忘れた!配下にしてやろう
「でりゃあああっ!」
アルが叫び、ヴァンパイア兵は為す術なく胸から腹にかけて痛烈な斬撃を……って、おいおい。
「アル!魔導具、起動しろ!」
「ん、あ、そか……」
アルの剣は、俺作の魔導具が組み込まれているのもあって、『聖別武器化』していない。
例え、刀身部分だけだとしても、手入れも出来なくなってしまうのでは困る。
だから、『聖別武器化』は無くていいのだが、対アンデッドには魔導具の起動が必要なのだ。
アルはヴァンパイア兵の剣と押し合いの途中、バッと振り返って投げるように言う。
「魔石、忘れた!」
俺はそれを聞いて、「ええっ!」と目を見張る傍ら、アルに向けてヴァンパイア兵が銛状の舌を突き出すのを見て、ビクリとする。
「うし……」「ぽるた!」
舌が、グキっと曲がる。
俺が「うしろ!」と声を掛けるまでもなかったようだ。
「ベル、魔石!」
俺は慌てて持っている背負い袋を降ろして、中を探る。
そんなことをしている間に『ディープパープル』は一体のヴァンパイア兵を細切れにしていた。
クーシャの剣は『聖別武器化』してある。
細切れにされたヴァンパイア兵は残りのオドが枯渇するまで、肉片として蠢いて終わりだろう。
まあ、相変わらず返り血を浴びまくって、今じゃ黒血塗れという様相だが……。
「ヌヌッ……クーシャに負けちゃう!
ベル!早く!」
はい?いつの間にかどっちが早く『王兄』に辿り着けるか、とか始まってんの?
「ごめん、ベルくん、別の剣を!」
ヴァンパイア兵の黒い血は普通よりもぬめるということだろうか。
どちらにせよ、オーダーをこなさねば!
俺は魔導具用の魔石を拾いつつ、反対の手で腰から『取り寄せ魔術』を抜く。
「アル!これを使え!」
片手でアルに宝晶石を投げ、反対の手で魔法陣を開く。
さらにクズ魔晶石で、クーシャの剣を取り寄せ。
一番手近にある剣を取って、軽く放る。
「クーシャ!」
ありがとうと発声しながら、左手の剣を二体目のヴァンパイア兵の喉に刺しおいて、右手はマントでゴシゴシと拭ってから、剣をキャッチ、と同時に袈裟斬りでヴァンパイア兵はふたつになった。
斬られた箇所はぶすぶすと煙を上げるも、浄化されているため、再生も回復も適わない。
ただ、クーシャは盛大に返り血を浴びていた。
トレードマークの白マントと白装備はもう拭いきれない黒が染みついている気がする。
「よし!いっくぞー!」
アルが剣の柄部分に魔石をセットする、と同時に剣身を覆うように炎が吹き出す。
使っている機構は魔導コンロの派生なので、ごく簡単だ。
だが、威力は宝晶石のオドなので段違いに強力だ。
『肉を焼く』を通り越して、『炭化させる』までいく。
アルの剣技は、両断までいかないが、斬りつけるたび、ブズブズ……と嫌な音を上げる。
そして、炭化した部分に黒い血がまとわりつき再生していくのだが、どう考えても普通より遅い。
棒人間に見えるくらい削られた『王兄』はすでに元通りになりつつあるのに、ヴァンパイア兵の炭化からの再生は遅々として進まない。
まあ、オドの保有量の違いだろう。
「ぬおおおお……ぽるた!」
アルが相手の首の半ばまで食い込ませた剣が、動きが鈍くなるからという理由で、ポルターガイスト能力を使って頭を爆散させるという暴挙に出る。
「アルっ!体内オドをホイホイ使うなっ!」
俺は怒鳴る。
アルファの使い方を見れば、そこまででもないように見えるが、アルは身体全体に皮膜のようにポルターガイスト能力を纏っていたりするらしいし、力の加減ができないらしいので、アルの体内オドについては俺が気を配らなければならない。
「だって、クーシャに負けちゃう!」
「赤ひとつが超級と張り合うなっ!アホかっ!」
「ぐぬぬ……アホって……いうな!」
言いながらアルは二体目のヴァンパイア兵の胸に剣を突き刺し、手元のグリップを捻る。
俺が遊びでつけた火力調節機構だ。
一番弱い火力だと肉とか焼くのに丁度いいくらいだが、アルは最大火力側におもいっきり捻った。
ごばんっ!
内側からヴァンパイア兵の身体が砕け散る。
うわ……一撃で宝晶石のオド、使いきりやがった……。
「大事に使えやー!」
「魔導具だと不利だからしょーがないでしょ!」
「ぐ……ぐぬぬ……あほー!」
俺は叫びながら、次の宝晶石をアルに向かって投げる。
アルがこれ以上ポルターガイスト能力を乱発するくらいなら、俺が甘んじて宝晶石を渡すことを理解しているのだ、このアホは……。
値段というよりも、貴重なリソースである魔石、しかも等級的には上から二番目の宝晶石が一撃で使い捨てされていく。
あ、三体目のヴァンパイア兵の腕一本でも、捻るのね……。
仕方がないので、次の宝晶石を放る。
「はっはー!なかなかの威力!さぞや名工の手によるものに違いない!」
感心したように頷く『王兄』はすっかり身体が元通り……どころか、下半身が巨大な狼になっていた。
「うぇ……挿絵と違う……」
『アンデッド図鑑』の『ウピエル』の項の挿絵にあるのは普通の狼の背中から人間の上半身が生えているという、なかなかにインパクトのある挿絵だが、今、俺の目に見えている『王兄』は水牛くらいの大きさの狼の背中から人間の上半身がひょっこり生えているような状態た。
普通の狼なら、背中から人間の上半身が生えていたら成人男性より頭ひとつかふたつくらい全高が低くなる。
だが、『王兄』の狼は水牛くらいの大きさがある。
さすがにガルム種ほどの大きさはないが、それでも全高は成人男性より頭ひとつかふたつ、下手をすればもっと大きい。
「はん……お前は文官タイプのようだな……あの空飛ぶ円盤やら魔術知識もありそうだ……配下にしてやろう」
ビシッと『王兄』に指を突きつけられた。
はあっ!?
何故か『王兄』に俺が狙われた。
「ふざけないで!ベルは死霊術士なんだからね!配下になるのはあんたの方よ!」
アルが俺の意思とは関係なく、条件反射かと疑うような高速で反論する。
一方の『王兄』は俺を値踏みするような視線を向けてくる。
そろそろアルもクーシャもヴァンパイア兵を平らげて『王兄』に届きそうだ。
にも関わらず、『王兄』の余裕の態度は崩れない。
「ほう……死霊術士だと?
あのメーゼ共すら、余にひれ伏したというのに、魔術と死霊術、どっちつかずの男に余を御せると?」
「王兄が配下とか、そんなめんどくさいのヤだよ!」
「ふっ……言うではないか。では……」
そこまで言った時、クーシャが『王兄』に飛びかかる。
それは超級冒険者と呼ばれるに値するだけの静寂な、何よりも速い一撃だった。
相手の話している呼吸の間を捉えた、そこに繰り出された一撃は俺から見ても完璧だったように見えた。
しかし、『王兄』は少し不格好に長く伸びた腕を使って、クーシャを確実に捉え、その頭を鷲掴みにしていた。
そのせいで、クーシャの一撃は力のないものになり、毛筋ひとつの傷にもならなかった。
「あ、クーシャ!」
三体目のヴァンパイア兵をようやく仕留めたアルがクーシャの惨状に声を上げる。
「ベル!」「アル!」
お互いに声を掛け合った時には魔石がアルに渡っている。
アルは素早く魔石を入れ替えて、『王兄』へと向かう。
俺は同時に魔術符を抜いた。
一瞬のアイコンタクト。
何故かこういう時、アルが俺に向ける信頼は絶大だ。
俺はまるで祈るかのように、自然と【ロマンサーテスタメント】を服ごしに抑える。
頭の中で響く声、二重写しのような白い空間、でも、そんなものは意識の外に追い出す。
必要なのは、俺の意識だけが加速している状態。
『王兄』は不死身だと錯覚しているからか、こちらに視線をやることもない。
ゆっくりと動く状況をくまなく確認しながら、俺はアルが『王兄』を惹きつけるその瞬間を待つ。
ん?少しだけ『王兄』が動いた。
ほんの僅かな違和感に俺は間違い探しをやっているような気分になる。
『王兄』の下半身の狼だ。
俺の魔術符を握る手が動くのを見据えながら、笑いやがった……。
ある種、確信してしまった。
アルの陽動によって、クーシャを掴む腕に魔術符の『炎』を当てて助け出すのは、恐らく失敗する。
もう一手、何か欲しい。
アルの攻撃を『王兄』は硬質化させた腕でいなす。
それでも、アルは魔導具の火力を最大にしている。
最大の攻撃を陽動に。これは正しい。
『王兄』の上半身の意識がアルに向かっている最中、俺は魔術符を破く。
待っていたとばかりに下半身のデカい狼が咆哮を放った。
ヴォオンッ!
それはどうやら空気の塊を飛ばしていたらしい。
威力は俺の魔術符より少し上のようで、『炎』を消し飛ばして、余波がこちらまで来る。
「アルファ!クーシャを!」
俺は咄嗟に叫ぶ。
俺の言葉にアルファがポルターガイスト能力を飛ばす。
『王兄』の腕が弾かれたように動き、クーシャが投げ出される。
床に落ちたクーシャは頭を振って、痛みを堪えていた。
「なるほど……どのような手を見せてくれるのかと思えば、そこな霊体にもそのような手があるか……」
「こんのっ!無視するなっ!」
アルの攻撃をまるで無意識で防いでいるように『王兄』は目線を向けることなく、いなしている。
と思えば、内実は簡単だ。
また、下半身の狼だ。
一度、気付いてしまえば分かる。
『王兄』は上半身と下半身、合計四つの瞳でこちらを確認しているのだ。
なまじ上半身が人間形態だから、人間と同じように考えてしまいがちだが、そこはモンスターだということなのだろう。
どうでもいいが、アルの攻撃に魔導具の力が反映されてない……いや、どうでもよくない!
宝晶石がオド切れしてるじゃないか。
アルめ、集中しすぎで周りが見えてないな。
アルに宝晶石を投げつけながら、クーシャを確認する。
クーシャは立ち上がって、果敢に向かって行く。
俺は一度下がらせたリザードマンデュラハン・ナイトを全滅覚悟で物量作戦に出るか、俺の護衛がアステルだけになる危険を冒してアルファのポルターガイスト能力〈こちらはアルと違って消費が少ない〉で攻めるか、迷う。
と、どこからか獣の雄叫びのような声が聞こえる。
「……ガシュゥゥッシィィィィィ……」
どんどん近づいてくる、その半ば狂気を孕んだ声が俺に見える位置まで来たので、素早く指示を出す。
「トウル。その溶けかけのヴァンパイアはポイしてよし!
そのまま、あっちのアルとクーシャに合力しろ!」
全身から既に赤黒いオーラを立ち昇らせつつ〈落ちた時に使ったんだろう……〉、そのオーラに当てられたのか半ばまで溶け爛れた状態で爆走する脳筋にしがみつくヴァンパイア兵を連れて来たトウルに見えるよう、部屋の外から奥を指さす。
「メイノママニィィーッ!」
今にもオド切れしそうなヴァンパイア兵をポイ捨てして、エインヘリアルにしてベルセルクなトウルが俺たちの頭上を飛び越えて、部屋の中心にあるでかい円卓へ、盛大にダイブした。
うわっ……痛そう……。
中心から真っ二つにぶち割れる円卓、驚きに全員の動きが止まる。
どうやらあの脳筋、目測を誤ったらしい。
円卓にぶつかる時、どう見ても着地態勢をとろうとする途中だった。
動きが止まった中でもトウルを除けば、一番回復が遅かったのが『王兄』だ。
まあ、出てきたと同時に自爆したから、「なんだこりゃ?」となるのは当然だ。
いち早く正気を取り戻したのはアルとクーシャだ。
まるで計ったかのような左右同時攻撃に反応が遅れた『王兄』は、いなすのではなく、受けてしまう。
受けは悪手だ。
どれだけ腕を硬化させていようと、クーシャには『聖別化』が、アルには『魔導具』がある。
クーシャからは大きく肉を抉られ、アルは止められた瞬間、『魔導具』の火力を最大にする。
ズボムッ!
その爆発するような瞬間最大火力に焼かれ、『王兄』は大きく体内オドを減じているはずだ。
「ナイス、トール!」
「ハッ!」
うん、別に円卓に突っ込んだところで問題ないらしい。
トウルがアルの言葉に元気よく飛び出していく。
トウル、アル、クーシャ、三人の連携は問題なく動いている。
日頃からの鍛錬の賜物だな。
まあ、俺は関知も関与もしてないが……。
俺は時たまアルに魔石を放るくらいで、後は三人が終始有利に進めていく。
『王兄』にとっては誤算だろう。
少数精鋭による奇襲攻撃をされたところで、人間相手に負けるとは思ってなかったはずだ。
だからこそ、城内で迎え撃ち、僅かの供の者で待ち構えたのだ。
だが、『王兄』の誤算は、俺を侮って殺しに来なかったことと、相手に同じ上級アンデッドが二体もいることだろう。
もちろん、リザードマンデュラハンズの功績も大きい。
四人の冒険者パーティーと見せかけて、突っ込んで来るのは軍隊並に統率が取れた部隊規模の者達だ。
ご愁傷さまと言っておこう。
「ぐぬおぉぉぉっ!」ヴォオン!
次第に劣勢になるのが分かったのだろう『王兄』が腕をむちゃくちゃに振り回し、下半身の狼も空気弾の咆哮を放つ。
リザードマンデュラハン・ナイトたちがキングの指示で俺の前に盾を並べる。
まとめて二、三匹づつ吹き飛ぶが、しっかり盾で受けているので体内オドの消費はそれ程でもないだろう。
「くそっ!くそっ!クソがぁぁああっ!
余を誰だと思うておるか!
正統なる王位継承者ぞ!」
「いや、アンデッドだから。モンスターだから」
騒ぐ『王兄』を冷静に捌きながらアルが言う。
まあ、アンデッドは人間じゃない。それを一番実感しているのはアルだろう。
そうして『王兄』の悪足掻きは意外な方向へと進む。
アルが避けた空気弾が壁に大穴を開けたのだ。
「まずいっ!」
クーシャが気付いて、回り込もうとするが、時既に遅く、『王兄』が強引に大穴から脱出してしまったのだ。
壁を飛び出し、『武威徹』の置いてある屋上通路の方に出てしまう。
「やべぇ、武威徹を壊されたら戻れなくなる……」
「ご主人様、行かせて下さい!」
俺の呟きにアルファが反応した。
「任せる!武威徹を守ってくれ!」
「はい!」
そう答えてアルファは実体化する。
実体化したアルファは巨大な狼型モンスターガルム種へと変化する。
「アルファちゃん、乗せて!」
黒毛の巨大なガルムにアルが跨る。
奇しくも『王兄』と似たような形だ。
アルアルファが『王兄』を追って大穴から飛び出していく。
「おのれっ!まだそのような手を隠しておったか!」
「アルファちゃんの強さを見抜けないとか、脳みそ腐ってるんじゃないの?」
アルが『王兄』を挑発する。
「ほざけ!」ヴォオンッ!
見事に挑発に引っかかって、アルアルファへと向き直り、空気弾を放つも、アルファは空中を足場とするように避ける。
なるほど、ポルターガイスト能力で足場を作ってるのか、と感心する俺。
「なっ!」
そのまま肉薄、アルの剣が振るわれるが、ギリギリで避けられてしまう。
だが、そうして『王兄』の意識がアルアルファへと向かうのを待っていたのが、クーシャだった。
クーシャは俺たちと一緒に壁の大穴から見ていたのだが───
「オーラブレード!」
オーラの刃を飛ばす技。
剣閃一撃 、『王兄』の下半身、狼の左前足を見事に切断した。
しかも、このオーラブレード、たぶん聖別されている上に魔導具と同じような効果も出ている。
再生が始まらないどころか、『王兄』の黒い血の流出が止まらない。
さらに、まるで身体が土くれになったのかという風にポロポロと崩れていく。
『王兄』は足の一本を失って、つんのめった。
「は?なんだありゃ!?」
その光景に驚いて声を上げたのは、誰あろう、俺だった。
空中に足場を作って動きを止めている、実体化してるとガルム種なアルファ。
そのアルファの毛が逆立つ。
さらにどこからか、『ヴゥゥーン……』と音がする。
あ、もしかして、『王兄』の下半身を真似て空気弾を飛ばそうとしている?
ガルム種は狼より太めの足、角があるなど、差異はあるが、パッと見だとデカい狼だ。
『王兄』の下半身は狼だが、吸血鬼の擬態とも言える。
そういう意味ではアルファも吸血鬼なので、同じことが出来ても不思議ではない。
VOOON!!
空気弾?いや、空気弾の中で小さな雷が荒れ狂っている。
その雷霆弾とも呼べるソレは、『王兄』に当たった瞬間、眩く白を吐き出した。
視界の全てが白く塗り替えられる。そう思うのも一瞬で、でも、その一瞬で『王兄』は全身が真っ黒な炭になっていた。
「ま……さ……か……」
その三文字で『王兄』は限界だった。
動かした顎がポロリと落ちた。いやいやするように伸ばされた腕が、ボソッと落ちた。
それを契機とするように、全身が崩れて灰になっていく。
恨みがましい目玉だけが焼けずに落ちた。
アルファがふたつの目玉を拾って戻ってくる。
これ、置いといたら『王兄』復活とか……ありそうだな。
アルファが舌を出して、涎を垂らした。
「欲しいのか?」
無言のまま、でもほんの微かにアルファが首肯する。
どうなんだコレ……。
そんな俺の微かな迷いの間に、目玉はアルファの涎でベチョベチョになった。
「あ〜……食ってよし」
まあ何とかなるだろう……と根拠の無い思考を経て、俺はそう言った。
美味そうに食べるね、君……。