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質問にだけ答えなさい。今夜、あるか?


俺がクーシャから連絡を受けて数日後。

クーシャが『オドブル』へと旅立って四十五日目。

城へと呼ばれた。


これまでの期間、俺は鍛冶屋の一角を借りて、『サルガタナス』の魔印を造ったり、情報収集に励んだりしていた。

随分と長いこと『王都』に足止めをくらった感じがする。


城に呼ばれた理由は、死霊術士としての知識を求められてだろうというのは想像の範囲内だ。

俺はクーシャから情報を貰っていたので、予習もバッチリだ。


王が側近だけを集めてする円卓会議、その部屋の隅に座席が用意されて、そこが俺の定位置になっていた。

今まで、都合四回呼び出されて、毎回あそこだったから、勝手知ったるなんとやらだ。


「お召により参上致しました……」


全体に向けて礼をして、定位置に向かおうと顔を上げると違和感がある。


ん?


俺に背を向けて座っている、あの背中は俺の知っている背中のような……?

俺が記憶をまさぐっている間に、見知った背中が振り向いた。


「じ、じいちゃ……し、失礼しました。お祖父様!」


着いてたのか!

俺は驚きに出た言葉を慌てて改める。

すると、じいちゃんは顔を顰めて「ええ〜」という顔をする。

王はクスクスと笑って俺に言う。


「よいよい、無理に言葉を改める必要はないぞ。ベルちゃん」


それにじいちゃんが、ふんふんと頷きを見せる。


そんなこと言われても『宰相』とか『法務大臣』、『神務大臣』とか飽きれた顔してるんだが……。


まあ、その他の『近衛騎士団長』『財務大臣』『金十字騎士団長』『銀輪騎士団長』は笑っている。


俺はその中で『銀輪騎士団長』の反応に注目する。

笑っている。確かに笑っているが、少し意味合いが違う笑い方だ。

いや、表面上は他の笑う者と同じだが、その瞳には嘲りが混じっている。


俺が小さい頃、それこそ『塔』からほぼ出ることなく、延々と本読みに集中している頃に『塔』に来た客人や、それこそ外を歩く時に良く向けられる視線だ。

気付かない訳がない。


そして、俺が『銀輪騎士団長』に反応する理由はもうひとつある。


そう、『銀輪騎士団長』アンティ・パストは『王兄派』の可能性がある。

それは俺の情報収集の結果だ。


俺が『王都スペシャリエ』に留め置かれている間に、魔印造りをしていたのは確かだが、それ以上にアルファに頼んで、王城近辺で怪しい動きをしている奴を見張らせていた。


そして浮かび上がって来たのは『フツルー』領主レイモン・グレフル伯爵だ。


『フツルー』はコウス王国の北東、穀倉地帯だ。

そして、『王兄派』による内乱が危惧される現在、王命により食糧の提供を指示されているのだが、命令が届くやいなや、すっ飛んで来た。

賊が暴れ回って、不作のため、充分な量の食糧が用意できませんと言い訳するためにだ。


だが、俺が調べた限りでは『フツルー』はここ数年、豊作続きで蓄えが充分あるはずだし、賊が暴れ回っているなどという情報も聞こえて来なかった。

そもそも、『フツルー』で『飛行魔術』の原点となる遺跡を見に行って来た母さんからも、特別危なかったという話は聞いていない。


この話を聞いてレイモン・グレフルが怪しいと思った俺は、アルファに調べさせた。

すると、『王都』に来たのをいいことに、レイモン・グレフルと『銀輪騎士団長』アンティ・パストはかなりの頻度で会っていたのだ。


このアンティ・パストは『金十字騎士団』の下級騎士や街の兵士の取り込みに動いていた。


それが分かったのはつい昨日のことで、『スペシャリエ』の南門警備隊長ダインが、数日前、俺に『名指しの依頼』を頼んできたからだ。


俺が王との謁見に来てから、ダインは俺のことを気にかけてくれていたらしい。

そして、俺がまだ『王都』から出ていないと知って『名指しの依頼』を出した。


その依頼内容というのが、『銀輪騎士団長』アンティ・パストから騎士団入りを誘われたものの自分に提示された条件が破格すぎて、怪しい。

裏に何かあるのではないか?調べて欲しいというものだった。


ダインは自分の力量を知っている。

冒険者として『赤いつつ、緑ふたつ』以上には行けないと思った。

だから『赤いつつ』になった時点で家に戻ったのだ。

だというにも関わらず、上級騎士への抜擢、さらに俸禄は他の上級騎士の三倍という報酬を提示された。

上級騎士には礼節も必要とされる。

ダインは自分が粗野だと知っている。


さすがにおかしい。というのがダインの感想だった。


まあ、本当のところは俺を通じてクーシャに依頼できないだろうか?という話だったので、依頼は無しになったのだが、俺はアルファを動かして調べた。


そして、出て来たのが下級騎士や兵士の取り込みだ。

アンティ・パストにある程度の自由裁量権があるにしても、さすがにおかしな話だった。


問題は、『王兄派』と繋がっているという明確な『証拠』がないことだ。


アンティ・パストを糾弾するため、今回の会議で上手く発言する機会が得られればいいと思っていたが、じいちゃんが来たならチャンスはあるかな?

そう、思っていると、笑いはすぐに収まり、王が発言する。


「……では、始めよう。宰相」


「はっ!」


ヤバい、会議が始まってしまった。

こうなると、俺が話す機会は意見を求められた時だけだ。

今までの会議では、最初に俺の知る限りの『王兄派』と『黄昏のメーゼ』の情報。二回目はアンデッドが敵となった時の対処方法を求められた。

それ以降、俺に発言の機会はなかった。


今回はじいちゃんによる『王兄派』の襲撃の補足から始まり、超級冒険者により調べられた『ブルスケータ・ダンジョン』の内情報告。

『黄昏のメーゼ』によって国に報告されている内容と違うということが確定したため、その報告と『黄昏のメーゼ』への処分をどうするかという話に終始した。


いや、そんな悠長なことしてる場合じゃないんだが……。


まずは『黄昏のメーゼ』を呼び出して、話を聞くとか、公認死霊術士の任を解くかどうかとか……クーシャや近衛騎士たちは襲われたんだよ!と、叫びたいが、『取り寄せ魔術』の説明をする訳にもいかない。


こうなったら、無理矢理にでもアンティ・パストが怪しいって話を聞いてもらうしかないか。


俺はスッと手を上げる。

王と宰相、近衛騎士団長が気付いて視線を向けてくれたが、無視された。

そのまま五分くらい粘るが、気付かれても無視だった。


発言権がないってことだ。


じいちゃんを頼るか。

立ち上がってじいちゃんの肩に触れようとするが、腰を浮かしかけた段階で、近衛騎士団長がまたこちらへ視線を向け、射殺すような視線でゆっくり一往復だけ、首を横に振った。

俺は、立ち上がれない。

たぶん、立ち上がった瞬間、斬り殺される可能性がある。

ここは一般的な会議室ではなく、王が腹心と腹を割って話す場所だ。

初めて呼ばれた時に説明されたが、円卓に座る者以外の発言は基本的に認められていない。

聞かれたことだけに答えるようにと注意されている。

場合によっては極刑も有り得ると言われている。


俺は黙って座った。


だが、待っていると発言の機会が訪れたのだった。


「このオンモラキなるアンデッドはどのようなものか分かるか?ヴェイル」


宰相の発言に俺は立ち上がる。


「その前に……」


「ベルちゃん、質問にだけ答えなさい……」


王の言葉はやけに気安いセリフだが、底冷えするような瞳と声音だった。

一瞬で分厚い氷の壁が立ち上がったように感じる。

じいちゃんも青ざめた顔をしていた。


ダメだ。これは言えない……。


俺は予習したアンデッドの情報を語って終わる。

これは、会議が終わってから、じいちゃんに頼るしかない。


会議が終わる前に俺は退室を告げられた。

会議室の前は近衛騎士が固めているので、終わるまで待つ訳にもいかず、俺は城から出されてしまう。


ちくせう……。俺は城を見上げる。

どれだけ立派な城だって、獅子身中の虫を飼っていたら、意味がない。

王が最も信頼する八人の中の一人。

そこまで『王兄派』の手が延びているくらいに危ういのに、悠長に『黄昏のメーゼ』を呼び出して話を聞こうなんて、やってる場合じゃないだろうに。


俺が護衛である『セイリア』『ワツイズ』、『アル』『アステル』に囲まれつつ唸っていると、こちらに向かって来るローブ姿の男が見える。

男は大きく手を振る。

誰だ?と護衛がピリピリするのが分かる。

特徴的な五分刈り頭で、その側面にイナズママーク。

城の文官制服であるローブ姿でもすぐに分かる。

じいちゃんの弟子のジュン兄だ。


「不幸なジュン兄!」


俺はジュン兄を二つ名付きで呼ぶ。

ジュン兄は元『赤やっつ』冒険者だ。

昔は髪が長く、華奢だったため、女性と間違われてゴブリンに攫われそうになったことがあるらしい。

そこから付いた二つ名が『不幸なジュン』。

頭の側面のイナズママークは、舐められないように入れたのではなく、魔術の失敗でそこだけ髪がお亡くなりになったのだ。


「不幸って言うなよ……!」


苦笑いしつつ、目の前に来る。


「まさか、宮廷魔導士になってるとは思わなかったよ……」


護衛の兵士たちは知り合いと分かって、剣の柄から手を離す。

アステルは興味津々な顔で、アルは俯いてバレないようにしている。


俺の言葉にジュン兄はまたも苦笑いをする。


「あ〜、ただの文官な。俺が覚えてる『魔術』なんてたかが知れてるから……」


言ってから、俺に向けてウインクをひとつ。

潜入任務とかなのか?


「伝言だ。『今夜、アルファ』だそうだ」


護衛の『セイリア』『ワツイズ』が不思議そうな顔をしているが、俺は小さく首を横に振る。


俺に『伝言』を頼むのなんて、じいちゃんしかいないし、『アルファ』の存在を知るのも……ということは、今夜、アルファにじいちゃんのところに行ってもらうしかないってことか。


「今夜はないって伝えてもらえる?」


「……ああ、残念だが了解だ」


ジュン兄が去ろうとするのを止めたのは、『セイリア』だ。


「失礼ですが、貴方は?」


「聞いてなかったか?

俺はベル坊の兄貴分で、ジュンだ」


「いえ、そういうことではなく、所属をお願いします!」


『セイリア』は食い下がる。

まあ、護衛だけど監視だからね。

ジュン兄は小さく溜め息を吐くと、答える。


「神務部、一等監督官、ジュンだ。元『赤やっつ』と言えばいいか?騎士殿」


冒険者から城勤めになる人間は、名字を持たない。

ただし、一時的に城勤めの間は爵位が与えられる。

地方であれば、中級冒険者は『下級騎士』、上級冒険者は『上級騎士』と同じ権限となる。

これが、中央、つまりスペシャリエではランクが一段階上がる。

中級冒険者は『上級騎士』、上級冒険者は『準男爵』と同じ扱いだ。


『セイリア』は一般兵なので『下級騎士』。

ジュンは『準男爵』ということになる。


セイリアは姿勢を正した。


「はっ!失礼致しました……」


「いや、いい。それでは失礼する……」


「お待ち下さい!先程の伝言というのを説明していただきたく……」


「あ?」


ジュンは不機嫌だという顔を隠そうとせずにチンピラ系に凄んで見せる。


「どなたからの伝言で、『今夜、あるか?』とはどういう意味でしょうか?」


セイリアは怯むことなく、ジュンを見て聞く。


「答える義務はない!」


ジュンが突っぱねようとすると、セイリアが「失礼致します……」とジュンに耳打ちする。


「はあ!?王命だと!」


ジュンが大声を上げる。

セイリアが慌てた。


「ちょっ……」


これはジュン兄、わざとだな。

俺は苦笑いするしかない。

まあ、護衛兼、監視なのは理解しているからいい。


ジュン兄は舌打ちひとつ、不承不承という感じに答える。


「はぁ……俺も上から言われているからな……話せることと話せないことがある……」


セイリアの視線が厳しい。

ジュン兄は肩を竦ませる。


「はっきりとは言えねえが、俺のとこのトップダウンの伝言だ。

そこから先は想像したら分かるだろ?」


一瞬、セイリアが目を丸くするが、納得したように頷く。


「続きを……」


「あーあ……仕方ねえ……付け届けだよ……」


観念したようにジュン兄が言う。

俺は内心で拍手する。上手いこと誤魔化すもんだ。

俺が言った誤魔化しの言葉も、上手いこと繋げてくれた。


「まあ、ないってことだから、相応の覚悟をするしかねえぞ、ベル?」


俺は無言で頭を下げる。


「行っていいか?」


ジュン兄がセイリアに聞く。


「言い難いことを聞きました。

ですが、これも任務ですので……」


ジュン兄は手をヒラヒラさせて去る。

どうせ調べれば、付け届けの事実などないと分かる。

ジュン兄が示唆したトップ。神務大臣に迷惑が掛かることもないだろう。

もし、神務大臣がやらかしていたら?

その時は、王の信頼が失われるだけなので、知ったことではない。


「……あまり、感心できたことではありませんな」


ワツイズが俺を見ずに言う。


「何が?護衛と偽って、俺を監視すること?」


「ぐっ……」


ワツイズが黙った。


「まあ、付け届け程度でお目こぼしがもらえるなんて、思ってないよ。

せめて心象を良くしておこうくらいの話でね……」


「ふ、ふん……」


俺たちは宿に戻ることにしたのだった。

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