メーゼは進まなければならない!なんだありゃ……
「んん? いや、まてまて……俺が見逃してた?
いや、違うな……魔導書?
はあ!? それも邪神の……いや、でもあいつはそういうことしねーしな……ってことは、やっぱりあっちか……」
特徴のない男が独り言を呟く。
何故か俺はそれに釘付けだった。
何かが分かりそうな、しかし、何も答えを得られないような、意識にモヤがかかるような感覚に包まれる。
「ベルさん、あれ!」
叫ぶアステルに、俺はそちらを見る。
台形ピラミッドの頂上部、そこに身体を細かくブレさせながら、メーゼたちが顕現しようとしていた。
なんだあれ? もしかして老年のメーゼこと元『斜陽』のテレポートなのか。
老年のメーゼ、老婆のメーゼ、壮年のメーゼ、青年のメーゼと俺の知るメーゼたちが勢ぞろいしている。
七柱の魔王だったか。
ということは、少女のメーゼ、死霊のメーゼと、あと一人。
おそらく、あの特徴のない男なのだろうか。
普通のメーゼって感じか。
「オーラソード! 」
クーシャのオーラソードが老年のメーゼを狙う。
だが、サイコキネシスの派生であるオーラの刃は、同じ超能力属性だからなのか、一瞬、テレポートでブレるメーゼたちを大きく乱すものの、オーラの刃もまた、乱され霧散してしまう。
「超能力で負ける訳にはいきませんな」
クーシャの動きを牽制するように視線で制しながら老年のメーゼ。
「なんだ、この木は……まさか、これで……」
壮年のメーゼは台形ピラミッドの頂上部に屹立する俺の『樹絡魔術』の痕跡を見上げる。
「あれは魔導機? そうですか……ソウルヘイでの開発は遅々として進んでいないと聞いていたのに、いつのまにかそんなところまで……」
冷たい瞳で武威徹を見上げながらも、上から目線で語る老婆のメーゼ。
「うん……これはもう、計画は変更せざるを得ないね……面倒がらずに対処しておくべきだったか……ねえ、君、君が今持っているのが『サルが使えるタナトス魔術の書』だったりする? 」
青年のメーゼは俺に向けてそう言った。
俺は答えない。でも、顔には出てしまったのだろう。
何故? どうして? とは思うものの、そういえば先輩がメーゼになったんだったか。
どこまでだ? どこまでの情報が漏れたのだろうか。
メーゼになった時、そいつが記憶している『魔導書』の情報が『ウリエルの書』に記載される。
先輩が覚えている内容は『ウリエルの書』に収録されたはずだ。
それがどこまでなのかが分からないが、一番知られたくない『契約方法』はバレたと見るのが正解だろう。
メーゼの使う『調教』は、アンデッドに言うことをきかせるまで、時間が掛かる上、絶対的な命令権がない。
だが、俺の使う『契約』は名前を書き込んで、アンデッドの一部を体内に取り込むだけで、絶対的な命令権を得る。
エインヘリヤルのトウルのように、俺はメーゼのアンデッドを奪うことができたが、もうそれはできなくなったと思っておくべきだろう。
「……うん、やっぱりね。
上級アンデッドを奪われた時から、何かメーゼの知らない方法を使っていると思っていたんだ……」
「そのような瑣末なことに気を取られている暇はありません。
多少のリスクを負ってでも、計画を進めなければ! 」
「そうだ、メーゼは進まなければならない! 」
納得いったという風に頷いているのか、船を漕いで首が揺れているのか、微妙な間で青年のメーゼが言うのに、老婆のメーゼがそれを切り捨てるように、壮年のメーゼがそれにさらに被せてくる。
「……わかった。では、進める。メーゼはメーゼを守れ」
青年のメーゼの瞳がカッ、と見開かれる。
あ、でも細目だからそれほど大きな差じゃないな。
それから懐からチョークを取り出した。
魔法陣を描こうというのだろう。
床に這いつくばって、チョークを走らせていく。
もちろん、クーシャも俺だってそれを許すほど甘くはない。
だが、老年のメーゼがクーシャを抑えに掛かる。
「アステル、もう少し近づいて! 」
「はい! 」
アステルが操縦桿を操る。
俺は火の魔術符を構える。
「マミーたちよ、あの浮かぶ魔導機を落とせ! 」
壮年のメーゼが叫ぶ。
いつのまにか、マミーたちが台形ピラミッドを這い上って来ていた。
マミーたちは剣を持たない方の手を一斉に武威徹へと向ける。
その白骨の掌の前に魔法陣が現れる。
ゴウッ! その魔法陣から放たれるのは熱の篭もった空気の塊だ。
「きゃあっ! 」「え、ちょっ、わっ! 」
武威徹が揺れる、揺れる、揺れる。
俺が手にした魔術符は、燃えながら下に落ちていく。
拡がることはなくなったものの、台形ピラミッドの前は死霊のメーゼが生んだ闇と、伸びる亡者の腕が草原のようになっている。
その一部を焼いて、その部分だけ闇が晴れたが、それだけだ。
熱塊が武威徹に当たる。
嫌な音が武威徹下部で聞こえるが、魔導具が滑落したりはしていない。
それよりも気持ち悪くなってくる。まるで嵐の海に翻弄される小舟のようだ。
「ベルさん、そ、操縦が、効かないっ! 」
「くっ……」
武威徹内で立っていられず、俺は座り込んでしまっている。
アステルの言葉に俺は床板を剥がそうと試みるが、床板は堅い木材で継ぎ目の隙間はない。
ちくせう! いい仕事してやがる!
「床板が……何かナイフかなにか……」
「床? 床板が剥がせればいいんですか? 」
「ああ、風の魔導具が歪んでいたら無理だけど、応急処置くらいならできる」
熱塊で押されたせいか、マミーたちの射程から外れて、武威徹は流されていた。
このままでは、台形ピラミッドからどんどん離されてしまう。
「ベルさん、どいてっ! 」
俺がどうにか継ぎ目を広げようとしていると、ふいに頭上に影が指す。
なんとなく嫌な予感がして、俺は身を引く。
アステルは足を開いて前屈み。
そこから繰り出される打ち下ろしの正拳。
乾いた音が俺の足と足の間、股間から十センチくらいの位置に響く。
めきょ、という感じで床板が割れていた。
アステルが顔を上げる。
うおっ、近い、近い。まつ毛長い。
「どうですか……あ、えと、これで見えますか……」
顔を真っ赤にしたアステルがそそくさと体勢を戻す。
ええと、顔の近さに照れればいいのか、股間の寒さに青くなればいいのか分からない……じゃなくて、故障の原因を確認するんだったよな、あばばばば。
少し混乱したが、気を取り直して割れた床板から内部構造が見えている。
「あ、伝導管が折れてる……」
「あ、あの……」
不安そうにクーシャの方とこちらを交互に確認するアステルに、俺はにっこり笑う。
「任せろ! 魔石を移動させる操縦桿との伝達が切れただけだ。
この隙間から、直接、魔導具に魔石を設置すれば、まだ動く! 」
「それって……」
「細かい動きは無理。だから、武威徹ごと突っ込む! 方向の指示を! 」
「で、でも、それじゃあベルさんたちの努力の結晶が……」
「床板粉砕しといて、アステルがそれ言う? 」
「あ、いえ、その、それは緊急回避というかですね……」
「ぶふっ……あ、いや、冗談だよ、冗談。
マジな話すると、元から戦争に使うような機体じゃない。
ここまでだって、細かく整備しながら騙し騙し持ってきたようなもんだ。
それに、母さんたちなら、もうコイツを叩き台に次のやつに着手してるよ。これ、絶対ね」
長年の諸々から導き出される、弟子の勘で、息子の勘だ。間違えようがない。
そうして、アステルが指差す方向へ、俺は武威徹を直接的に操作する。
青年のメーゼが描いた魔法陣を壊せれば、俺たちの半分勝ちだ。
闇の草原の消し方もなんとなく目処が立った以上、遠巻きに見ているしかできない味方を引き込んで、全員、逮捕してやる。
そう意気込んで、武威徹を突っ込ませる。
「ああっ……ベ、ベル、さん……」
台形ピラミッドの方を目視していたアステルが声を震わせる。
俺は床板の底に手を這わせて、武威徹を直接、操作しているので見ることが適わない。
「なにかあったのか? 」
「あの……あ、あ、あれ……」
いや、だから見られないんだって……あ、アステルの視界を盗ませて貰えばいいのか。
俺は、久しぶりの『盗み見魔導具』を起動させる。
片手で武威徹の操作、もう片手でゴーグル装着と操作と、忙しいが最も近い場所にいるのが、アステルなので、すぐにアステルの視界を共有できた。
「な、なんだありゃ……」
意味が分からなかった。俺は困惑を全面に出した声を挙げるのだった。