御者をやらせていただきます!そういうことしないで!
『黄昏のメーゼ』捕縛部隊が編成されたのは、俺が裏切り者を特定してから三日後のことだ。
編成は、
・『金十字騎士団』騎馬部隊千二百名〈内、七百名は突撃騎馬、五百名は弓馬〉。
・『近衛騎士団』騎馬部隊三百名〈内、百名は『異門騎士』〉。
・『従軍魔導士』馬車十名。
・神官戦士団『疾風』神官戦士二百名。従軍神官百名。
・『冒険者』徒歩、百名〈内、魔導飛行機二名〉。
・『輜重隊』馬車百名。
合計、約二千名。
後詰めとして、
・『一般兵士』三千名〈内、銀輪騎士三百名〉。これは輜重隊も兼ねている。
『オドブル』の街は、
・『守備兵』九百名。
・『冒険者』百名。
・『アンデッド』不明。但し、千には満たないと思われている。
合計二千名ほど。
そう、何故か俺も従軍することになっていた。
そして、たったの三日で内乱鎮圧軍が出ることになったのは理由がある。
簡単に言えば、ゴーストに逃げられたのだ。
捕らわれたアンティ・パストに憑いていた中級ゴーストは、霊と交信するために遣わされた神官を見た瞬間、逃げ出したらしい。
俺はやりきったと思って、気を抜いた大マヌケだった。
いや、一応『点眼薬』の提供はしている。
しかし、後はこちらでやるからと『神務大臣』が請負い、それならばと俺はお任せにしてしまった。
中級ゴーストだもんな。意思があるのだ。
恐らく『黄昏のメーゼ』が設定した命令が、神官を見たら戻って来いとか、アンティ・パストが観念したら戻って来いとか、そんな命令だったのかも知れない。
『王都スペシャリエ』の城門前、捕縛部隊とは名ばかりの内乱鎮圧軍が並ぶ。
さて、出発という段になって、王がこれから出掛ける者たちの前で声を掛けようとすると、街道を爆走する騎馬五人が「おおーい!おおーい!」と声を上げる。
それは、クーシャたちと一緒に『ブルスケータ・ダンジョン』を調べに向かった近衛騎士たちだった。
捕縛部隊の出発は暫し見合わせ、急遽張られた陣幕の中で報告が行われた。
暫くして、 何やら慌ただしい中、薄汚れて髭がボーボーの汚いおっさんが、俺とアステルの前にやってくる。
「この度、『ベルちゃん付、捕縛部隊護衛役』を任じられましたヒラメノムです」
ぷーんと漂う異臭に俺は顔を顰める。
あと、『ベルちゃん付』って何?正式名称なの?
王様か?じいちゃんか?
どっちもありそうで困る……。
「ぼしかしで、おどぶるから帰って、ぞのまま?」
「はい。ん?」
ヒラメノムは俺が顔を顰めているのを見て、自身の二の腕の辺りをスンスンと嗅いだ。
「こ、これは失礼を……」
俺はアステルに濡れ手拭いを用意して貰って、素早く『消臭の魔法陣』を作る。
その淀みのない動き、素早さに近くにいた宮廷魔導士たちは驚き言った。
「なんぞあれ?気持ち悪っ!」「あの大きさの魔法陣など戦場では役に立たないだろうに……」
さらっと聞こえる声で言う辺り、対抗意識が強いのかもな。
『知識の塔』の人間だしね。
俺は汚れを落としたヒラメノムを魔法陣に立たせて、消臭した。
「おお……これは便利ですね……」
「昔、戦場で伏兵したりする時に使われた魔術だからな。
最も、大きく描くと魔石の消費が上がるから廃れたけど……」
「なるほど、犬や狼など嗅覚に優れた獣を戦場用いる兵法もあると聞きます。
それらには有効な手立てですな!」
何故かヒラメノムには感心された。
そうして、ヒラメノムと話していると、王からの『黄昏のメーゼ』を捕縛し、世の乱れを正して来るように!といった命令が宣言され。
『金十字騎士団』の団長から、王命、しかと賜わりました。といったデモンストレーションがあって、それから「進軍!」と声が上がった。
「御者をやらせていただきます!」
ヒラメノムはそう言って、『武威徹』を載せた荷台付きの馬車の御者席に座るのだった。
『武威徹』で進軍するんじゃ、魔石が幾つあっても足らないからな。
俺に課せられた使命は、偵察だ。
アステルには宿で待ってもらおうかと思っていたが、着いてくると言われてしまったので、一緒に行ってもらうことにした。
もちろん、アルとアルファ、トーブは一緒だ。
霊体化してるから見えないけど。
ヒラメノムは俺に紙束を渡してくる。
クーシャたちが纏めた『ブルスケータ・ダンジョン』の構造やアンデッドを纏めたものだ。
『伝書鳩』が持ってきた資料よりも詳しく書いてある。
まあ、俺は『取り寄せ魔術』を通じて、既に持っているが、素知らぬフリをして俺はそれを読んだ。
ちなみにクーシャたちは、あと数日で『王都』に着く予定だったりする。
入れ違いになるかもな。
こちらを上手く見つけてくれれば合流できるかもしれないので、それを祈りたいところだ。
下手したら『サンライズイエロー』が『オドブル』に戻ってる可能性があるからな。
俺たちは結構なスピードで進軍している。
そのために騎馬だらけの部隊で、歩兵は後詰めという形になっているのだ。
冒険者たちも足の早い者ばかり雇っているしな。
まあ、そうは言っても、『金十字騎士団』と『近衛騎士団』の騎馬隊が早い。
他は隊列を間延びさせながらついて行くのがやっとだ。
行軍二日目、俺たちが村の近くで野営の準備をしていると、クーシャたちと合流できた。
「ディープパープル様、ご無事で何よりでした!」
ヒラメノムが深々と頭を下げる。
「ベルくん!」
だがクーシャはヒラメノムの挨拶を躱して、真っ先に俺のところに走ってくる。
「クーシャ!おかえり、ってのもおかしいか……でも、会えて良かったよ!」
「クーシャさん、ご無事で何よりでした……」
俺とアステルはクーシャを迎え入れる。
「うん、本当に、あ、会えて良かったよ!」
俺たちがお互いの無事を喜びあっていると、赤毛の女性冒険者が近付いてくる。
「ディープパープル、やったぜ!このまま従軍したら報酬倍だってよ!どうする?」
クーシャはニッコリ微笑んで頷く。
「あの、ク、クリムゾン。ベルくんとアステルさん。あ、あと……」
クーシャが俺を見て、目配せしてくる。
周囲の冒険者が「あれがディープパープル……」「クリムゾンって女かよ……」「奈落のやつ知り合いなのか?」と騒がしくしながら近付いてくる。
ああ、クーシャはアルとアルファをどう紹介しようか迷ってるのか。
俺はクーシャに任せろと頷きを返して、クリムゾンと挨拶することにする。
「はじめまして。あんたが『あの』クリムゾンか」
「へえ、やけに特徴的な言い方をするじゃないか?
どのクリムゾンかは知らないが、そのクリムゾンだよ」
俺はクリムゾンと握手する。
「アルとアルファだ。姿を見せてやってくれ」
たぶん、アルとアルファはクリムゾンと話したいだろうしな。
国の騎士たちの大半には俺が死霊術士だとバレてる。
今更、隠すのは無理だ。
アルとアルファが霊体のまま姿を現す。
「アルです!」「アルファです!」
「ぬおっ!」「ゴースト!ゴーストだ!」「どういうことだ?アンデッドは敵だろ!?」
俺たちは敢えてそれを無視する。
「待ってくれ!これは王もお認めになっていることだ……」
ヒラメノムが声を張り上げているが、頑張ってもらおう。
アルとアルファは、クーシャに「おかえり!」と言い、クーシャははにかみながら、「ただいま」と返す。
そして、クリムゾンは。
クリムゾンは、アルファを見た途端、まるで夢うつつと言うのか、焦点の合わない瞳をしていた。
「あ、姉さま……いや、何を……私に姉など……なんだ?記憶が……うっ……」
何やら自問自答していたが、やがて頭を抑えてうずくまってしまった。
あー、なんか、これフラグ的なもの踏んだのかも……。
俺がよく読む物語の本にはよくあるぞ……。
確かにアルファとクリムゾンは髪色だけでなく、顔とかよく似ている。
アルファが成長したらクリムゾンみたいな感じだ。
それにしても、クリムゾンが「姉さま」ってイメージが浮かばないな。
それに、アルファがクリムゾンの姉だとすると色々とおかしなことになる。
『神の試練』だから、で済ませてもいいが、とりあえず現状は様子見しかない。
アルファがクリムゾンに声を掛けているが、クリムゾンは少しすると元に戻った。
「……すまない。もう大丈夫だ。
何か勘違いしてしまったらしい……。
貴女を知っていたような気になってしまった……」
「あ、言われてみれば、クリムゾンさんとアルファちゃん、良く似ていますね……」
アステルがそんなことを言う。
あかんて。そっちのルートは面倒くさそうだから、放置したい。などと言う訳にもいかず。
「ああ、遠い御先祖様だったりするのかもな……」
と、場を濁しておく。
「いや、普段から抑えるようにはしてるんだけどね。他人の思考が入って来て混線することがあるんだ。気にしないでくれ……」
「あ、あれだ!サイコパス!」
アルがポンと手を叩いた。
「それを言うならテレパシーな……初対面で狂人扱いとか、アホか……」
サイキック、サイコキネシス、テレパス辺りがごちゃまぜに頭に入ってるんだな……アル……。
「あっはっはっ!まさか、いきなりサイコパス扱いされるとは思ってなかったよ。
まあ、手を使わずに意識で相手をぶん殴るくらいはできるよ!
サイキッカークリムゾンとでも呼んどくれ!」
「あ、じゃあ、それもアルファちゃんと一緒だね!わたしも練習中なんだけど、ちょっと苦手なんだ……」
「へぇ……アンタたちも……」
ちょっと驚いたような顔をクリムゾンが見せたので、俺は補足しておくことにする。
「アルとアルファが使うのは、ポルターガイスト能力。クリムゾンのはサイコキネシス。
似てるけど、別もんだよ……」
チラリとアルの視線が飛ぶ。
「ほーほー、ゴメンね、無学で……」
離れた位置からアルが指を弾いた。
ピシッ!ピシッ!ピシッ!
「いてっ、てっ、いてっ!」
ポルターガイストデコピン!忘れてた!
「あら、上手いじゃん!百発百中じゃない?」
ピシッ!ピシッ!ピシッ!
「いてっ、てっ、いてっ!」
何故だ!クリムゾンからもサイキックデコピンが飛んできた!
「ちょっ!ベルに何してんの!」
「はれ?……ほっほーん。ごめん、ごめん!
なるほど、アンタの男か!」
アルのポルターガイストデコピンがクリムゾンのサイキックデコピンを迎撃して、俺への被害がなくなった。
「ち、違っ……そういうんじゃないけど……その……とにかく、ベルにそういうことしないで!」
オマエモナー。
まあ、言って聞くなら言ってる。
「大丈夫、ベルくん?」
労わってくれるのはクーシャだけかよ!
あと、デコピン程度でクーシャの貴重なポーションは出さなくていい。
それ、君の大事な甘味やろ……。
そんなことをしていると、周りの冒険者のざわめきが大きくなってきた。
だが、そこに『金十字騎士団長』がやってきて、俺が国家公認死霊術士内定中なので、余計な騒ぎを起こさないように、と周りを鎮めてくれるのだった。
あと、俺もみだりにゴーストをチラつかせて、周囲に混乱を招かないようにと、お叱りを受けた。
はい、ごもっとも。
俺はアルとアルファに姿を消しておいてくれ、と頼んだ。
クーシャとクリムゾンは一緒に行くことになったので、話をするくらいはいいだろう。
こうして、心強い味方を得て、俺たちは先に進むのだった。