外伝、騎士と冒険者
要塞都市サダラ。
依頼を受けて二十日。
近衛騎士たちと共に行くようにとの依頼だったので、随分と時間が掛かってしまった。
「ディープパープル様、本日はここで一泊、それから依頼を受けて下さった冒険者の方と合流する予定となっています」
ディープパープルことクーシャは内心でガックリと頭を垂れる。
自分一人なら、急げば二週間でここまで来られた。
親友たるベルくんが言うには、いつ『内乱』が起きてもおかしくない状況だと言う。
それほどまで、『黄昏のメーゼ』の影響は広がっているはずだと考えているのだ。
だとするならば、既に二十日、『塔』で『黄昏のメーゼ』と『サンライズイエロー』に襲われてから二十五日、そろそろひと月になろうかと言う時間を無為に過ごしていることになる。
国は証拠が無ければ動けないからこそ、クーシャに『黄昏のメーゼ』の虚偽申告を暴けと言って来ているのだが、その動きがこれ程まで妨げられていることに、クーシャはそろそろ苛立ちを隠しきれなくなってきている。
だが、ここでクーシャが文句を言うことはない。
いや、一刻も早く行くべきだ!などと自己主張するのは、まるで自分が超級冒険者であることを嵩にきているように思われてしまうのではないか、そう思うとできないクーシャなのだった。
「あ、ああ……そうか。ブルスケータダンジョンの十階層までに出るモンスターの分布を調べるなら、今のままでも過剰戦力な気もするけどね……」
なんなら、自分一人でも……とは言えない。
「さすがはディープパープル様。頼もしいお言葉です!
ですが、『黄昏のメーゼ』が虚偽申告をしているとなれば、ブルスケータダンジョンでは、どのようなモンスターが出るか分かりません。
念には念を入れるべきと、国王様からのお達しですので……」
「ああ、そうだったね」
ニッコリと笑いかける自分をぶん殴りたいと、クーシャは思った。
ベルくんたちと行動して、少しは変われたと思っていたが、やはり離れてしまうと元に戻ってしまうのか……。
自己嫌悪が激しかった。
「先に冒険者互助会に行きましょう。もしかすると合流予定の冒険者が来ているかもしれません」
近衛騎士、彼はヒラメノムという名前だったか。
『異門騎士』と呼ばれる精鋭が五人、クーシャと行動を共にしている。
ヒラメノムは騎士たちのリーダーで、クーシャが見てもしっかりしているとは思う。
今も他の騎士に、神殿で聖水を分けてもらうようにとか、君は今夜の宿を押さえてくれとか、テキパキと指示を出している。
でも、慎重過ぎだよ。とクーシャは心の中で思う。
「誰が合流するのかは知っているのかな?」
クーシャは苛立ちを誤魔化すようにヒラメノムに聞く。
「いえ、申し訳ございません。何しろ急いで出たものですから、ここで確認するようにとしか申し送りがなかったもので……」
ヒラメノムも知らないらしかった。
クーシャとヒラメノム、残った騎士たちと一緒に『冒険者互助会』に入る。
「少々お待ちを、確認してきますので」
そう言ってヒラメノムは受付へ向かう。
言われるままにクーシャは待つことにする。
「よう!久しぶりだな、ディープパープル!
デーモンとやり合った時、以来か?」
その声にクーシャは振り返る。
アルファに良く似た赤い髪、クーシャより三つ年上のその人は粗野だが整った顔立ちをしている。
「ク、クリムゾン!?」
手には酒瓶と肉串、背には龍種の鱗から削り出したと言われる大剣。
クーシャを見て、ニッカリと笑う快活な姿は昔のままの『クリムゾン』だった。
「随分と焦った顔してんな?
まあ、ワタシが来たから大丈夫だよ!」
「え、その……?」
クーシャの横にいる騎士たちが驚きに目を丸くする。
「お!アンタらが国王からの使いだね!
よろしく!『クリムゾン』だ!」
「ク、クリムゾン様!?」
互助会の職員に案内されたヒラメノムもやってくる。
「いやあ、ディープパープルが受けたって聞いてよ、面白そうだからワタシも受けたんだ!」
そう言って『クリムゾン』は酒瓶を煽るように中の液体を流し込むのだった。
その夜、宿屋に併設された酒場でディープパープルとクリムゾン、二人の超級冒険者は酒を酌み交わしていた。
「では、お先に失礼致します……明日は朝一番に出ますので……」
酔い潰れた他の近衛騎士を背負ってヒラメノムは律儀に頭を下げた。
それにしっかりと頭を下げ返すクーシャと片手をヒラヒラさせるだけのクリムゾン。
「……それで、何でそんなおしっこ漏れそうな顔してんのさ?」
クリムゾンはクーシャのことが理解できる。
本当はとてもナイーヴな性格をしていることもお見通しだ。
精神感応というやつだ。
本来ならば、こういうグイグイ来るタイプが苦手なクーシャがクリムゾンにだけ憧れに似た感情を寄せるのは、これによるところが大きい。
クリムゾンは精神感応と言っても、それで全てがお見通しな訳ではない。
普段はちゃんとセーブしているし、見ても表面的で大雑把なモノを感じるだけに留めている。
クーシャに会った時から、ずっとクーシャは『焦り』の感情を出しているし、何か言いたいが言えないという表情だ。
「あ、じ、実は……」
クーシャはしどろもどろになりながらも、ここまでの経緯をクリムゾンに吐露する。
クリムゾンは途中、途中でクーシャが話せない『何事か』があると気付くものの、そんなものはクーシャの語る『友達』のひと言の前にはどうでもいい話だった。
「ディープパープルに友達!?
そりゃすげー!」
クリムゾンは、ディープパープルの理解者なんて自分以外に金輪際出ないだろうと思っていたのだ。
ディープパープルの冒険者とは思えない精神的な脆さというのは、正直、かなり問題だ。
他人との関わりがほとんどないため常識がズレているというのもある。
その癖、ダンジョン内では一般の枠に当てはまらない適応力を見せる。
だからこそ、ある程度ディープパープルの心の内が覗け、ダンジョン内での適応力にもついていける自分ならば、という思いがあった。
だが、お互いに色で呼ばれる超級冒険者になってしまっては、気軽にパーティーを組んで冒険をするという訳にもいかない。
超級冒険者は一人で一個師団と呼ばれるほどの戦力だ。
あちらこちらで必要とされる。
今回のように緊急の依頼でもなければ、超級冒険者同士で組むことは許されないのが常だ。
クリムゾンは、クーシャに心許せる友ができたと聞いて、心底安心した。
だから、わざと大袈裟に驚いてみせて、それから酒杯をひと息に仰いだ。
「……ふぅっ。良かったな!」
「う、うん、ありがとう……」
少しの寂しさを混ぜて、それでもクリムゾンはディープパープルに「良かった」と伝える。
クーシャははにかむような笑顔で感謝を伝える。
「……それで、その友達が急いだ方がいいって?」
「そ、そうなんだ……でも、近衛騎士の人たちと一緒に行かなくちゃいけなくて……」
「ディープパープル……相変わらずズレてんな……」
「え?そ、そうかな……?」
「なんで近衛騎士と同じペースで進んでやる必要があるんだよ?」
「えと……依頼では……」
「違う、違う。別にワタシらは近衛騎士の護衛じゃないんだろ?」
「う、うん……」
「ならさぁ……」
翌朝、なかなか起きて来ない超級冒険者たちに業を煮やして、ヒラメノムたちはクーシャの部屋に入る。
「あれほど、朝は早いと念押ししたんだがな……。
仕方あるまい。
ディープパープル様、すいませんが失礼致します!」
部屋は無人で、荷物が消えている。
「なっ!?どういうことだ?」
「隊長、こんなものが……」
宿の簡易テーブルに手紙が置かれている。
そこには、超級冒険者二人の連名で『事態の緊急性を鑑み、先に行く』という旨のことが書かれていた。
ヒラメノムは手紙を読んで、一瞬、止まってしまう。
「ここまでだって馬を飛ばして来たのに、超級の方々は遅いと仰るのか……宿の手配などどうされるおつもりか……」
「どうしますか?」
「どうするも何も、我らは我らで急ぐしかあるまい。
なるべく急ぐぞ!」
「「「はっ!」」」
近衛騎士たちはそこからまた、馬を飛ばす。
だが、近衛騎士は曲がりなりにも貴族出身が中心の騎士団で、冒険者ではない。
次の村、また次の村と超級冒険者を追っているつもりだが、違う。
超級冒険者は冒険者なのだ。
道無き道を進み、村に寄るのは補給のための最低限、さらに彼らが本気を出せば、馬より移動は早い。
近衛騎士が急ぎに急いで五日目、今晩の宿をと立ち寄った村で聞くのは、三日前に赤毛と白尽くめの二人組の冒険者が補給に立ち寄って、そのまますぐ出たという話で、彼らは驚いてしまう。
「そんな……宿も取らずに……」
一人の近衛騎士が言う。
「ううむ……もしや、ディープパープル様は我らに合わせた移動が苦痛だったか?」
ヒラメノムが思い出せるのは、ディープパープルの爽やかな笑顔。
今晩はここで……と言えば、ニッコリ笑って「そうですね!」と応える。
となれば、クリムゾン様が我らと歩速を合わせるのを嫌ったか、と思い直す。
「どちらにせよ、もっと急がねば!」
ヒラメノムは今晩の宿をキャンセルして、先を急ぐのだった。
近衛騎士たちが、急ぎに急いで馬を進める。
「皆の者、これは軍事行軍、最大速度での急行と捉えよ!」
馬を乗り換え、宿を取らずに進む。
最後の村で補給をした時、赤毛と白尽くめは五日前に通りましたと聞く。
「超級冒険者の方々とは……」
近衛騎士たちは、自分たちとこんなにも違うのかと驚愕する。
その夕暮れ、どうにか『オドブル』入りを果たした近衛騎士たちは、更に驚愕することになる。
クリムゾンとクーシャは門前で待っていた。
「お、ようやく来たか!」
「クリムゾン様……」
自分が馬上にいることも忘れて、ヒラメノムは声を掛ける。
「一応、十二階層までの地図とモンスターの分布は纏めたんだが、さすがに城に連絡つけるなら、アンタらの『伝書鳩』の方が早いと思ってな……」
「はっ?あ、ああ、冒険者互助会の情報ですか!」
「いんや、潜って戻って来たところだよ」
「「「はっ……??」」」
「あ、あの、『伝書鳩』を……」
良く見れば、クリムゾンもクーシャも所々に煤けたような跡がある。
そう、まるでつい先程までモンスターと戦っていたかと言う感じだ。
「ああ、それとな……」
クリムゾンがヒラメノムを手招きする。
そこでヒラメノムは、初めて自分がまだ馬上で、随分と礼を失していたと認識する。
「あ、し、失礼致しました……」
「ああ、そのままでいいから、耳だけ貸してくれ!」
クリムゾンが一瞬だけ、ピリリとした表情を見せる。
「は、はぁ……」
良く分からないまでも、ヒラメノムも言われるまま馬ごとクリムゾンに近づき、頭を下げる。
「監視されてる。門が開いてる今の内にでるぞ。『伝書鳩』で情報を送りつつ、ワタシらも持ち帰る……」
「『伝書鳩』で充分なのでは……」
「十二階層でオンモラキというアンデッドバードが確認できた。こいつが使役されてたら『伝書鳩』が届かない可能性がある」
「か、かしこまりました……」
ヒラメノムは渡された書類の一束を懐に、もう一枚を『伝書鳩』を持って来た近衛騎士に渡し、馬首を巡らせる。
「よし、戻るぞ!」
出ようとすると、門番に止められる。
「もう、陽が暮れます。今、出るのはオススメしませんが……」
「いや、急いで戻らねばならなくなった!」
「先ほど、領主様より使いが来まして、近衛騎士団の方々とぜひ、お食事を共にしたいと……」
「申し訳ないが、急ぎなのだ。通してくれ!」
「そんなことをされては、わたくし共の首が飛んでしまいます!何卒……」
最初はやんわりと、それから、搦手で、最後には轡を掴んで門番は引き止めにかかる。
これはさすがにおかしい。
「くっ……どけっ!どかねば不敬罪で斬るぞ!」
それを見て、クリムゾンは想像以上にこの地がヤバいと、今更ながらに気付く。
『オドブルの街』に入ってすぐ『ブルスケータダンジョン』に入ったので、街の様子を確認する余裕はなかったのだ。
「ちっ……穏便には無理か……」
クリムゾンが覚悟を決めようと思った時には、クーシャが動いていた。
クーシャは門番を蹴り飛ばしたのだ。
「ヒラメノム様!行って下さい!」
「お、おお!かたじけない!行くぞ!」
近衛騎士たちは、疲れた馬に申し訳ないと思いながら鞭を入れた。
「門破りだー!門破りだぞー!」
門番が警笛を鳴らす。
「早いっての……」
クリムゾンも即座に呼応する。
門に集まる兵士目掛けて、サイコキネシスでぶっ飛ばす。
「クリムゾン、やれるか?」
走り去る近衛騎士たちを守るように、クーシャが立ちはだかる。
「ダンジョンで駆け回って、すぐコレか……そろそろ酒が飲みたいところだけどね……」
クリムゾンがクーシャと並ぶ。
疲れ、というより、めんどくさいといった雰囲気でクリムゾンが辺りを睨む。
「くっ!邪魔立てするな!」
門番と、番兵、さらに続々と集まる兵士たちを殺さないように、二人は素手で相手しながら、会話する。
「ええと……その、今度、お、おごるよ……」
「ふふっ……ディープパープルがそんなこと言うなんてね……少し変わったねぇ……」
「そ、そうかな?」
「ワタシもその『友達』に会ってみたいね!」
「うん!それもいいね!」
さて、殺さずに相手をするのはいいが、これいつまで続けりゃいいんだ?とクリムゾンは終わりの見えない乱闘に辟易とするのだった。