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友よ。樹絡魔術。


《その男は、戦禍の中、貴族として生まれたらしい。

 詳しいことは知らぬ。

 ただ、この世の地獄もあの世の地獄も嫌だと泣き言を零すのが常だったのう。

 だからなのか、痛みのない肉体、傷付くことのない精神、そんなものに憧れておった……》


 『サルガタナス』はこちらの反応は関係ないとばかりに滔々と語る。

 俺は聖水が効かない死霊のメーゼ改め、魔王に『火の異門召魔術』を浴びせる。

 クーシャの攻撃の合間を狙ったもので、タイミングは悪くないと思っていたが、魔王はまるで舞い散る枯葉のように、ゆらり、ゆらりと躱してしまう。


《そんな人間が我を手にした時、一条の希望が見えたと言った。

 まるで、ベル、お前のようではないか……》


 『サルガタナス』の自嘲を含むような語り。

 何が言いたいんだ、こいつ、と思いながらも魔王に向けて火球を放つ。

 クーシャの攻撃すら躱す魔王の体術に戦慄を禁じ得ない。

 魔王と呼ばれる存在があんな魔法陣ひとつで生まれていいのかとも思うが、それが『ウリエルの書』の権能のひとつということなのだろう。


「くっ……た、たぶん、こいつ体重がほとんどない……剣の風圧で跳ぶくらい軽い」


 クーシャが情報を伝えてくる。

 なるほど、俺が枯葉のようだと思ったのも間違いじゃなかったのか。


《ひとつ、違いがあるとするなら、ベルはただ一人のため、あやつは自分のために我を求めたということだろうか。

 そして、あやつは自分のために世界を変えようとした》


 魔王が、ゆらりとしながらも、その肉体に変化が生じていく。

 左目の上、額の辺りに瘤のようなものが膨らみ、背中からもふたつの膨らみができていく。

 クーシャが斬った腕も黒い血のようなものが糸のように伸びて、腕の形に寄り集まっていく。


「角に翼、鋭い爪……伝承に語られる魔王の特徴が……」


 アステルが魔王を見ながら、ぎゅっと武威徹のへりを握る。


「アステル、操縦を頼む」


 俺は身体をズラして、アステルに操縦桿を任せる。

 操縦のレクチャーはしてあるから、アステルでも大丈夫だ。


「ベルさん、どうするつもりですか?」


「風圧で動いてしまうなら、それができないようにする! 」


 俺はアステルが操縦桿を握るのに合わせて、武威徹の中で立ち上がる。

 それから、大量の魔石を握り締め、詠唱魔術の呪文を唱えるのだった。


「ラル、ウオイヒス─── 」


《皮肉だと思ったのは、その世界を変えようとしたことよ。

 生きとし生けるもの全てをアンデッドとし、契約する。

 これが成れば、あやつを害する者はいなくなる。

 そう考えたのじゃ》


「イェトク、ウィジ、ウィイト、ネグウツイス─── 」


《まあ、あちらこちらで無策のままアンデッドを作り続ければ、当然、目をつけられる。

 あやつは次第に追い込まれていった。

 そこであやつが選択したのが、自身のアンデッド化という道だった……》


「アツト、エオマ、イジューク─── 」


《死なず、現世にも留まらず。

 夢叶わじと、永遠に眠る。

 これで地獄にだけは行かずとも済む、と寂しそうに笑った。

 それが、我の見た最後のあやつのはずであった……》


「ナヌネ、ウィイト、ウィジ、ナニジェ!

 それは皮肉だな。あいつは魔王になったことで復活した。

 それで、今から地獄に行く─── 」


 俺の手にした魔石からオドが吸われて、俺の指先に集まっていく。

 この指先で、魔術の始点を示せば発動する。


 どうも、あの魔王は何代前かは知らないが、俺の先輩らしい。

 それにしても、自身のアンデッド化か。

 今、『サルガタナス』は俺のモノだ。

 先輩が永遠の眠りについたなら、『サルガタナス』もこの台形ピラミッドの中にあってもおかしくない。

 それが、外に出てしまっているということは、自身がアンデッド化した段階で『サルガタナス』の呪いから外れたということなのかもしれない。

 アンデッドを使役するのが死霊術士ネクロマンサーであって、自分がアンデッドになってしまっては、もう死霊術士ではないということなのかもな。


 いや、待てよ。

 『サルガタナス』の残滓があいつを魔王化させたとか言ってたよな。

 ならば、まだ呪われているってことじゃないか? 

 だとすると、少女のメーゼが描いた紋章魔術は、呪われている者を魔王化させるってことか。

 下手したら、俺が魔王化してた可能性もあったのか。危ねぇ。


 まあ、考察はいい。

 アルが人間として復活する世界に魔王はいらない。

 先輩には悪いが、退場してもらおう。


「サルガタナス。悪く思うなよ」


 俺は二本の指を立てたまま、発動待機している詠唱魔術を保持して、『サルガタナス』に言う。


《ああ、問題ない。

 ───この世の地獄であれだけ足掻き続けたのだ。

 あの世の地獄だろうと、ヌシならばきっと安息の地を見つけるだろうよ。

 もう、よいのだ、友よ。輪廻に還れ─── 》


 『サルガタナス』がそう言うと、魔王の意識がはっきりと俺に向く。

 それは俺にでも分かるくらいの、はっきりとした隙だった。

 俺は先輩の驚いた表情に向けて、指先を指し示した。

 魔術が飛ぶ。

 先輩の周囲、十メートルに一斉に植物が生じる。

 それは螺旋を描くように中心に向けて成長していく何千、何万という蔦だ。

 クーシャは咄嗟に飛び退いて難を逃れた。

 先輩は中心だ。中心に向けて伸びる蔦に全周から襲いかかられて、複雑な気流の中、翻弄され閉じ込められていく。

 やがて、蔦はお互いに絡み合い、一本の幹のようになる。


 先輩が何か叫んでいたが、木々のざわめきに掻き消されたのか、聞こえない。

 怨嗟のような気もするし、哀惜のような気もする。もしかすると歓喜だったのかもしれない。

 まあ、俺の精神衛生のために、歓喜だったということにしておく。


 クーシャが俺に頷きかけた。俺もそれに応えておく。


「あの、サルガタナスというのですか、あの魔王は? 」


 アステルは奈落と呼ばれる魔王に俺が話しかけたのかと勘違いしたようだった。


「いや、そんなボッチっぽい名前じゃないと思う」


 俺は人の悪い笑みを浮かべて、そう答えた。

 アステルは「はぁ……? 」と良く分からないという顔で首を傾げた。

 ボッチが文句のような言葉を並べ立てていたが、俺は笑っておいた。


「おいおい、マジか……予定がズレまくってんじゃねーか……勘弁してくれよ……」


 そいつは台形ピラミッド下部の入り口から歩いて出てきてそう言って、肩を竦めた。

 地面の闇はそいつの歩いたところだけ消えていた。

 俺たちはそいつの呟きが、この離れた距離で普通に聞こえることに疑問も持たず、声の主を探してそちらを見た。


「このままじゃ、追い込めねえ……ん? 

 おい、お前、邪神のとこの? 」


 平凡な顔立ち、街ですれ違ったら五分と覚えていられないような、特徴のない男だ。


 は? 邪神? 俺に向けて言っているのか? 


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