死霊術士を呼べ!ウォアム殿。
遅くなりました。
「弓矢だ!神官戦士団は聖水を!相手は歩兵中心で動きが鈍い!矢衾にしてやれ!」
金十字騎士団長、エスカー・ベッシュの指示が飛ぶ。
「敵、三隊に分かれました!半包囲で来るようです!」
「左側面は崖だ!背後に回り込まれないよう、足止めだけすればいい!冒険者たちを回せ!
右側面は丸太でも石でもいい、暫く凌げ!
魔導士殿の『火柱』を用意させろ!準備ができ次第、罠に招待してやれ!」
「隊長!奴ら歩兵のくせに速い!騎馬と変わらぬ速度で走って来てるっ!」
「なんだと!くそっ!どうやってやがる!
死霊術士を呼べ!」
俺たちの陣は高台で、防壁の完成度は半分といったところだ。
報告と指示が飛び交う。
呼ばれた俺はエスカー・ベッシュの隣、土壁の上から、異常なスピードで迫る敵兵を眺めていた。
「どうだ?」
「推測でも?」
「ああ、充分だ」
ほぼ確定だと思うが、証拠はないしな。
「フォート・フォル・コウスは『ヴァンパイア種』……そう考えないと辻褄が合わない……」
「ヴァ……た、確かか!?」
「だから、推測だって。
……でも、そのつもりで考えておくべきだ」
「あ、ああ……」
アンデッドの中でも確実に上位種だからな、『ヴァンパイア』は。
そういう話をしていると、案の定と言うべきか、俺の推測を裏付けるように次々と証拠が出てきてしまう。
「何故、動ける……聖水に浸した矢だぞ……」
騎士の放った聖水付きの矢が、敵将に当たったらしい。
兵士たちには普通に効いているようだが、敵将は痛そうにしているものの、刺さった矢を肉ごと引っこ抜いて、打ち捨て、痛みにいきり立っている。
「聖水が効かないだと……」
エスカー・ベッシュが目を丸くしている。
「効いてはいるけど、滅するほどの効果はないって感じだな……」
敵将に注目していれば、傷が治らないのが分かる。
矢に返しが付いていようと、所詮は点の攻撃だしな。
線、いや、面の攻撃じゃないと『ヴァンパイア種』を倒すのは厳しいんじゃないだろうか。
弓矢の場合、矢の一本、一本に『聖別』を掛けるのは、神官が保たない。
結果、鏃に聖水を浸すという方法になるんだが、さすがにそれで倒せるアンデッドはほぼいないだろう。
「ほら、兵士連中だって、動きが鈍るくらいで、倒せてる訳じゃない。
まともに倒そうと思ったら、『聖別武器』で首と四肢を切り落とすか、オドが枯渇するまで奴らに取り込めない形にしたオドをぶつけるしかない……」
「オド?」
「要は異門騎士の炎か、魔導士の魔術だな。
普通の火じゃ意味がない。
オド……要は魔術的要素があるもんなら、効果はある」
いざとなったら、魔石を無理やり体内に入れる、とかも効果はあるはずだが、そこまでやらなきゃいけない時点で、戦争になってないので、とりあえず割愛する。
エスカー・ベッシュは大声で指示を出す。
「冒険者連中には、魔導具使いがいるだろう。そいつらに使った分の魔石は供給してやると伝えろ!
それから、武器の『聖別』を急がせろ!
丸腰では戦えん!」
「敵大将、王兄フォート様を名乗った人物だと伝令が申しております!」
「古参の騎士を呼べ!王兄様を知る人物に確認してもらえ!」
俺はそれを横目で見ながら、軍の指揮ってアルの母親リートさんみたいな人が向いてるのかもな、と思った。
大雑把な部分と細やかな配慮を状況に併せて、指示を出す。
うん、店の切り盛りと一緒にしたらダメなのは分かっているけどな。
そんなことを考えながら、さて持ち場に戻るかと土壁から降りようとすると、エスカー・ベッシュは俺に声を掛けてきた。
「死霊術士!……いや、ウォアム殿。
背後は森とは言わないまでも、岩や木が邪魔で連れて来た魔導士たちは魔法陣が書けないと言っている。
知識の塔の者ならば、魔法陣を書くことは可能か?」
ネクロマンサー呼びから、ウォアム殿ときたか。
まあ、背後はがら空きみたいなもんだし、後詰めの兵士が安全にこの陣地に入るためにも、確保しておきたいってことか。
戦線が崩壊したら、俺とアステルくらいは『武威徹』で逃げられるが、クーシャとクリムゾン、他に知り合った連中は逃げ場がなくなるからな。
「宮廷魔導士から文句が出ないようにしてもらえるなら……」
「分かった。金十字騎士団長の名において約束する」
「よろしく!」
そう答えて俺はエスカー・ベッシュの元から離れた。
アステルたちの所に戻って、それから皆で陣地の背後、平地になっていない辺りに向かう。
「確かにこちらから狙われるのは避けたいですね……」
ヒラメノムが言う。
構造的には、全体は、なだらかな斜面で俺たちが高台へと至るために切り拓いた五メートル幅の道が一本、それ以外は木と岩が大軍の移動を阻んでいるが、ところどころに拓けた場所もあり、細かく全てを塞ぐのは無理としか言えない。
「拓けた場所には魔法陣を設置するとして、それ以外の場所をどう塞ぐか、だろうな……」
完成された魔法陣は天然の罠とも言える。
俺の持つ『取り寄せ魔術』のようにオドの吸入口が設定されているなら別だが、普通の魔法陣は触れた者から無作為にオドを奪って発動する。
オドは生体エネルギーだ。
アンデッドはこれを他者から奪うことで活動しているので、魔法陣を踏めば一瞬で干からびて土に還るのは、生者も死者も同じだ。
これをある程度拓けた場所に描く。
一番、慣れているのは『火』の紋章魔術だが、疎らだろうが木のある場所だ。
延焼して、生木からの煙に巻かれたら戦闘どころではなくなってしまう。
最近、成形する機会が増えている『竜巻』にしよう。
意思を持たない低級アンデッドなら、命令次第で突っ込んでくるので、地上から上空まで巻き上げることも可能だろう。
縮尺は都度、替えないといけないので、多少の時間は掛かるが仕方がない。
「あの、魔法陣の大きさが違うので時間短縮になるのは分かるのですが……」
ヒラメノムがアステルと話しているのが聞こえてくる。
ああ、これはさすがに時間が掛かりすぎだって言いたいんだろ。俺もそう思うよ。
例えば、じいちゃんの弟子のメイなんかは今の宮廷魔導士と同じ大きさの魔法陣を四分の一くらいの時間で描ける。
まあ、母さんに言わせると「雑!」と一刀両断される出来だが、じいちゃんの孫で母さんの子である俺としては、正答率を気にしない訳にはいかないんだ。
「早いですよね……」
「早すぎて、常識がついていけなさそうです……」
あ、なんか褒められて……いるのか?
まあ、ヒラメノムの常識と『塔の人間』の常識に差異はあるだろう。
メイにドヤ顔で「あたしの勝ち~!」とか言われないだけいい。
魔法陣の設置は小一時間で終わったので、あとは穴というか、隙間をどう埋めるかなんだが、穴……落とし穴?
いや、何百、何千もの落とし穴はさすがに無理だな。
あ……オルとケル、グレイガルムシャドウなら闇に溶け込むことで秘密裏に敵を殲滅できるな。
しかも、生きている人間からは隠れるように命令しておけばいい。
俺はさっそく『取り寄せ魔術』でオルとケルを呼び出し、命令を与えた。
「ウ、ウォアム殿……」
一応、俺の配下のアンデッドを呼び出して防衛に当てるって説明はしたんだが、ヒラメノムは絶句してしまった。
「オル~!お~ヨシヨシ……」
アル……もう演技する気ないだろ……。
俺は頭を抱えて嘆息した。
アルはオルを撫で回し、ケルは、と見ればアステルが抱き締めきれず身体を毛皮に埋めていた。
「冷たくて、気持ちいいです……」
アステルが俺のアンデッドに忌避感がないのはありがたいが、慣れすぎというのはどうなんだ?
「あ~、別に混乱を招きたい訳じゃないから、なるべくなら内密にしてもらえると助かる」
一応、ヒラメノムにはそう言って頭を下げておく。
「あ、そう、ですな……しかし、これほど巨大で強力なモンスターとなりますと、自分一人が口を噤んだところで、あまり意味があるとは思えませんが……」
沈んだ様子で答えるヒラメノムに問題ないと頷き返して、オルとケルを闇に同化させる。
深く濃い影がその場に生まれたと思うと、その影がひゅん、と移動して岩場の影に同化する。
良く見れば、それは他の影よりも、より深く濃い闇なのだと分かるが、パッと見で見破るのはかなり難しい。
ケルに体重を預けていたアステルが転びそうになったのは、見なかったことにする。
「これなら目立たないだろ」
「……はっ!そ、そうですな……」
ヒラメノムは一瞬、焦点の定まらない目をしていたが、俺の言葉に我に返ったようだ。
ひと仕事終えて、さて持ち場に戻ろうとすると、すぐ近くで喧騒が聞こえる。
「持ちこたえろ!侵入を許すな!」
どうやら、俺たちは陣の右側に随分と寄っていたらしい。