お話があります。内定としておこうか……。
王を『武威徹』のところまで連れて行く。
「お、お待ち下さい!どうされるおつもりですか!?」
「もちろん、俺も空を飛ぶのだ!」
「ポポ、ポワレン様!どうかご自重下さい!」
ちっ!邪魔が入った。
「うるさいぞ、宰相!近衛の者が安全は確かめた。問題はなかろう!」
どうやら、王を止めたのは宰相らしい。
宰相はかなりいい体格をした四十代男性でチョビ髭にしている。
体格的には親近感が湧かなくもないが、筋肉太りな感じだ。
ちょっと暑苦しい雰囲気がある。
「そ、そういう訳には参りません!
もっとしっかり吟味を重ねて、真に安全か確かめませんと……それにその者は平民です。
王と同席させるなどと、前例にないことです!」
「私が良いと言っているのだ!
それにベルちゃんはじいの孫だぞ!」
うん、擁護してくれるのは嬉しいんだが、そのベルちゃん呼びは何とかならないのだろうか?
「しかし……」
「くどいぞ、宰相!」
「は、はあ……」
ようやく宰相は諦めた。
「待たせたな」
「いえ……」
俺は王を乗せて『武威徹』を起動させる。
もちろん、使った魔石は新しいものと交換する。
王はヒラメノム氏と同じように身体中で感動を表現していた。
「素晴らしい!なんと、素晴らしいことか!おお、遠くまで良く見渡せる……」
そう言って、王は風防に齧り付くように外の景色を眺める。
「ポワレン様、お話があります……」
「んん?聞くだけは聞こう……」
俺が話があると言った瞬間、王の雰囲気が変わる。
口調の変化というより、途端に心を閉ざされたようだった。
まあ、いちいち平民のお願いを全て叶える訳にいかないから、そういう仕様なんだと思う。
「この前、『塔』に『王兄派』を名乗る者たちから襲撃がありました」
「なに……」
王の閉ざされた心に少しだけ、光が差し込んだように思う。
だが、王は考えているような間がある。
「どうやら、祖父と『異門召魔術』を卸す『塔』の存在が邪魔だったようです」
「つまり、その者たちは……」
「『王兄派』を名乗るということは、おそらくはそのような考えだと思います……」
俺はハッキリとは言わない。
ただ、これで意図は伝わったと思う。
「だが、兄上はもうおらぬ……何故、『王兄派』などと……」
そうなるよな。ここからは賭けになる。
ダメだった場合、このまま王をどこかに捨てて、俺は研究所に籠るか、どこかに逃げるか……。
どちらにせよ、じいちゃんと母さん、周りの人たちに迷惑をかけることは確かだ。
まあ、メーゼと完全に敵対した以上、バレるかバラすかの差だ。
腹を括ろう。
俺は『武威徹』のスピードを抑えてゆっくりと飛ぶ。
「祖父から聞いております……王兄様は『神の試練』に挑まれて、帰らぬ人となったと……」
「そうだ。もう十年になる……」
「実は……『王兄派』なる者たちの背後に居る者は分かっております……」
「ふむ……申してみよ」
「『黄昏のメーゼ』です」
「公認死霊術士、だったか……」
「はい。どうやらその『黄昏のメーゼ』が王兄様のアンデッドを手に入れたようなのです……」
「なんだと?兄が死してなお死に切れずアンデッドと化したと?……それが事実なれば確かに由々しき事態ではあるが……証拠はあるか?」
「……ございません。ですから、信じて頂くしかないのです」
「証拠のない話を信じろと?」
「はい、最低でも『黄昏のメーゼ』は国にふたつの嘘をついています。
ひとつは『黄昏のメーゼ』が一人ではないこと。
もうひとつは『ブルスケータ・ダンジョン』の虚偽申告です」
「……続けよ」
「『黄昏のメーゼ』の持つ魔導書は触れた者を『黄昏のメーゼ』にしてしまう呪いが掛かっております……」
「待て……何故そのようなことが分かる?」
「それは……」
俺は心臓がドクリと跳ねるのを感じる。
「それは、俺が死霊術士だからです……」
「死霊……術士……」
俺と王、二人がそれぞれに固まる。
俺は王の裁定を待つ身として、王は裁定を与える身として。
「ふむ……最低でも『黄昏のメーゼ』の申告が嘘となれば、処断はできる、か。
よかろう。ベルちゃんは国家公認死霊術士内定としておこうか……国に害がなく、一定の功績を上げれば、晴れて国家公認がつくと思え。
まずは戻って、すぐに対策会議を開かねばな……」
おお!どうやら逃げずに済んだようだ。
俺は進路を城へと向ける。
「ベルちゃんにも協力してもらうぞ!」
王が断定する。
うーむ……協力か。
どこまで協力するかだよな。
功績を上げないと公認死霊術士にはなれないようだし、かと言ってメーゼとの全面闘争になれば国の軍事力が欲しい。
とりあえず、頷いておくか。
「はい、力の限り!」
帰り道、じいちゃんがこちらに向かっていることを伝える。
すると、王から、じいちゃんは俺が死霊術士だと知っているのかと聞かれたので、じいちゃんが『スペシャリエ』から戻った時にバレた事を伝える。
何故、死霊術士になったのかを聞かれた時は、さすがに誤魔化した。
『塔』に一人、留守番をしている時、興味本位で魔導書に触れ、魔術の深奥に踏み込むつもりで、気付いたら死霊術士になっていたというストーリーだ。
ここでアルの存在をバラすのは、俺の真の目的に触れることになる。
さすがにそれはマズいだろうという配慮だ。
俺が『武威徹』を駐機させる。
「宰相!主だった者を集めよ!緊急の会議を開く!」
「はっ?一体、何事でしょうか?」
「今は言えぬ!だが、事は急を要する!急げ!」
「は、はい!」
俺は王都『スペシャリエ』に暫く滞在することになった。
ちなみに『武威徹』の評価は上々で、国から恩賞が出ることになった。
王が開いた緊急の会議には俺も参加した。
主に話したのは王に話したようなことだ。
『塔』が『王兄派』に襲撃されたこと。
『黄昏のメーゼ』が王兄のアンデッドを手に入れたらしいこと。
魔導書『ウリエルの書』の危険な呪い。
それから、俺が知る限りのメーゼの協力者。
それは、軍から弾かれた無頼の者たちと超級冒険者『サンライズイエロー』だ。
そういう話をすると、宰相が難しい顔をする。
「『黄昏のメーゼ』ですか……参りましたな……」
「どういうことだ?」
王が聞く。
「『オドブル』がどういう土地かはご存知ですか?」
「慰霊都市と呼ばれ、あまり利益の上がらぬ地……ダンジョンもアンデッドの巣窟であまり旨味がない、だったか?
人を呼び込むのが、それこそ『黄昏のメーゼ』の降霊術頼りだと記憶しているな……」
「それでございます……」
「うむ、その『黄昏のメーゼ』が問題なのであろう?」
「はい。ですが、問題なのは『黄昏のメーゼ』に恩義を感じ、借りがある貴族が多いということです」
「なんだと?」
「貴族の中には後継者問題を残したまま亡くなる者も多ございますし、亡くなられた会いたい者に会えるというのは、何物にも代えられないという者とて多いかと存じます……」
宰相の言葉に俺も頷かざるを得ない。
アルを亡くし、アルを取り戻そうとする俺は、『サルガタナス』に会えていなければ、『黄昏のメーゼ』を頼った可能性もある。
それは、あったかもしれない未来。
そして、それだけではない。
死者の言葉、秘密を抱えて死んだところで、『黄昏のメーゼ』の前では全て白日の元だ。
脅されて協力する貴族もいるだろう。
「そして、兄上という大義名分か……『オドブル』に別荘を持つ者を全て調べあげよ!
それから、超級冒険者に依頼だ。
近衛騎士も動かせ!」
一応、この場にいる奴らは信頼できると言われているが、なるべく覚えておかないとな。
『宰相』、『近衛騎士団長』、国が抱えているふたつの騎士団、国内を巡回して盗賊などを取り締まる上級騎士を纏める『銀輪騎士団長』、国外の敵に対するため常にダンジョンを回り下級騎士を纏める『金十字騎士団長』、『財務大臣』、『法務大臣』、『神務大臣』、これに家のじいちゃんを加えた八名が王の信頼を得ている者らしい。
この中に領地持ちの貴族はいない。
基本的に年始と主神大祭の時、後は緊急の要件でもなければ、領地持ちの貴族は自領の経営に専念しているらしい。
俺は王城を出る。
『スペシャリエ』から出なければ、自由にしていていいらしい。
連絡役兼護衛として、兵士が二人つけられる。
まあ、監視役か。
俺はアステルとクーシャが待つ宿へと戻るのだった。