少女と死霊のメーゼ
ヒラメノムは状況を誤魔化すために、エスカー・べッシュのところに舞い戻る。
俺たちはメーゼがいるであろう森の奥を目指す。
武威徹の荷台を座席に換装させ、俺、アステル、クーシャの三人で森の奥へと飛び立つ。
木々の枝葉に遮られて、はっきりとは見えないが、下では散発的な戦闘が起こっているようだった。
それらを無視して、ひたすら火球が打ち上げられたと思われる森の奥へ。
先へ進むと下から聞こえる戦闘音の密度が増してくる。
視線を前へと転じると、森の奥、巨石を組んで作ったような遺跡が見えた。
遺跡はなんとも武骨な台形ピラミッドのような形をしていた。
その入口付近で人と骨だけのモンスター、スケルトンが剣を合わせていた。
スケルトンたちは一様に包帯が巻かれた姿をしていることから、復活を期待して作られた木乃伊のアンデッド、マミーというやつらだろう。
マミーは中級アンデッドで、精神錯乱を起こさせる魔法や、熱風のような風系魔法を使ってくる厄介なモンスターだ。
そのマミーが遺跡から溢れるように出てくる。
そうか、あれは遺跡というよりも墓標。
『隠された墳墓』というのがここか。
俺たちは空中から森の奥を目指したから、簡単に見つけられたが、森を分け行って探すには、隠されているように見えるかもしれない。
上空から見えるものはもうひとつある。
それは、台形ピラミッドの頂上から眼下を睥睨しながら踊る、ジャラジャラと着飾った少女のメーゼだった。
「あ、あれはなにを……? 」
クーシャが俺に聞いてくるが、俺だって知らない。
「……わからん。ただ、碌でもないことをしようとしてるってのは分かる」
なにしろ少女のメーゼのやることだ。
他人を羨み、すぐに攻撃的になるアイツの機嫌が良いとなると、確実に悪巧みが進行中ということだろう。
俺は少女のメーゼ目掛けて、武威徹を差し向ける。
「とりあえず、突っ込んで止める! 」
見た目が少女なので、多少気が咎める部分はあるが、あいつの『苦鳴魔法』でアルたちは苦しめられている。
容赦する理由はない。
と、少女のメーゼがこちらに気付いた。
辺りを見回して、焦ったように踊りを続ける。
やはり、あの踊りになにかあるのだろう。
ああ動いて、こう動いて、あっちからこっち……。
「魔法陣か!? 」
「く、もう少し……」
少女のメーゼが呟いたのが、なんとなく理解できた。
「させるかあぁぁっ! 」
俺は操縦桿を操り、少女のメーゼに体当たりを敢行する。
ぶつかる寸前、少女のメーゼがステップを踏んだ。
「よし、これでっ……がふっ!? 」
正面で捉えることはできなかったが、端で引っ掛けた。
少女のメーゼはきりもみ回転しながら、台形ピラミッドの頂上部を転がった。
「浅かったかっ! 」
俺は武威徹を旋回させる。
よろよろと立ち上がった少女のメーゼがこちらを指さして、嬌声をあげて笑った。
「はははっ、あはははははっ、あーはっはっはっはっはっ!
遅いのよっ! もう完成したわ! 馬鹿じゃないのっ!
ひひっ、ははっ、あはは……あ?
あ……そん……な……なん……で……」
少女のメーゼは笑っていたかと思うと、急速に身体が萎んでいく。
魔法陣に体内オドを吸われているのだ。
すでに少女のメーゼが身に着けていた装飾品は光を失い、砂と溶けていた。
あれ全部が魔宝石だったのか。
少女のメーゼが身体で描いた魔法陣に光が満ちていく。
俺は魔法陣の中に入らないように、武威徹を旋回させた。
このままオドが足りずに失敗してくれれば……とは思うものの、そんなことはなかった。
「ベルさん、あそこ! 」
アステルの言葉に地上、墳墓の入口を見れば、一体の死霊が空に上がってくる。
地上で戦う近衛騎士がスルーしているってことは、姿を消しての移動だろう。
魔導士のようなローブを纏った木乃伊のような見た目の死霊だ。
骨と皮だけで、生前からあの姿だとすると、いたたまれないものがある。
骨のような右手の指先から風に煽られた炎が、ぼぼぼぼぼ……と音を立てた。
指先の炎を見れば俺は確信してしまう。
「あ、あんなのもメーゼなのか!? 」
「クケケケケ……ナンダ、コレワ? フユウマジュツ? 」
蝶番が軋むような声で笑った死霊が俺たちと並ぶように飛ぶ。
「オーラソード! 」
「グキェーッ! オノレ、ヤバンナ……イクトシツキタトウト、ヤハリ、ホンシツワソレカッ! ユルサヌッ! メーゼガマオウトナリテ、セカイヲギャクテンサセル! 」
クーシャが放ったオーラソードにより、傷つきはするものの、何事もなかったかのように元に戻ってしまう死霊は、やはりメーゼを名乗った。
しかも、魔王と言ったか?
目的は世界の逆転?
生者を死者に、死者を生者にということだろうか。
なんのために?
分からないことだらけだが、アルの『黄泉返り』は納得できることじゃない。
生き返るのとは違うからな。
しかも、今の状況が逆転するだけなら、俺もアステルもクーシャも死んでることになる。
やはり、メーゼとは相容れない。
そんな死霊のメーゼは身を翻すと、魔法陣へと向かった。
つまるところ、俺たちに寄ってきたのは知的興味によるものだったか。
まあ、それを逃がすほど俺たちも馬鹿じゃない。
俺の『火の魔術符』が文字通り、火を噴く。
「ギョベェェェェー! 」
「削り切る! オーラソード! 」
クーシャのオーラソードが連続して放たれる。
アステルがここまでまともに話さなかったのは、神の奇跡を口中で願っていたからだ。
「神名グレートスピリット・オブ・ウォーター・アンディより賜りし、奇跡を行使する。
真名アステル・ハロの祈りを聞き届け給わんことを……上から下へ……水が流れる如く、あるべき姿を取り戻させ給え……彼の者を冥界へと導き給え……聖浄化! 」
アステルの祈りが届き、死霊のメーゼが浄化されていっているのだろう。
死霊のメーゼの口から黒い瘴気のようなものが上へと立ち昇る。
「ォボロォォォ……ナンタルコト……ゥボフゥゥ……コノママデワ……」
泣き叫ぶように死霊のメーゼは、ふらふらしながら逃げた。
だが、そのふらふらのせいで、俺の火球がギリギリ外れ、消滅間近だった死霊のメーゼは魔法陣の中へ。
クーシャのオーラソードは魔法陣に阻まれ、死霊のメーゼに当たらなかった。
死霊のメーゼは魔法陣の中心部へ。
少女のメーゼは体内オドを限界まで抜かれたのか、まるで死霊のメーゼかと思うほどの痩せっぷりで、死霊のメーゼに向けて助けを乞うように手を伸ばしたことから、辛うじて生きていることが分かった。
しかし、そんな少女のメーゼを無視して、死霊のメーゼは空中で両手を広げる。
その動きは、何かに操られているようだ。
「オマエラ、アイテガぱわーあっぷシヨウトシテイルトキワ、ミノがスのガ、おやくソクだろう……モノがたりをヨんだコトがないのカ……」
半透明に見えていた死霊のメーゼは、次第に不透明に、さらに骨と皮だけだったのが、少しふっくらしてきた。それでも、痩せぎすの男というのが限界だが。
「おい、あれは……」「なんだ? 光の柱? 」
死霊のメーゼが魔法陣に入ったことにより、魔法陣が活性化、光の柱が立ち昇る。
それは、下で戦っていた騎士や冒険者が気付くのに充分な圧力を伴っていた。
死霊のメーゼがゆっくりと台形ピラミッドの頂上に降り立つ。
実体化している。その皮膚は病的な蒼さを超えて、黒ずんでいる。
「マったく、コれだから教養のないニンゲンは度しがたい……ヤはり、メーゼの選択ニ間違いはナカったですネ……」
死霊のメーゼは延々と文句を呟きながらも、次第にその声音は明瞭になっていく。
「メーゼが魔王となれば、今までの努力が報われ、ヒトという種が終わり、新たな種として生まれ変わる。
これぞ変革、これぞ革新!
全てがひとつとなり、これで煩わしい悲劇とやらもなくなる。
さあ、この奈落の名を持つ我が全て喰らい尽くしてやりましょウ! 」
光の柱が消え、そこには魔王宣言をした死霊のメーゼと、衰弱のあまり老婆のような姿に成り果てた少女のメーゼがいた。
死霊のメーゼの魔王という言葉に騎士や冒険者たちがざわめく。
「さあ、我が子らよ!
新しい目覚めダ! 」
その言葉と同時に死霊のメーゼが地上の一点を指さす。
その指先に魔法陣が展開する。
すると、その一点を中心に闇が拡がっていく。
その闇の中から表れるのは無数の手だ。
白い手、蒼い手、黒い手、赤い手……それが地面から若芽のように生えてくる。
闇色の大地に拡がる手の花という光景は、なんとも毒々しい印象を与える。
「な、なんだこれは? 」「くそっ! 斬っても斬っても湧き出してきやがるっ! 」「あ……ぐっ、ひゃあああっ! 」
騎士も冒険者も次々と手に捕まっていく。
「やめ……吸われ……」
白い手に捕まると何かを吸い取られているようだった。少女のメーゼのように体内オドが足りなくなった訳ではないようなので、もしかしたら『魂』とかそういう類いのものかもしれない。
「く……なっ!? 熱い……ぶあっ! 」
赤い手に捕まると燃える。
蒼い手は呪いでもあるのか、全身に瞬く間に疱瘡のようなものができて、冒険者が倒れた。
最後の黒い手に至っては、数は少ないものの『聖別武器』でもこちらからは触れられず、捕まると死ぬという極悪さだ。
騎士の一人が助けを求めるようにこちらに手を伸ばす。
確かに無数の手は伸びても胸の高さくらいまでで、一人くらいなら救いあげることもできるだろう。
一瞬、操縦桿を下げそうになるのを、クーシャに止められた。
「ぜ、全員は助けられない……」
そうだ。全員は助けられない。
武威徹は三人乗りで、積んでいる荷物を捨てれば一人か二人を追加で乗せて飛べるだろう。
だが、下には見える範囲でも数十人。
地面の闇はゆっくりと拡がっていて、見えない範囲でも剣戟や雄叫びが聞こえている。
火球の合図を目印に、近衛騎士と神官戦士、冒険者たちが四百名以上向かって来ているのだ。
その全員を乗せることはできない。
なにか……なにか方法は……?
つい、辺りを見回してしまう。
死霊のメーゼと目が合った。
指先は先程と同じく地上の一点を指さしたまま、その指先に魔法陣が瞬いている。
闇は拡大中だ。
魔法陣に見覚えはない。
未知の魔法陣……いや、見えにくいが小さな魔法陣の中に大量の紋章が並んでいる……圧縮魔法陣とでもいうのだろうか。とにかく、現状では方向性の把握すら厳しい。
「あの魔法が止められれば……」
アステルが歯痒い思いで眼下を見つめていた。
「そうか、止めればいいのか! 」
俺は勘違いをしていた。
普通、魔術は一度発動してしまえば、オドが切れるか、魔法陣が壊れるまでは自動的だ。
だが、あの死霊のメーゼの魔法。
あの圧縮魔法陣が瞬いているのではなく、連続発動しているものだとすれば……。
俺は死霊のメーゼへと操縦桿を動かす。
「アステル、もしかしたら死霊のメーゼを止めれば、魔法も止まるかもしれない。
あいつの魔法が重ね掛けすることで拡大していくのなら……」
「ぼ、僕がいく! ア、アステルはベルくんをっ! 」
クーシャが機上で飛び出すために身構える。
「お願いします! 」
アステルがそれに応じた。
「頼んだぞ、クーシャ!
アステル、俺たちは上空から援護だ」
言ってから俺は『聖水』を用意する。
クーシャは武威徹が死霊のメーゼに近付いた瞬間、飛び出した。
すでに死霊のメーゼを包んでいた魔法陣は消えている。
二階建ての家の屋根くらいの高さから飛び出したクーシャはそのまま唐竹割りの要領で死霊のメーゼを狙う。
死霊のメーゼは指先こそ、魔法を発動するために地上の一点を狙っているものの、こちらを見据えていた。
まあ、死霊のメーゼを害するものは俺たちだけだ。当たり前の警戒だろう。
だが、クーシャはそれを見越して、かなり上空から飛んでいる。
死霊のメーゼの反応が遅れるのも道理というものだろう。
ぞんっ! と音がしてクーシャが膝を使って着地する。
「くおっ! 」
避けきれなかった死霊のメーゼの腕が空を舞う。
その伸ばされたままの指先に魔法陣が瞬くことはもうなかった。
俺とアステルは死霊のメーゼの真上から、聖水を振りかける。
クーシャにとってはただの水だが、死霊のメーゼにとっては硫酸の雨に感じるだろう。
だが、死霊のメーゼは残った腕の掌で雨を受けながら嗤う。
「くひひひひ……これは我への祝福か?
分かるぞ。聖水だろう。
だが、無駄なこと。
言ったはずだ。我は奈落の名を持つ魔王。
亡者には毒だとしても、魔王には効かぬ。
しかも、先程はご丁寧に我に混ぜられた亡者どもを浄化してくれたしな」
「どういう、ことだ……」
クーシャが剣の切先を死霊のメーゼに向けて聞く。
「そのままの意味よ。黄泉返りとして、メーゼのまま魔王となろうとしていた我が、貴様らの浄化を受けて、余分な枷を外された。
つまり、メーゼの計画は潰え、七柱の魔王はもう生まれぬ。
だが、我という魔王は生まれた。
しかし、黄泉返りはこのまま進める。
我が悲願。悲哀なき世界をここに創る。
全ての魂は同一化し、巨大な夢を見る。
それにはウリエルの書の持つ権能、死者の扉を開く力こそ必要だったのだ。
まさか魔導書ごとに権能が違うとは……メーゼに取り込まれるまで分からなかったがな。
くひっ……くひひひひ……これぞ天の配剤。
神なぞ信じぬと思っていたが……今なら信じてもいい気分だわ……くひひひひ……」
はあ? まてまて、整理しよう。
メーゼの目的は七柱の魔王を生み出すことだったってことだよな?
それが、俺たちの攻撃で死霊のメーゼは『黄泉返り』で混ぜられた亡者の魂を失った。
でも、少女のメーゼが作った魔法陣で魔王になった。
これが『メーゼ』たちにとっての誤算だったってことか。
恐らくだが、混ぜられた魂ごと魔王化、後からその魂をメーゼたちで分け合い、メーゼが全員、魔王化みたいなことを狙っていたのかもな。
それで、この死霊のメーゼは魔王になったことで『メーゼ』の呪縛を逃れた……んだろうな。
一人称が『我』になっているから、たぶん。
《なんとも皮肉な話じゃな……我との残滓がある故に魔王として復活してしまうとはの……》
「は? 」
「どうかしましたか? 」
「あ、いや、大丈夫だ」
唐突に語りかけてきた『サルガタナス』の言葉に、胸の内の疑問がつい音になってしまった。
アステルがそれに気付くも、なんとか誤魔化す。
《答えずとも良い……今から少し、とある男の話をする。
ただの昔語りよ……》
そう言って『サルガタナス』は、語り始めるのだった。
希望に縋り、夢破れ、いつかを求めた男の話だ。