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罠。頭を取る。


そこは戦場だった。

いや、確かに戦場に来ているのだから、目の前で戦闘が行われているのが当たり前だが、俺は陣地の中心部に配置されていて、さっきまで後方で紋章魔術描きとかしていたから、正直、面食らった。


剣と剣がぶつかり、怒号や雄叫びが行き交う。

目の前では薄く広く展開した金十字騎士たちとその一点突破を狙うサダラ兵の格好をしたアンデッドたちが激突している、その最中に顔を出した形になってしまったのだ。


あ、見つかった。

俺がそう思うと同時に、ヒラメノムが手で制してくる。


「お下がりを……」


だが、俺を見つけた奴は、嘲笑うように舌舐めずりをした。

その舌は異様に長く、腹まで届きそうなほどで、先端は銛のように返しがついている。


なんだっけな……『アンデッド図鑑』の分類は『吸血鬼種』で『実体型』のはず、確か『吸血』以外にもヤバい能力が……。


俺が記憶のページを捲っていると、そいつは隊列を離れてこちらに向かってきやがった。


俺はゆっくり後退、ヒラメノムが剣を抜く。

だが、待て!なんで隊列をふたつに割るように後から後からついてくる!?

しかも、騎士たちと戦っている方は見た目で言ったらサダラ兵だが、俺に向かってくる一団はだらりと伸ばした舌の先端を膨らませて、モンスター全開な形相で迫ってくる。


「あっちとこっちで敵の形相、違くね?」


いつでも、ぺったんできるように身構える俺の前にアルとアステルが並ぶ。


「美味しそうに見えてるとかじゃないの?」


アルがチラと俺の腹を見た。

え?そういうこと?

吸血鬼的にそう見えるの?脂がのっているとか、そういう認識?


愕然としつつも、目はこちらに迫る敵兵がいないかと、周囲を窺う。

ヒラメノムはさすが近衛騎士をやっているだけあって動きに澱みがない。

だが、対人戦の訓練が中心だからだろうか、一撃入れたらそれで相手が動けないだろうとたかを括って、危うくなったところをアルにフォローされていた。


アンデッドに痛いという感覚はなくても、傷付いた、オドの消失が起こったという感覚は不快なモノとして伝わるらしい。

中でも『聖水』『聖塩』『聖別武器によるダメージ』は、痛みがないはずのアンデッドに生前の痛みを思い出させる効果がある。


だから、ヒラメノムの『聖別武器』で傷付けられたサダラ兵は怯む。

怯んだことで、ヒラメノムは無力化したという判断を下す。

だが、アンデッドは死ねないからこそアンデッドなのだ。

時間をかければ『聖別武器』で傷付けられたアンデッドは傷を修復するために活動エネルギーであるオドを消費し続けて、それでも修復しない傷を抱えたまま、いつかは動かなくなる。

しかし、目の前にオドの供給元があるなら、本能的にそちらを優先する。

そうなると、ヒラメノムは致命的な隙を晒す結果になるのだ。


これは、他の近衛騎士たちも同じことが言える。

逆に冒険者や金十字騎士たちは普段、モンスターを相手にすることが多いため、その辺りは慎重だ。

息の根を止めるまで安心なんかできないからな。


アルはクーシャやトウル、アルファなんかと特訓したからだろうか。

目を見張るような活躍をしている。

アルの剣は俺お手製二代目『炎の剣』だ。

柄に魔石を嵌めて、刀身から魔術の炎が吹き出すという武器なので、アンデッドにも効果はバッチリだ。


動きだけ見てるとクーシャの劣化版みたいなのと、アルが本来使う豪快な剣技が交じり、踊る大角魔熊みたいだ。

ショルダータックルを食らわせて、吹き飛んだところにステップイン、斬り上げから横薙ぎを回転するように繋げ、最後に蹴り飛ばす。

常に相手の先手、先手でずっと俺のターンみたいな激しい戦闘だ。

アンデッドは息切れなんかないから、使いこなすと凄いことになってるな。


アステルはいつもの専守防衛だが、ずっと聖句を唱えている。

身体を薄い光のヴェールみたいなものが覆っていて、もしかして自分の肉体を『聖別武器』として扱っているのかもしれない。


俺は頼もしい前衛に守られながら、三人が抑えきれないで抜けて来そうなサダラ兵に『火』の異門召魔術をぶつける簡単なお仕事担当だ。

一匹、俺が戦況を見るのに追われて見逃し、近くまで迫った奴もいたが、そいつは相変わらず精度、威力、共にバツグンのアルファのポルターガイスト能力で、肉片を撒き散らして動かなくなった。


「後退!こうたーい!

支えきれん!一度、下がるんだ!」


金十字騎士団の指揮を取っている隊長格が、後退を指示する。


「突っ込め!陣内をずたずたにしてやれ!

フォート様に我らの勇猛さをお見せするのだ!」


馬に乗ったサダラの隊長らしき奴が叫んだ。

その指示に従って、サダラ兵たちは陣内になだれ込んでいく。


ちくせう……サダラの隊長め!

こっちに来てる兵士もちゃんと連れて行けや!

統制取れてないの、逆に迷惑なんだけど!


暫くして、陣内から巨大な『竜巻』が巻き起こる。

変に捻れたりせず、天に向かって真っ直ぐ立つ『竜巻』は宮廷魔導士の腕が優れていることの証だな。

一応、上空を注視する。

戦っている前衛組はそれどころじゃないからな。


あ、来てる。来てる。来てる。来てる。


「上空注意!巻き上げられた敵が降ってくるぞ!」


一匹、こちらの方に落ちてくるやつがいる。

少し立派な甲冑はさっきの隊長か。

と、落ちて潰れたトメイトの実みたいになる予定だった隊長だが、空中で巨大な蝙蝠に『変身』して『サダラ』の方へ滑空していくのだった。


あ、そうだ!『変身』能力があったな。

それにしても、あの『竜巻』に晒されて、まだ『変身』する余裕があるのか。

あ、失速した。


よろよろと空中でもがいたかと思うと、失速して落ちた。

やはりオドの相殺は有効だったか。


俺を狙う奴らも、さすがに巨大な『竜巻』を見て、危険を感じたのか、波が引くように下がっていった。


金十字騎士の隊長格らしき奴が残敵掃討しながら、こちらへと近づいて来る。


「大丈夫か?」


「問題ない。そちらの団長殿から陣後方への罠の設置を頼まれてな、うっかり足を延ばしたら作戦行動中の貴隊側面に出てしまった。

そちらに問題は?」


「ああ、大丈夫だ。しかし、これを見ると確かに相手がモンスターだと実感するな……」


ヒラメノムが相手をしてくれていたが、アンデッドの話となると俺が出るべきだろう。

金十字騎士は舌を伸ばしたまま首を斬られた頭を見て嘆息する。

まあ、無理もない。

『聖別武器』での戦闘はアンデッドの頭と四肢を落として、動けなくするのが基本だ。

アンデッドが内包しているオドは上級に上がる程、多くなる。

それは動きが止めにくくなるということだ。


ゾンビなら『聖別武器』で首を落とした段階でオドが枯渇する可能性が高いが、中級アンデッドとなるグールなどは、首だけでは足りない。

まあ、オドが枯渇寸前のグールなんかは首で事足りるかもしれないが。


「あ、頭だけでも動くから気を付けて!」


「おっと……そうなのか……」


そうなのだ。つまりサダラ兵は中級以上のアンデッドだと言える。

おや?でも、王兄が吸血鬼種でその眷属にされているのなら、レッサーヴァンパイアと呼ばれる劣化種族のはずだよな……でも、サダラ兵を纏めた隊長格の奴は普通に「突っ込め!」とか言っていた。

レッサーヴァンパイアは劣化種族というだけあって、まともな発声とかできないと『アンデッド図鑑』にはあったはず……。

だとすると、隊長格の奴はヴァンパイアで……。


俺は身震いする。

もしかして王兄は始祖ヴァンパイアなのか。

吸血鬼種は特殊だ。

始祖、真祖、はじまり、などと言われる最初にヴァンパイアとなったモノが生み出す眷属は、物語などでポピュラーな『ヴァンパイア種』だ。

そして、このポピュラーなヴァンパイアが眷属を生み出すとレッサーヴァンパイアとなる。


実はアルとアルファも始祖ヴァンパイアだと言えるのだが、それはどうでもいい。


王兄はアンデッドダンジョンで始祖ヴァンパイアに噛まれて眷属化したのだと考えていた。

だが、もし王兄が始祖ヴァンパイアだと言うなら、事態はかなり深刻だ。


頭を使えるアンデッドを敵にするというのはそれほど厄介だからだ。


しかし、このレッサーヴァンパイアは王兄が眷属化したモノじゃないってことか。

だとすると、隊長格のヴァンパイアの指示を無視して俺を狙ってきたことも納得だ。


つまり、隊長ヴァンパイアに従って突っ込んだ奴らは、隊長ヴァンパイアの眷属で、俺の方に向かってきたのは数合わせ、別のヴァンパイアの眷属だということだろう。


「しかし、サダラが丸ごとアンデッドになってしまったとすると問題だな……」


金十字騎士が『サダラ』の方向へ目を向けて言う。


「確かに……こちらは後詰めと併せても五千に過ぎません……サダラは十万都市……百や二百のアンデッドを削ったところで……」


ヒラメノムもそれに同調する。


「いや、それは無いよ」


「……と、言うと?」


「餌がなくなる」


「餌ですか……」


「知能のあるやつらはいいんだ。逆にこいつらみたいな……本能と少しの知恵だけで動くやつらは統制が効かなくなる……そうなればレッサーヴァンパイアは狩るのも楽だろうけどね……」


危惧するのは、このまま始祖ヴァンパイアである王兄がオドを蓄え続けることだ。

眷属を生み出すにはエネルギーがいる。

それがあの『サダラ』には十万人もいるのだ。

無秩序に要塞都市の中で食い合いをしてくれれば、アンデッドの数は増えるが、それこそ王が全軍を率いてくれば殲滅できる『オドが枯渇寸前のレッサーヴァンパイア』だらけという状況になる。

だが、始祖ヴァンパイアが力を貯め込み、普通に滅することができないヴァンパイアが数十匹も生まれれば、被害はコウス王国に留まらず全世界へと広がるだろう。


俺はそういった事を、噛んで含めるように説明する。


「倒せない……」


「聖騎士が数十人がかりで一匹とか、そういうことになるはずだ。

その場合、始祖ヴァンパイアをどう倒すかは、俺でも想像つかないよ……」


それこそ、数百メートル級の紋章魔術を百単位でぶつけるとか、訳の分からんことをしないといけないかもな……。


聖騎士にしろ超級冒険者にしろ、全世界を探し回って、それぞれ百人居るかどうかだろう。


「では、我らが取るべき道は……」


金十字騎士が聞いてくるが、正直、聞くなと言いたい。


「始祖ヴァンパイアである王兄がバカで、無秩序にサダラで食い合いをしてくれることを祈る……って言うのは嘘で……」


ヒラメノムと金十字騎士の二人から凄い目で睨まれた。

さすがに効率的でも非人道的なのはまずかったか。


「頭を取る……つまり、始祖ヴァンパイアがオドを貯め込む前に倒す……有効なのは、少数精鋭による始祖ヴァンパイア直撃、しかないかもな……」


「なるほど……そうでしょうな……。

このことを急ぎ団長に具申せねば」


俺は金十字騎士にそのことを任せて、『武威徹』のところに戻るのだった。

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