臨戦態勢じゃね?言うの?
「そろそろ、サダラに入ります。
ヴェイル・ウォアム殿、偵察をお願いします」
コウス王国、東の要塞都市『サダラ』は領主であるシーザー・クルトが『王兄派』であると判明している。
『サダラ』は隣国『ワゼン』と領地を接しているため、常に兵力が配備されている都市でもある。
シーザー・クルトの王都にある屋敷からは『王兄派』として暗躍した証拠が出てきていて、その屋敷を使っていた配下は既に捕えてあるものの、シーザー・クルト自体は『サダラ』にいる。
『黄昏のメーゼ捕縛部隊』である俺たちの任務のひとつに、シーザー・クルト捕縛も含まれている。
ただし、今回はシーザー・クルトの持つ兵力はあまり問題とされていない。
『サダラ』の兵力は八千ほどと言われているが、その内の五千は国王が雇っている傭兵と国王の兵で構成されている。
どれだけ堅牢な要塞だとしても、五千は味方で要塞の内にいる。
恐らく、戦闘らしい戦闘には発展せずに、シーザー・クルトを捕縛して終わるだろうというのが、『金十字騎士団』と『近衛騎士団』が出した見解だ。
「戦闘に発展したところで、五千の兵に呼応してもらえば半日でカタはつく」
『金十字騎士団長』エスカー・ベッシュは全員の前でそう説明した。
俺はアステルと二人、『武威徹・弐壱型』で空へと上がる。
「あんまり楽観視されると、ビクビクしてる俺が間違ってるのか、っていう気になってくるけど……」
「戦わないで済むならそれに越したことはないと思いますよ」
「まあ、そりゃそうだよな」
街道沿いの村々をふたつ、みっつと越えていく。
「特に緊張してる風でもないね?」
そう声を掛けてくるのは、霊体化して着いてきているアルだ。
「うん、サダラから逃げ出して来る人とかもいなさそうだし、平和だな……」
眼下には普通の農村風景が広がっている。
『サダラ』方面への移動は、俺たちの軍事行動があるため禁止されているから、街道の往来は見られないが、見たところ混乱もなく平和だ。
「ご主人様、そろそろ一時間です」
二時間で行けるところまで行って、戻って来いと言われているから、戻るか。
俺たちは本隊と合流するべく、機首を返すのだった。
戻って、報告する。
「そうか、やはり情報封鎖が功を奏したようだな……」
聞けば、俺が王に謁見して、『王兄派』の面々を告発した直後、『サダラ』方面への移動の禁止と『伝書鳩』などの連絡手段への厳重な警戒が行われたらしい。
あれ?でも、中級ゴーストが逃げたんだよな?
そのことを聞くと、中級ゴーストは『黄昏のメーゼ』の配下なのだから、『オドブル』に逃げただろう、と言われてしまった。
実際、逃げ出した方向は『オドブル』のある南東方向だったから間違いないと言われた。
うーむ……中級ゴーストってだいたい意思を持っている奴らだから、ブラフくらい使えるって、会議で聞かれた時に説明したんだけどな。
まあ、『サダラ』領内に入ってからは、毎朝、偵察に出てもらうと言われているので、俺がしっかり気をつけていればいいか。
ちなみに陣中では、基本的に俺たちは遠巻きにされている。
俺たちというか、俺がだな。
『金十字騎士団』と『近衛騎士団』は先行、その後ろに『従軍宮廷魔導士』たち。
前後に俺を挟むように『神官戦士団』がいて、左右は冒険者たちが囲んでいる。
とても警戒されているなと感じる。
まあ、俺が死霊術士だとバレた段階で、警戒されるのは仕方がない。
俺たちの近くにいるのは、クーシャとクリムゾン、ヒラメノム、あと『ガーディアンズ』は直接接点があったからなのか、何くれとなく世話をしてくれたりするので、ありがたい。
「貴族共なんて銭餓鬼とか悪魔みてーなやつもいるからな。
それに比べりゃ奈落の旦那は金払いはいーし、面白そうなことも色々するしな。
死霊術士だからって怖がることねーのにな!」
まあ、野営の時にまずい飯が嫌で野草を集めたり、火起こしに『異門召魔術』を使ったりするのが、珍しくて『ガーディアンズ』なんかには面白いと映るらしい。
何日かして、朝の偵察タイムだ。
『武威徹』の魔石は出がけに充分な量を貰っているので、オド不足にはならない。
少し進むと、『サダラ』が見えてくる。
「あれが要塞都市か……」
都市全体が城壁で囲われているだけでなく、川を引き込み堀が作ってある。
山ひとつをくり抜いたようで、何層かに分かれた構造らしい。
山の頂上は城だ。
城壁にはバリスタと呼ばれる巨大な弩が備えられ、沢山の兵が整然と並んでいる。
城門は固く閉じられ、堀を渡る橋も上げられている。
「これ、臨戦態勢じゃね?」
「あの、あまり近付かない方がいいような……」
少し近付くと、俺たちが指さされ、バリスタに巨大な矢が装填されていくのが見えた。
「やばそうだな……」
「ですね……」
俺は逆噴射最大で『武威徹』をバックさせる。
と、要塞から鳥型モンスターが一匹、こちらに向かってくるのが見えた。
かなり早い。
「逃げるぞ!オンモラキだ!」
『アンデッド図鑑』で見ていたから、分かった。
醜悪な皺だらけの人とも獣ともつかない顔。
虎のような四足の獣の体に巨大な翼。
尾羽に鳳凰のようなピラピラがついているが、それは先端が槍のようになっていて、毒があるはずだ。
あいつも分類としては中級アンデッドだが、意思はないらしい。
と、それぐらい分かるほどに近付かれている。
『武威徹』を急旋回させて、全力で逃げる。
「アステル、これでフラッシュ頼む!」
「はい!」
『光の異門召魔術』をぺったんして、アステルに頼む。
こちらが全速力だと推進に使っている『竜巻魔術』の竜巻に巻き込まれるのを嫌って、奴は斜め後方につけている。
アステルはそちらへ向けて、魔術符を破いた。
ヌギャァァァァァッ!
甲高い耳障りな響きと共に、オンモラキはあらぬ方向へと飛んでいく。
「あ、落ちた!」
アルが教えてくれる。
どうやら『竜巻魔術』に巻き込まれて、航行能力を失ったようだ。
再生能力はかなり低いはずだから、今の内に逃げよう。
逃げた俺たちは無事に本隊と合流した。
「なに、サダラが臨戦態勢でバリスタがこちら側に向けられ、さらにアンデッドが襲ってきただと!?どういうことだ!」
『金十字騎士団長』エスカー・ベッシュは話が違うという風に怒鳴る。
俺に怒鳴られてもな……。
「原因を探るよりも、アンデッドが襲って来た方が問題だと思うけどな」
「どういう意味だ?」
少し声量を抑えて、脅すような口調で聞いてくる。
「言うの?」
俺は思わず辺りを見回してしまう。
『金十字騎士団』の面々、他部隊の主要メンバーがいる。
こんな中で俺が言うのか……。そうか……。
エスカーは死霊術士である俺の口から言わせたいらしい。
顎をしゃくって、早くしろと促してくる。
仕方ない……。
「アンデッドは増えるだろ……」
クリムゾンや『神官戦士』のまとめが頷き、他の者からは厳しい視線が飛ぶ。
アンデッドの事は知識として何となく理解していても、実際に対峙したことがない連中には改めて言われて、ようやく納得したという者もいるだろう。
ゾンビに食われてゾンビになる。キョンシー然り、吸血鬼然り、ゴーストなんかは取り込んでレギオン(群体)化したりな。
俺の配下のアンデッドはオド補充目的の時以外は増えないように徹底しているが、『黄昏のメーゼ』はどうだろう……。
俺は従属契約することでアンデッドを従えるが、メーゼは『苦鳴魔法』による調教を使う。
どちらがいいかは別として、〈何しろ俺の従属契約はアンデッドの一部を体内に入れなければならないから抵抗があるのは事実だから〉メーゼの調教はアンデッドの本能を色濃く残すような気はする。
「つまり、五千の兵がアンデッド化されていたりしたら、ベッシュ氏の言う中から呼応してもらうという方法が使えない。それどころか、アタシらも取り込まれる可能性があるってことか……」
冒険者の代表として集まっていたクリムゾンが言う。
俺は頷く。
「我らは二千。後詰めの歩兵を併せても五千。援軍を求めるべきでは?」
『神官戦士』のまとめが言う。
結果、決まったのは、王に援軍を求めつつ、『神官戦士団』総出で武器をなるべく聖別するというものだった。
俺たちはある程度進んで、『サダラ』が見える高台に陣を張ることになった。
「なるべく土を平らに、草はむしっていただきたい!」
『土壁』の紋章魔術を使う宮廷魔導士が指示を出している。
昔ながらの魔導士らしい。
じいちゃんの提唱する縮尺は……覚えるつもりがないタイプだろうことは見ていれば分かる。
「ベルがやった方が早いんじゃない?」
「絶対怒られるから、やだよ……」
それに、ただでさえ『宮廷魔導士筆頭』カラーゲ・クーンは俺の告発で捕まっている。
ここでさらに宮廷魔導士にケンカを売る行為は避けたい。
あと、働かなくていいなら、働きたくないでござる。
とはいえ、俺の仕事はない訳ではない。
元々、『武威徹・弐壱型』はお披露目用にでっち上げた『魔導飛行機』だ。
連日の使用を、しかも軍事行動を前提にした造りではない。
九割八分の魔法陣は簡単に崩れたりしないが、『竜巻魔術』の開放弁やそれを操る機構などに色々と齟齬が出てきている。
資材が乏しい中、機構を理解して修理できるのは俺しかいないのだ。
木材で代用するか……。
アステルは『神官戦士団』の手伝いをしているし、クーシャとクリムゾンは冒険者たちをまとめている。
俺は久しぶりに木材加工を始めた。
そんな中、『金十字騎士団』から三人、シーザー・クルト捕縛を伝える伝令が『サダラ』へと向かうのだった。