外伝2輪廻に帰れ!足止めでいいよ……。
夜通し走って、馬に限界が訪れようとしている。
「止まれ!」
ヒラメノムは全員に止まるよう指示を出す。
街道は追手に見つかる可能性が高いため、道無き道を進んで来た。
森の中、小さな泉を見つけ、小休止を取ることにした。
「ワーズ、『伝書鳩』を……」
「はっ!」
言われた近衛騎士は『伝書鳩』に書簡をつけて飛ばす。
クルルルッ……。
ひと声、力を貯め込むように鳴いて、飛び立った。
バサバサと羽ばたく『伝書鳩』を近衛騎士たちは見送る。
と。
ヌギャアアアァァァッ!
高音と低音が交じったような叫びと共に、異形の鳥が月を背に飛び立つのが見えた。
「まさか……」
それはクリムゾンの予想通りだというのか。
まるで『伝書鳩』が放たれるのを待っていたかのように、一直線に『伝書鳩』へとアンデッドバードらしきモンスターが向かっていく。
「おのれ!」
『伝書鳩』を放った近衛騎士ワーズは慌てて弓を用意する。
焦っていても近衛に選ばれるだけの騎士。
ワーズの矢は、アンデッドバードへと狙いあやまたず飛ぶ。
だが、射抜かれたアンデッドバードは一度、地に向けて落ちようとしたものの、瞬きの間に矢を腐らせ、身から落とすと、もう一度羽ばたいた。
翼を射抜かれれば、動きの邪魔にはなるものの物理攻撃はアンデッドバードの偽命を傷つけることは適わないのだった。
だが、それを見たヒラメノムの脳裏に『塔』の叡智、その祖たる方から聞いた話が蘇る。
「『異門召魔術』だ!今こそ『異門騎士』としての働きを見せよ!」
「はっ!」
ヒラメノムは右腕に装着した『異門召魔術』を叩き、魔術符を抜く。
「当たらなくてもよい!牽制して『伝書鳩』を逃がせ!」
ゲートナイトの放つ火球が次々に放たれる。
放たれた火球はオドの塊でもある。
それは、聖属性を与えずともアンデッドにダメージを与えられる武器なのだ。
ボンッ!ボンッ!と空で火球が弾ける。
その内、たまたまヒラメノムが放った火球がアンデッドバードを掠る。
途端、アンデッドバードの動きが遅くなる。
「ワーズ!聖水だ!」
近衛騎士たちは、馬を置いて走ってアンデッドバードを追いながら火球を放っていた。
ワーズはヒラメノムの指示の元、小さな小瓶を取り出し、それを自身の矢にぶちまける。
ワーズは彼らの中で一番の弓自慢である。
「輪廻に帰れ!」
動きが遅くなったアンデッドバードに当たらぬ訳がない。
ヌギャッ!
ただの矢が腐り落ちたのとは逆に、アンデッドバードの羽根と肉を腐り落としつつ落下した。
これでとりあえずの危機は去った。
だが、他にアンデッドバードがいないとは限らない。
ヒラメノムは懐にあるもうひとつの書簡を抑え、絶対に戻らねばと強く決意するのだった。
時は少し遡る。
『黄昏のメーゼ』と呼ばれる者。
その中でも最も古く、メーゼの中でも表に立っている老婆のメーゼの元に、門番から報せが届く。
『オドブル』の街では貴族の来訪は真っ先にメーゼの耳に入る。
降霊術を求めてこの街に来るのは、何も貴族だけではないが、老婆のメーゼはその影響力の強さから、明確に貴族を区別している。
金を落とし、秘密まで差し出してくれる上客が貴族だ。
蔑ろにはできない。
だから、門番によって身元を確認し、それが貴族であれば直ぐに連絡が届く。
老婆のメーゼは報せに目を通して、すぐ伝令に街から出さないよう伝えた。
そこには近衛騎士の名前がある。
現王に絶対の忠誠を誓う厄介な存在。
それが近衛騎士だ。
『黄昏のメーゼ』を頼って来たのなら問題はないが、今、現王の手駒が来るという意味を図り兼ねるほど老婆のメーゼは老いていない。
早めに『塔』の方に手を打っておいて良かった、と老婆のメーゼは考えた。
地盤固めはそろそろ終わろうかという頃合だが、だからこそ、ここでしくじりたくはない。
この時、少女のメーゼは戻っておらず、まさか大魔導士カーネルの孫が数日で王都に入る手段を持っているとは露とも知らずにいたのだ。
中級〈意思を持つ〉ゴーストの一匹でも、『塔』の内情を探るために派遣していたら、『黄昏のメーゼ』の動きはまた違うものになっていただろう。
だが、カーネルの孫も死霊術士を名乗っていた以上、そういう訳にはいかなかった。
少しだけ懸念があるとすれば、少女のメーゼの短慮だが、そのために『サンライズイエロー』をつけた。
問題はない。
そう、問題はないと思っていたのだ。
伝令がとんぼ返りして、近衛騎士たちに逃げられたと伝えて来るまでは。
この街に来る冒険者は少ない。
ダンジョンに魅力がないからだ。
その魅力を知るのは『黄昏のメーゼ』だけ、好き好んで『オドブル』に来る冒険者などいない。
そのため、冒険者互助会も小さなものだし、大した注意も払っていない。
だから、近衛騎士たちが逃げるのに協力した冒険者が『クリムゾン』と『ディープパープル』、二人の超級冒険者だと知るのに時間が掛かってしまった。
壮年のメーゼが話を聞いて、苛立たしげに机を叩いた。
「なんたることだ!何故、冒険者に注意を払っておかない!
これはメーゼの責任だぞ!」
「ふん……メーゼとて冒険者なぞ物の数ではないと、豪語していたと記憶しているがね?」
老婆のメーゼは鋭い眼光を壮年のメーゼへと向ける。
「……ええい、どちらにせよ、対処せねばなるまい!くそっ!色つきが二匹とは……」
壮年のメーゼは家令であるスケルトンに、グールやデュラハン、吸精鬼など、中級や上級アンデッドを出す、と指示を与えるが、それを止めたのは常に眠そうにしている青年のメーゼだった。
「……無駄なことするね。
兵士の足止めに残ったなら、大事なのは逃げ出した近衛騎士でしょ……」
「なんだと!」
「いいえ、メーゼの言う通りだね……。
オンモラキと陰鬼を数匹、近衛騎士を追わせましょう」
老婆のメーゼが言うのは、スピードのあるアンデッドで近衛騎士を追うというものだった。
「ならば、色つき共はどうする!?」
「……足止めでいいよ。
メーゼが貯めてたゾンビあったよね?」
青年のメーゼが提案するのは、近くの森に捕まえては調教を施して放っている老婆のメーゼが貯めていたゾンビのことだ。
「『革命』の戦力はどうするね……?」
「貴族の戦力で足りないなら、フォート様にお願いすれば?」
「……あまり、無尽蔵に増やしたくはないけどねぇ」
老婆のメーゼは難色を示しながらも、それで納得したようだ。
「……じゃあ、寝るから」
話し合いは終わったという感じで青年のメーゼは席を立った。
「ふん……ゾンビ共に指示を与える……」
壮年のメーゼも立ち上がる。
それらを無言で見送り、老婆のメーゼも自分の仕事へ戻るのだった。