友達だしな。ぼっちだからな。
宿に帰って、真っ先にしたのは兵士二人をアステルとクーシャに紹介することだ。
いざとなれば逃げ出す算段をつけていたので、逃げ出さずに済んだことを理解してもらうのと、監視がついたことを理解してもらわないといけないからな。
「セイリアです」「ワツイズと言います」
彼ら二人は騎士ではない。
城詰めの一般警備兵だ。
下手に貴族階級の者よりも信用できるだろうと、俺の護衛に選ばれたらしい。
部屋の中までは入って来ないので、不自由かと問われれば、そこまでではないと言ったところか。
翌日、どこから嗅ぎつけたのか、クーシャの所に『冒険者互助会』から依頼が来る。
国からの依頼『オドブルにあるブルスケータ・ダンジョンの攻略』だった。
そりゃ、そうか……所在はダインたちから国に報告が行っているだろうからな。
最初、俺の護衛依頼があるからと突っぱねようとしたクーシャだったが、それなら『冒険者互助会』から代わりの腕利きを無償で1パーティー俺の護衛に派遣すると言われて、断りきれなかったらしい。
クーシャは申し訳なさそうに頭を下げる。
「ごめんね、ベルくん……国の上の方からの肝いりの依頼だからって、互助会の人たちが取り縋って来て、断りきれなくて……」
「ああ、さすがにこの展開は俺も予想外だったわ……でも、確かに王様がそんな指示出してたな、昨日……」
「あ、じゃあ、上の方って、王様の……」
「……だな。ブルスケータはメーゼのお膝元のダンジョンだ。気をつけてな……」
「うん、絶対にメーゼの報告が嘘だって、暴いて来るから!」
「ああ、頼む!」
俺は『取り寄せ魔術』を一枚抜いて渡す。
「お守り代わりと、緊急連絡用に……一週間に一度、確認するから何かあったらここに手紙入れといてくれ。
食糧と予備の武器が入れてある。
こっちの状況も入れておくからさ」
『取り寄せ魔術』は必ず研究所に用意した専用の部屋に繋がる。
つまり、研究所側で物資のやりとりをすれば、普通に手紙を送るよりも数倍早くやりとりができる。
アンデッドは『取り寄せ魔術』で研究所との行き来ができるので、アルファを一度送って、研究所の他のアンデッドにそういう指示を出してもらえば、簡易通信網になるという算段だ。
「これ、大事な物だって……」
「いや、いいんだ。お互いの状況が分かった方が動きが取りやすいだろうし、何しろクーシャは友達だしな……」
「ベルくん……ありがとう!バレないように使うね!」
「ああ、でも、クーシャがヤバいと思ったら、バレてもいいから使えよ!海底遺跡の時みたいに、返り血でヌメって武器が持てないなんてことになったらダメだからな!」
クーシャは照れたように笑って、しっかりと頷いた。
骨とゴーストを相手にしている限り、返り血はないだろうけどな。
それから、クーシャに『点眼薬』も持たせる。
『点眼薬』『ゾンビパウダー』『人工霊魂』辺りのそれほど難しくなく、良く使う物に関しては研究所で量産体制を整えたから、実は売る程あったりする。
売れないから売らないけどな。
おっと、『点眼薬』は王に献上してもいいかもな。個数を限定して付加価値つけて、功績を稼いでおこう。
そして、クーシャは旅立っていった。
クーシャが本気で急いだら、『オドブル』までは一ヶ月程度か。
俺が調査した限りでは、『王兄派』はまだ国の中枢までは入り込んでなさそうだから、間に合うと思う。
クーシャの代わりには、『緑ななつ』の上級冒険者パーティーその名も『ガーディアンズ』がついてくれることになった。
「ディープパープルが一万ジンで護衛する人物とは、アンタでいいのか?」
「いっ!?あ、ああ……」
うわぁ、依頼を断るためとはいえ、クーシャの奴、ふっかけたなぁ……。
実際には「友達を守るのにお金なんて取る訳ないよ!だって、ベルくんは、ぼ、僕の初めての友達なんだから!」ということで、代わりに美味しい野営料理の作り方を教えることでカタがついている。
じゃあ、互助会は彼らに一万ジン払うのか……ご愁傷さま。
一瞬、素っ頓狂な声が出たが、グッと堪えて返事をした。
『ガーディアンズ』はおっさんばかりの五人組だ。
身軽そうな斥候、ガチガチの盾役、オールマイティな戦士、同じくオールマイティな魔導具使い、やはり身軽そうな弓士とかなりバランスが取れていそうなパーティーだった。
ガチガチの盾役が一人だけで、そいつの装備は簡単に取り外しができる仕様らしく、いざとなれば全員で装備を分散して逃げるというのが彼らの戦法だった。
敵を殲滅すれば結果的に護衛対象が守れるからいいよな、みたいな脳筋たちではないようで少し安心した。
部屋の前にはセイリアとガチガチさん。
宿の周りにその他の面々という、これなんてVIP待遇?と言いたくなる状況だが、文句は言うまい。
いつ、メーゼの手先が襲って来ても不思議はないのだ。
守られ過ぎくらいがちょうどいい。
アステルはアルと一緒に『スペシャリエ』観光に出てもらった。
正直、アルは新しい街に興味深々なのだ。
俺は一人、と言ってもアルファはついているが、『サルガタナス』の聖印……ではないが、『サルガタナス』を標す魔印を読み解くことにする。
そう、と思って見れば実に簡単だった。
ページの上端にある、インク沁みか書き損じかと思っていた何気ない汚れ。
『サルガタナス』は特別な力を持つ魔導書だ。
そんな、おそらくはダンジョン産の本に、インク沁みや書き損じがあるのがおかしいのだ。
紙に書き起こそうとして、その難しさに気付く。
この線とこの線は繋がっている?それとも?
そもそも、この点はどこに置くのが正しい?
余白にある汚れのような線と点、どう繋がって、どこに置くのが正しいのかが分からない。
いや、一ページ目と三ページ目を光に透かす。
なるほど、これなら分かる。
だが、全体像が掴めないと、やはらバランスが……。
そこで、俺には天啓が舞い降りた。
このページの余白をひと繋がりのモノとして認識する技法に心当たりがある。
なんだったか……いや、そうだ、これは超古代の古文書にあった『パラパラマンガ技法』だ!
たしか、脳に残る残像を利用して動きを伝える、だったか。
さっそく俺は『サルカタナス』の上端を持って、パラパラする。
おお、一瞬だが見えた!
俺は何度もパラパラしながら、その焼き付いた魔印を紙に書き写す。
形としては、Wの中心と下に横棒が二本、さらにその下に真円だ。後はWの上に点がひとつ。
Wが意味するところは良く分からないな。
アステルなら知っているかもしれないから、これはアステルが帰ってから聞いてみよう。
Wの上の点、これがおそらく『サルガタナス』を標す部分か?
中心の横棒、これは『運ぶモノ』だったか。
下の横棒、これは『眷属』か『堕ちたモノ』か『御使い』だったよな。
それで、真円は『主なる神』……。
「つまり、サルガタナスは主神の眷属?」
《何を世迷い言を!我はあの様な冷血漢に生み出されてなどおらぬわ!我はじゃ……いや、とにかく、二度とそのような血迷うたこと、申すでないわ!》
「なるほど……一番下にある真円は邪神と……」
《ま、待て!我は申しておらん!申しておらんよな?》
やっぱり、この反応は当たりだな。
「ああ、申しておらん、おらん……」
《おま……ベル!我に対して誘導尋問とか汚いぞ!》
「してない、してない。俺が勝手に当たりを付けているだけだから……。
神に誓って……いや、邪神様に誓って誘導尋問などしておりません!」
《おのれ……なんたる不敬な……もうベルとは話してやらんぞ!》
「ああ、別にいいぞ。俺はぼっちでも辛くないタイプのぼっちだからな。
ただ、『サルガタナス』に耐えられるといいけどな……」
わざとツンとすました顔で言ってやる。
俺は少々意地悪だろうか。
まあ、最近はまともに『サルガタナス』と話してなかったしな。
少しからかうくらいなら許されるだろう。
《いや……それは、だな……暫くは無視してやるという意味で……別にずっととか、絶交とかではなくてだな……》
「うそうそ、悪かったよ。『サルガタナス』が居てくれるからこそ、助かった場面もあるしな……これからも頼むよ……」
《う、うむ……我から言えないことも多々あるでな……そこはベルの読解力に頼るしかないが……ここまで我を読み解いたのは歴代の中で一位と言える。
このまま、最後まで読み解くがよい!》
「へえ、そうなのか……そりゃ、頑張らないとな!」
《うむ、そして……いや、頑張るが良いぞ……》
そして?最後まで読み解くと何かあるのか?
もしかして、またルール違反か?
俺はそれ以上聞かず。
魔印について考える。
主神と邪神は対になる神だ。
主神が進化を促すならば、邪神は変化を促すと言われている。
差は良く分からないが、邪神の促す変化は良くないものと、この世界では言われている。
それは兎も角として、主神と邪神は対になるというのが重要だ。
俺の考える『黄昏のメーゼ』が使う『苦鳴魔法』の肝はウリエルの聖印だ。
主神の眷属。
あの魔法は、主神の威光によってアンデッドを苦しめると見ている。
俺のアンデッドは、俺と契約することで命令に従っている。
だが俺は神ならざる人の身だ。
主神の威光に晒されれば、それは苦しいだろう。
だからこそ、『サルガタナス』の魔印が生きると見ている。
邪神の眷属。
その魔印の庇護下に入れば、主神の威光に対して邪神の庇護で対抗できるのではないかと考えているのだ。
うーん……全員に与えている装備に魔印を刻むか。
アルファには首輪でも用意するか。
俺は残りの時間、『サルガタナス』を読み解きながら過ごすのだった。