黄泉返り。悪い笑顔。
お待たせしました。
金十字騎士団長、エスカー・べッシュは、大急ぎで軍を再編する。
『黄昏のメーゼ』の館の裏手に広がる、死霊が闊歩する森。
その森では大軍が移動するには館から続く道を除けば、木の密度が高すぎる。
軍を小分けにして探索を進めるしかなく、高い頻度でアンデッドとの遭遇戦が予想された。
そういえば、あの森は『墓場の森』と呼ばれていた。
それを教えてくれた骨執事のアランは、手足の骨を砕かれ拘束されている。
騎士や神官戦士の尋問も、俺のなけなしの体力を使った念話による尋問も意味はなかった。
骨執事アランはそもそも知らなかったのだ。
『オドブル』の街を放棄する訳にもいかず、『墓場の森』の探索は近衛騎士と冒険者たち、神官戦士団の半分、戦える者たちだけで向かうことになった。
俺の指揮するアンデッド軍団は、探索に使うと敵との区別がつかないとして、『黄昏のメーゼ』の館前に集められ、動くことを禁じられた。
「こうなれば、黄昏のメーゼを殲滅対象とする。
責任は私が負う」
エスカー・べッシュは全員に向けて宣言した。
メーゼたちの狙いがどこにあるのか分からない。
だが、元『斜陽』こと老齢のメーゼは「時間稼ぎは終わり」と言ったのだ。
なにかが起こる。
それがなにかは分からないが、ろくでもないことだろうという予感だけがある。
だからこそ、エスカー・べッシュは王命を待たずにメーゼ抹殺の指令を出した。
俺たちはメーゼの館前で待機していた。
パーティー単位の冒険者たちと、小隊単位に再編された騎士や神官戦士たちが『墓場の森』へと散っていく。
「大丈夫なんでしょうか…… 」
不安げにアステルが呟く。
「いざとなったら、ウチの戦力を動かすよ。
サダラでやったみたいに、敵のアンデッドを捕えて契約って形にすれば、千日手になるよりはマシだからな」
アルの作戦に乗っかる形だが、アンデッド同士が消滅するまで延々と戦うよりはいい。
俺は少しでも体力を回復させようと、携帯食料を食べながら言った。
「サンライズイエロー、メーゼにな、なるなんて…… 」
そう言って落ち込む顔を見せるのは『ディープパープル』ことクーシャだ。
『斜陽』に昔、世話になったらしいから、それを辛いと感じるのも、より顕著なのだろう。
「この前、ベルん家に襲いに来た時は、クーシャ、躊躇なく戦ってなかった? 」
アルが聞く。
今、近衛騎士であるヒラメノムはエスカー・べッシュの所に出向いて今後の動き方を確認しているから、気を抜いているのか、普通の声だ。
「ぼ、冒険者として、い、依頼を遂行するのはい、いい…… 」
「なるほど……今のサンライズイエローは冒険者として戦っている訳じゃない。
仕事として割り切れない。
だから、クーシャはそれが辛いってことか」
お互いに仕事上でぶつかるのは納得できるが、そうでなければ『信念』やら『望み』やら、とにかく『仕事』として割り切ることが難しくなる。
クーシャにしてみれば、昔、世話になった『恩義』やら、もしかしたら『親愛』みたいなものが邪魔をするのかもしれない。
クーシャは小さく頷く。それから、でも、首を否定に振って、俺を見た。
「彼と戦うのはいい。
でも、仕事で戦わない奴は強い……。
こ、この前は、目的達成が困難になったから、サンライズイエローは素直に退いた……。
次は……たぶん、命を賭けることに、な、なる」
俺は納得して頷き返す。
すると、アルは不思議そうに聞いた。
「クーシャは負けるかもって思いながら戦うの?」
「いや、アル……そういうことじゃなくて…… 」
俺が口下手なクーシャの代弁をしようと口を開くのを、クーシャが止める。
「ア、アルの言うとおりだ……。
ぼ、僕もベ、ベルの友として、クーシャとして戦う。
それなら、負けない!」
何故か、クーシャは鼻息荒くそう言い、今度はアルが納得したように頷いた。
ん? んん? 正直、ちょっと何言ってるか、俺には理解不能だったので、どうしようかと思っていると、『墓場の森』の上空に一発の『火弾』が上がった。
どうやら、『隠された墳墓』とやらを見つけたらしい。
『火弾』はメーゼ発見の合図であり、探索に向かった者たちが集合する合図でもある。
「はじまった……」
アルの言葉に森の奥、『隠された墳墓』へと俺たちは思いを馳せた。
それから幾らも経たない内に、クォーン……と、鐘の音なのか、笛の音なのか、金属質の音が辺りに響き渡る。
「な……に……」「うぅ……」
アルとアルファが呻く。見れば周りのアンデッドたちが声にならない声で苦しそうに身を捩っていた。
オルとケル、俺の影の中に潜ませていたゼリグレイガルム・シャドウの二匹もいつの間にか、影から出て苦しそうに息を継いでいる。
もしやメーゼが使う『苦鳴魔法』か、と俺が気を張っていると、アルたちを含む一部のアンデッドは元の様子に戻った。
戻らなかったのは、『サルガタナスの魔印』を装備させていないヴァンパイアたちだ。
ヤバい。とりあえず『魔印』を紙か何かで量産して……、と俺が動き出そうとすると、ヴァンパイアたちが立ち上がる。
それから、手近にいる相手に襲い掛かり始めた。
「「「ヴォォオオオ!!! 」」」
本来、息をしないヴァンパイア兵たちが雄叫びを上げる。
なんだ? 何が起こっている?
「ベルさん!」
アステルが焦ったように声を掛けてくる。
「全員、動くな! 静まれ! 」
俺が契約を盾に命令を下す。
「グ……グクッ……」
止まった。しかし、震えている。
俺はおかしくなったヴァンパイア兵たちを確認していく。
俺が契約の証として血文字で書いた署名が浮かび上がったり、消えたりしている。
《ベル、黄泉返りぞ!このままでは、契約が消える……》
久しぶりに『サルガタナス』からの念話だった。
だが、内容は急を要する。
黄泉返り? よみがえり?
「い、生き返るのか? 」
確かに、アンデッドたちが『生き返る』のなら、契約が消えるのも納得だ。
それを『サルガタナスの魔印』が邪魔しているのだとすれば、アルを生き返らせるチャンスを……。
《生き返るのではない。黄泉返りぞ。
冥界より死者の魂を呼び出し、亡者へと無理やり封入、今ある魂と冥界の魂を混ぜ合わせ、現世への渇望をもって楔とする。
代わりに生者の魂は生きる欲が少ない者から、冥界へと喚ばれることとなる》
俺はアルに、魔印を外せと言おうとして、その言葉を呑み込む。
代わりに、『サルガタナス』の言葉について考えてしまう。
生き返らない……『サルガタナス』の言う『黄泉返り』は別のもの?
それに、聞くからにヤバそうな状態だ。
魂に関しての研究は、未だ何も分かっていないに等しいが、冥界から魂を持ってきて、その分を生きてる奴から補填するみたいな状態は、ある意味『生者と亡者の逆転現象』のようなものだろう。
俺はアルを生き返らせるのが望みであって、何かよく分からない何者かに変質させる今回の現象は、断固拒否だ。
そんなことを考えていると、魔印を与えていないヴァンパイア兵の一匹がいきなり動き出して、たまたま近くにいた俺が狙われた。
「ぐ、ぎ、あだだがいがらだだだだだだだ……」
「なっ……!? 」
つい先程まで、俺の命令で止まっていた個体だから、俺は余計に狼狽えた。
「ベルっ! 」「ベルくん! 」「ベルさん! 」「……! 」
アル、クーシャ、アステル、アルファと皆が気に掛けてくれている。
最も早かったのは、アルファのポルターガイスト能力だ。
アルが剣を抜くより、クーシャがオーラソードを放つより、アステルが駆けつけるより早く、アルファのポルターガイスト能力が黄泉返りしたヴァンパイア兵の頭を吹き飛ばした。
「ご……主人……さ、ま……」
「ああ、助かったよ、アルファ」
と、アルファを見れば、何やら苦しそうに顔を歪め、しかも霊体が薄まり消滅しかかっていた。
「え、ちょ……大丈夫か?
これも『黄泉返り』の反応なのか?」
《うむ。この辺りは魔法の範囲内ゆえ、ベルのアンデッドたちはオド消費が数倍にはなろう……》
俺は『取り寄せ魔術』で『人工霊魂』を取り寄せしつつ、頭の中で考える。
魔法。魔法か。
魔法は人の扱える範疇にない現象だ。
魔法を人でも扱えるようにしたのが魔術である。
そして、『サルガタナスの書』にあった『取り寄せ』やら『鍵開け』、『盗み見』なんかは魔術として書かれている。
そんな中で、『サルガタナス』は魔法と口にした。
考えたくない。考えたくないが、森の奥地から森の外れにあるココまで、半径数キロ単位の魔法を使えるとなると、メーゼの目的は封印された魔王級モンスターの復活とか、そういうことなのかもしれない。
「ベ、ベルくん。よ、よみがえりって?」
俺と『サルガタナス』の話を聞きつけたのだろう。クーシャが俺に質問する。
さすがに『サルガタナス』の念話は聞こえていないだろうから、この場合、俺の独り言か。
「あー、ええとだな。
俺も明確には理解してないんだが……」
そう前置きをしてから、どうにか言葉を組み立てる。
「冥界の死者の魂とアンデッドのさまよえる魂を混ぜ合わせて、アンデッドを狂わせる類いの魔法、らしい。
効果はご覧のとおり」
俺は叫び出したヴァンパイア兵を指差す。
クーシャはそれに気付くと同時に飛び出して、聖別化した剣で斬り伏せる。
これ、今は『サルガタナスの魔印』である程度、防げているのだろうが、俺との契約だけだと冥界の魂と混じり合うのが防ぎきれていないと見るのが正解だろうな。
ん? だとすると、アルはどうなんだ?
『サルガタナスの魔印』は身につけているとはいえ、俺との契約はない。
もしかして、結構危ない状態なんじゃないか。
アルを見る。今のところは平気そうだ。
しかし、それで安心する訳にはいかない。
俺は下っ腹に、グッと力を込めて、『サルガタナス』に向けて念話を発動する。
《おい、魔印でどれくらいコレに対抗できる? 》
《保って二時間、いや、一時間やもしれぬ……次第に波動が強く……なにっ……まさか……この波動は……》
《どうした? 何かあったか? 》
俺が質問を念話で飛ばすも、『サルガタナス』は《ぐぬぬ……》とか《まさか、バレたか……》とか一人で呟くばかりだ。
「この声……」
アステルが不安そうに耳を澄ませる。
「いえ、頭の中……直接、響いてくる? 」
《お、おい、駄本。念話、漏れてないか? 》
《む……。》
「今の声、聞こえましたか? 」
「う、うん。う、呻いたり、バレたとか……」
アステルとクーシャが確認しあっていた。
「ベルさん、聞こえましたか? 」
「な、何が? 」
「あ、頭の中に聞こえる、テ、テレパシーみたいな……」
「は? いや、俺には何も……」
と、誤魔化しておく。
「そうですか……あの骨の執事の方が使っていた念話かと思ったんですが……」
「そ、そう……」
「ええ、幻聴ですかね? 」
「いや、たまたま俺に聴こえなかっただけかも? ちょっと考え事に集中してたし……」
「考え事ですか? 」
「ああ、ヴァンパイア兵たちが苦しんでるだろ。
恐らくメーゼ側の魔法だと思う。
アルファのオドが今の一撃で枯渇寸前になるのはどうにもおかしい。
こうなったら、多少不審に思われても、アンデッドは全員、研究所に待避させるのがいいと思う」
「ちょっと、ベル!
それって私も……」
ああ、やっぱりか。アルはそういう反応になるよな。
「ああ、全員だ」
俺はきっぱりと言う。
アルが悔しそうな顔をした。
それから、アルファが大きな瞳をさらに見開いて、こちらを見ている。
なので、これはアルファにも言わなければならない。
「アルファ、お前もだ」
「ベル、ベルはどうするの?」
アルファの驚愕からの落胆という珍しい表情を眺めて、それでも許す訳にはいかないと俺は表情を引き締めた。
その途端にアルから、言葉が発せられる。
俺はなるべく不敵に見えるよう、ニヤリと笑う。
「アンデッド以外に魔法の影響はないみたいだからな。
───メーゼと決着つけてくるわ」
「え、で、でも……」
「そういう言葉はいらない。
アルとアルファで弱っている仲間を頼む」
そう言って、俺は『取り寄せ魔術』でアンデッドを研究所に送り込んでいく。
時折、『黄泉返り』が発動するヴァンパイア兵はアステルとクーシャに任せる。
そうして、最後のひと組になった時、アルはアステルとクーシャに頭を下げていた。
「ベルのこと、お願いします」
「はい、アルちゃんの分までちゃんと守りますから! 」
アステルがしっかりと請け負う。クーシャも無言で頷いていた。
それから、アルはじとっとした目で俺を見る。
「危なくなったら呼びなさいよ……」
「いや、危なくなったら逃げるよ……」
そう答えると、アルは少し考えていたが、やがて納得したように大きく頷いた。
俺は最後の組みを送り出そうとした、その瞬間、俺を呼び留める声がかかる。
「ウォアム殿! これはどういうことですか? 」
タイミング悪く近衛騎士であるヒラメノムが戻って来てしまったようだ。
「どういうこと、とは? 」
俺は多少、詰まりそうになりながらも、なんとか冷静に返せたとは、思う。
ヒラメノムはアンデッドのほとんどが消えるか、動けない状態にバラされるかしている状態を眺めながら問い掛けてきた。
「何をしておいでなのです? 」
少しトゲトゲしい感じがする。
「あの鐘の音だか、なんだか分からないが、火の魔術が打ち上がった後に聞こえた音がなんだか分かるか? 」
「ああ、あのラッパの……いえ、残念ながら……」
ラッパ? ヒラメノムにはラッパの音に聞こえたらしい。
「あれはメーゼ側からの魔法だ。
それもアンデッドを狂わせる効果がある」
「なんですって?
それにしても、数が合わないようですが……? 」
ヒラメノムはもう一度、辺りを見回す。
これは困った。死霊術士の俺が浄化したと言うのはさすがに無理があるし、アステルにやらせたといっても数が数だ。信じられないだろう。
そして、この考えている時間がヒラメノムにとって不信を招くのに充分な時間とも言える。
仕方がない。出たとこ勝負だ。
「避難させた……」
「避難? どこへ? 」
「遠い、遠いところ……かな……」
「どうやってですか?
森の出口はべッシュ殿の金十字騎士たちが固めています。メーゼの館を通って街というのも同様です。
まさか、南の山とは言わせませんよ」
どうやら、きっちり不信感を持たれたらしい。
後のことは後で考えよう。というかもう言い逃れできない気がする。
俺は宝晶石を『取り寄せ魔術』に使いながら答える。
「こうやってだよ」
目の前で消えていく、アルと残りのモンスターアンデッドたち。
ヒラメノムは目を丸くしている。
「───なん、ですか……どういう……いや、貴方はいったい……」
途方に暮れるヒラメノム。
理解が追いつかないってところなんだろう。
ただ、しっかりと手は剣の柄に添えられている。
アステルとクーシャは、忙しなく俺とヒラメノムを見守っていた。
「俺はヴェイル・ウォアム。
大魔導士、カーネル・ウォアムの孫で、国家公認死霊術士になる男だ。
今のは俺の秘中の秘とも言える魔術で、詳細は語れない。
ただ危険なものじゃない。
その点は信じてもらうしかない……」
ヒラメノムは詰めていた息を吐き出す。
それから、言葉を選ぶように語り出した。
「魔導士が魔術の詳細を語らないのは当たり前ですからね。
それはいいとしましょう。
ですが、どういうものかは、教えていただきますよ。
正直、自分では今の現象がなんなのか、皆目見当がつきません。
だとすると、見たものを見たままに王にご報告申し上げるしかなくなります。
そうなれば、ウォアム殿はもとより、カーネル様にもご迷惑がかかることになるでしょう。
どういうものか、それを聞かせていただいた上で、本当に危険がないと判断できるのであれば、王の決断を待たずともいいかと愚考します」
「あの、どういうことでしょうか?」
たまりかねたのか、アステルが手を小さく挙げて質問する。
「な、内容次第で、む、胸の内に納めておいてもいい、と? 」
確認したのはクーシャだ。
さすがにアステルもクーシャも俺の味方をしてくれているとはいえ、国と敵対したいとは思っていないだろう。
俺だって国と敵対したいとは思っていない。
「そう、だな……」
俺は『取り寄せ魔術』が物質転移魔術であると伝える。
「危険じゃない、ですか……。
ウォアム殿がどう認識されているかは知りませんが、現状、わたしの立場からすると、危険だと判断せざるを得ないですね。
少し考えただけで戦の有り様を一変させてしまう……。
申し訳ありませんが、拘束させていただきますよ。
なに、心配することはありません。
拘束といっても一時的なものですから……」
ヒラメノムはこちらが反論する隙を与えずに、装備から縄を取り出した。
瞬間、クーシャから剣気とでも言うのだろうか、存在感が増して、緊張が走る。
「ディープパープル殿。どういうことですか? 」
「ぼ、僕たちはメーゼと戦いにいく。
ベ、ベルくんはメーゼとの戦いに、ひ、必要だ。
それに、僕の友達を捕まえることは、許さない……」
クーシャはゆっくりと剣の柄を握る。
「私も!
私もベルさんを拘束することは反対です!
例えヒラメノムさんが一時的な拘束だと言っても、とても信じられるものではありません。
公権がどのようなものかは、分かっていますから……」
アステルは俺とヒラメノムの間に立ちはだかるように身体を入れてくる。
ヒラメノムは訝しげにアステルを見た。
「失礼ですが、貴女は神官冒険者ですよね?
そのような方に公権を語られても……」
そのバカにしたような言動はアステルに公権をバカにされた腹いせのように感じる。
だが、アステルも負けじとヒラメノムを睨みつけた。
「私は……アステル・ハロ。ルフロ・ハロ製紙魔導院のピルス・ハロは私の父に当たります」
すっとアステルが冷たい目をして、胸を張る。
「はっ? えっ? で、では、次期院長!? 」
「いいえ、私は国の奴隷になるつもりはありません。
祖父の代で王家に魔法の開示をしたばかりに、我が家の秘術は公権の名の元に広く世界に開かれる道を失いました。
祖父は製紙魔術を世界のために広く開示しようとしていたのに……。
国はそのための施策として製紙魔導院を作らせました。
ですが、そこで学ぶことができるのは王家に認められた者だけ。
結果として私たちは、国の政治に利用される奴隷となったのです。
私はベルさんを守ります。
私たちハロ家と同じ道は歩ませません。
それが、アルちゃんとの約束ですしね」
最後のひと言だけ、俺へと向けて、アステルは微笑んだ。
なるほど、俺は知識はあっても世情には疎いからな。
ルフロ・ハロ製紙魔導院は製紙魔術を伝える場であるが、同時に隠匿する場でもあったということか。
じゃあ、以前、俺の目の前で製紙魔術を使ったのも、アステル的にはあえてやっていたのかもしれないな。
「しかし……」
ヒラメノムは困ったように腕をだらりと下げた。
ジリ、とクーシャとアステルがヒラメノムとの間合いを詰める。
「わかりました。わかりました……黙っておきます。
ですが、この状況は隠しようがありませんからね。
後で他の者に聞かれても、自分にはどうしようもありませんよ……」
「ああ、メーゼ側の魔法の影響さえ排除できれば、元に戻せる。
あんたが黙っていてくれるなら、問題ないよ」
「つ、つまりこのことがバレたら、君の責任になる」
おおう、クーシャ、結構言うね。
「はっ……? ええと、これ、もしかして、自分もあなた方に協力しないといけないパターンですかね? 」
ヒラメノムは顔面蒼白でごちた。
俺たちは顔を見合わせて、それから全員でヒラメノムに悪い笑顔を見せるのだった。