老齢のメーゼ
「くそっ!こちらのアンデッドを前面に!
漏れ出たやつを潰せ!」
金十字騎士団長、エスカー・べッシュの号令で俺のアンデッド軍団が前に出る。
まあ、死んだら亡くなる人間に比べたら、アンデッドモンスター、さらにアンデッド人間の命が軽く見られるのは当たり前だ。
軽いどころか、生命はない。
もちろん、虎の子であるアル、アルファ、オル、ケル辺りは俺の護衛だ。
今のところはこちらが優勢。
なにしろ搦手がたくさんある。
サダラの戦いでひたすら武器の聖別化に勤しんでいた神官戦士団の手が空いたため、浄化の奇跡を表したり、ヴァンパイア兵より知能が低いアンデッドが多いので、宮廷魔導士部隊による紋章魔術が面白いように決まる。
俺はアンデッドたちの制御をするという建前で、今は従軍しているだけの状態だ。
敵の数がかなり多いが、戦闘で大きな問題は出ていない。
このまま行けば、あと数日ほどで『オドブル』の街が見えるだろう。
『オドブル』の街は壁に囲まれてはいるものの、城塞というほどではなく、『黄昏のメーゼ』の館に至っては、外の森と繋がるように建てられているため、陥落させるのは容易い。
問題は何人のメーゼがいて、それを捕えられるかどうか、だろう。
悲しいかな、メーゼが利用していた飛行アンデッドによる伝令は、全滅させているので、俺が再利用という訳にもいかない。
現状、メーゼは殲滅対象ではなく、捕縛対象のままだ。
オドブルを俺たちが立つ時、王都に『メーゼを殲滅対象』としてくれるよう上申書をエスカー・べッシュが伝令に持たせていたが、おそらく返事が届く頃にはどちらかの決着がついているだろう。
メーゼたちを殲滅した後か、捕縛部隊が全滅した後かは分からない。
今はやれるだけやって、危なくなったら俺たちだけでも逃げる腹積もりだ。
「死者を弔い埋葬せよ……」
撃退が終わり、神官戦士団の長が神官たちに命じる。
敵味方のアンデッドの区別はつけやすい。
戦闘終了時に隊列を素早く整えることができるのが味方で、所在なく動きまわるアンデッドは処理される。
殲滅したアンデッドの浄化とアンデッドによって殺された味方の弔い。
怪我の場合も浄化が必要になるので、時間が掛かる。
これがメーゼ側の時間稼ぎだと分かっていても、無視はできない。
エスカー・べッシュ、神官戦士団の長、宮廷魔導士の代表、近衛騎士の代表、超級冒険者クリムゾンと俺たち。
現状、この時間稼ぎがヤバいと理解しているのはこれだけだ。
すでに行軍はかなり急がせているし、強行軍にすると人の身が保たない。
焦らせるのも悪手だ。
今は敵のアンデッドが弱いのもあって、連戦連勝。
味方の士気が大いに上がっている。
この士気を下げたくないとは、エスカー・べッシュの談だ。
また、普段は騎士たちが盾になって、その間隙を他の者が担うという戦い方が主になっているため、アンデッドを盾役に使う戦い方を少しでも慣らしておきたいとも言っていた。
それはつまり、『オドブル』の街に入る時に決戦があるだろうとエスカー・べッシュは見ているということだ。
護りやすい場所ではないという話だったが、本拠地を攻められるとなれば、そういうこともあるかもしれない。
そう思っていたのだが、『オドブル』の街まで来た俺たちは拍子抜けだった。
敵はいない。どころか、人っ子ひとりいない。
初級と中級の冒険者も、お忍びで来ている貴族も、その貴族の別荘を管理している使用人も、兵士も商人も住人がいない。
炊事の煙が上がることもなく、かといって食事がそのままという訳でもない。
幾つか調べた限りでは、この街の人々は戸締まりをして出ていった形跡がある。
犬、猫、家畜の声だけが虚しく響く。
せめて状況をはっきりさせようと、冒険者たちが街に散らばり、金十字騎士団、神官戦士団、宮廷魔導士たちが『黄昏のメーゼ』の館を取り囲む。
近衛騎士たちと俺のアンデッド軍団は森に入り館の裏手を抑えにかかる。
俺たちはアンデッド軍団の制御兼、道案内として裏手組だ。
森の中では野生の? というか、メーゼの息がかかっていないアンデッドと遭遇するが、それは近衛騎士たちの『異門召魔術』が簡単に撃退していく。
「そろそろ、メーゼの館が見えます」
「うむ。三人一組で散開しつつ、包囲だ」
近衛騎士たちが散っていく。
ちなみに、ヒラメノム近衛騎士はまた俺にくっついている。
そして、代表近衛騎士も俺たちと一緒だ。
館が見える。
なぜか裏口に骨執事アランが待っていた。
《お待ちしておりました》
念話が聞こえる。同時に丁寧に頭を下げるのも見える。
だが、何を思ったか、ヒラメノムと代表近衛騎士は俺を庇うように前に出た。
「スケルトンの門番とはっ! お下がりを! 」
「ふん、今更アンデッドなどに臆する我らではないわ! 」
骨執事アランはそれに臆することなく、俺をその虚ろな目というか、孔に収めるように促す。
《主人がお会いになるそうです。こちらへ》
「ふっ! 逃げるか……」
代表近衛騎士が館へと向かう骨執事アランへ向けて言葉を放るので、俺は訂正することにした。
「いえ、主人のところまで案内するそうです」
と、言うか念話は俺だけに向けられたものだったようだ。
「分かるのか? 」
「ええ、そう言ってましたから」
「そ、そうか……」
代表近衛騎士は少したじろいだような表情をしていた。
まあ、念話は特殊な相手との対話でしか使わないから仕方ないかと思う。
「他の騎士たちも入れるか? 」
代表近衛騎士が俺に聞くので、「特にダメだとは言われてないですよね」と答えておく。
それを聞いて代表近衛騎士は俺のアンデッドたちを退路の確保に、近衛騎士の面々は館の捜索へと向かわせる。
俺たちは代表近衛騎士と一緒に、骨執事アランについていく。
館の中は表から入った騎士たちが忙しなく動いていた。
「証拠になりそうなものは洗いざらい持っていけ!
執事服のスケルトン以外は、全て浄化だ!
一体も残すな! 」
そんな声が響いている。
素直に負けを認めた、ということだろうか。
本当に?
そう思っていると、骨執事アランに案内されたのは小さな部屋だった。
いや、実際にはそれほど小さくないのかもしれないが、老婆のメーゼにエスカー・べッシュ、神官戦士団の長、その護衛兼捕縛要員として金十字騎士が五人、さらに俺たち、俺、アステル、クーシャ、ヒラメノム、代表近衛騎士とそのお付きが二人で合計十五名もいれば小さく感じてしまう。アルとアルファは部屋まで入って来ていない。
今、この部屋に居る者はメーゼと骨執事アラン以外、『点眼薬』を使用しているからだ。
全員に行き渡るほどの数はないので、代表クラスと一部の神官戦士だけだが、ある程度はメーゼ側のゴースト系に対する抑止力になると思う。
「……いいかげん、他のやつらを出せっ! 」
エスカー・べッシュが怒りも露わに机を、ダンっと叩く。
「そう言われても、黄昏のメーゼはわたくし唯一人。
ないものを、あると申されても、ないとしか答えられません」
「事は既に露見している!逮捕は免れぬぞ! 」
「ええ、ですから、連れて行けばいいではないですか。
このとおり、魔導書はお出しして、縄を打たれる覚悟もできておりますよ」
そう冷たい笑みを浮かべて言うメーゼだったが、その超然とした態度、いかにも奥の手がありますと言わんばかりの余裕に、騎士たちは手を出せないでいる。
「街の人々はどうした? 」
エスカー・べッシュは少しでもメーゼの超然とした態度を崩そうと質問を重ねている。
「それは騎士様たちの方がご存知なのでは……?」
「どういう意味だ! 」
「そのままの意味ですよ。街を護る、と騎士様たちを止めに向かった者をどうされたのですか?」
メーゼの態度は変わらない。冷たい笑みを張り付かせたままだ。
「なっ……まさか……」
エスカー・べッシュはソレに思い至ったのだろう。
自分たちが連戦連勝で浄化してきたアンデッドたちが何者だったのかということに。
確かに『神の試練』で湧く人型アンデッドは基本的にダンジョンで死に、忘れられた人々だと言われている。
そして、アンデッド型ダンジョンはそんな忘れられた人々の集積地なのではないかと、ある学者が唱えているのも知っている。
だから、アンデッド型ダンジョンには定期的にアンデッドが湧く、ダンジョンで命を落とす者がいるかぎり。
そんな『神の試練』産アンデッドが襲って来ているのだと、思っていたのだ。
数は確かに少し多かったかもしれないが、鎧も武器もないアンデッドなど、ダンジョンで仲間に看取られて死んだ冒険者なら当たり前だ。
それはアルの時で、よくよく学んだ。
だから、そのことにあまり違和感はなかった。
でも、確かに服装の汚れは少なかったかもしれない。
それらにしたって、多少の差異に過ぎない。
結果は同じだ。
アンデッド化していたなら、浄化対象だ。
確かにエスカー・べッシュを始めとして、話を聞いてしまった面々は、自分たちが倒し、浄化してきたアンデッドがこの街の全ての人々だったという事実に、憑き物に憑かれたような顔をしているが、死霊術士と敵対するというのは、そういうことだと再認識させられただけだ。
「くっ……貴様……っ! 」
エスカー・べッシュは激昴しそうになる言葉を何とか抑えて、「縄を打て」と部下に命じた。
金十字騎士たちが老婆のメーゼに縄をかけようとすると、メーゼの顔が歪んだ笑いに変わる。
「ククク……ようやく、ですか……」
ゴーストの一匹も見えないのに、縄をかけようとした金十字騎士が吹っ飛ばされる。
老婆のメーゼの顔が、いや、体型までもが、ぐにゃりと歪む。
「では、これにて時間稼ぎは終わりという訳ですな……」
その言葉はここにはいない誰かに向けた言葉のようだった。
そして、老婆のメーゼだと思っていた人物は姿形をすっかり変えていた。
「『斜陽』ハイン卿……」
誰からともなく名前が呟かれる。
「昔はそう呼ばれていましたな。今は『黄昏のメーゼ』、そうお呼びいただけますかな」
奴はそう名乗ると丁寧なお辞儀をする。
皆が唖然とする。
幻影なのか幻覚なのかは知らないが、老婆のメーゼだと思っていた人物が超級冒険者の『斜陽』で、そいつが『黄昏のメーゼ』だと名乗れば混乱くらいする。
俺は皆より少しだけ早く立ち直った。
メーゼが増えるということを実感として知っていたから、かな。
慌てて『異門召魔術・火』を用意する。
腰に着けてる魔術符用の箱をペったんする。
それに合わせたように、エスカー・べッシュも立ち直ったのか、叫ぶ。
「と、捕らえろ!」
弾かれたように騎士たちが動き出す。
だが、それは遅かった。
何しろ、いち早く立ち直った俺ですら間に合ってなかったのだ。全員が既に時遅かった。
「サイキックバーン! 」
部屋が狭く感じる程に人が居た中に放たれた、サンライズイエロー、いや、老齢のメーゼとでも言うべきか、そのそいつを中心に球状に力が放射される。
咄嗟に引き抜いた魔術符も、老齢のメーゼに向ける暇もなく、吹き飛ばされて天井から火柱を作って床を焼いて終わった。
あっぶね! 自分で自分を焼くところだった。
慌てて身体を避けたので、少し背中のローブが焦げたが、俺の被害は強打した尻とそれくらいだ。
酷いのは老齢のメーゼを捕らえるべく近づいた騎士たちだ。
近づいたことで反発が強かったのか、壁まで吹き飛ばされて呻いていた。
「メーゼに興味がお有りでしたら、裏手の森の奥、『隠された墳墓』までお越しを……。
では……。テレポーテーション 」
老齢のメーゼは指をパチリ、と鳴らして消えた。
「なっ……消え……。」
神官戦士のまとめ役が恐れ慄いた。
「く……。ウォアム殿、分かるか?」
エスカー・べッシュが老齢のメーゼが居た辺りを悔しげに睨んで立ち上がると、俺に『隠された墳墓』の場所を聞いた。
「いや……」
俺だって知らないのだ。探すしかない。