囚われの人々の救出……そうバカなんだよ
はたと気付けば、周囲は静寂に包まれていた。
「クーシャさん、怪我とか大丈夫ですか?」
「あ、う、うん、か、かすり傷だから……」
アステルとクーシャの会話がやけにはっきり聞こえた。
その声が聞こえると同時に、遠く街の周囲に攻め寄せる味方の喧騒が聞き取れる。
城の周囲は、静かだ。
と、遅れて騒ぎがあちこちから聞こえてくる。
「がぁぁああっ!」「ぐおぉぉおっ!」
俺たちが居る城の内部からの声だ。
俺たちはリザードマンデュラハンズとトウルを研究所に戻し、脱出のために『武威徹』へと戻る途中、ちらと喧騒が聞こえる方向へと目をやる。
ヴァンパイア兵同士が争っていた。
「えっ?ベル、どうなってるの?」
「おそらく、真祖である『王兄』が消えたから……じゃないか?」
「んん??」
アルの問いに答えてやると、アルは意味が分かんないという顔をする。
仕方がないので、もう少し詳しく説明するか。
「えーとだな。仮説というか、想像するとだな……『王兄』がこの『サダラの街』に来襲した時、真っ先に軍部の掌握から始めたはずなんだ。
まあ、まずは主将にして太守であるシーザー・クルト、それから主立った将は『王兄』から直接、血を吸われて吸血鬼化しているはずだ。
効率を考えれば、軍部の掌握はモタモタしていられないだろうから、『王兄』が何人かを吸血鬼化して、『子』を作る。
その『子』が数人ずつ『孫』を作る。
その『孫』が『曾孫』を……って感じで、軍部は掌握されているはずだ。
それで吸血鬼ってのは、基本的に『親』の命令に逆らえない。
でも、一番上の『親』である『王兄』を俺たちが消しただろ」
「ナ、ナンバーツー争いが起きてるってこと?」
「クーシャの言うことが近いと思う。
要は、ナンバーツーが沢山いて、指揮が瓦解、歯止めが効かなくなってるんだろうな」
人間だった頃の上下関係は邪魔にはなるが、協調性を育む一助とはならないだろう。
「あの、それだと今まで無事だったと思われる街の人たちは……」
アステルの言葉に俺は動きを止める。
バリッ!と音がして、俺たちのすぐ真下、『武威徹』が置いてある物見塔へと繋がる通路だろう木窓を突き破って、ヴァンパイア兵が飛び出してくる。
「ヤバいな……」
ヴァンパイア兵ではない。ヴァンパイア兵は近づくと同時にクーシャによって両断されて落ちていった。
ヤバいのは、まだ生きているであろう『街に囚われている人間たち』だ。
正直に言えば、見捨てたい。
『サダラ』の将兵が約八千、先の野戦陣地の攻防と今回の城攻め、まあ、城攻めと言っても都市外周の城壁攻めというのが本来だが、その戦闘で削った分と、今も城のあちこちで起きているらしい仲間割れでヴァンパイアの総数は減っている。
それでも、統率が取れず、生き血を自由に求められるようになったヴァンパイアは相当な数になるだろう。
そして、これを見逃してしまったら、公認死霊術師見習いという立場にがっつり響くのは、考えるまでもない。
はっきり言って危険が危ない。頭が頭痛な案件だ。
逃げても許されるのでは?と思わなくもない。たぶん、許されるだろう。公認死霊術師の名と術を捨てさせられて……。
「はぁ……やるか……」
ため息と共に腰から何枚もの『取り寄せ魔術』を抜く。
「お、内部撹乱?」
俺の動きを見て、アルがやる気を見せる。
「違うな……囚われの人々の救出……」
「さすがベルさんです!」
アステルは手放しに褒めてくれるし、クーシャもウンウンと頷いているが、簡単に言えば、俺のために二人を死地に留めるようなものだ。俺としては気が重い。
まあ、ダメそうなら逃げられるように準備はしっかりとな。
そう思いつつ、『武威徹』はすぐに動かせるようにしておく。
「と、とりあえず、どう動くの?」
「動かないよ。研究所に待機させてるモンスター戦力をひたすらここから送り込む……」
クーシャの質問に答えつつ、『取り寄せ魔術』でアンデッドモンスターたちを次々に呼ぶ。
ゾンビ、スケルトン、オーブ、グール、レイス、スカルコマンダー、キョンシー、シャドウ、ファントム、スケルトンブラッド……ベースがモンスターの奴だけにしておく。
人間ベースのアンデッドは呼ばない。
なるべく隙は見せるべきじゃないからな。
呼び出したアンデッドに命令を与えていく。
この街中にいるアルとアルファ以外のヴァンパイアを全て殲滅しろ、というものだ。
街中以外に逃げたら、さすがにそれは追う必要なし、とした。
これ、外からはどう見えてるんだろうな……。
城の屋根が時折、魔法陣の光に包まれたと思うと、ゴブリン、オーク、オーガ、魔獣系モンスターがずらり……しかもご丁寧に全員がお揃いの緑色の鎧を身につけ、零れ溢れるように街中へと散って行く……ぶるり、背筋が震える。
だ、大丈夫だよな……いや、今は正直、悪の死霊術師にしか見えないけれど、結果的には人助けで、ヴァンパイアの殲滅だ。
大丈夫なはず。だよね。だといいなぁ……。
アンデッドは基本的に静かだ。
それはウチのモンスターアンデッドもそうだし、ヴァンパイアたちもそうだ。
なので、兵士の怒号や雄叫びが近づいているというのは、人間側が城壁を突破して要塞都市内に突入しているからだろう。
命令系統が崩れて、防御が脆くなったためだとすると、俺たちの仕事が功を奏したことになる。
問題は、命令を下す者が細分化されて全体の意思統一がされなくなったヴァンパイアがどう動くことになるのかということで、そこまでは金十字騎士団長エスカー・べッシュも神官戦士団のまとめ役も判断できなかった訳だ。
まあ、これに関しては俺も理解の外だったから、仕方がない。
腹を空かせているヴァンパイア共が命令をなくした瞬間、どうなるのか?
少し考えれば分かったはずなのにな。ちくせう……。
今回の殲滅戦、ホントに損しかない。
多くのモンスターアンデッドたちは消滅するだろう。
ある意味、俺の切り札だ。
対メーゼの時に使うことになるだろうと思っていただけに、ここで使わされたのは痛い。
下を眺める。
ウチのゴブリングールがヴァンパイア兵と戦っている。
ゴブリングール五匹対ヴァンパイア兵一匹でどうにか互角のようだ。
完全に潰し合いだ。
腕を噛み千切り、顔面を掻き毟り、剣で、斧で、持てる全てで潰し合う。
どちらの再生力が先になくなるかのチキンレース。
時間が掛かるかもしれない……。
それは『黄昏のメーゼ』に時間を与えるということだ。
厳しいことになりそうだと、俺は胸の中のモヤモヤを吐き出した。
「なに、ため息ついてんの?」
「自分の準備不足を嘆いて……かな……」
アルが分からないという顔をしているので、補足しておく。
「アンデッド同士は潰し合いって話、したことなかったっけ?」
「ああ、お互いに死なないから、千日手がぁとか言ってたよね」
「ああ、メーゼの捕縛でウチの戦力を出すかな、と思ってたんだけどな。
計算が狂った……」
「なるほどー」
アルはポンと手を打つ。と思うとそのままふらふらと動き出すので、慌てて止める。
「いやいや、アル。どこ行くつもりだよ」
「確か私って、皆に対してベルと同等の命令権を設定してあるって言ってたよね?」
アルの言う『みんな』とは当然、ウチのアンデッドたちだ。
もしもの話だ。
もしも俺が志半ばで倒れるようなことがあったとしたら……。
そういう時のために、アル、アルファ、アステルの順番で命令権を与えている。
中でも、アルは俺と同等の命令権がある。
いつもの俺の情けないやつだ。
「あ、あるけど……」
つい、口篭るように答えてしまう。
「うん、じゃあ、パッと行ってくる!」
「いや、意味分かんないぞ?馬鹿なの?」
「そう、バカなんだよ……」
てへへ、と笑ってアルの実体が消えていく。
俺が掴んでいたアルの腕も、するりと滑り落ちるようにして、俺の手は空を切る。
「おい、アル!アルっ!」
姿は見えない。なんとなくだが、存在は感じる。その存在が離れていくのも。
俺は言いようのない不安に苛まれて、叫ぶ。
「アルファ、アルを、アルを頼む!」
アルファが狼の首を首肯させ、宙を舞った。