出てしまえば、直接操作する必要はない。
勝手に俺たちを見つけて、敵を排除に動くだろうからな。
ただの時間稼ぎだが、見事に引っかかった。
「きええええっ! 」
老婆のメーゼは隠し持っていたナイフを振り上げ、後ろから俺を襲おうとしていた。
アステルは新しく煙幕から出たマミーたちの相手をしている。
俺は振り向いたが、その老婆のメーゼらしからぬ憤怒の形相に、一瞬、身がすくんだ。
ほぼ無意識で防御姿勢をとる。
昔からアルのデコピンを逃れようと、これだけは癖になっている。
左腕にナイフが当たる。
キンッ!
あ。腕には盾にも使える俺のワンオフものの『異門召魔術』の箱がある。
その箱にナイフが当たって、それを弾いた。
「くっ! 」
「うわあああああっ! 」
俺はがむしゃらに腕を振り回した。
うん、体術とか向いてないんだよ。
いわゆる、駄々っ子パンチ。
でも、ゴン、と音がして、老婆のメーゼは倒れた。
俺が恐る恐る目を開けると、老婆のメーゼが倒れていたというのが正解か。
「よし! 勝った! 」
俺は一人静かに拳を引いてガッツポーズを決めた。
「ベルさん、やりましたね! 」
アステルがマミーを煙幕の中に殴り飛ばして、こちらにサムズアップしてきた。
お、おう……見られていたらしい。
俺は曖昧な笑顔を返すに留める。
そんなことをしている間に、アステルはまた一体、マミーを煙幕の中にぶち込んでいた。
そろそろ、煙幕が薄れてきたので、アステルと二人、『煙幕の魔術符』をまた数枚、投げておく。
視線を彷徨わせる。
クーシャと老年のメーゼの戦いはまだ続いている。
どちらも、超級冒険者で、サイキッカーだ。
戦いは余人が手を出せない領域になっている。
正直、速すぎて何がなんだか分からない。
ぶつかって、離れて、床に穴が空いて、またぶつかって、くらいしか分からない。
「ハハッ! 若者は羨ましい。ほんの数ヶ月でここまで変わりますか! 」
「ああ、お前を止めると決めたからな。
想いが人の限界を超えさせる。
昔、あなたから教わったことだ。ハイン卿! 」
「なるほど、メーゼの言葉でしたか。
確かに、そのように考えていた時期もありましたな。
ですが、今なら分かります。
それでは足りない。
超能力などと言っても、所詮は人の延長線上にある力に過ぎない。
つまり、メーゼにも限界が見えていなかったに過ぎません。
なので、今一度、あなたに新たな教えを授けましょう。
答えは……あれですよ。
人を、人間という軛を超えようとするのならば、人であることを辞めればいい!
今、それをお見せ致しましょう」
老年のメーゼは気合いを込めた唸りを発する。
クーシャは剣を構えて、突き入れる。
鋭い突きなのだろう。
一瞬の静止、突きの構えまでは見えたが、その先、動きは追えなかった。
しかし、老年のメーゼが込めた気合いは、何度も煮え湯を飲まされた『サイキックバーン』として放たれる。
「ぐあっ……! 」
反発の威力は相当なものなのだろう。
クーシャが吹き飛ぶ。
「クーシャ! 」
俺は思わず叫んでしまう。
クーシャは、地面に剣を突き立て、地面を削りながら、ギリギリで台形ピラミッドからの落下を防いだ。
その間に、老年のメーゼは動いた。
青年のメーゼが描いた魔法陣が、今、完成していた。
青年のメーゼは、魔法陣の完成と同時に腰のポーチに入っていたであろう魔宝石をばら蒔く。
ヤバい、クーシャたちの戦いに魅入ってて、青年のメーゼのことを瞬間的に忘れていた。
あまり大きな魔法陣ではない。
だが、圧縮魔法陣のようにその紋様は複雑だ。
青年のメーゼは魔法陣を描き終わると、すぐに次の魔法陣に取り掛かる。
集中している時の俺もあんな感じなので、少し親近感が湧くが、残念ながら青年のメーゼは敵だ。
湧いてきた親近感を振り払う。
いかん、いつまでも魔法陣を描かせていては、壮年のメーゼみたいな化け物をまた生み出させてしまう。
老年のメーゼが魔法陣に踏み込む。
それを止めようとアステルが近づく、俺も『火の魔術符』で火球を放つ。
「サイキックバーン! 」
老年のメーゼはこちらを見もせずに、全周囲攻撃を放った。
アステルはその圧力に自分から後ろに飛び、俺の火球は老年のメーゼの手前で爆発した。
老年のメーゼが空気の階段を登るかのように浮き上がる。
「メーゼが求めたのは強さでしたな。
ダンジョンを攻略しても、神に祈っても、強さには果てがない。
どれだけ超能力を磨いても、ロマンサーには勝てない。
しかし、それを覆し、強さを極める道がようやく見つかりましたな」
魔法陣が光を発する。
老年のメーゼが、元超級冒険者にして聖騎士である『斜陽』が、魔王化しようとしている。
壮年のメーゼの時は魔王化というより、モンスター化という感じだった。
老年のメーゼは、肉体が肥大化したりはせず、ただ体色が日焼けしたように黒くなり、禍々しい感じの爪が伸びてくる。
「ふむ、これが魔王の肉体という訳ですな……」
魔法陣の中、ゆっくりと老年のメーゼが降り立つ。
なにやら、若返っているような。
「くっ……ベルさんは魔法陣をっ! 」
アステルがそう言って老年のメーゼへと向かっていく。
「やあぁぁぁぁぁっ! 」
アステルが放つ全力の拳打を老年のメーゼが受け止めた。
無造作に前に出した手のひらで、アステルの拳打が包まれる。
まるで衝撃がないかのようだ。
「これは、因子の不足ということですかな。
完全な形とするには足りませんでしたな……まあ、欲しい力は得られました。
某も魔王と名乗ってもいいでしょう。
貪欲と呼ばれる魔王をね」
そう言って、アステルの拳を持ったまま、横に振る。
アステルは体重がないかのような扱いをされて、吹き飛んでいった。
「くぅっ! 」
アステルは俺の樹絡魔術の残滓、そそり立つ緑の塔にぶつかるかと思われたが、空中で体を入れ替え、緑の塔に足を向けて着地、そこから床に降り立った。
対する老年のメーゼ、いや貪欲の魔王は首を捻って考えつつ言う。
「そうですな……我が名は『金色』というのはどうですかな? 」
誰に向けて、というものでもないのだろう。
しいて云うなら、天に向けてだろうか。
勝ち誇るように腕を広げる魔王はニヤリと口角を歪ませた。
だが、それに水を差すように、横合いから言葉が投げかけられる。
「こ、これから死にゆく者に、名が必要だとは思えない……」
クーシャがコロコロと小石を転がす。
小石は魔法陣に描かれたオド吸入口でちょうど止まったかと思うと、光と共にソレらを転移させた。
様々な形状の剣、槍、斧、槌……ソレら全てが『聖別化』してある。
俺が渡しておいた『取り寄せ』魔術だ。
一緒に携帯食料も取り寄せているのはご愛嬌だな。
初めから手にしていた剣は、老年のメーゼのサイコキネシスを何度も受けたためか、ボロボロだ。
「ふむ、この力を試すには、ちょうどいいですな」
魔王は指先を動かして、クーシャを招いた。
「呼ばれずとも、行かせてもらう! 」
クーシャはボロボロの剣を捨て、『取り寄せ魔術』で出した武器の山から双剣を取って走り出す。
小さな呼気に併せて、双剣が踊る。
魔王は腕に超能力を纏わせ、それを弾いていくが、クーシャは二刀流で攻撃の回転速度を上げている。
そこにアステルが参戦して、魔王にちょっかいを出す。
実際に足を引っ掛けるだとか、関節に打撃を加えるだとか、重篤なダメージではないのかもしれない。だがそれだけで、クーシャの攻撃は格段に決まりやすくなる。
魔王の体に、浅いが傷が増えていく。
しかし、その傷はほんの少しの間で塞がっていく。
「ふは、ふはは、見ろ。
これが魔王の再生力!
かすり傷程度、ほんの瞬きする間に癒える……人を超えた力だ! 」
それまでの諭すような、人を食ったような言動はなりを潜め、随分と性格が変わったように魔王が叫ぶ。
「岩をも砕く膂力と瞬時に傷を塞ぐ再生力……やはり、文献にある魔王の資質……」
アステルが驚きと共に呟く。
「くっ……一度引いて。この武器じゃダメだ! 」
クーシャの声にアステルもまた距離を取る。
クーシャは、双剣を投げ捨てると、魔王の動きを警戒しながら武器の山に近づく。
「ああ、警戒せずとも良い。次は何で来る?
打撃か? 斬撃か? それとも刺突か?
しっかり選ぶんだな。生半な攻撃では、この魔王には通じぬぞ。くくくくく……」
「では、これならどうでしょう? 」
独特な歩法でアステルが魔王に近づいたと思うと、アステルは魔王の腕を取って捻る。
「なっ、いつのまに……」
アステルは魔王が腕を振りほどこうとするのに併せて、跳んだ。
すると、魔王までがその勢いに抗えず、跳ぶように投げられた。
「ぐぅっ! 」
「はっ! 」
投げを決めて、さらにアステルが身体ごと動かすように魔王の腕を捻り、その極まった関節に膝蹴りを入れる。
やけに乾いた音が響く。
「ぐあぁぁっ! 」
魔王が無理やり腕を戻すのに逆らわず、アステルは手を放して、一度引いた。
「ぐぅぅぅぅぅ……おのれ……人間風情があぁぁぁっ! 」
だらり、と魔王の左腕が揺れていた。
曲げてはいけない方に曲がっている。
魔王は自身の腕を掻き抱くように痛みに耐えながら絶叫を上げた。
「人の体は構造上の弱点があるそうですよ。
おかしいですね?
人を超えたと豪語なさっていたはずですのに、そういうところは超えていないような? 」
アステルはさも不思議ですねと言わんばかりに可愛らしく小首を傾げた。
「き、きさまぁ……にぃんげぇぇえんっ! 」
魔王が叫ぶと、その頭部に小さな稲妻が走る。頭に瘤ができたように、両方の側頭部、こめかみの少し上辺りに膨らみができていた。
怒りで更なる魔王化が進んだりするのだろうか。
だが、それを確かめる間もなく、飛んできた手斧が魔王の背中にめり込んだ。
「ぐぅっ! 」
「む、無防備な部分なら、傷を付けるのは難しくない……な、なら、こっちかな……」
クーシャは武器の山から片刃の反りがある刀と呼ばれる武器を腰に差し、槍を取る。
「刺突と、ざ、斬撃で試してみ、みようと思う」
クーシャが武器を構えるのに、魔王が怒りの形相で睨みつける。
「なめるなぁ、にんげんがあああっ! 」
魔王が右腕をクーシャに向ける。
クーシャは前進と同時に前方宙返りを決める。
武器の山の手前の床が、ゴバッ、 と捲れ上がり穴が開く。
「その右手も邪魔ですかね? 」
アステルの歩法は気配を感じさせない効果でもあるのか、いつのまにか魔王にまた近づいていた。
「ぬうんっ! 」
魔王が可視化できるほどのエネルギーの塊を右腕に集める。
触っただけで、エネルギーの渦に巻き込まれて怪我をしそうだ。
だが、アステルは最初から右腕を取る気はなかったらしく、取ったのは折れた左腕だった。
魔王の表情が変わる。
アステルは体全部を回転エネルギーにして、魔王の左腕を抱えたまま、ぐるんと回りながら倒れた。
「ぐおぅっ……ぎゃあああああああああああああああ……」
俺はそちらの様子を確認しながらも、タイミングを測っていた。
想像するだけで背中を冷たく固い鉄塊が通り抜けるような気がする。
同志アステル、守勢に回ると強いタイプだと思っていたが、攻勢に回るとエグいタイプだった。
いや、そうでもしなきゃ、超級冒険者と戦うのは厳しいということなのかもしれない。
あちらは二人に任せておけばいい気がしてきた。
俺は何のタイミングを測っているのかといえば、青年のメーゼが描く魔法陣を観察していた。
青年のメーゼが描く魔法陣を壊すのは簡単だ。
火球一発で片がつく。
だが、魔王化したメーゼを倒すには、圧縮魔法陣を読み解く必要があるのではないかと思っていたのだ。
一部は覚えている。老年のメーゼの魔王化の時に魔法陣は見たからな。
ただ、全ては覚えていない。
なので、俺が覚えている部分に辿り着くまで、青年のメーゼを泳がせているのだった。