外伝。むっつのメーゼ
あまり明るいとは言えない執務室。
造りは書斎のように見えるだろう。
ただ、その大きさはかなり違う。
会議室ほどの大きさがあるし、抽斗の付いた七人掛けの円卓はそれぞれにランプが置かれ、そこに座る人物を照らしている。
だが、置かれているランプは五つしかない。
それは、ここに五人しかいないことを示している。
「従順になった兵は?」
老婆の姿をしたメーゼが聞く。
「今で二万といったところか……」
答えるのは壮年のメーゼだ。
「なんで先に動かれたのよ!」
少女のメーゼが不貞腐れたように口を尖らせる。
自分の失敗を棚に上げて、と言いたいところだが、ここにいるのは全員メーゼなのでそれを口にするものはいない。
メーゼというのは不思議な存在なのだ。
全てのメーゼは同一であると認識しつつも、それぞれが得意とすることも違うし、背負う過去も違う。
魔導書『ウリエル』を頭としたら、メーゼたちはその手足というべきかもしれない。
「随分と予想外が続く。と言ったところですかな?」
不敵に笑いを含ませて言うのは、この場において最も新参者と言える老齢のメーゼだ。
室内でも頑なに脱ごうとしないつば広の帽子を指先で押し上げるのが癖のようだ。
「ふあ……予想外というより、想定不足……」
眠そうに欠伸交じりに言うのは青年のメーゼだ。
「ふむ、超能力によるテレポート並の移動速度、コネがあるとはいえ、国に対する交渉力も想定を超えていた。
確かにそれらを想定しておくには凡庸、いや、非才に見受けられる容姿でしたな……」
老齢のメーゼは過去を視るように白髭をしごく。
彼がメーゼとなったのは、少女のメーゼが負けて逃げ帰ってからだ。
彼には『死霊術』も『魔導書』もなかったが、『超能力』と『神の奇跡』があった。
それは彼に帰属するもので、他者と共有できるものではないが、『ウリエル』が彼を必要としたらしい。
そのため、他のメーゼからは隔意を感じないでもないが、メーゼはメーゼだ。
身体の傷跡を自分で気に入らないと思うように、それを自分ではない。自分のものではない。とする程のものではない。
なので、老齢のメーゼが過去、『斜陽』と呼ばれていた時に考えていたことなど、ただそういう考えもあったか、という他人の意見にすぎない。
どちらにせよ、想定不足であるから、慰めにもならないが。
「それで、あと二人はどうするの?」
少女のメーゼは確認のように言う。
「もう時間はない。終末を始める頃合だ。
しかし、『ウリエル』が求めるほどの者がいるかどうか……」
壮年のメーゼがだらしなく円卓に肘をつく。
「いざとなれば、森の奥地を使います」
老婆のメーゼが言うのは、森の奥地にある遠い昔の死霊術師の墓を指している。
「いいの?」
「ソレを入れても、一人足りませんな……」
少女のメーゼは目を丸くしていたが、老齢のメーゼは新参者のため知識が足りていなかった。
それよりも、足りない最後のピースへと意識が向いたようだった。
「いや、俺が入るから、これでななつ揃ってるよ」
それは音もなく、そこに居た。
扉の開閉音は聞こえず、知らぬ間にランプに火が灯されている。
座っている。
「なっ……」
「お前、なに……?」
空席だったはずの隣席に突如として現れた、その男に壮年のメーゼは驚きを隠せず、少女のメーゼもまた素直に疑問を呈する。
見た目で言えば二十に届かない程度の若者。
中肉中背、特徴と言えば、特徴がないことだろうか。
美男子でも醜男でもない、平凡な顔立ち。
着ている服も一般的な庶民服で、通りですれ違ったところで五分と覚えていられないだろう。
だが、その座り姿はどことなく尊大で自信が窺える。
「ん〜、なにかと言えば……そだ、メーゼだよ」
「メーゼ?」
かなり厳しい眼で老婆のメーゼがその珍妙な来訪者へと問う。
「お前はメーゼじゃない!」
荒ぶった声を上げるのは少女のメーゼだ。
「いやいや、パスは繋がってるし、『ウリエルの書』はある。
ほら、メーゼでしょ!」
珍妙な来訪者は人差し指と親指を擦り合わせる。
その指先に炎が上がったかと思えば、それは一瞬で『ウリエルの書』へと変じた。
その途端、他のメーゼたちの中に、確かに新しい認識が生まれた。
同じくメーゼであるものは、メーゼを知る。
ある程度の意識の共有、これは『ウリエル』によって齎される感覚で、主に目的の刷り込みがされ、その余剰によって微弱なテレパシー紛いのこともできるのだが、それがこの来訪者から感じられる。
そして、『ウリエルの書』。
疑いようがなかった。
まるで生来からの双子であるかのような感覚がメーゼたちの中に刷り込まれる。
「うっ……そう、ついに終わりが訪れるのね……」
「そうそう。と、言っても終わりの始まり。
ここからが大変だけどね」
「生者が亡者に、亡者が生者に。
世界が裏返るのですな」
「うんうん。その通りだ。さあ、逆回しの世界にしてやろう!」
満足そうに来訪者は皆を見渡す。
彼らからのパスとこちらの偽装はちゃんと動いているようだ。
そう考えて、にんまり笑う。
「おお、低次元っぽい!久々だけど、まだやれるな」
それを聞くメーゼたちには、意味が分からなくとも偽装なるものが利いているのか、誰からも疑問の声は上がらなかった。