それなんて、ブーメラン。『成る』
結論から言おう。
……なんか、増えた。
「もが、やめっ……放せ……」
ゼリグレイガルム種のアンデッドであるオルの口から、おそらく第二世代らしきヴァンパイア兵が垂れ下がった状態でもがいていた。
「ほら、契約、契約♪」
アルが嬉しそうに俺の肩を押す。
うわー、こんなオッサンと契約するのか……。
と、俺は肩を落とす。
アルはウチのアンデッドたちに細かく指示を与えて回っていた。
その指示とは、勝てる以上の数を揃えてヴァンパイア兵を捕まえること。
それから、連携をすること。
ウチのアンデッドたちは『騒がしの森』での狩りの中で少なからず連携を磨いていたらしい。
俺の知らない情報だった。
「あのねぇ、ベルの自己犠牲で助かっても誰も喜ばないよ!」
「え、アル、それなんてブーメラン?」
「わ、私はベルが生き返らせてくれるから、自己犠牲じゃないもん!」
「ぼ、暴論ですね……」
アルの言いようにアステルがなんとも言えない表情をして、ぷるぷる震えていた。
まあ、それはそれとして……『オル』『ケル』による涎まみれヴァンパイアや、『オーガ』『大角魔熊』アンデッドにより再生できないギリギリまで潰された形容し難いヴァンパイア、ゴースト系憑依ヴァンパイア、身体の一部だけヴァンパイアなどが続々と俺の前に運ばれてくる。
俺は諦めて粛々と契約を進めていく。
ある程度まとまったら、反抗できないほどに体内オドを減少させたヴァンパイアたちと破損の酷いウチのアンデッドを纏めて研究所に送る。
血や髪の毛、肉片などを飲み込むのに躊躇いが薄れてきた自分を少々怖いと思いながらも、人間は慣れる生き物なのだと実感する。
そうこうしていると、俺たちが陣取っている城と塔を繋ぐ通路の屋根近辺まで、雄叫びが迫って来た。
「あ、こ、このままじゃ、余計な戦いになりそうだ、だね」
そう言ってクーシャは地上へと向かう。
俺は途中で辞めて、変な憂いを残す訳にもいかないので、契約を続ける。
一応、『取り寄せ魔術』は自重しておく。
暫くして、いつの間にか俺から離れていたアステルが、城から通路の屋上に出るところで大きな声を出す。
「お待ち下さい!
今、ヴァンパイアとモンスターアンデッドをまとめて静かにしているところです!
下手に近づくと呪われますよっ!」
「な、なにっ!だ、大丈夫なのか……?」
「ベルさ……ヴェイル様に任せておけば大丈夫です。
集中が乱れるとどんな事故が起きるか分かりませんから、こちらへ……」
思わず、ぼけーっと間抜け面を晒して、一部始終を確認していた俺だが、どうもアステルやクーシャが諸々を上手く誤魔化してくれているらしい。
持つべきものは『同志』と『友人』だな。
処理が終わり、アステル、クーシャと口裏合わせをしている最中、俺は呼び出しを受けた。
ちなみに城の中庭には契約を結んだ俺のアンデッドモンスターとヴァンパイア兵がごった煮状態でひしめいてた。
従軍している神官戦士団から『浄化』の打診があったが、俺たちの戦功で見逃してもらっている。
そんなアンデッドのごった煮を司令部代わりに使っている『シーザー・クルトの執務室』でエスカー・べッシュが眺めていた。
「あのモンスターアンデッドが『王兄様』が用意していた第二の矢だという話だが……」
「ええ、中庭に並んでいたので、『王兄』を消滅させた隙を突いて掌握しました」
ということにアステルがしてくれていた。
最初から俺の私兵で〈死兵〉です、と言うのは俺の外聞が悪い上、何故に秘匿していたかが問題になる可能性がある。
「あやつらの装備は見たか?」
「装備?ええ、どうも揃いの色ですよね……」
「うむ、それもそうだが、見た限り全ての装備が最新式で高級装備だ……」
「ああ、なるほど……」
それは知りませんでしたと答えるのをエスカー・べッシュに遮られる。
「おかしいと思わぬか……」
じとっとした目で俺を見ながら続ける。
「……位階が上と思われるヴァンパイア兵は生前のままの装備であったのに、モンスター共はヴァンパイアですらなく、雑多なアンデッドのくせに揃いの装備……さらに言うなら、あれほどの大軍をいつのまに用意したと思う?」
「……黄昏のメーゼが王兄様に言われて貸し与えたのでは……ないかと……」
く、苦しい言い訳だったか?
エスカー・べッシュの顔が直視できない。
「では、我々はメーゼの本拠地たるオドブルから、ここサダラまで、あれほどの大軍の移動を見逃したということになるのだが?」
淡々とエスカー・べッシュは言葉を連ねる。
これは、疑われている?
「黄昏のメーゼがそう分かりやすく軍隊規模の行動をとるとは思えません。
例えば、アンデッドならばオドブルから山越えさせてワゼン国側から移動させた可能性や、現地で少しずつ調達していたのかもしれません。
この城がまるごとメーゼ側に取り込まれていたのなら、中庭にアンデッドモンスターが集められていたとしても、騒ぐ者はいないでしょう」
隣の国に間諜が居ても、国の端っこの山まで見張っているとは思えないし、ダンジョンは都市の管轄だから、それなりの説明となった気がする。
「ふむ……正直、死霊術については不勉強でな……死霊術とは、アンデッドの本能を抑えこみ、そこまでのことができるのか……」
「メーゼならば、ある程度は……」
「確か黄昏のメーゼは一人ではないという話だったな」
「自分が確認しただけでメーゼと名乗る人物は四人おりました」
「まだ、このサダラ内にいると思うか?」
俺は少し考える。
アンデッドモンスターを用意したのが俺ではなく、黄昏のメーゼだと言い張ったことで、サダラ内にメーゼ潜伏説というべきものが生まれてしまった。
答えはもちろん、『否』だが、それらしい理由は必要だよな。
「……いいえ。もう居ないと思います。
理由は……」
理由は?そうだ。理由だよ。
この『サダラ』にいたのは、『王兄』と眷属のヴァンパイア兵、それからオンモラキとヴァンパイアラット……ヴァンパイアラットは『王兄』からの派生として、ポイントになるのは『オンモラキ』の存在だ。
おそらく『オンモラキ』は伝令だ。
メーゼがいないから、伝令を使っていた。
だとすれば、何の為に?
そうか、時間稼ぎだ。
「ここが捨て駒の時間稼ぎだからだと思います」
「ヴァンパイアほどの上級戦力を捨て駒だと?」
「王兄様は言動から見て黄昏のメーゼの調教は受けていないようでしたから、おそらくメーゼも王兄様の支配はしない方がいいという判断だったと思います」
「うむ……確かに王兄様は戦上手にあらせられた。
下手に思考の妨げを作らない方が良いという判断は納得できる。
我が王を怨みに思っていただろうし、放っておいても戦を起こすように動くのは自明の理だったということか……」
そう言ってエスカー・べッシュは小さく嘆息した。
それから、少し空気を変えるように呟く。
「まずいな……」
俺は肯いておく。
「時間稼ぎをされているということは、何らかの策があるということです」
「どのような策か分かるか?」
「俺はメーゼではないので分かりません。
ただ……」
「ただ?」
「俺も『黄昏のメーゼ』にならないか、と誘われたことがあります。
それから、人数を揃えると何かあるような口振りだったのを覚えています」
「黄昏のメーゼになる?」
「魔導書は触れるだけで呪いがかかるものもあります」
「すると、『成る』のか……」
俺は答えない。
「まるで、ヴァンパイアだな。
そして、人数を揃えるか……」
「選別していると見てもいいかもしれないです……」
「簡単には増えない、もしくは増やせないと?」
「おそらくは死霊術師を集めようとしているのだとは思いますが。
死霊術師しかなれないのか、それとも他のものでもなれるのかは、分かりません」
「ふぅ。何人いるかも分からぬ黄昏のメーゼと、アンデッドの大軍団が相手とは……正直、兵が足りぬな。
それで、アレは使えるのか?」
エスカー・べッシュが示すのは、俺のアンデッド軍団。
下手をすれば、「全部処分しろ」くらいは言われると思っていたのでありがたい。
「ええ、使えるとお……いえ、使います」
それぐらいなきゃ『黄昏のメーゼ』には勝てないというのが、俺の目算だ。
それから二日、俺たちは『黄昏のメーゼ』捕縛の任を果たすため、『オドブル』へと向かうのだった。